無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 王との城門へと向かう。
 どこの門でも同じなのか当たり前のように止められる。


「待て。お前たちは何者だ?」
「俺たちは食うに困って何か仕事がないか探しに来たんだ」
「ちっ、スラムのガキか。身分証はあるのか?」
「わ、私は――」


 そういえばまだ作っていなかった。
 ルルは顔を伏せる。


「スラムの人間がそんなものを持ってると思うのか?」
「だよな。今王都は警戒中だ。下手なやつは入れることができん! だがな――」


 意味深に門兵は口を閉ざす。
 その視線は城壁の一部へと向けられていた。

 そこは何かに壊されたのか小さな穴が開いている。
 大人は入れない、小柄な人間が辛うじて入れる程度の穴だから修理を後回しにされているのかもしれない。

 そして、それはスラムの子供達の出入り口になっているのだろう。
 本来ならそれを止めるべきであろう門兵だが、子供達だと何もできないと高をくくっているのか、勧めてくる始末だった。

 でもそれが今のルルにとってはありがたかった。


「ありがとうございます」
「いや、俺は何も言ってない。仕事の邪魔だ、さっさといけ!」
「はいっ!」


 門兵に言われるがままルル達は壊れた城壁から中へと入っていく。







 壁を越えた先にあったのは王都のスラム街だった。


「ちっ、ここも相変わらずか」


 道に座る痩せこけた人たちを見て、エリオは顔を歪める。


「ここの人たちも黒い靄が……。少しだけ待っててくれる?」
「一体何をするんだ?」


 エリオは不思議に思う。
 ルルは膝をつきスラムの皆からこの黒い靄が取り払われるように祈る。

 すると、ルルから強めの光が発せられて、それがルルにだけ見える黒い靄を払っていた。


「今のはまさか……?」
「えっと、エリオ君にしたのと同じやつかな?」
「ちょっ!? そんなことをしたら騒ぎが起こるじゃないか!? せめてやるなら王子に使ってからにしてくれ!」
「あっ……。ごめん。困ってる人がいたら見過ごせなくて――」
「別に怒ってるわけじゃない。ただ、フードは被っておけ」


 エリオに無理矢理フードを被せられる。
 それと同時にスラムから驚きの声が上がる。


「治った!? 俺の怪我が治った!!」
「苦しくないぞ?」
「見える……。目が見える……」


 騒ぎが次第に大きくなっていく。
 エリオはルルの手を引き、駆け足でスラムから逃げ去っていく。


「ちょっと、エリオ君。はやい。はやいよ……」
「もうちょっとだけ走れ。騒ぎが収まるまで」
「はぁ……、はぁ……」

 すでに足は限界。それなのにエリオに引っ張られるから無理矢理走らされる。
 呼吸が乱れ、ろくに町並みを見ることもできない。

 ゆっくり歩いていたら町のおかしな空気に気づくことができたかも知れないが、今のルルにそこまでの余裕はなかった。
 そして、気がつくと城の前へとたどり着いていた。







「大きいね……」
「そうか? 城ってこんな物じゃないのか?」
「私、お城って初めて見るから……」


 深い堀に跳ね橋が架けられた門からしか入れない巨大な石造りの城。
 とてもじゃないが侵入しようとして侵入できるようにも見えない。


「ここからどうしよう?」
「どうするって何も考えていないのか?」
「うん……」
「はぁ……。とりあえずどこに王子がいるのかだけでも探らないとな」


 それなら案外簡単に見つけられるかもしれない。
 ルルはぼんやりと城を眺めるとどす黒く吐き気を催すようなほど禍々しい靄を漂わせてる部屋を発見する。

 さすがにこれだけの物は今までに見たことがなく、余裕がまるでないことがうかがい知れる。


「エリオ君、ちょっと行ってくる」
「ま、待て! 行くってどうやって――」
「スライム君、できるかな?」
「ぷー!!」


 止めようとするがそれより先にルルが飛んでいく。
 スライムがロープ上に伸びていき、それがどす黒い靄を漂わせている部屋の窓に固定され、そのままルルは窓の方へと引っ張られていく。


「エリオ君は少し待っててね」



◇◆◇


 アベルは生死の境を彷徨っていた。

 元々病でいつ死ぬともわからぬ命。
 それにとどめを刺すかのように偽アルタイルから送られた毒薬。

 すでに弱っていたその体で、それでもまだ命があるのは偏にアベルの精神が為せるものだった。

 それでも風前の灯火。
 朦朧とする意識の中、走馬灯のようなものをみた。

 幼少の頃、アルタイルと共に剣を磨いたこと。
 父のようになりたく帝王学を学んだこと。

 たまたま才能があったのか、アベルはめきめきと頭角を現し、次期国王にと推すものが現れる始末であった。
 当のアベルにはそんな意思はなく兄を支えていこう、としか考えていなかった。
 それがどうして兄弟で争うような羽目になったのだろう。

 すでにほとんど目が見えなくなっている。
 掠れた背景の中、なぜかそれだけははっきりと見ることができた。

 白いガウンに身を包んだ魔女のような人物。
 顔はすっぽり隠されているが、そもそもぼんやりとしか見ることができない今の状況だと誰なのかもわからない。


「し……か……く……?」


 自身の命を狙う刺客が現れたのでは、と警戒する。
 しかし、わざわざ今の状況の自分を狙わなくてもあと数時間も経てばこの命の灯火は消えてしまうだろう。

 無駄な労力をかけてしまったことを申し訳なくすら思う。

 力のない手をその刺客へ向けて伸ばすと包み込むように握られる。
 その瞬間にアベルの体から生きる活力のようなものが生み出される。

 ぼんやりと掠れていた視界がはっきりと見えるようになってくる。

 刺客だと思っていた人物はどうやら小柄な少女であることがわかる。
 フードで顔を隠されており、その姿ははっきりと見ることができない。
 ただ、その姿は以前アルタイルから聞かされていたことがあったそのままである。


「『無色の魔女』……か?」
「びくっ!?」


 魔女は自分が声をかけると驚き、思わずカーテンの裏に姿を隠していた。


――はははっ、なかなか見つからなかった理由はこういうことか。


 どうやら魔女はとてつもなく恥ずかしがり屋のようだった。
 そんな相手なら地位を与えると言っても逆に離れていってしまうであろう。


「あっ、すまない。驚かせてしまったか?」
「い、いえ……。大丈夫です……」
「君が治してくれたのか?」
「その……、まだ完治してないのでもう少しだけ待ってください」
「そうか……」


 アベルはそれ以上何も言わずに様子を見る。
 すると少女から話しにあった透明の魔力が発せられ、その結果アベルの体はすっかり元の調子に戻る。


「これで……大丈夫だと思います。どこかお体に異変はありますか?」
「あぁ、おかげでずいぶんと体が良くなった。まさか生き延びることができるとは思わなかったぞ」
「それならよかったです……」


 安心する少女。
 それを見たアベルは真剣に考える。


――アベルが『無色』を冠するように提案してきたのは当然だな。


 誰も使えないはずの体の病を癒やす魔法。しかもこれほどの力を見てしまったらそういうのも当然であった。
 しかし、囲もうとするとこの少女のことだ。離れていってしまうことは目に見える。
 どうすればよいか……。


 アベルは少し考えた上で運動不足で重くなった体をゆっくりと起こす。


「あわわっ……。だ、大丈夫ですか!?」


 少女が慌てふためく。
 しかし、それを気にすることなくアベルは側にある机から剣と鷹が描かれたエンブレムのついたネックレスを取り出す。
 それはまるでガラスのように透明で、ただ強度は鋼よりも固い。


 同じ形のエンブレムはこの世にたった七つしか存在しないものである。
 一つとして同じ色のものはなく、透明色のものはこれ一つだけである。


――アルタイルに言われて作っておいて正解だったな。


 それは色を冠した者の証とも言うべきものであった。

 ただ、そんなことを知るよしもない少女は慌てふためく。


「そ、そんな高そうなもの、受け取れませんよ。ぎ、銀貨一枚くらいでももらえたら私はそれで――」


 とても謙虚な少女で、それがますますアベルは気に入る。


「はははっ、もちろん金で良かったらいくらでもやろう。そうだな、このくらいでどうだろうか?」


 机に入ったままになっていたアベルの私財。
 金貨より上の価値がある白金貨が入れられた袋を渡す。

 価値としては金貨の百倍。
 貴族間以外ではほとんど使われることのないもので、市場にはほぼ出回ることがないものでもあった。

 それが袋いっぱい。
 小さい袋ではあるが、百枚は優に入っているだろう。


「こ、こんなに受け取れませんよ!? たいしたこともしてないですし。一枚だけで良いですよ……」
「そうか……。なら一枚だけ渡して、あとは今後君が必要になったときのために私が保管しておく、というのはどうだろうか?」


 これは口実だった。
 これでもし何かあったときに彼女は真っ先に自分のところへ来てくれるはず。
 そう考えてのものだった。


「えっと……、そ、それなら……。でも、勝手に使っても良いですよ」
「はははっ、そんなことはせん。命の恩人の大切な資産だ。厳重に保管させて貰うよ」


 そういうと白金貨一枚と渡した後、透明のネックレスを少女に付ける。

 見た目通り子供にしか見えないほどの小柄な少女。
 しかし、王子を前にしての落ち着き方や謙虚さを見るに見た目通りの年齢とは限らない。


――魔女か。確かにな。


 アベルはようやく笑みを浮かべる。


「なにか困ったことがあればこのエンブレムを見せて、『グランファイゼン』……、いや、『アベル』の名前を出して貰っても構わない。アベルと縁のある者だと言えば悪いようにはされないだろう。もちろん、直接ここへ来て助けを求めてくれても構わない。いつでも力になろう」
「な、何もないと思いますけどそのときはよろしくお願いします」


 なぜか助けてくれた少女が深々と頭を下げるのだった。