無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 町へ入ってまず目にとまるのはたくさん立ち並んだ石造りの建物だった。
 ややくすんだ白の建物はどこか西洋建築を彷彿とさせる。
 通りにはレンガの石畳が敷かれている。


 ――大きい町だね……。


 周りをキョロキョロと見てしまうルルの姿は田舎者丸出しであったが、みんなそれを微笑ましく見守っていた。


「まずは教えてもらった宿屋へ行かないとね」



 暗くなる前に早く行かないと、ということで地図を見ながら宿へと向かう。
 しかし、ここで新たな問題が発覚する。

 今まで禄に地図を見たことがないルルに、異世界の雑な地図を見て場所がわかるかというとまず無理だというものだった。
 そもそも現代の地図ですらまともにたどり着くのか怪しい。
 だからこそまっすぐに進んだつもりで、行くなと言われていた貧困街へ入ってしまうのも仕方のないことだったのかも知れない。


「あれっ、ここは?」


 綺麗な石畳だった今までの道とは打って変わり、貧困街の道は土がむき出しで見えている。ただ所々石畳があった形跡があるので、昔はここもしっかりと敷かれていたのだろう。
 どこかから漂ってくる臭気に思わず鼻をつまみたくなる。


――は、早く戻らないと。


 回れ右をして元の道へと戻ろうとする。
 しかし、道の端に座っているうつろな目をしながらどことも知れない場所を見る少年が目にとまる。


――このままだとあの子、死んじゃうよね?


 すっかり痩せ細り、まともな生活を送っていないことは容易に想像がつく。すでに水を汲みに行く余裕もない様子で側には空になった獣皮の水筒が転がっていた。

 それとは別に治癒師の能力なのか、黒い靄が少年から湧き出る。
 それがものすごく嫌な感じでまるで死を司っているようにすら思えた。


――お金もないし助けることはできないけど、あの靄を消すことはできそうかな? えっと、治癒魔法の使い方は……。


 一回目の自分の病気を治すときはあまりにも必死だったために無意識に使うことができた。
 二回目も今にも死にそうな男性を前にしての治療だったために本能的に使うことができた。
 意識して使うのは今回が初めてだった。


――確かあのときの感覚は……。


 意識を集中させるとルルの体から透明色の光が発せられ、少年の黒い靄が消え去っていた。


「できた……かな?」


 少年は驚きの表情を浮かべていた。


「体……、全然動かなかったのに……」
「よかった……。ちゃんと使えたみたい。そうだ。これも渡すよ――」


 門兵からもらった水筒に入っている水に気休め程度の治癒をかける。
 神様は瘴気には治癒が付与された水でも効果があると言っていた。
 さすがにずっとこの少年をみているわけにはいかないので応急処置にすぎなかったが、治癒を付与した水を少年の水筒に流し入れていく。

 何を渡されたのかわからなかった少年は不思議そうに水筒を受け取る。


「これは?」
「さっき使った治癒魔法が付与された水だよ。病気に効くと思うから必要な時に使ってね」


 偽善に過ぎないことはわかっていたが、それでもルルは少しだけ満足した様子で元来た道へと戻っていった。







「やっと宿屋についた……」


 あれから一時間ほど町の中をさまよい歩いてようやく目的の宿屋へとたどり着く。

 街の風景に溶け込む三階建ての石造り住宅で、外に掲げられた木製の看板にはベッドが描かれている。
 この絵がなければ今も彷徨っていた自信があるので、看板は偉大な文化だと思う。

 ただ、接客態度が問題だった。
 宿へ入ったルルを待ち受けていたのは恐ろしいまでの暴言(あまいことば)攻撃(なでなで)だった。


「いらっしゃいませ。あれっ? きみ、迷子かな?」


 いきなりとんでもない勘違いで出迎えられる。
 笑顔を見せながら接客してくるのはルルと大差ない年の少女。どこか幼さを残した素朴な顔立ちとやや長い髪を背中側で纏めた髪、茶色のエプロン。
 ただ、背丈はルルの頭一つ分ほど高く、幼いながらもしっかり女性らしさが現れ始めている少女だった。

 その姿にムッと頬を膨らませながら、門兵にもらったお金をカウンターへ置く。


「一泊食事付き、このお金で泊まれるだけお願いします!」


 袋から出てきたのは銀色の硬貨が三枚だった。


「あっ、お、お客さんでしたか。申し訳ありません。親子の二人での宿泊でよろしいですか?」
「よろしくないです!」


 やはりここでも保護者同伴だと思われてしまっているようだった。
 強めの口調で返すと少女は困った表情を浮かべる。
 すると店の奥から別の女性の声が聞こえてくる。


「どうしたの、エレン」
「あっ、お母さん。ちょっと来てくれる」


 姿を見せたのは恰幅の良い女性だった。ただエレンと呼ばれた少女の面影があるので二人は親子なのだろうと想像が付く。
 そして、彼女はルルの姿を見た瞬間に微笑みかけてくる。


「あらあら、可愛らしいお客様ね。一泊でいいのかしら?」


 なぜか頭を撫でてくるところはこの際我慢する。
 ようやく話しが進みそうなのだから。


「このお金で泊まれるだけお願いします」
「銀貨三枚ね。それなら食事付きで四……、いえ、五泊分になるけどどうかな?」
「はい、それでお願いします」


 ルルが頭を下げるとなぜかエレンの母親に抱きしめられる。


「むぎゅ……」
「本当に可愛らしい子ね」
「お、お母さん!?」


 流石に客に対してこんな対応をしたから驚いているのだろう。エレンの驚きに対してルルは心の中で頷いていた。


「一人だけずるい! 私にも変わって」
「そうじゃないよっ!?」


 思わずルルは声を大にして言ってしまう。






 その後、一悶着ありながらもなんとか部屋へと案内される。



「食事は食堂で準備しますので、食べる際にお越しくださいね。あまり遅い時間になると作り置きしかなくなるので早めにくるのがオススメですよ」
「わざわざありがとうございます。でも、ナデナデはいらないですよ?」



 あまりにも自然と頭を撫でられているのを呆れ顔で眺めるルル。
 乾いた笑みを浮かべながらエレンはようやく手を自分のところへ戻していた。

 鍵を受け取るとそのまま逃げるように部屋の中へと入る。
 部屋は大体四畳半ほどでベッドが一つだけ置かれていた。
 窓はあるものの木枠がはまっているだけでガラスはなし。
 風呂はなく、トイレは共用。
 水は自分で井戸から組んでくる。

 ただ、部屋の中は隅まで掃除が行き届いていた。

 さすがに一日動き回った疲れが出ていたルルはそのままベッドへダイブする。


「いたっ」


 思いのほかベッドが硬く、衝撃をもろに体で受けてしまう。


「うぅぅ……」


 涙目になりながら治癒魔法を使うとすぐに痛みが引いてくれる。


「本当に魔法ってすごいね……。一瞬で治るんだもん」


 さきほどまで透明色に輝いていた手を眺める。
 今は元の小さい手に戻っている。


「治癒って他にも使い道、あるのかな?」


 試しに部屋に対して治癒魔法を使ってみる。
 当然のことながら部屋の変化はなかった。
 ただ、それはあくまでも目に見える部分であって、ルルの治癒魔法は物体にも作用していた。
 築数十年が経過しており、見た目は綺麗ながらも目に見えないダメージを負っていた宿屋だが、そのダメージすら治癒していた。

 しかし、そのことに気づくことなくルルは疲れのあまり眠りについていた。


◇◆◇


 貧困街でルルに助けてもらった少年・エリオは妹の病を治すためにかなり無茶な仕事を引き受けて自身が傷つくことを顧みずに金稼ぎに没頭していた。

 普段は危険な魔物を倒したり、町の外で素材を採取する冒険者をやっていたのだが、それだけでは到底金が足りない。
 その結果、犯罪紛いの行いをするようになっていた。

 人殺しは引き受けないながらもそれ以外のことは大抵やった。
 特に盗みの成功率は高く、『影潜りのエリオ』としてそれなりに名を知られていた。

 あと少しで妹を治療するための治療費が貯まる。
 あと数回の依頼で――。

 そのタイミングで同じく闇依頼を受ける仲間から裏切りを受ける。
 手足の健を切られ、動けなくされた上で今まで貯めてきた金まで盗まれた。

 今までしてきたことを考えたら自業自得といえることであったが、その罪は全部自分にある。
 何もしていない妹が病気で苦しむ理由にはならないはず。
 こんなに苦しめられるなんてこの世に神はいないのだろうか、とすら思えてしまう。

 何もできないことが悔しくて仕方なかった。
 結局自分は誰も助けられなかったのだと目が虚ろになっていった。

 そんなときに出会ったのがあの魔女であった。
 一瞬で自分の怪我を治すという人にはできない離れ業を見せてきた上に病気に効くという薬までくれた。

 そんなものはあるはずがない。
 きっと自分を騙そうとしているのだ。

 そう思ったのだが、それならそもそも自分を治癒する理由がない。
 わずかばかりの希望を抱きながら水筒を片手に久々に家へと戻る。







 家に戻ると痩せ細り、皮と骨しかないような体つきの少女が苦しそうにベッドで寝ていた。
 しかし、エリオが帰ってきたのを見ると嬉しそうに儚げな笑みを浮かべ体を起こそうとしていた。


「けほっ…、あっ、お兄ちゃん、おかえり……」
「ただいま、ミーシャ。体はどうだ?」
「ちょっと、くるしい……かな? けほけほっ」


 相変わらず苦しそうに咳をしている。
 昔に貧困街の医者に診てもらった時、「今までみたことのない病気で偉い医者に診てもらうしかない。それにはたくさんのお金が必要になる」と言われ、それから金を貯めるようになった。


「そうか……。これ、新しい薬だ」


 エリオは水筒をミーシャの口元へ近づける。


「お兄ちゃん、知ってるよ。これ、ただの水でしょ。お兄ちゃんが無理してお金を貯めようとしてるのも知ってるよ。もう私のことは気にしなくて良いから……」
「そ、そんなこというな。大丈夫、今度こそ大丈夫だから……」


 何度自分に言い聞かせてきた言葉だろうか?
 心臓が締め付けられそうになりながらも、水筒の水をミーシャに飲ませる。

 すると、ミーシャの体が透明に光り、そして次第に彼女の顔色が良くなっていく。


「あ、あれっ……? く、苦しくない。苦しくないよ、お兄ちゃん」
「ほ、本当か、ミーシャ!?」
「うん、大丈夫。ほらっ」


 ベッドから起き上がるとそのまま床に足をついて立ち上がる。
 病気の最中は一度も見られなかったその姿にエリオは思わず涙を流す。


――あの人はきっとみんなを癒やしてくれる貧困街の聖女様だったんだな。ちょっと小さくて頼りなさそうだったけど、すごい人だったんだ……。