無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

 アルタイルは必死に走り抜け、僅か二日という短い時間の中で王都へとたどり着く。
 いつもなら人々が行き交い賑やかな王都だが、今日はなぜか静まりかえっていた。
 建物は暗く、月明かりだけが建物を照らしている。
 その月も赤く光り、なお不気味さを醸し出している。


「嫌な空気だな。まるで不幸な出来事でも起こりそうな……」


 ただ何か起こったとしてもこちらにはかの『無色の魔女』より賜った薬がある。これがあればどんな怪我病気ですら一瞬で治ってしまうであろう。

 剣の具合だけ確かめた後、まっすぐ城へと向かっていく。
 しかし、アルタイルがアベルと対面することも、まして城に入ることもなかった。


「反逆者アルタイル! アベル第二王子殺害未遂の容疑で拘束する!!」
「待て! 一体どういうことだ」
「貴様の薬のせいでアベル王子は意識不明だ! 抗議があるなら尋問のさいにするんだな」


――やられた。これではせっかく無色の魔女の薬があったとしても飲んで貰うことはできない。


 おそらくは第一王子派の連中の仕業だろう。
 さすがに無色の魔女については詳細に知られてはいないだろうが、病気を治しうる薬を持ち替えるかも知れない、と考え先に手を打ってきたのであろう。
 そこまで考えられなかった自分のミスか。

 アルタイルは口を噛みしめながら兵に牢へ連れて行かれるのだった。



◇◆◇



 門のところでエリオと合流したルルはすぐさま王都へと向かい走り出した。
 そして、数分後。


「え、エリオ君……、ちょ、ちょっと待って……」
「何言ってるんだ? まだ走り出したところだぞ」


 息を荒くし、額からはとめどなく汗が流れ、すでにその足は歩いているのと遜色がないほどの速度しか出ていなかった。


「この調子だと間に合わなくなるぞ?」
「そ、そんなこと言ったって……」


 日頃からよく動き、身軽なエリオとついこの間までまともに運動のできなかった病弱なルル。
 その運動差は歴然としたものがあった。


「はぁ……、少し休むか?」
「そ、そうしてくれると助かるよ……」


 ため息混じりに立ち止まるエリオ。
 それを見たルルは気にもたれかかるように座り込み、水筒から治癒魔法が付与された水を飲んでいた。
 当然ながら傷を負っていないその体は癒やされることがない。


「どんな傷でも治してくれるこの水も体力は回復してくれないんだよね。不便だよね」
「体力は関係ないだろ。どんな病気でも治す聖女の秘薬だぞ?」
「秘薬なのにできないことが多すぎるよ」


 結局わがままに過ぎないのだが、文句を言わずにもいられなかった。


「仕方ない。少し遅くなるが俺が背負っていくか?」
「せ、背負って!?」


 ルルの顔が真っ赤に染まる。


「どうした? 良い案じゃないか?」
「だ、だって私はその……、昨日とか食べ過ぎちゃったし……」
「はははっ、これでも鍛えてるからな。多少重くても大丈夫だ。痛っ」


 エリオの言葉にルルは彼の頭をたたき始める。


「べ、別に太ったわけじゃないよ。残すのも悪いからって全部食べただけだから……。それだけだよ!?」
「わかった、わかったから叩くのは辞めてく――」


 急にエリオの表情が真剣な物へと変わる。


「どうしたの、エリオ君?」
「しっ、静かに……」


 エリオが見つめる先にあるのはなんの変哲もない普通の草むらだった。
 一体何がいるのだろう、とルルも覗き込むようにしてその草むらを見る。

 するとカサカサ、と風ではない何かによって草むらが揺れていることに気づく。


「だ、誰?」


 ルルの声に反応するように草むらから姿を見せたのは半透明の球状の物体だった。


「……ぷ?」


 鳴き声のような、ただ息が漏れただけのような変な声を出す物体。


「スライムだ! 弱い魔物だが気をつけろ!」


 エリオが注意を促してくる。
 すでに彼はどこから取り出したのか短剣を手に添えて相手の動きを伺っていた。

 しかし、スライムはそんな彼には感心がないのかジッとルルの方を。正確に言えばルルの手を見ていた。


「もしかしてこれが欲しいの?」
「ぷー!!」


 すごく喜んでいる。
 どうやら本当にこの水が欲しかっただけのようだった。


「なくなったら汲んできたら良いだけだから、欲しいなら上げるよ?」
「おいっ。それでスライムの傷が治って襲いかかってきたらどうするんだ!?」
「大丈夫だよ。この子、傷なんてないし。それに襲ってくるつもりならとっくに襲われてるよ」
「た、確かに……」


 エリオと違い、ルルは丸腰であった。
 武器も持っていない上に運動神経は皆無。

 襲われた場合、その身を守る手段を一切持っていなかった。
 もちろん自分の身を軽んじて何も買わなかった、というわけではない。

 値段がとんでもなく高いのだ。
 エリオの持つ短剣ですら買おうとしたら金貨が複数枚必要になるほどだった。

 さすがに手の届く値段ではなかったためにルルの武器は依然として木の枝である。
 伝説の勇者と同じ初期装備と言えば聞こえが良いかもしれないが、木の枝はどこまで言っても木の枝。
 何かをたたき付けたら即座に折れてしまうような一品である。

 そんな超絶貧弱装備のルルなのだから戦わなくて済むなら戦いたくない、という気持ちは痛いほどによくわかる物だった。

 ルルが水筒を差し出すとスライムはそれを器用にゴクゴクと飲み始める。
 するとすぐさまスライムの体に異変が起こる。

 突然スライムが透明の光に発光したかと思うと、その体の色もどこか透明に近づいていた。


「ぷー!!」


 嬉しそうにルルの周りを飛び始めるスライム。
 どうやら水筒の水が気に入ったようだった。


「魔物……、人に懐く物なのか?」
「えっと、これって懐いたって事なの?」
「ぷー♪」


 エリオの代わりにスライムが返事をしてくれる。


「大丈夫みたい……だな?」


 エリオも半信半疑でどう反応して良いのかわからなくなっていた。
 試しにルルはそっとスライムを手に持つ。

 すると、抵抗なくスライムを抱きかかえられる。

 微妙にへこむ柔らかさ。それはまるで柔らかめの枕のようだった。


「あー……、これは気持ちいいね……」


 トロンとした目になる。
 今にも眠ってしまいそうな心地よさ。


「お、おいっ、そいつ……」


 エリオの驚く声によって強制的に起こされる。


「どうしたの……?」
「形がなんか四角くなってないか!?」


 エリオに言われてみてみるとスライムの形は長方形にその長手方向の両側にヒラヒラ。属に言う枕に変わっていた。


「えっ? ど、どうして枕に!?」
「俺が知るか? そいつに聞いてみたらどうだ?」
「ぷー♪」


 スライムは嬉しそうだった。
 そして、自然と元の体に戻っていった。


「もしかして、姿を変えられるの?」
「ぷー♪」
「それなら例えばこんな形はどうかな?」
「ぷー♪」


 地面に車の絵を描くとスライムもそれと同じ形へと姿を変える。
 これならあっという間に王都までたどり着けるのではないだろうか。

 口をぽっかり開けるエリオを他所にルルは車の中に入ろうとする。
 しかし、扉は開くことがなく、窓が広がってそこから中へ入ることとなった。


「エリオ君も乗って」
「だ、大丈夫なのか、それ?」
「えっと、多分?」


 さすがに実際に試したわけじゃないので、安心させる言葉を吐けなかった。その結果、エリオの不安を更にかき立てることとなった。


「そんなことをしなくても俺が運ぶぞ? なんかその箱は重そうだ」
「ぷっ!!」


 エリオとスライムが視線をバチバチと飛ばし合う。


「まずはスライムさんからだよ。私の想像通りに動くならこっちの方が早いからね。ダメなら素直にエリオ君に背負われるよ」
「約束だぞ?」


 それだけいうとエリオも反対の座席に座る。


「あれっ? これハンドルとかないけど動くの?」
「ぷー♪」


 スライムの嬉しそうな声と共に車は動き出す。
 ただし、ルルの予想もしてない動き方で。


「ぷー♪」
「わわっ!?」


 突然車は飛び上がると一定間隔にバウンドしながら進んでいった。

 まるでスライムが跳ねて動いてるかのように。
 その絵図は猫○スが移動するかのごとく。


「これは早くて良いな」
「高い、高いよ……」


 楽しそうに笑うエリオに対して、いつ振り落とされるのか気が気でならないルルは目に涙を浮かべ必死にドアにしがみついていた。







 ひたすら叫び続けぐったりとしているルル。
 ただその甲斐もあって、わずか一日足らずで王都までたどり着くことができていた。


「も、もう乗りたくないよ……」
「そうか? 俺は楽しかったけど?」


 ルルとは違い、エリオは興奮冷めあらぬ様子だった。
 そして、スライムは元の球体に戻る。


「ここまで送ってくれてありがとう」
「ぷぅ……」


 スライムはどこか寂しそうな声を上げる。
 ルル自身も愛着が湧いており、離れてしまうのは悲しかった。


「良かったら一緒に来る?」
「ぷっ??」
「町の中だと窮屈な思いをさせるかもしれないけどね。それで良かったら」
「ぷぷー♪」


 どうやらスライムは喜んでくれているようだった。
 そんな一人と一匹を見てエリオはため息を吐く。


「町へ入るなら何か持ち物に変身させたらどうだ?」
「それいいね。例えば私の武器、とかどうかな? うーんと強そうに見えるやつ!」
「ぷぅー」


 スライムは少し迷った上で細長い杖状の形になっていた。

「これなら問題ないね」
「透明の杖なのが気になるけどな」
「大丈夫だよ、きっと。それよりも――」
「あぁ、急ぐか」


 ルルたちは王都の城門へと足を運ぶのだった――。