無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 偉い人が来ると言われて、椅子に座らされたルルはそわそわとした様子で目を泳がせていた。
 どう考えても場違い。
 町に来て一日の、しかもただのバイトであるルルが同席するのは違和感しかない。

 しかし、雇い主である老婆に頼まれたとあってはルルには断る術はなかった。


「えっと、来られるのは騎士団長さん、でしたよね? どこか怪我でもされたのですか?」
「いや、そんなことはないと思うが……。いや、そういえばその可能性を考えていなかったな」


 門兵は新しい可能性を考え始める。


「流石に怪我をしてくるならさっきの紙は用意しないじゃろ。むしろ怪我をその『無色の魔女』に治してもらったんじゃなかろうか? だから医者の中にその魔女がいると思ったんじゃろう」
「その方がありそうだな。とにかく相手は騎士様の長だ。下手打たないでくれよ、婆さん」


 門兵がそう言った瞬間に彼の体が遠くへ飛んでいった。


「誰が婆さんじゃ! 儂はまだピチピチじゃ!」
「あ、あの……。あまり汚すとまた掃除をしないといけなくなりますよ」
「そうじゃったな。こやつのせいで汚れるところじゃったぞ」







 門兵が出て行った後、騎士団長が来るまでの間、ルルは緊張のあまりいつも以上に体を縮こませていた。


「そんなに緊張せんでも取って食われたりしないわい」
「本当に私、必要なのですか?」
「今後話すこともあるやもしれんじゃろ。何事も経験じゃ」
「そんな経験、なくても良かったのに……」


 このままでは緊張感が増してしまうと思ったルルは別の話題を振ってみることにした。


「そういえば色を冠するって何なのですか?」
「まずこの世の属性が六つあるってことは知っておるよな?」


 当然ながら知らないので首を横に振るルル。それを見ていた老婆は思わずため息を吐く。


「魔法を使うものの常識じゃろ!? 全く、お前さんにはいろいろ驚かされるわい」


 それから老婆に六属性について教えてもらった。


「全ての魔法は基本六属性のどれかに分類される。火、水、土、風、光、闇。一人一属性しか持たず、複数持つことはあり得ない。ここまではいいか?」


 既に訳がわからなくなりつつあり、目を合わしていた。


「例えば、先ほど儂が使ったウォーターボールやお主が使った掃除の魔法。これは水属性に分類される魔法。つまり儂やお主の属性は『水』ということになるのじゃ」


――それなら治癒魔法も水属性ってことなんだ。確かに水に付与したら薬になったりするし水っぽいもんね。


「でもそれじゃあ色はどこで出てくるのですか?」
「魔法を使ったときに出てくる色に由来してな。その属性で最高の魔法使いには属性色に冠する称号を与えられることになっておるのじゃ。水なら青じゃな。ほれっ」


 老婆が再び魔法を使う。するとその魔法が発動する前に青白い光が放たれ、そのあと水が飛び出ていた。


――あれっ? 私も色出てたかな? 見た覚えないけど……。


 不思議に思ったルルは老婆に気づかれないように軽く治癒魔法を使ってみる。
 しかし、特にこれといった光を発することはなかった。

 なんとなく嫌な予感が脳裏をよぎる。


「あの、それでさっき話してた無職の魔女? でしたよね。仕事をしてない魔女さんがどうしたのですか?」
「無職じゃなくて無色じゃな。六属性と違う色の魔法が発見されたということじゃな」
「まさかそれが透明色とかですか?」
「ようやくわかってきたのじゃな」
「あの……、その透明属性の魔法ってどんな魔法なのですか?」


 冷や汗が流れ表情が固まるルル。
 自分は関係ないと言い聞かせながら聞く。


「誰もわからないんじゃろうね。だから騎士団長も探しに来るわけで。まぁ儂らには関係ない話じゃ」


――それもそうだよね。私は水属性なんだから関係ないよね? それに騎士団長ともあったことはないし……。


 緊張を解こうとして余計に増す結果になってしまった。
 ルルの表情は完全に強ばったまま騎士団長がくるのを待つことになった。







 騎士団長アルタイルは数人の騎士を連れて老婆の家へと赴いていた。
 真っ白な服装に身を包んだ、整った顔立ちの金髪の男性。
 道ですれ違おうものなら思わず振り返ってみてしまうような格好いい男性がそこにいた。


――見たことない人……だよね?


 本当なら二人は出会っているのだが、恥ずかしさのあまり顔を隠し、ろくに相手のことを見なかったルルと、瀕死で意識が朦朧としていた上にルルが姿を隠していたことでろくに顔が見えなかったアルタイル。

 そんな状態であったために、二人とも初めて会ったかのような反応を見せるのだった。


「今日はお時間を取っていただき助かりました」
「ひっひっひっ、気になさんな。騎士団は儂のお得意様じゃからな」
「そう言っていただけるとありがたいです」


 アルタイルは老婆達に対しても丁寧に頭を下げてきたためにルルは逆に恐れおののいてしまう。


「こ、こ、こちらこそよろしゅ……」


 ルルがなんとか返事をしようとしたのだが、思いっきり噛んでしまい、顔を真っ赤にしていた。

 恥ずかしさのあまり隠れたくなるが、顔を隠そうにも今の服は老婆のお古。
 こんな時に限ってフードがない服を着ている。

 ただ、そんなルルの姿に場がすっかり和んでいた。
 しかし、アルタイルだけがそのルルの姿に違和感を覚えていた。

 どこかで聞いたことのある声。怯えた言い回し。
 しかし、黒のローブを着ている。
 あの時に出会ったインパクトが強すぎて、服を着替えていることに気づいていなかった。


「可愛らしいお孫さんですね」
「わ、私は――」
「この子はうちに働きにきてくれている子じゃ。こう見えて掃除のプロじゃぞ」
「そ、そんなことないですよ。私はただ魔法の練習をしただけですし……」
「どうじゃ? 騎士団でも掃除が必要なら一日金貨一枚で貸し出すぞ?」


――一枚ならちょうど私がお婆さんから貰ってるお給金分だね。掃除一日分の単価なのかな?


 銀貨しか見たことがなかったルルは自然とそんなことを考えていたが、そもそも貨幣の種類が違った。

 銀貨が一枚で大体一万円くらいの価値があると考えると金貨はその十倍。

 ただの掃除一日で一万円ももらえることに先ほど驚いたばかりなのに、その十倍ともなると目を回して倒れてしまうかもしれない。

 結局気づいていないうちが華なのかも知れなかった。


「そうですね。それなら今度お願いします」
「は、はいっ、頑張ります!」


 早速一つ目の仕事を手に入れることができた。
 気合いを入れるためにルルは両手をぎゅっと握りしめるのだった。


「それで要件はなんじゃ? 何か薬がたりなくなったのかい?」
「いえ、今『無色の魔女』を探しておりまして。人を癒やす魔法の使い手であったことからこの町の医者であるあなた様ならなにかご存じなのかと思いまして――」
「その魔女をどうするつもりなのじゃ?」
「特段何かするつもりはありません。私の命を救っていただいたお礼とぜひ我が王に会っていただきたいだけにございます」
「なるほど……。じゃが、残念ながら儂も知らんな。色を冠する人間に関わると碌なことにならんのでな」


 老婆がきっぱり言い切るとアルタイルと二人、目で話し合っていた。
 当然ながらそんな芸当をできないルルは心配そうに結論を待つのだった。


「仕方がない。『無色』の情報を一部共有させてもらう故、見つけた際は一報を頼んだぞ」
「ひーっひっひっ、交渉成立じゃな」


 何やら怪しい交渉が成されていた。


「ただ『無色』についてはほとんど知られていることはない。正直、私もその身で受けなければその存在を危ぶんでいただろうしな」
「ほう、実際にあったのか? だからお主自身が探しておるのじゃな」
「とは言っても私はそのとき死にかけてまして、記憶違いはあるかもですが」
「死にかけた? お主ほどの人間がどうして?」
「暗殺者に襲われてな。瀕死の上に毒を盛られたんだ。それでもうダメだと思った時にかの魔女が現れたんだ」
「なるほど、人を治癒する魔法は存在しない。それを使ったというわけじゃな」


――えっ? 治癒魔法は存在しない?


 ルルの表情が固まる。


――そんなことないよね? 人を回復させる魔法なんて基本中の基本だもんね。


 それにこの騎士団長の話にも心当たりがありすぎた。
 どうやらあのとき助けた人が騎士団長。それなら彼が探している人物は自分と言うことになる。

 ルルの表情が次第に青ざめていく。


――私が治癒魔法を使えることが知られたら殺されたり、奴隷のように使い潰されたりするんじゃないの?


 それに治癒魔法がないとなるとこの町で何度か使ったこともまずいかも知れない。


――うん、面倒毎に巻き込まれる前に逃げよう。


 せっかく慣れてきた町ではあったけど仕方ない。
 旅できるだけのお金を稼いだらすぐに出発しよう。


 そんなことをルルが考えていると騎士の一人が慌てた様子で入ってくる。


「アルタイル様!! ご報告があります!」
「どうかしたのか?」


 騎士のただならぬ様子にアルタイルもすぐさま反応をする。


「町で話を聞いておりましたら、『無色の魔女』について詳しい者がおりましたのでお連れしました」


 その言葉と共に店へ入ってきたのは、ルルが貧困街で出会った少年だった――。