無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 瘴気の力を失った男はその場に突っ伏していた。
 その力の大半が失われ、既に虫の息である。


「お、俺の力がなぜ……」
「そうか。ルルの魔法はどんな病気にも怪我にも効く。それは『魔族化』も同様なんだ……」
「おいおい、これから本気でやり合おうというときに拍子抜け過ぎるぞ」


 マリウスは驚きのあまり、男を茫然と眺めていた。
 ただ、クリフォードの方はどこか不満げであった。


「残念だったね。まぁ、僕としてはこの方がありがたいんだけどね」
「ちっ、拍子抜けだな。俺は帰るぞ!」
「よろしいのですか? ルルともう一度試合したがってたのでは?」
「『無色』とは全く毛色が違う。いくら力で倒したところで本当の意味であいつを倒したことにはならんからな」
「それに気づいてもらえただけでもあなたと共に戦った甲斐がありますね」


 マリウスは呆れ顔を見せていた。
 それを見たクリフォードは「ふんっ」とそっぽ向く。


「それにしても一体どうやったら魔族化なんてするんだ」
「とある闇の魔石を砕いて飲んだときに一体確率で魔族化するんだよ」
「どうしてそれをお前が知ってるんだ?」


 怪訝そうな目でマリウスのことを見る。


「僕が魔石病を調べていたことは周知の事実でしょ?」
「もちろんだ。そのせいで随分とつまらなくなったからな」
「人を君のおもちゃみたいに言わないでくれるかな?」
「ふははっ、おもちゃか。それもまたよし」
「だからおもちゃじゃないよ」
「ま、待て……。俺はまだ……」



 男は必死に手を伸ばすがそのまま力尽きていた。
 すると、男だったものはそのまま粉化して、風に流されて、あとは何も残らなかった。


◇◆◇



「これで町の人全員に治癒魔法がかかったかな?」


 ルルは町に瘴気の気配がないか探っていた。
 所々小さな瘴気はあるものの先ほどのような大きな瘴気はなくなっていた。


「よかった……。本当に良かった……」


 グーズは膝を地につけ、安堵の息を吐く。


「それじゃあ私は他のところに……」
「あ、貴方様はもしかして、『無色の魔女』様にございますか?」


 小さな瘴気も消しに行こうと思ったルルの前に突然男が膝をついて現れる。
 領主のドルジャーノであった。

 あまりにも突然のことにルルは困惑する。
 しかし、そんなことお構いなしにドルジャーノは話を続ける。


「なにとぞ、なにとぞ、うちが主催するパーティーにの参加いただけないでしょうか?」


 あまりにもタイミングが悪い申し出。
 それこそがドルジャーノたる所以だった。
 当然ながら今はそれを受けている余裕はルルにはない。
 素直に頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。魔女様が私とどう関係しているのかさっぱりで。ほ、ほらっ、君、行くよ!」


 ルルは大慌てでグーズの手を引いて、その場を去る。


「い、いいのか? あの人はこの町の――」
「いいよ。それよりもやることがあるんだから」


 貴族町に残された小さな瘴気たちを消し終えると、グーズに住宅街まで案内してもらい、一応領主へのフォローをしてもらうことになった。







「本当に助かった。何とお礼を言ったらいいか」
「そんなことないよ。でも、そうだね。何かしてもらえるなら……」
「あ、ああ、俺にできることなら何でも……」
「私は町では何もしなかった。やったのは全部マリウスさん、ってことにしてもらおうかな?」
「えっ? どうしてだ? これほどの街を救ったんだぞ? たくさんの褒賞ももらえるだろう?」
「んーっ、私としてはそれで自由が縛られそうな方が怖いかな? もうすぐこの街も出ると思うし。それよりもみんな、目に見える英雄の方が敬いやすいでしょ?」


 ルルはにっこり微笑む。
 グーズは少し迷ったもののその場で膝をつく。


「わかりました、『無色の魔女』様。おっしゃる通りにいたします」
「ちょっ、い、いきなりどうしたの!?」
「はははっ、こういう約束事はそれ相応の態度で受けるものだ。形ばかりだけどな」
「う、うん、それならいいけど……。あっ、そうだ……」


 ルルはカバンから本数の減ってしまったポーションを取り出す。


――また薬瓶買わないとね。


「これは?」
「今回の治癒魔法と同じ効果のある薬だよ。手伝ってくれたお礼」
「で、でも今回のことは俺が引き起こしたことで……」
「だからこそだよ。今回の危険がよくわかってるわけだからすぐに治療してくれるでしょ?」
「それはそう……だが」
「もう、いいから。はいっ!」


 ぐだぐだ言っているグーズに無理やりポーションを渡すとルルは大きく手を振って彼と別れる。

 その後ろ姿をグーズはしばらく見続けるのだった。







 住宅街にたどり着いたルルはその足でミーシャの家へと向かった。


「魔女さん、無事だったのですね」


 扉を開けた瞬間にミーシャに抱きつかれる。


「むぎゅぅ……」
「あっ、ごめんなさい」


 ミーシャが抱きつく力を緩めてくれる。


――離してはくれないんだ。


 ルルは苦笑を浮かべていた。


「それで外の様子はどうなの?」
「もう大丈夫ですよ。あと少し浄化して回らないといけないですけど」
「そうなんですね。よかった……」



 ミーシャは安堵の息を吐く。



「そういえばマリウスは?」
「マリウスさんは突然赤い人が襲ってきて、その応戦をしてくれてます」
「赤い人……。あの人ですか」
「このあと向かおうと思うのですけど」
「それならここで休んでからで良いですよ」
「で、でも、もしマリウスさんに何かあったら……」
「昔からなんですよ」
「えっ?」
「あの二人はライバルというかお互いを意識しててその……、事あるごとに戦ってたんですよ。だから今回も適当に満足したら帰ってきますよ」
「ミーシャ、それだと僕がまるで戦闘狂みたいじゃないか」


 いつの間にかマリウスが部屋の中に入ってくる。
 その体は至る所が傷だらけで激戦だったことが窺い知れる。


「そう言ってるんですよ?」
「僕自身は別に戦う気なんてないよ? でも『赤』が無理やり襲ってくるだけだよ」
「そういうことにしておいてあげますね」
「そ、それよりもマリウスさん、治さないと」
「このくらいかすり傷だよ」
「マリウスさんは黙っててください!」


 問答無用でルルは治癒魔法を使う。
 するとマリウスの体から複数の傷がなくなっていた。