無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 ルルが掃除を行った詰め所では今日も騎士たちがたくさん押しかけていた。
 掃除をするときだけは皆出払うように指示があったのだが、それはあのときだけ。基本的には詰め所には最低二人がいるのだが――。


「な、なんだこれは!!!」


 掃除の次の日に来た騎士が扉を開けた瞬間に大声を上げていた。
 すると、後ろにいた別の騎士が昨日の出来事を教える。


「昨日、全員詰め所に来ないように言われてただろ? なんでも清掃屋を雇ったらしい」
「しかし、いくら何でもこれは綺麗すぎないか?」


 あのいつ壊れるかもしれない、古い詰め所がまるで建て替えたように綺麗になっていたのだから、騎士が驚くのも無理はない。

 しかし、その驚きは部屋に入っていないものには伝わらなかった。


「綺麗って言っても所詮掃除だぞ? 何をそんなに驚いて――」


 外にいた騎士が中へと入ってくる。
 そして、前にいた騎士と同様に口をぽっかり開けて呆ける。

 激しい訓練を耐え抜いた汗の臭いが染みつく詰め所が、まるで最初からこうであったかのように無臭に。いや、どこか清涼感すら漂う場所へと変わっていたのだから驚くなという方が無理だった。


「な、何だこりゃぁぁぁ!!」
「だから言っただろ!」
「お、俺が聞いてたのは確かに清掃屋を入れるってことだけだぞ?」
「そ、そうだ、団長に聞けば……」
「団長ならアベル王子の具合が悪くなって、今王都は戻ってるらしい」
「真相は闇の中……か」


 確かに部屋が綺麗になっていたのはとんでもないことである。しかし、言い換えてみればただそれだけ。
 この時の騎士はまだこの部屋の異常さの半分も気づいておらず、次第に綺麗になった詰め所への関心は薄れていくのだった。







 その異様さに気づいたのは掃除が終わった数日後。
 あの綺麗だった詰め所が次第に昔の汚さを取り戻しつつあった頃だった。

 いつものように騎士同士で仕合を行っていた時、剣がポッキリと折れてしまう。


「大丈夫か!?」
「俺は……な。でも剣が――」


 騎士の男、キーンの表情が曇る。
 騎士はそれなりに給金をもらっているが、それでも剣を買うとなると数ヶ月分が吹き飛んでしまう。
 一応支給の武器はあるものの、それは誰でも使えるように乱雑に樽の中へ入れられており、ろくに手入れもされていないことから刃が欠けたりしていた。
 欲しいものがあったらもらって良いものなのだが、基本的には使えなくなった武器を置くゴミ箱と化していた。

 それでも新人の頃は自分用の剣を買う金がなくて重宝するのだが……。
 とにかく、それなりに経験を積んだ今、やはり手に馴染んだ自分用の武器を作る事は必須であった。


「仕方ない。新しいものを買うか――」


 必要な出費とはわかっていても額が額ということもあり、キーンの気持ちは晴れなかった。
 帰りにでも鍛冶屋に寄って帰るか、と考えながら今日のところは支給用の武器を使い訓練を続けることにする。ところが――。


「な、なんだこれは!!!!」


 樽に入れられた支給用の武器を取った瞬間に思わず声を上げてしまう。


「ど、どうしたんだ!?」


 その声に驚いた別の騎士たちがこぞって詰め所へとやってくる。
 そこで目にしたのはやや光を帯びた新品の剣を手に持つキーンの姿であった。


「お前……、魔法剣なんて高価なものを買ったのか?」
「か、買えるはずないだろ……」
「……そうだよな」


 魔法剣――魔法が付与された剣なのだが、物体に魔法を付与するのは相当高度な技術を必要としている。その効果は付与した魔法使いの力量によって大きく作用され、多大な魔力を必要とすることから、付与ができる魔法使いは限られていた。

 魔法の強さは数字で表され、数字が小さくなるほどに強力な魔法であるとされていた。
 更に使える魔法によってその魔法使いの能力も測られていた。

 第十位魔法からは見習い魔法使いと呼ばれ、第九位魔法から初級魔法使い、第六位から中級魔法使い、第四位から上級魔法使い、第一位から最上級魔法使いと呼ばれる。
 そして、その最上級を越えた超級として色を冠した『色環の賢者』がいるのだった。

 付与が使えるとされるのは一般的に上級魔法使いからで、しかも上級になりたての魔法使いならば、ほぼ一日分の魔力を消費してようやく一本の付与ができる程度である。

 何本もポンポンと付与ができるルルがおかしいだけで。

 だからこそ魔法剣は貴重で、一本買おうとするとそれこそ館一つ分くらいの金が必要になったのだ。

 一介の騎士に買えるようなものではない。
 それこそ騎士団長クラスがようやく手にできるようなもののはずだった。

 それがなぜか支給品置き場の樽に置かれていたのだから驚かずにはいられない。


「こ、これ……、もらっても良いのか?」


 本来あるはずのないものがあった。
 これはつまりこの剣が自分を選んだ結果なのだろう、と都合良く解釈する。

 一体この魔法剣を誰が作ったのか、と調べようとするが本来魔法を付与したものを冠する文字なり絵なりがが合わせて描かれるものなのだが、この剣には何も描かれてはいなかった。


「まさか、『無色の魔女』が?」


 それならば何も描かれていないことの説明が付く。
 むしろ何も描いていない(・・・・・・・・)ことが彼女が付与したことの証明でもあった。
 もしそうならば色を冠する超級魔法使いによる付与である。

 まず間違いなく最高性能を持った魔法剣。
 国宝級の剣であることは間違いなかった。

 もちろんルルは付与するときにそんなものも一緒に刻むなんてことは知らなかっただけだし、そこまで大げさになるとも思っていなかっただけだが。


「お、おい、見ろよ。支給品の武器が全部付与されてるぞ! 剣だけじゃない。他の武器も全てだ!」


 自分だけが選ばれたのじゃないのか、とがっかりするキーン。
 ただ、全員分の武器があるということは自分たちが『無色の魔女』に選ばれた騎士団である、ということの証であった。もちろんそれは勘違いだが。

 それを聞いた瞬間に騎士たちが支給品置きの樽へと詰めかける。
 各々がより自分にあった武器を探そうと――。

 一足先に武器を手に入れていたキーンはそっとその場を離れ、白昼の下で剣をかざす。

 魔法剣と言うには属性の色があまりに薄い。しかし、その込められた膨大な魔力からはこれが魔法剣であることを主張してくる。


「これが『無色』の魔法……。そういえば無色の魔法ってどんな効果があるんだ?」


 魔法剣は通常の剣戟に加え、その属性の魔法効果も与えられるというものだった。

 無色の魔法で言うならば、治癒がそれに当たるが他にもある。
 黒靄……、属に言う瘴気に対する特攻効果である。

 簡単に言えば絶対に壊れない武器で、瘴気を纏った魔物などに絶対の能力を持つ武器ということだった。
 それによって、この魔法剣は聖剣と呼ばれ、この部隊は『聖剣部隊』と呼ばれることとなるが、それはまだまだ先の話であった。

 もちろんそのこともルルはそのことを全く知らず、「そんな格好いい部隊があるんだ? 勇者ってたくさんいるのかな?」なんて妄想するのだった――。