無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

「くっそ! なんで俺がこんな目に遭わないと行けないんだよ!」


 苛立ちを隠そうともせずにグーズ・ゴーツクは住宅街を闊歩していた。
 時折置かれているバケツなどを見かけると思いっきり蹴り飛ばして八つ当たりをする。

 領主公認だった商店は取り潰しが決められてしまった。
 そのことを怒った父に家を追い出されてしまったのだ。

 ものにでも当たらなければやってられなかった。
 その理由は教えてもらえなかったが、大方あのときに出会ったマリウスが何かしたのだろう。


「俺は何もしてないだろ! 親父がイーロス商会の邪魔をしろって言ったからやっただけなのに」


 考えれば考えるほど苛立ちが加速する。


「そもそもマリウスはあのガキ一匹にムキになりすぎじゃないのか?」
「おう、ちょっとその話、詳しく聞かせてくれないか?」


 グーズに声をかけてきたのは全身を白ローブで覆った長身の人物だった。
 その声的に男であることはわかるが、それ以上のことはわからない。


「お前は?」
「俺のことはどうでもいいじゃないか。あの『白』に仕返しがしたいのだろう? それなら良い方法がある」


 男がにやり微笑む。


「なにか方法があるのか?」
「あぁ、付いてこれば良い方法を教えてやる」


 普通ならばそんな怪しい人間にはついて行かないのだが、今のグーズにはまともに判断する思考がなかった。


「いいだろう、ついて行ってやるよ!  その代わりに嘘だったら許さないからな」
「もちろんだ。必ず『白』に復讐させてやるよ!」


 男は口元を緩めるとグーズと共に路地の奥へと消えていった。



◇◆◇



 結局その日、マリウスは帰ってくることが無く、ルルはミーシャの家に泊まることになった。


「こうやって人と一緒に過ごすのって久しぶりね」


 ミーシャは嬉しそうな表情を浮かべていた。


「ごめんなさい、急に泊まることになって……」
「気にしなくて良いわよ。何だったらいつまでも泊まってくれて良いのよ」
「それはさすがにミーシャさんに悪いですよ……」
「魔女さんが気にする必要はないわよ。私が一緒にいたいのだから。それに私、魔女さんみたいなかわいい妹が欲しかったの」


 ルルはミーシャに抱きつかれる。
 逃れようと足をバタつかせるけど、意外と力があるようで離れることができなかった。


「あわわわっ……」
「ふふっ、魔女さんは本当に軽いわね。ちゃんと食事してるのかしら?」
「た、食べてますよー」


 必死に言い訳をするものの、ルルが小食である事実は隠しきれるものではなかった。


「今日は腕によりをかけて料理を作るわよ」
「て、手伝いますよ」
「本当にいいの? 私、誰かと料理するの夢だったの」
「私、料理はできないのでお皿ならべたりとかしかできないですけど……」


 一度言ったものの思い返せばずっと病弱で碌に手伝いすらしたことがなかったことを思い出す。


「十分よ。お願いするわね」
「はーい」


 結局ミーシャは食べきれないほどの料理を作り、それを無理に食べようとしたルルは食べ過ぎで身動きが取れなくなってしまい、結果的にミーシャの抱き枕にされて眠りにつくのだった。







 翌朝ルルは表が騒がしいことに気づき目を覚ます。


「なんだか騒がしいなぁ……」


 寝ぼけ眼を擦りながら窓から外を見ると、路地には大小様々な彫刻が置かれていた。


「なんだろう、あれ。昨日はなかったよね。それに妙に生々しくて怖い……」


 まるで苦しんでいる様子の町の人のようである。
 そんなことを思っているとマリウスが慌てた様子で家へと入ってくる。


「ルル、いるか?」
「どうしたのですか?」


 起きがけのルルはマリウスに返事をする。
 ただ、マリウスはすぐに顔を背けていた。

 その様子を不思議に思い今の自分の格好を見る。
 この世界へ来るときに来ていたガウンを着ていた。
 しっかりとした部屋着であるが、リッテの着せ替え人形になる前はこの服装で町を歩いていても疑問に思われなかったのだ。


「……??」


 再びルルは不思議そうに首を傾げる。


「それは部屋着じゃないのか? さすがに女性の部屋着を見るのは良くないかと――」
「私は気にしませんよ。これで外にも出てますし」
「あっ、きみじゃないよ。ミーシャのことだよ」
「あー……」


 ルルはなんとも言えない気持ちになった。

 確かによく考えるとルルとミーシャは一緒に寝ていたのだった。
 だからこそルルの隣にミーシャが寝間着姿でいるのは必然で、ルルから視線を外しているように見えて、隣にいるミーシャから視線を外しているに過ぎなかったようだ。

 あきれ顔のルルはさっとベッドから出るとマリウスのそばに寄る。


「それでどうしたのですか?」
「表に出てくれたらわかる」


 言われるがままルルは外に出る。
 すると先ほど窓から見た人の彫刻が大量にある。

 いや、よく見るとその彫刻は虹色に光っており、それはまるで以前のミーシャのようだった。

 そのことに気づいたルルは顔を青ざめる。


「もしかしてこれって……」
「そうだよ、全員魔石病を発症してる。しかもかなり重度のものだ」
「ど、どうして!?」
「わからない。ただこれはあまり良い状況ではないね」
「えっ?」
「だって、この町の人たちはまだミーシャが完治したことを知らないんだ」
「どうして?」
「それはもちろん、魔石病が完治したことを説明しようとしたら君のことも説明しないとダメだろ? ただ治った、だけで終わる話ではないからね」


 もしかするとマリウスはルルが目立つことが苦手なのを考慮してくれたのかも知れない。



「そして、ミーシャの家付近に魔石病患者が大量にいる。周りの人たちはどう思うか……」
「わ、私のことはいいので、ミーシャさんが治ったことを発表しましょう!」


 慌てるルルにマリウスはゆっくりとした動きで首を横に振る。


「それはもう手遅れだね。今発表するとたくさんの犠牲の下で治したものだと思われる。それよりも別のことを頼みたい」
「えっと、何をしたら良いのですか?」
「ルルの全力の回復ポーションを用意して欲しい。それとルル自身も魔石病患者の治療を手伝って欲しい。護衛は私が付くから」
「もちろんです! すぐに行きましょう!」


 ルルの手持ちは持てる最大の薬瓶五本。
 これはなるべく切らさないように毎日準備していたのだ。
 がさごそと物音を立てたからだろうか、ミーシャも目を覚ます。

 そしてただならぬ様子だと感じたのか、ミーシャも外出の準備をしようとするがそれをマリウスが止めていた。


「ミーシャは絶対に家を出ないでくれ。ここも何かしらの被害を受けるかも知れないからね」
「わかったわ。マリウスも魔女さんも気をつけてね……」
「はいっ! 行ってきます!」


 ルルはマリウスと家を出る。
 そして出た瞬間にマリウスは家に結界の魔法を使っていた。







 外に出て路地を見ると本当に魔石病の人がたくさん出てることがよくわかる。
 ただ、それと同時に疑問も浮かんでくる。


「あの、マリウスさん?」
「どうかしたのかい?」
「マリウスさんって魔石病を調べていたのですよね? こんなに一気に広まるものなのですか??」
「少なくとも僕は聞いたことがないね」


 ミーシャの病気を治そうと必死にもがいていたマリウスでも知らない魔石病の広がり方。
 さすがにこれが自然で起きたとも考えにくかった。


「じゃあこれは自然発生では無く何か別の原因がありそうですね」
「おそらくね」


 マリウスはもしかするとその原因を感づいているのかもしれない。


「そして、これを受けて一番影響があるのは僕だよ」
「ど、どうして……」
「なにせ魔石病患者の恋人を持ってて、僕自身が魔石病の研究をしていたくらいだからね。躍起になって魔石病を広めたと思われても不思議じゃないよ」
「で、でも、実際は魔石病は治ってて……」
「それを知らない人たちからしたら疑わしい人間ってことだよ。つまり原因を作った相手は僕を『白』から引き釣り下ろしたい連中だろうね」
「ど、どうするのですか」
「どうもしないよ。今は何より治療を優先しよう。どうせそのうち奴らはボロを出すだろうからね」
「はい」


 魔石病の患者に近づいては治癒魔法を使い治す。
 それを数回繰り返した後、ふとルルは考える。


――マリウスさんの結界みたいに範囲内の人を治癒するってできないのかな?


 マリウスがルルの方を向いていないタイミングで試して見ることにした。


「えいっ!」


 可愛らしい声と共に住宅街を囲むように透明の魔力が覆っていき、中にいたすべての人の魔石病だけではなく怪我や病気すら治してしまうのだった――。


「ちょ、ちょっと待って!? 今何をしたんだい?」
「な、何ってマリウスさんの結界みたいに範囲を決めてその中の人全員を治療できたら楽だなって……」


 それを聞いたマリウスは思わず頭を押さえていた。


「あの魔法……、一応僕の秘法なんだけどね。見ただけでマネできるんだ……。っとそんなことも言っていられないね。あの魔法、あと何発放てる? 住宅街以外にも念のため使いたいのだけど」
「何発……、何発? うーん」
「もしかしてもう使えないのか? 確かにあれだけの規模だ。使い慣れている私が同じ結界を張ったとしても数発が限度――」
「あと百はできると思いますよ。もっと行けるかな? ちょっと試したことがないのでわからないです」
「あー……、うん。君に常識を当てはめようとした僕がバカだったね。とりあえず乗って! 急いで治療を行っていくよ」


 ルルを背負ったマリウスは次なる区域へ向けて走り出すのだった。