憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

 麗さまに誘われるがままに日本庭園を抜け、敷地の森の奥に二人で歩いていきました。

 月や星の光が届かない昏い夜の森。
 不意に木の根に足をとられて立ち止まると、私は目をこらして辺りを見まわします。

 草履の裏にチクチクと刺さる刈りとられた草の感触とか、夜露のはりつめた冷たさや夜風に揺れる木々の騒めき。

 絶え間なく耳に残る虫たちの声は、まるで生命の大合唱のよう。
 ここにいる私ひとりの存在など、本当にちっぼけなものなのだと思い知らされて、急にそら恐ろしくなるのです。

 前を歩く麗さまがこちらを振り返りました。

「どうかしたの?」

「あの、なんだか怖くなってしまったのです。
 夜の森を歩くのは初めてだから。」

「そう。じゃあ、手をつないで行こうか。」

 差し出されたのは麗さまの大きな手。
 頭では理解していますが、やはり男性だということを意識してしまいます。

 私は自身を抱きしめながら葛藤しました。

 (せっかく親切にしていただいているのに情けないわよ、みつき!)

 意を決した私は麗さまの指先をそっと握りました。

「ご、ごめんなさい。」

「ふふ、指にしか触れられないの、可愛いね。」

「アッ、許してください。」

「いいんだ。わかってるよ。」

 私に歩調を合わせてくれる麗さまに、愛しさを感じずにはいられません。
 いつの間にか私の心は不思議なくらいおだやかになり、感じていた怖さが消えていくのでした。

 ♢

 そのまま麗さまと並んで歩いていると、突如として道が開けてレンガ作りの小さな離れを見つけました。
 母屋の日本家屋とは打って変わって、こちらはかわいらしい洋風の建築物です。

「この離れに来るのは、ずいぶん久しぶりなんだ。
 カンタンに開くといいのだけれど。」

 ツタが這う入り口の扉の鍵は少し錆びていたようですが、ギギギと渋い音をたてて開きました。
 ランタンに灯ひを入れると、部屋の全貌がハッキリと見えて私は「アッ」と声をあげました。

「わぁ、すごい。」

 天井の高い吹き抜けの空間に、宝石箱のようなきらびやかな小物と大きな重量感のあるアンティークなオルゴールが所せましと並んでいます。
 壁ぎわには色とりどりの可愛らしいドレスと帽子が商店の展示品のように整然と並べられていて、この非日常的な部屋はまるで童話の世界です。

「これは全部オルゴールなんですか?」

「そうだよ。どうぞ触ってみて。」

 その中のひとつを手に取った私は、巻き鍵を巻こうとして少しためらいました。
 夜中に音楽なんて、非常識です。

「大丈夫。壁が防音だからね。どれを鳴らしても外に音は漏れないよ。」

 私の気持ちを読み取った麗さまが、背後から手を出して巻き鍵を回すのを手伝ってくれました。
 巻き終えて鍵から手を離したとたん、キラキラしたテンポの速い曲と対照的にメリーゴーランドがゆっくりと回りだしました。

 鈍色に光る馬や馬車に乗ったピエロがクルクルと回転しながら一周します。

「懐かしい…。」

 弾むメロディを聞くと、一気にに子供のころの自分に戻ったよう。
 宝石箱を開けるときの高揚する感覚が幼少時の記憶とともに蘇って、自然と顔がほころぶのです。

「こちらも聴いていいですか?」

「ああ、いいね。これも好きな曲だ。」

 色々なオルゴールを試聴していると、いつのまにか音が共鳴しあってガチャガチャとした不思議なハーモニーになりました。

「ウソ、なあにこの音⁉ 」

 私は思わず、声を出して笑いました。

「ちょっとやり過ぎちゃいましたね。」

「ようやく笑ってくれたね。」

 麗さまが、私を見てニコニコと微笑んでいました。

「心配だったんだ。
 うちに来て以来、毎日みつきが緊張した顔だったから。
 親元を離れて花嫁修業と勉強のかけもちは、大変だろうなと案じていたんだよ。」

 会えない日々が続いていたのに、そんな風に思っていてくださったなんて…。
 私はじわりと胸にあついものがこみ上げてきました。

 ♢

「ねえ、みつき。コッチに座って。」

 ひと通りオルゴールを見たあとに麗さまが私を呼びよせました。
 大きな木の枠で囲われた二人掛けの椅子に私を座らせると、麗さまは木の枠の横のガラス戸を開けて大きな巻き鍵を回しました。

「もしかして、これもオルゴールなのですか?」

 ガラス戸の中には無数の穴を穿うがった大きな銀色の円盤が見えます。

「これはね、アップライトオルゴール。昔は酒場とか社交場でしかお目にかかれなかったんだって。

 とても貴重なものなんだよ。
 さあ、耳を澄ませて。」

 麗さまが私の横に腰掛けると、オルゴールのひときわ大きくて深い音色が四方の壁から響き渡りました。

「ああ、オルゴールの音色に全身が包まれているみたいです。」

 それは大げさではなく、まるで心が浄化されるような響きでした。
 今でこそ音楽は箱型蓄音機で聴けますが、電気のない昔はこうやって音楽を楽しんでいたのかしら。

「幼いころの麗さまも同じ音を聴いていたのですね。」

 そう思うと、くすぐったくて幸せな気もちがします。
 ふと麗さまを見ると、その目が濡れて光っていることに気がつきました。

「麗さま、どうしたの?」

「このオルゴールは僕にとって、大切な思い出の物なんだ。
 最後にみつきと一緒に聴けて良かった。」

 麗さまの鼻と目の縁が赤くなって、白い肌はますます陶器の器のように艶やかに見えます。

「最後?」

「父上から、近いうちにこの離れを取り壊すと言われているんだ。」