無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

「まだ見つからないのか」


 王都にある一室にてアルタイルが落ち着かない様子で怒鳴っていた。


「もうしわけありません。近くの町に騎士を派遣して捜索に当たらせてますが、なかなか隠れるのがうまいようで――」
「あれほどの魔法を放つ人物、そう簡単に隠れることもできないはずだ」
「し、しかし、本当に無色なんて魔法があるのでしょうか? 私はそれが信じられなくて――」
「ある! 俺は間違いなく致命傷だったのにその魔法のおかげで助かったんだぞ?」
「意外と傷が浅かったとかじゃないでしょうか? それなら案外近くの町の医者が治してくれた、とかもありそうじゃないですか?」


 自分の体のことは自分がよくわかる。
 あれがそんな医者に治せるような軽い傷ではなかったことも。
 しかし、傷を治せるスペシャリストもまた医者である。

 案外普段は普通の町医者として過ごしているのかも知れない。
 そうじゃなくても、あの『無色の魔女』についてなにか知っていることがあるかもしれない。


「そうだな。お前の言うことももっともだ。あの森の近くにある町は……リーリシュの町だったか? 俺直々に町の医者を調べることにしよう。早速行くぞ!」


 騎士団所属を示す純白のマントに身を包み、すぐさま部屋を飛び出すのであった。
 ルルがいる町へ向けて――。


◇◆◇



 掃除に夢中になっていたらいつの間にか昼過ぎになっていた。
 さすがに時間が掛かりすぎていることを心配した老婆が奥の部屋からやってくる。


「なんじゃ、まだ掃除をしておるのか? ちと時間が掛かりすぎているのでは――。っ!?」


 部屋を見た老婆の動きが固まる。
 まるで別世界でも見ているかのような、新築同然の部屋が目の前に広がっていた。


「あっ、お婆さん、もう少し待って下さい。あとここだけ拭けば……」


 ルルは脚立に乗り、必死に手を挙げて天井を拭いていた。
 つま先立ちで辛うじて届くほどの高さ。
 足場の不自由な脚立の上でそんな体勢を取っていたら危ないのは、子どもでもわかることで……。


「わわっ……」


 思わず足を滑らせて落ちそうになる。
 ただ、体が小さく軽いことが幸いしたのか、辛うじて脚立にしがみつくことで事なきを得た。


「危なかったよ……」


 ルルがホッとため息を吐くと老婆が信じられないものを見たという表情を浮かべながら聞く。


「お、お前さんは一体何を――」
「あっ、そ、そうですよね。今のは危なかったですよね。ごめんなさい」


 老婆に怒られたものだと感じたルルは素直に謝る。
 もちろん老婆が聞きたかったのはそういうことではないのだが、危険なことをしていたのも事実なのでそこは注意をしておく。


「全くじゃ。手が届かないなら無理をしてやらなくてもよかったのじゃ」
「でも、あと少しで部屋が綺麗になったんですよ」


 確かに部屋はとんでもなく綺麗になっている。なにか魔法でも使ったかのように。


――汚れを落とすなら水属性の魔法じゃが、それにしてはあまり濡れておらんな。それにただ汚れを落としただけじゃなくてまるで新品のようじゃが……。


 考えたところでそれ以外の方法を思いつかなかった。


「まさかここまでできるとは思わなんだ。これだと儂の小間使いよりも自分で仕事を取れるんじゃないか?」
「いえ、私はその……、分からないことだらけで――」
「それもそうじゃな。子どもだと仕事も取りにくいね」
「こ、子どもじゃないですよ!?」



 ルルは頬を膨らませて必死に反論するが、その仕草はただ可愛いだけで老婆もニヤけていた。


「それにしても埃まみれじゃないか」
「凄い埃でしたから。もう、一生分の埃を見た気がします!」


 両手を握りしめ、ぐっと顔を近づける。
 その様子を見て老婆はため息を吐く。


「世話がかかるね。ほれっ、水の第一魔法(ウォーターボール)


 突然ルルの頭の上に水の球体が浮かび上がる。


「これって魔法? わぷっ」


 興味深くそれを見ていると、水の球体はそのままルルへ落ちてきて、彼女の全身をびしょ濡れに変えていた。


「これであんたの埃も取れたじゃろ。ひーっひっひっ」
「酷いですよぉ。服の中までびしょびしょです……。これ一枚しかないのに」
「別に乾くまで脱いでていいじゃろ」


 老婆の言葉にルルは顔を真っ赤にして反論する。


「ダメです!」
「しかし、誰も子どもの裸なんて――」
「わ、私はもう大人なんです! 人前に裸で出るなんてあり得ないです!」


 言い争いの末、老婆のお古のローブを一着、もらえることとなった。
 やや色落ちした黒のローブは所々縫われてつぎはぎとなっているものの大事に使われていることが見てとれる。


――もしかして、お婆さんも昔お金に困っていたのかな?


 そんなことを考えると微笑ましくなるが、その幻想は一瞬にして砕かれる。


「これは儂が子どものころに着ていた服でな。お前さんに合いそうな服がこれしかなかったのじゃ」


 どうやらこのローブは子どもの時に着ていたもののようだった。
 それを聞き、ルルは頬を膨らます。


「子ども用の服なんて小さくて着られるはずないじゃないですか!?」
「良いから着てみるのじゃ!!」


 無理やり老婆に服を脱がされると、そのままローブをすっぽり着させられる。
 子ども用と言われたはずなのだが、その服はなぜかルルにぴったりだった。


「ひ-っひっひっ。これでぴったりとはね。うちにはこれ以上小さい服はないからよかったね」
「うぅぅ……」


 袖はややダボダボで手が見えず、裾は少しだけ引きずっている。
 うっかりすると躓いて転んでしまいそうだった。


「あと、これが今日のお駄賃だよ。なくさないようにしな」
「えっ? いいのですか? まだ私、朝しか働いてないし服までもらったのに」
「それで足りないほどの仕事をしてもらったわい。受け取ってくれないと儂が困る」


――これってお婆さんが気遣ってくれてるのかな? それなら断るのも失礼だよね?


 少し悩んだルルは老婆から銀貨を受け取るとそれを小袋にしまった。


「あと、この服は今日は乾かしておくよ。明日仕事に来た時には乾いてるだろうから今日持って帰るのは諦めな」
「あっ、はい……」


 転生してからずっと着てきた服。
 部屋着なので、外に出るときは恥ずかしかったがいざ手放すとなるとどこか寂しい気持ちになる。
 それに今のローブを引きずっている姿も中々に恥ずかしいものがあった。


「あとはお前さんに向いてる仕事もないか聞いておくよ。おやっ?」


 老婆が視線をルルの後ろへ送る。
 それにつられるようにルルも後ろへ振り返る。
 するとそこにいたのはこの町へ入るときにお世話になった門兵さんだった。


「婆さん、ちょっときてくれ!」
「誰が婆さんじゃ!」
「ごふっ」


 門兵さんがとんでもない威力の蹴りを食らって吹き飛ばされていた。


「あわわわっ……」


 慌てふためくルルに老婆は申し訳なさそうに言う。


「せっかくルルが綺麗にしてくれたのに速攻汚して申し訳ないね。あとでこいつに謝らせるからね」
「そ、それよりも門兵さん、青白い顔してます……」
「大丈夫だよ、この程度で倒れるならとっくに死んでるよ」
「いててっ、酷いじゃないか。俺じゃなかったら死んでたぞ」
「お前さんだからやったまでじゃ」
「えっと、お二人は知り合いなのですか?」


 ルルが話しかけたことでようやく門兵が彼女のことに気づく。


「お前はあのときの嬢ちゃんじゃないか。無事に婆の店に着いたんだな。心配してたぞ」
「あのときは本当に色々と手を貸してくださってありがとうございます。まだその……、お金を返す準備はできてないですけど、いずれ返しますのでもうしばらくお待ちください」
「あれはお前にあげたものだからそんなこと、気にしなくて良いんだぞ?」
「いえ、そういうわけにはいきません!」
「あー、わかった。それなら俺が本当に困ったときに手を貸してくれるか?」
「はい、必ず!!」


 門兵としては無理を言う少女をなんとか納得させるために言った言葉だったが、これが後に彼の人生を大きく変えることとなる。







「それで何を慌てておったのじゃ?」
「それが、王都の騎士団長がやってきて、このことについて婆さんと話しがしたいと言ってたんだ」


 門兵が見せてきたのは一枚の紙だった。


――何書いてあるか読めない……。


 ルルも老婆と同じくのぞき込むようにその紙を眺めていたのだけど、ミミズがのたうち回ったような字にしか見えず、なんて書かれているのかわからなかった。


「どう思う?」
「儂もまだまだイケてるということじゃろう」
「そんなことあるはずないだろ! どちらかといえばこれは嬢ちゃんに似てる――」


 門兵の動きが固まる。それに釣られるように老婆もルルの方に振り向き、二人にじっと見られる。


「……似てるな」
「いや、子ども過ぎる。もう10年もしたら説明通りになりそうじゃが」
「あの……、どうされたのですか?」


 一向に話しが見えてこず、思わず聞いてしまう。
 すると、老婆が真剣な表情を向けてくる。


「お前さん、姉か母は今いるかい?」
「私の他に姉妹はいないですしその……、両親は――」


――そういえば私の両親、どうしてるのかな? やっぱり私が死んで悲しんでるんだろうな。この世界で生きてることだけでも伝えたかったな。


 しかし、もうそれは叶わないことだった。
 そのことを考えるとどこか寂しくなる。


「そ、そうだよな。親がいたら一人でこの町に来ないよな」
「じゃあ別人じゃな。さすがにお前さんが騎士団長の知り合いだなんてそんなことないね」


 門兵と老婆が苦笑を浮かべていた。


――騎士団長? 私がこの世界に来て会ったのはここにいる人たちとあの怪我をしていた兵士の人くらいだけだもんね。


「どういうことですか? なにが書かれていたのですか?」
「あっ、もしかして文字が読めないのか?」
「は、はい……」


 少し言いにくそうにうつむき加減で言う。
 本当なら顔を隠したいところだったが、老婆からもらったローブにはフードがついてなかったのでただうつむく以上のことはできなかった。


「――もしかして俺が書いた地図も読めなかったのか?」


 ルルがコクッと頷くと顔に手を当ててため息を吐いていた。


「それじゃあ俺の書いた地図は無意味だったんじゃないか?」
「いえ、それはちょっと怖いけど優しい人が案内してくれましたから……」
「とりあえずこの紙の内容を言うと『無色の魔女』という人間を探してるらしい」
「色を冠する人物が現れたらしいね。相当すごい魔法を使ったのじゃろう。でも無色って聞いたことがないね」
「それだけ特別なんだろうな。とにかくその話しをするために騎士団長が来る。婆さんの汚い家だと失礼に当たるから手伝いに……。あれっ?」


 門兵が部屋の中を見て口をぽっかりと開ける。


「婆さん、家を建て替えたのか?」
「そんな金があるはずないじゃろ。この子が掃除してくれたんじゃ」
「なるほど……、そんな能力があったのか」
「お主も何かあれば割高で貸しだしてやるぞ」
「ちっ、もっと早くに気づいていたら詰め所の掃除係として雇ったのに」


 門兵は悔しそうに口を噛みしめていた。


「あ、あの、掃除くらいならいつでもやりに行きますよ。門兵さんには色々とお世話になりましたから」
「ありがとう。でも、さすがにただでは頼めないほど汚れてるからな。金の準備をしてまた頼みに来るよ」
「まぁ、少し話をして終わりじゃろうから、これで十分じゃろうて。あとは――」


 老婆の視線が再びルルの方を向く。


「この子も同席した方が良いじゃろうか?」
「下手すると誘拐されかねない。はっきり違うと言われたほうが良いかもしれないな」
「……?」


 訳もわからないまま、ルルは騎士団長と会うことになってしまうのだった。