無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 王都を飛び出してから数日が過ぎた。

 さすがに碌に整備されていない街道は盗賊等が出るかもしれない、と聞いたのでルルはスライムバスに乗り込み、ぴょんぴょんと跳びはねながら移動していた。

 最初はあれだけ怖がっていたスライムバスの移動だが、随分と慣れたもので今では、涙目を閉じて、震える体を縮こませ、耳を塞げばなんとか耐えられるようになっていた。

 つまり、あまり変わっていないということだ。

 それでも魔物を避けるという一点においては効果を発揮してくれていた。
 そもそもルルの治癒魔法には瘴気を払う効果がある。
 そんなルルから治癒を付与されているスライムは瘴気から生まれた魔物たちからしたら近寄りがたい存在である。

 特段の理由がない限り無理をして襲おうともしない。

 そんなわけでルルは平和で危険な旅を送っていた。


「ま、まだ次の町へ着かないのかな?」
「ぷー?」
「そうだよね、君にはわからないよね」


 街道をひたすら突き進めばいずれどこかの町へ着く、と思い旅に出たのは見通しが甘かったようだった。


「お腹……、すいたなぁ……」


 さすがに数日かかるのは予想していなくて、そこまで食料を買い込んでいなかった。

 そもそも旅をしたこともないルルにそこまで見越して用意をしろというのは不可能で――。
 服装ですらいまだに部屋着のガウンなのだから。

 何度か老婆からもらった黒ローブを着ようとしていた。しかし、『子供用』という言葉が障壁となり、未だに着れずにいた。


――だって、私はもう立派な大人だもん!


 その言い方がすでに子供っぽいのだが本人はまるで気にした様子はなかった。


「あれっ? あそこに誰かいない?」


 ルルが指差した先には少女とそれを襲っている数人の盗賊たちがいたのだが、高く飛び上がっているタイミングではそれは点にしか見えなかった。


「ちょうど良いタイミングだね。道を聞きに行こう。あそこで下ろしてくれるかな?」
「ぷー♪」
「降りるときはゆっくりだよ。ゆっくり……」
「ぷぷー♪」


 ルルの願いも虚しくスライムバスは速度を上げて落下していくのだった。



◇◆◇



 温かみのあるオレンジ色の髪を肩あたりで切り揃え、大きくはっきりとした瞳と可愛らしい顔立ちをした少女――リッテ・イーロスはカラザフ領で一番の商店、イーロス商会の娘であった。

 十五歳の誕生日に家族揃ってグランファイゼン王都へ旅行に来たのだが、その帰り道に盗賊に襲われたのだ。

 そもそも街道は騎士が巡回してるために、突発的な魔物の出現はあっても最低限の護衛さえいれば、基本的には危険はない。

 ただ、それは騎士団を取りまとめていたのがアベルだったときだ。
 アベルが病に伏してからはライヘンが取りまとめ始めたのだが、それ以降街道の危険はぐっと増していた。

「お前達、男は皆殺しだ。女は傷つけるなよ! 立派な商品だからな!」
「おーっ!!」


 剣を掲げ雄叫びが聞こえる。
 それをリッテは馬車の中で震えながら聞いていた。


「大丈夫よ、護衛の人たちもちゃんといるからね」


 リッテの母――マーサが彼女を慰める。
 しかし、リッテ達の護衛は二人だけ。
 対する盗賊は十人近くいる。

 どうみても多勢に無勢。
 そのことがわかるからこそリッテの不安は更に増していった。

 一人、また一人と護衛が倒される。


「聞きなさい、リッテ。ここは私たちが囮になる。だから貴方は逃げなさい」


 リッテの父――ケイトが真剣な表情で彼女に告げる。


「いやだ、お父さんとお母さんと離れたくない!」
「わがままを言わないで。このままだとリッテまで慰み者になってしまうの。あなただけでも助かって……」

「でも……、でも……」
「さぁ、早く!!」


 無理矢理外へと投げ捨てられたリッテは涙を流しながら馬車を背にして走り出す。
 後ろから両親の悲鳴が聞こえたが、完全に耳を塞ぎ、ただひたすら前だけを見る。


「あっ……」


 足がもつれ、顔から地面に突っ込んでしまう。

 どうしてこんなことになったのか? 自分が王都に行きたいなど言ったせいだろうか? カラザフ領から出たくないと言えばこんなことにはならなかったのだろうか?

 何度も自問自答するがついぞ答えなど出なかった。

 涙と泥でグシャグシャになった顔を拭い、再び走り出す。
 ただ、すぐに足を止めてしまう。


「お嬢ちゃん、どこに行くつもりなのかな? ひっひっひっ」


 すでに盗賊達はリッテの前後を塞いでいた。
 前に五人、後ろに五人。
 どうあがいても逃げ切れるはずがなかった。


「た、助け……」
「うんうん、ちゃんと助けてあげるよ。お嬢ちゃんはかわいいからね。きっと高くで売れるよ」
「ひっ……」


 盗賊のいやらしい笑みにリッテは悲鳴を上げる。
 しかし、周りに何もない街道のど真ん中。
 助けが来るわけもなくリッテは現状に絶望してその場に座り込む。

 ゆっくりと近づいてくる盗賊達。


――誰か……。何でもするから助けて……!!


 目を閉じ救いを求める。
 すると、その瞬間にリッテの後ろで、盗賊達の悲鳴が聞こえる。


「な、なんだあれは。うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「た、助け――」


 何があったのかと目を開けて後ろを見ると背後にいた盗賊達は皆倒れ、意識を失っていた。


「えっ? 何が起こって――」


 訳がわからない状況にリッテはもちろんのことながら盗賊達も困惑していた。
 しかし、すぐに何が起こったのか理解する。
 いや、理解の範疇をはるかに超えている出来事が起こる。

 空から四角く半透明の箱が落ちてきて、それが盗賊達を押しつぶし、再び空へと戻っていったのだった。


「い、今のは……?」


 自分以外にこの場で意識がある人間はいない。
 後ろの盗賊にあの箱が落ちてきて、次に前の盗賊。そうなると最後は自分に――。

 リッテは恐怖を感じながらも逃げ出すこともできずにその場で空を見上げていた。

 すると、再び空から落ちてくるものが見える。
 ただそれは先ほどまでの箱ではなく女の子だった。

 白いガウンを風ではためかせ、目に涙を浮かべながら、必死に服がめくれ上がらないように抑えている。


「落ちる落ちる!!!!」


 そのまま女の子が落ちてくるが、地面に衝突しそうになった瞬間に背中から半透明のパラシュートが開き、落下速度が少しだけ遅くなった。
 ただ、それでも地面に衝突していた。


「そ、空から女の子が?」


 近づいて良いものかと訳もわからずリッテは身動きが取れなかった。



◇◆◇



 スライムバスの落下速度が上がっていき、ルルは涙目になりながら衝突に備えていた。


――これのどこがゆっくりなのー!!


 思わず心の中で叫んでいたが、それを声に出す余裕すらなかった。
 それでもちゃんと下ろしてくれるはず。
 そう思っていたのだが、地面で何かに衝突した後、再び跳ね上がり空へと戻ってきていた。


「ど、どうして戻ってきてるの!?」
「ぷー?」
「地面で下ろしてくれたら良いからね。ゆっくりと……」
「ぷー♪」
「だ、だからゆっくりだよー!!」


 再び落下速度が上がりルルは目を回していた。
 何が起こっているのかの状況すら掴めずに、無事に地面へ降り立てると信じながら。

 しかし、結果は先ほどと同じだった。

 空高くに戻ってきたスライムバス。
 このままだと一向に降りられる気がしない。
 仕方なくルルは改めてスライムに言う。


「だ、だからここで下ろしてくれたらいいんだよ!!」
「ぷー!」


 突然スライムバスが消え、ルルは空中に放り出される。


「えっ!?」


 思わず困惑の声を上げるが、呆けている余裕もなくそのままルルは地面に向けて落下していく。


「落ちる落ちる!!!!」


 このまま地面にぶつかってしまってはまず助からないことは容易に想像が付く。
 ルルは目を回しながらも必死に頭も働かせていた。


――どうしたら……そうだ!


「スライム君!!」
「ぷー♪」


 すべてを説明しなくても理解してくれたようで、スライムはパラシュートへと姿を変えていた。
 そのおかげで落下速度はマシになる。

 しかし、それだけであった。

 そのままルルは地面に激突する、……瞬間にスライムがクッションに変わり、ルルと地面の間に入ってくれる。


「た、助かったよ……」


 感覚が麻痺してしまいまともに立ち上がれない。
 
 自身に治癒魔法をかけるとその感覚も戻ってくる。


「ふぅ……、なんとか助かったかな……」


 ただ生き延びることに夢中でどうして地面に降りようとしていたのか、その目的をすっかり忘れてしまっていた。
 すると、突然側にいた少女から声をかけられる。


「あ、あの……。もしかして天使様ですか?」
「えっと、意味がわからないんだけど――」


 貧困街の聖女、無色の魔女と来て、ここにきて新しい称号を追加されそうになり、思わず即答で否定していた。


「あっ、ごめんなさい。あと助けてくださってありがとうございます」


 お礼を言ってくる少女。よく見ると彼女には無数の傷があった。


「うーん、ちょっと待ってね。えいっ」


 なんとなく魔法を使う仕草的なものを入れてみてから魔法を使う。
 もちろんただの気持ちの問題だったが。
 それでも少女についていた傷は一瞬で治っていた。


「う、嘘……。あ、あなたは一体……」
「私? ただのルルだよ?」
「……女神様ですか」
「耳、大丈夫? もう一回治そうか?」
「いえ、大丈夫です」


 助かるなんて考えていなかった少女は、次第に今あった出来事が鮮明に蘇る。


「そうだ、お父さんとお母さんは?」


 慌ててどこかへ駆け出す少女。ルルもそれに付きそうと少し進んだ先に一台の馬車が見つかった。
 その近くで四人の人が倒れている。
 リッテが慌てて倒れていた男性に近づく。
 お腹に剣を刺されたようで、血が絶え間なく流れ出ていた。


「お父さん……、お父さん……」
「り、リッテか……。よ、よくお聞き……。これからはお前がイーロス商会を引き継ぐんだ……」


 どうやら父親は辛うじて息はあるようだった。
 息も絶え絶えになりながらなんとか言葉を発していた。


「嫌だ。お父さん、お母さん、死んじゃいやー!!」
「わ、わがままを言わないで、愛しのリッテ……。私たちはもうダメ……。だから――」


 母親もまだ息があるようだ。
 しかし、リッテをかばった際に背中から剣を貫かれた傷から絶え間なく血が流れ出ている。
 父親が焦点の合わない瞳をルルの方へと向ける。


「あ、あなたがリッテを救ってくださったのですね……。しょ、商会に戻ればお礼をできますので、それまでリッテの護衛を――」
「その話はあとからでいいかな? えいっ」


 父親の言葉を遮ってルルは治癒魔法を使う。
 四人全員を対象に使ったものだから、ルルから発せられる無色の光はより一層強く輝く。
 そして――。


「お母さん……、お母さん……」
「あ、あれっ? 痛くないわ。傷も塞がってる」


 泣きじゃくるリッテにしがみつかれていた母親は、今にも意識を失いそうな状態だったのが嘘のように、体が完治していた。


「う、嘘だろ? 本当に治ってる!?」


 それは父親の方も同様で傷があったのが嘘みたいに綺麗さっぱりなくなっていた。
 そして、護衛の二人もほどなくして起き上がってくる。


「お母さん、お父さん、良かった。良かった……」
「こ、これは女神様のお力ですか?」
「真の聖女様だ……」


――両親と言い、この子と言い、人に新しい称号を付けようと躍起になりすぎじゃないだろうか……。


 もちろんそんなつもりはなく、死ぬと思っていたときに蘇生したのだから神の力にしか思えないのも無理はない。
 しかし、これ以上変な称号を付けられて目立つのはルルとしては不本意だった。


「わ、私はただのルルです! 普通のルル! それだけ覚えて貰ったら十分ですから!」


 だからこそ、三人に対して強くそう言い聞かせる。


「わかりました。そういうことにしておきますね」


 ルルの必死の発言もむなしくあまり信じてはもらえなかったみたいだが……。