憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

 (わたくし)は生まれて初めて乗った鉄道の終着駅で降りて、駅のタクシー乗り場に向かいました。
 それから、いちばん手前で待つタクシーに乗り込んで行き先を告げると、初老の運転手がオウム返しにつぶやきました。

「白亜岬?」

 運転手は眼鏡をずり下げながら振り返り、上から下までを品定めをするように私をジロジロと眺めます。

「若い娘がひとりで行くところじゃないけどねぇ。」

 私は固い座面のシートに、汗ばんだ手の平を這わせます。

「ご心配なく。待ち合わせをしているのです。」

「最近、あそこは自殺をする人が多くてね。」

 無事に発車した車内の振動に身をまかせていると、また運転手が口を開きました。

「つい先週も、私が駅から乗せた男女二人が崖から身を投げたんです。
 あれにはまいったな。」

 私が返答を曖昧にしていると、運転手が早口で言いました。

「秘境の絶景がおかしな認識をされるとねぇ、地元の人間も迷惑なんですわ。」

 私は笑顔を貼りつけたまま絶句しました。
 なぜなら心中が図星だったから。

 ただ、私の場合はお相手が…。

 視線を落とした手帳の間に【綾小路みつきさまへ】と書かれた私宛ての封筒と雑誌の切り抜きがはさまっています。
 しぼみかけた風船のようだった私の心が、にわかに期待で膨らんでいきます。

(ついに会えるのよ。
 憧れのおねえさまに…。)

 切り抜きを両手で抱きしめ、私は軽く目をつぶりました。

 ♢

 『おねえさま』こと猿渡うらら。

 おねえさまは外国人のように目鼻立ちが整っていて、左目の目尻に泣きぼくろがあるのが特徴の美人です。
 少し短めのショートカットで長い手足をモガのスタイルで身を包んだ姿は、まるでモデルさんのよう。

 少女画報の文通相手募集のコーナーにその写真が掲載されて以来、私はおねえさまの従順なるしもべです。

 勇気を出して手紙を投稿してから、おねえさまとの愛にあふれる文通のやりとりをして約一年。
 私たちはお互いの純愛を確認するために、『白亜岬』で落ち合う約束をしたのです。

 ♢

「そろそろ見えてきますよ。」

 手動のハンドルを回して窓を開けると、くわえ煙草の運転手が吐き出した紫色の煙が窓の外に立ち昇り、曇り模様の空へと吸いこまれていくさまが見えました。
 そしてその横、真っ白な石灰岩の岩壁が岬を囲むように広がる海岸線が見えた時に、私は歓声をあげました。

「とっても素敵だわ。」

 私は窓から身を乗り出して景色を眺め、潮の匂いを鼻いっぱいに吸い込みました。

「もっと晴れていたら、海が青く見えて写真映えするんだけどね。
 ラヂオでは午後から雨模様だって言っていたから、お嬢さんも用事が終わったらすぐに引き上げた方がいいよ。」

「ありがとうございます。」

 乗車賃の1円を受け取ると、タクシーは黒い排気ガスをモクモクと上げて去っていきました。

 ♢

 待ち合わせの白亜岬の展望台へは、長い岩場を登らなくてはなりませんでした。
 私は女学院のセーラー服に黒い革靴、赤い帽子をかぶってきたのですが、何度も革靴で来てしまったことを後悔しました。

(負けないで、みつき。
 ここを乗り切れば、私たちだけの秘密の花園が待っているわ。)

 妄想を活力にしながら展望台にたどり着くと、つばの大きな麦わら帽子をかぶったスタイルの良い女性が、岸壁で海を眺めているのが見えます。

(あれが、おねえさまね!)

 私は恥ずかしさと期待で胸をドキドキさせ、体じゅうが熱くなりました。
 厚い雲の切れ間の日差しを受けて、まぶしさに目を細めながら彼女に一歩、また一歩と近づきました。

 そして興奮状態の私は、思い切ってその華奢な背中に声をかけたのです。

「あのッ、あなたは猿渡うららさんですか?」

 彼女はゆっくりとこちらを振り向きました。