無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

「アルタイル様、ご無事ですか!?」


 ルルが去って少しした後で兵士が木にもたれ掛かるアルタイルを発見する。
 騎士団の服は血に濡れ命があるのかも疑わしいのだが、なぜかその顔色はとても良く呼吸も乱れていなかった。


「とにかくすぐに薬を――」
「いや、大丈夫だ……」


 いつの間にか目覚めていたアルタイルはゆっくりと体を起こす。
 刺された後なのにいつも以上に体調が良い。


――これもあの魔女のおかげ……なのか?


 夢でも見たのかと思ったアルタイルだが、傷一つない体があの出来事は夢ではない、と物語っていた。
 どんな技を使ったのかまるでわからなかった。
 魔力を使っていたことからあれは魔法であることは判断がつく。

 しかし、どの属性にも当てはまらない無色の魔法。

 そんなものは騎士団長であるアルタイルでも聞いたことがない。
 そもそもこの世界の魔法は使うときに属性の色を発することが知られている。

 火なら赤。水なら青。風なら緑。土なら黄。光は白。闇は黒。

 その六属性のどれにも当てはまらない新種の魔法。


「――欲しいな」
「なんでしょうか?」
「いや、俺を助けてくれた少女がいる。礼を言いたいから探すように伝えてくれないか?」
「それは構いませんがどういった人物でしょうか?」
「そうだな……。さしずめ『無色の魔女』と言ったところだろうか?」
「色を冠する人物だったのですか!?」


 属性頂点の魔法使いには国から属性を司る色の称号が与えられる。

 色を冠するということはその属性のトップであり、人々から羨望のまなざしを向けられる人物である、という証明に他ならない。

 そして、本来なら属性は六しかない。
 つまり色を冠する人物も六人しかいない。


――先ほど見た無色透明の魔力……。それに本来はあり得ない神の御技とでも言うべき治癒。色を冠するに値する人物だ。陛下にもそのことをお伝えしないと。


 本当ならすぐにでも自分で探しに行きたいところなのだが、暗殺者の件も含めて報告もしないといけない。
 仕方なく先ほどの少女の容姿を事細かに説明をした上でアルタイルは急ぎ城へ向かって走って行く。

 しかし、まともに姿を確認できなかったはずのアルタイル。
 伝えた容姿は少し……、というかかなり上方補正がかけられていた。


『無色の魔女』
 芸術品のような整った顔立ち。
 慈愛に満ちた笑み。
 気品溢れる佇まい。
 神々しい光を放つ白ローブ。
 小柄だが女性らしい体つき。
 艶やかな長い黒髪。


 部下に伝えた内容は以上で、このどれもがルルに結びつけるのが難しいものとなっていた。
 死にかけていたときに助けられた、という吊り橋効果もあったのかもしれない。

 魔法内容を伝えていたら少しでも結果は変わったのかも知れないが、さすがにことは機密事項であるだろうと判断したアルタイルは色名以外の情報を部下にすら漏らさなかったのだった。



◇◆◇



「さっきの人…、大丈夫だったかな?」


 月明かりの中、ルルは不安げに森を歩いていた。
 幸いなことに町の明かりが届く場所であったためにまっすぐそちらへ向かっていた。


「それにしてもさっきのはびっくりしたよ……」


 転生してすぐに病気で死にかけたこともそうだが、そのあとすぐに死にかけた人を見かけるとは思ってもいなかった。
 思わず治癒魔法を使ってしまったのだが、転生したばかりで禄にレベルも上げていないのだ。あれで治る程度の怪我でよかった、と安堵の息を吐き、いきなりそんな状況にした神様への悪態をついていた。心の中で。


――そもそもあんなところに転生させた神様が悪いよ……。もっと普通の場所に転生させてくれても良かったのに。全然玉の輿なんかじゃないよ。


(聞こえてますよ)


――……えっ?


 脳裏に神様の声のようなものが聞こえ、思わず青ざめてしまう。しかし、それ以上何も聞こえなかったので、気のせいだったということで気を取り直すことにした。

 首を横に振って嫌な考えを振り払う。


「とりあえず生活拠点を確保しないと……」


 転生したのはいいものの寝泊まりする場所はない。赤ちゃんに生まれ変わるのではなくて、元の年齢で生まれ変わったから仕方ないことでもある。

 ただ幸いなことにすぐ近くに町がある場所で転生させてくれたから比較的宿の確保は容易なはずだった。


「宿屋なら美味しいご飯と暖かい布団があるよね? いきなり散々な目に遭ったからゆっくり休みたいな。お風呂とかついてるといいんだけど……」


 ルルは妄想を膨らませていく。


「そうだ、宿屋ならお金がいるよね。お金が――」


 ふと我にかえる。
 今自分の手元にあるものは来ている服だけだった。
 せめて神様がお金の一つでも恵んでくれてないかと体の至る所を探すが何も見つからずに絶望のあまり、地に手をつけてしまう。


「神様、転生させてくれたのは嬉しいけど、これだと結局すぐに死んでしまうよ……」


 当面の目標はお金を稼ぐことになりそうだった。

 でも幸いなことに自分には治癒魔法の力がある。
 怪我をしそうな人たちに治癒魔法をかけて、見返りとして報酬をもらう。
 これで最低限の生活はできそうだった。


――でも怪我人が出そうなところなんてそうそういないよね?


 ふと昨日助けた男の人のことが脳裏に浮かぶ。
 しかし、すぐに首を横に振る。


「あの人はたまたま怪我をしてただけ……」


 あんな大けがが良く起こるような怖い町は嫌だな、と少し顔を青ざめる。
 しかし、気を取り戻して町へ向かって歩き始めるのだった。







 幸いなことに町を守る城門はまだ閉じておらず、時間が遅めということもあり人はまばらだった。
 町へ入るための順番も少なく、すぐに自分の番が回ってくる。
 門兵が手元の書類を見ながら「次の人」と声をかけてくるので、ルルは前へと出る。
 門兵はルルの姿を見た上で後ろに誰かいないかを確認。
 ため息を吐いた後、腰を曲げて目線の高さを合わせた上で優しく話しかけてくる。


「嬢ちゃん、親御さんは?」
「えっ?」


 身分証なりを求められてはどうしようと考えていたルルだが、まさかの斜め上の質問が飛んでくる。
 それもそのはずで病弱だったルルの見た目はかなり小柄で、子供と言っても差し支えない。そんな歳の少女が町の外へ一人で出かけているとは考えにくい。
 一瞬何のことかわからなかったルルだが、暗に子供だと言われていることに気づき、頬を膨らませる。
 ただ大人相手に強気に出ることもできずに震える声のまま言う。


「わ、私一人です……」


 その声色からなにか特別な事情があるのだろう、と判断した門兵。
 こんな小さい子が天涯孤独になってしまって、働き口を探して町へ出てきたのだろう。


「嬢ちゃん、身分証は持ってるか?」
「い、いえ、ない……です」
「だよな……」


 本来ならば身分証を確認した上で通行税を支払って町へ入る。
 身分証がない場合は、供託金を支払い、中で再発行の手続きを行う。
 一定期間内に身分証を作り、門兵へ店に来るとその供託金は還されるといった形になる。


――さすがにこんな子がお金を持っているはずない……よな?


 ただ町へ入れずに追い返したとなったら、魔物に殺されるか、盗賊達に人身売買されるか、よからぬことが起こることが安易に想像が付き、そのせいで門兵の頭を悩ませることとなる。


「本来なら通行税がかかるんだけどな……」


 頭をかきながらため息交じりに手続きを行う。


――今日はただ働きだな……。


 それでも小さな少女が犯罪に巻き込まれずに済んだと考えるとそれも仕方ないことだと思えてしまう。


「あ、あの……、私、お金をもってなくて――」
「知ってるよ。ほらっ、これが通行証だ。なくすなよ? 特別で作るんだからな」
「あ、ありがとうございます!」


 人の好意に触れたルルは頭を下げてお礼を言う。
 渡されたのは四角い小さな板切れだった。文字が書かれているがルルには読むことができない。


「それとこれとここの地図。この店のばあさんが働き手を探してたぞ。今なら子供でも雇ってくれるんじゃないか。身分証はどこかしらの職人組合へ入るのが一番いいのだが、さすがに嬢ちゃんじゃ入れない。定期的な仕事の受注を条件に発行されるものだからな。嬢ちゃんだと、町か教会のどちらかに金を寄付して発行してもらうしかないだろう」


 門兵は小さな袋と町の地図にいくつかの文字を書き込んだ上で渡してくれる。


「重ね重ねありがとうございます」
「さすがに今日は遅いからな。ちゃんとした宿に泊まるんだぞ。間違っても貧困街の方へ行くんじゃないぞ」
「でも泊まるだけのお金が――」
「そう思って少しだけこの袋に入れてある。数日くらいなら泊まれるはずだ。あとは水筒だ。俺のお古だがそこは気にしないでくれ」
「ほ、本当に何から何までありがとうございます。このご恩は必ずお返しします」
「気にしなくて良いぞ。俺が好きでしてることだからな」


 最後にもう一度お辞儀をした後、町へと入っていく。

 その様子を見て手を振る門兵。
 いずれこの恩が返される日がくるのだが、それはまた別の話――。