憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

 救護室のドアには【巡回中】の標示板が掲げられていました。

「こんな時に養護教諭が常駐していないことが許されるなんて、女学校の教諭は吞気ですね。」

 皮肉を言いながら私を抱きかかえた眼帯の男性は、横引きのドアを易々と開けました。

「応急処置ができるものを探すので、待っていてください。」

 簡易寝台の上に降ろされた私は、目を逸らせてうなずくことしかできませんでした。
 男性はガラスキャビネットを開けてみたり、冷蔵庫の上段から取り出した氷を砕いたりして、まるでわが家のようにテキパキと動きます。

 しばらくして、氷を入れた水まくらと包帯を手に私のもとに戻ってきました。

「これを自分で足首にくくりつけられますか?」

 私はフルフルと首を横に振りました。

「これでも私は軍医のはしくれなので、あなたに触れる許可を頂けたら処置しますよ。」

 今までの対応で私が男性恐怖症だということが分かったのでしょうか?
 それとも…。

「あの。」

 私はシーツを見つめながら、勇気を出して口を開きました。

「遅ればせながら、危ないところを助けていただいてありがとうございます!
 それで、あの…。
 あなたはもしかすると、私の婚約者の五色さまではありませんか?」

 ひと呼吸の間をおいて、男性は答えました。

「そうですよ。綾小路みつきさま。」

 ああ、やはり。
 悪い予感は的中してしまいました。

「わ、私のことをご存知だったのですね。」

「もちろんです。」

 五色さまは思いのほか、落ち着いた口調で喋る方でした。

「婚約者さまのことは、誰よりも知っているつもりですよ。
 あなたが【男性恐怖症】だということもね。」

「そ、そうでしたか。」

 五色さまの意外な反応に、私は面くらってしまいました。
 私のことはお父さまから聞いていたのでしょうか?

【冷酷で残忍な隻眼の軍人】という通り名がウソのような、物静かで思慮深い物言いに私は少し気持ちが落ち着きました。

「あなたが嫌がることはなるべくしたくないのですが、私の見立てでは早急に処置が必要です。
 どうか、みつきさまの足に触れることをお許しください。」 

 五色さまにていねいに頭を下げられ、私は【男性恐怖症】であることが申し訳なく思いました。

「分かりました。少しの間でしたら我慢しますので、よろしくお願いします。」

 五色さまは上着を椅子にかけると、シャツの袖をまくり上げました。
 白くて細い筋肉質の腕が露わになり、より男性らしさが増します。

(怖い。
 でも、我慢しなくちゃ。)

 跪いた五色さまの手が、私のドレスのすそをめくり膝の上にたくしあげ、私の絹の薄い靴下をくるくると丸めて脱がせました。

(温かい手だわ。)

 素肌にその手が触れるたび、嫌悪感や痛さよりもその温かさを感じることに私は驚きました。
 紘次郎の背中に感じたふわふわした気持ちが、同じように五色さまの手からも感じられるのです。

 男性なのに、どうして?
 私のなかに見たことのないもうひとりの自分がいるような気がして、戸惑う気持ちははやるばかりでした。

 ♢

 腫れた足首に冷たい水枕が当たるとかなり気持ちが良く、痛みが薄れるようでした。
 五色さまは巻き付けた包帯の端をとめると、チラリと私を見上げました。

「どうです?
 包帯がきつくはないですか⁇」

 私は慌ててコクリとうなずきました。
 
(横顔に見惚れてしまったのを、悟られていなければ良いけれど…。)

「とても楽になりました。」

「それは良かった。」

 五色さまはホッとした表情をされると、汗ばんだ前髪をグッとかき上げました。
 窓からの光が五色さまの柔らかな髪に降り注ぎ、茶色の髪は明るい黄色に見えます。

「なんだか、おねえさまみたい。」

 私はポツリと呟きました。

「おねえさま?」

「あ、ごめんなさい。
 五色さまが知り合いの方に似ている気がしたものですから。」

「どんな方ですか?」

「とても綺麗な女性の方です!
 優雅で華やかで優しくて、私が憧れるすべてを兼ねそなえている方です。」

「そうですか…。
 みつきさまは、その方がお好きなのですか?」

「はい、とてもお慕したいしています!」

 五色さまは口をおさえて横を向きました。
 それは、なんだか笑いをこらえているような仕草でした。

(男性を【女性に似てる】なんて表現するのは、失礼な行為ね。)

 私は恥ずかしくなってうつむきました。

「友人が心配していると思うので、もう行きます。
 処置をしていただき、ありがとうございました。」

 早口でまくしたてて歩き出そうとした私でしたが、足がもつれてよろけてしまいました。

「危ない…!」

 とっさに五色さまが腕を出してくれたので、思いがけずその胸に身体を預ける形になってしまいました。

「まだひとりで歩くのは早いです。公爵邸までお送りしますよ。」

「あの、本当にごめんなさい。
 手を離して下さい…。」

 私は五色さまの胸を震える両手で突っぱねました。

「男性に触れられるのは怖いんです!」

「ああ、ごめんね。
 でもこのままでは、みつきさまを家まで送ることができないですね。」

 五色さまは少し思い悩むような顔をされましたが、再び簡易寝台に私を座らせると、ニッコリと笑いました。

「これでどうかな。」

 五色さまはなんと、自らの眼帯を取ったのです。

 私は驚きのあまり、目を見開きました。
 黒い眼帯の下は…薄い菫色の瞳だったのです。

 オッドアイ。
 左右の瞳の色が極端に違う人がいるとは聞いたことがありましたが、実際に目の前で見るのは初めてです。

 それよりも私を驚かせたのは、見覚えのある目尻のきわの【小さなほくろ】でした。

(似ているなんてものじゃない。
 生き写しじゃない。こんなことって…?)

「まだ怖い?」

「し、信じられないです!
 お、お、おねえさまが…そんな⁉」

「みつき、この前会った時の約束を覚えている?」

 そう言うと五色さまは固まる私の首すじに、長い指を這わせたのです。

「ボクである証明をするために、【秘密の儀式】をここでシてもいい?」