無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 翌日、ルルは朝食を食べた後、まっすぐ老婆の店へとやってきた。


「ほれっ、この服乾いてるよ」
「ありがとうございます」
「あとはこれ、旅には必要じゃろ? 全部わしのお古じゃが、それでよければ使うといい」
「本当に何から何までありがとうございます」


 老婆から渡されたのはルルからしたら大きめのリュックだった。
 それを背中に背負う。


「流石にあの男の水筒はお前さんが使うには難があるじゃろう。新しいものを用意しておいたから使うと良い」


 よく見るとルルの体サイズに合う水筒がリュックから顔を覗かせていた。


「本当に何から何までありがとうございます」
「構わんよ。お前さんにこんな馬鹿でかい水筒を渡す方がどうかしてるからね」
「でも、門兵さんには本当に色々と助けていただいて……」
「まぁ、この大きいのはこちらで処理しておくよ。色々とね」
「でもまだ水が――」
「お前さんの水筒は満タンにしておいたよ。だから大丈夫じゃ」
「ありがとうございます」


 ルルは頭を下げると今持っている水筒を老婆に手渡す。


「あとはこれも必要じゃないかい?」


 老婆が手渡してきたのは箒と雑巾だった。


「あの……、さすがにこれは向こうにあるんじゃないですか?」
「騎士団の男どもを舐めたらダメだよ! あいつら、頭まで筋肉でできているからね。箒という概念すらないかも知れないよね」
「さすがにそこまで酷くはないぞ」


 老婆の言葉をあきれ顔で聞いていたアルタイル。
 今日は一人だけで来たようだった。


「その格好も似合ってるな」


 アルタイルとしては褒めているつもりなのだろう。

 ただ、ルルの体からしたら大きめのリュックを背負い、右手に箒、左手に雑巾を持っているローブ姿の少女。
 しかもろくに整えていない髪はボサボサ気味で本音を言えば今すぐに服を着替えてフードを被りたいところだった。

 馬鹿にされたのかと少しだけ気分を害されたルルは頬を膨らませてエリオの来るのを待つ。


「はぁ……、これじゃあ、お前さんに婚約者ができるのも相当先になるじゃろうな」


 老婆がため息交じりに言う。


「何か変なことをいったか?」
「むしろ変なことしか言ってないです!」


 プイッとそっぽ向かれてしまい、アルタイルは戸惑っていた。







 エリオがやってきた後、ルル達は馬車へと乗せられた。


「あの……、どうして馬車に乗るのですか?」
「そうだな。少し遠くにあるからだな」


 ルルですらわかる嘘を言ってくる。
 向かう先は貴族区域の先にある領主邸の近く。
 この町に駐在している騎士はそこに詰め所が用意されていた。

 移動距離としてはルルが老婆の家へ行く半分くらいの距離である。
 当然ながら馬車を使わないといけない距離ではない。

 どうしてアルタイルがそんなことをするのかというと、もしルルが本物の『無色の魔女』だった場合を考えての行動だった。

 当然ながら本物だとわかると詰め寄ってくる人間がたくさんいるだろう。
 この町の領主はもちろん、ルルが平民であることを考えると貴族達が無理やり連れ去ることすらも考えられる。

 色を冠するのはそれほどまでに大きなことであった。

 もちろんその可能性はかなり低いと思ってるが、アルタイル自身ゼロじゃないと考えてるうちは念を入れておいて損はない。

 それにアルタイル自身が襲われたように最近きな臭い動きが多発していた。

 その理由についていくつか思い当たる節はあるもののまだ確証は得ていない。
 でも、全くないと思っていた可能性がわずかばかり生まれたのだから、それに縋りたくなったのだ。

 馬車から外を眺めて感動するエリオとなるべく姿が見えないように隠れるルル。

 子どもっぽいその仕草を見てアルタイルは苦笑を浮かべるのだった。







 兵の詰め所は想像を絶するほどに汚れていた。
 室内が暗いのはこの町の共通のようで、窓があまりなく証明もない。
 それが原因で目を凝らさないと汚れているかどうかがわかりにくい。

 しかし、手でなぞってみると一目瞭然で一なぞりしただけで指が真っ黒になるほどだった。

 部屋自体は十畳ほどであまり広くはない。
 ここに一部欠けたテーブルや足の取れた椅子が置かれ、棚にはところどころ破けた数冊の本が置かれ、所々にくすんだ色の鎧が転がり、部屋の隅には空樽が転がり、そこにいくつかの剣が乱雑に投げ捨てられていた。


「うわぁ……」
「どうだ? さすがに一日では厳しそうか?」
「一応二人で頑張ってみますけど、できるとは言えないかもです。申し訳ありません」
「いや、構わない。できるだけで。もし残ってしまったら明日もお願いしたい」
「は、はいっ。とにかく頑張ります!」
「あっ、そこの剣は気をつけてくれ。刃が欠けて使えなくなったものが入ってるが、切れるからな」
「わかりました」


 グッと両手を握りしめる。そして、最初の仕事として部屋中の扉を開けるところから始めるのだった。

 エリオに掃除用の水くみを頼んだ後、ルルは先に掃き掃除から始める。


「何か足りない物があったら言ってくれ」


 アルタイルはその言葉を残して部屋を出て行った。







 一通り簡単に埃を掃き終えた頃、ふらつく足取りでエリオが戻ってくる。
 その両手には満タンに水が入れられた水樽が二つ。


「ありがとう、助かったよ」
「このくらい軽いもんだ」


 実際には既に息が上がっている様子だった。
 強がって見せているのだとわかったルルは微笑みながらエリオの頭に手を載せる。


「本当にありがとう」
「手を載せるなー!」


 頭を撫でられるのは照れくさいのか、必死にそれを払いのけようとする。
 ただ、撫でるためだけにルルは手を置いたわけではない。
 感謝の気持ちを込めて、疲れを取れる治癒魔法をこっそりつかっていたのだ。

 そのことにすぐに気づいたエリオは、それでもルルの手を払いのけていた。


「気づかれたくないんじゃないのか?」
「大丈夫だよ、このくらいなら」
「うっすらとだが光ってたぞ?」
「えっ、本当に!?」


 魔法を使うと魔力が光るのは当たり前のことなのだが、あまり使わないルルにはその認識があまりない。
 そうでないと敵地(つめしょ)で堂々と魔法を使うようなことはしなかっただろう。


「使っちゃったものは仕方ないよね。それにもう一回使う必要があるから……」
「それなら周りに人がいないか見ておくよ」
「うん、よろしくね」


 エリオが部屋の外の様子を窺っている間にルルは、水樽に入っている水に治癒魔法を付与する。その際に先ほどとは比べものにならないほどの光が生じる。

 この場にアルタイルがいたなら、ルルのことを『無色の魔女』と断言しそうなほどに。


「もう終わったよ」


 ルルが声をかけるとエリオが部屋に戻ってくる。


「何かしたのか?」
「この樽の水に治癒魔法を使ったよ。これが汚れにすごく良いんだ」
「えっ? これって?」
「そうだよ。エリオ君に渡した薬だよ」
「そ、そんな貴重なものを掃除なんかに使うのか!?」
「別にいくらでも使えるしね……」
「こ、これ以上使うなよ?」
「わかってるよ。それより、はいっ」


 ルルはエリオに雑巾を渡す。


「この水を少し掛けてから拭いていってね」


 実際に目の前で試してみる。
 黒ずんでおり、所々カビが生えていた詰め所の壁だが、水を掛けて拭き取るだけで新品のような……、というか新品に変わっていた。


「これって人じゃなくて物も治癒されるのか!?」
「あははっ、そんなことあるはずないよ。ただ、汚れとかには強くなるだけなんだよ」
「でも明らかに状態が良くなってるし……」
「元々汚れてたから悪く見えてただけだよ」


 そう言いながら二人で部屋中を拭いていく。
 そして、まる一日掛けて丁寧に部屋中を掃除し終えるのだった。







 一切の汚れがない壁や天井や床。新品同然のテーブルや椅子。破けていたはずの本は修繕され、鎧は綺麗に磨かれて部屋の端に飾られ、刃こぼれしていた剣は以前よりも切れ味良くなっていた。
 水樽は残された水が入れられたまま、部屋の隅に置かれていたが。


 そして、無事に一日で掃除が完了してホッとしているルルと明らかに不自然な状況にそわそわしているエリオ。

 その様子を見たアルタイルは思わず声を上げる。


「お、お前たちは一体何をしたんだ!?」


 叫びたくなる気持ちも良くわかる。
 あくまでも掃除を頼んだだけであったのに、いざ戻ってくると部屋はまるで建て直されたかのように綺麗になり、家具も直し、挙げ句の果ては剣だ。


――打ち直した? いや、そんな時間はなかったはず。一体どうやったんだ?


 事情がまるでわからない現状。まるで狐にでも化かされているようだった。


「あの、なにか不都合がありましたか?」


 突然の大声にルルは少し怯えてしまう。


「いや、何でもない。十分すぎる成果だ。これだと少し色を付けたほうが良さそうだな」


 アルタイルは袋から金貨を二枚取り出していた。


「これでも足りないかもしれないが、収めてくれ」


 口をぽっかり開けて驚くエリオと不思議そうに首を傾げるルル。


「これ、なんだか色が変ですよ? お金ですか?」


 一瞬何のことかわからなかったアルタイルだが、すぐに事情を察したのか笑い声を上げる。


「はははっ、もしかして君の知ってるお金はこれじゃないのか?」


 同じく袋から銀貨を取り出すアルタイル。


「あっ、これです!」
「これは銀貨だな。それで先ほど渡したのは金貨。金貨の価値は銀貨十枚分だな」
「ふぇ? 十枚??」
「もしかして知らなくて仕事を引き受けたのか?」
「だって、お婆さんのところの仕事が銀貨一枚だったから、てっきり一枚は銀貨なのかと」
「お、おいっ、俺も受け取ってしまったぞ? いいのか?」


 エリオも困惑しながらルルに相談してくる。


「だ、だって、依頼料は二人で半分って言ってたでしょ?」
「言ったけど、こんなにもらえるとは聞いてないぞ!」


 二人してあたふたとしているとき、突然詰め所の扉が開き、別の騎士が現れる。


「アルタイル様、ご報告です! アベル王子のご容体が!!」
「な、なんだって!? すぐに行く。君たちもわざわざ呼び出してすまなかったな。帰りの馬車を用意しておこう」


 それだけ言うとアルタイルは大急ぎ、部屋から出て行くのだった。