無色の魔女は染まらない~転生した病弱少女は世界でただひとりの治癒魔法師~

「ど、どうしてこんなことに…」


 ラインヘル王国の騎士団長であるであるアルタイル・ライトバルトの服は自身の血に濡れて赤く染まっていた。

 王子の護衛で街道を進んでいたアルタイルたち騎士団は突如魔物の群れに襲われた。
 騎士団の面々に王子を守らせて自身は魔物の群れに突っ込んでいき、這々の体で追い返すことには成功したのだが、その際に騎士団に紛れ込んだ暗殺者に刺されてしまったのだ。

 止めどなく流れていく液体に刃物に塗られた毒も相まってアルタイルの意識は次第に薄くなっていく。
 既に致命傷で治す術もない。もう自分はここで終わりなのだと理解する。


「俺は――まだ死ねない!!」


 悔しさのあまり口を噛みしめ、手を月明かり照らす空へと伸ばす。
 わずかばかりの生にしがみつこうとする行為だったが、当然ながらむなしく空を切る。
 その瞬間に空が黒に染まる。
 ついに死神のお出ましかとアルタイルは覚悟を決めるが、一向に最後の時が訪れない。


――違う。これは人の影だ。


 すっぽりと頭を覆っているフードでその顔は見ることができない。
 しかし、長い黒髪が風でなびいているのだけはわかる。
 白色のモコモコとしたフード付きガウンで体型も計り知ることはできない。
 それでも比較的小柄な人物であることはわかった。


「あ、あの……、だ、大丈夫ですか……?」


 その声で少女のものだとわかる。
 そのあまりにも現実離れした、魔女としか言い表せないその容姿に、ついに自分は幻覚を見るようになってしまったかとさえ思ってしまった。

 その瞬間に少女の手から目に見えない何かが発せられた。

 魔法ではない。光は発せられていると思うのだが、ほぼ透明色。そんな色の魔法は聞いたことがなかった。

 すると、次第に失ったはずの体の感覚が戻っていく。そこでその少女が自分の手を握っていたことに気づく。


――嘘だ。傷を癒やす魔法なんてこの世に存在しないはず。


 その光景は夢にしか思えず、朦朧とする意識の中、尋ねずにはいられなかった。


「君は……?」
「私……ですか? 私は――」


 その先少女が何を言ったのかわからない。全て聞き終える前にアルタイルの意識は落ちてしまった――。



◇◆◇



 橘ルル(たちばなるる)は生まれつき病弱で人生のほとんどを病院の中で過ごしていた。


 彼女にとっては窓の景色が世界の全て。
 それでもいつか外の世界を見てみたいと思っていた。


 その夢も叶わずに十五歳という短い人生の幕を閉じるのだった。
 しかし、次の瞬間に彼女はどことも知れない白い空間へ飛ばされていた。


「あれっ、ここは?」


 周りを見渡すが特に何かが見えるわけでもなかった。
 見渡す限り水平線。
 すると、突然光り輝き、可愛らしい大人の女性が現れる。


「ここは賽の河原だよ」
「賽の河原って死んだ子に石積みをさせるっていうあの……?」
「えっ? 死んだあとの世界って事なんだけど、石積みたいの? ちょっと待ってね」


 女性が指を鳴らすと目の前にたくさんの小石が現れる。


「ど、どこから出したのですか?」
「私は神さまだからね。このくらい簡単にできるよ」


 そういうと神さまを名乗った女性は更に石を出しまくる。


「神さま……。そっか、私は死んだんだ……」


 元々いつ死ぬかもわからない状態だった。
 だからそれほど驚きでもなかった。

 敢えて言うなら世界を見て回るという夢を叶えられなかったのだけが心残りだった。


「その夢、叶えられるよ?」
「そんな気休め……」
「私を誰だと思ってるの? 私は神さまだよ」
「――私に何をさせるつもりなのですか?」


 いい話には必ず裏がある。
 これもきっと裏があるのだろうとルルは疑いの目を向けていた。


「敢えて言うなら世界を見て回って悪い瘴気が出てる場所を浄化してほしいくらいかな?」
「浄化? 私はそんなことできないですけど?」
「君にしかできないの! 私は死んだ人を新しく転生させることができるんだけど、その際に一つ、能力を与えることができるんだ。でも、その能力は自由に選べなくて、生前にその人が最も強く望んだ能力が付与されるの。君の場合は当然ながら病を治して世界を見て回りたいってことだよね?」
「……はい」
「だからこそ君に与えられる能力は『治癒魔法』の能力なんだよ。これがないと瘴気を浄化できないからね。いやー、瘴気が出てきたときはどうしようかと思ったけど、助かったよ」


 神様はだらしなく笑みを浮かべる。
 よほどまずい出来事が起こっていたのだと、ルルでもわかった。


「私、瘴気なんて見たことがないですけど、そんなものが日本に出てたのですか?」
「あー、違う違う。君が転生する先は今までの世界じゃなくて全く違う世界だよ。私が管理する世界」
「そっか……」


 心残りがないかと言われると嘘になる。
 両親を残して先に死んでしまったこと。今までの世界を見て回ることができなかったこと。
 しかし、それを差し置いても世界を見て回ることができるのが嬉しくもあった。
 どのみち、落としてしまった命なのだから。


「わかりました。世界を見て回って、気になった瘴気を治療したら良いんですよね?」
「そうそう、ちょちょいって感じで治療してくれると嬉しいな。直接魔法を使うか治癒の効果を付与した水なり武器なりで払ってくれたらいいからね」
「一応確認ですけど、その『治癒魔法』があるってことはその世界には『魔法』があるんですよね?」
「もちろんだよ。魔物もいるし魔法もある。転生先だと上位十位には入る人気のある世界なんだよ」


 エッヘン、と胸を張る神様。
 それならそれほど自分が目立つこともないかな、と安心して頷く。


「あっ、でも、向こうの世界だと私の名前、目立たないですか?」
「そこは問題ないよ。ちゃんと向こうの世界用の名前を用意してるからね。えっと…、あった」


 神様が空中を触ったかと思うと突然目の前に画面が表示される。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:ルル・アトウッド
年齢:15歳
職業:見習い治癒師
能力:『治癒魔法:LV1』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「アトウッド?」
「あぁ、そこは気にしないで。君が望むように平凡なものを選んだからね」
「名前が変わったからって容姿がかわったりとかは……」
「もちろん転生前のそのままで送ってあげるよ。安心してね」


 ルル的には少しくらいおまけしてくれてもいいのにな、と思ってしまった。
 それもそのはずでルルはずっと入院していたこともあって、同世代の子と比べるとやや発育が遅かった。
 小学生に見られるほど小柄で細身。

 でも、病気が治るわけだからこれから一気に成長するかも知れない。


「他に何か質問はあるかな?」
「大丈夫です……」
「うんうん、それじゃあ早速行ってみようか。きっと玉の輿を目指せるよ!」
「えっ!?」


 困惑するルルをよそに神様がパチンと指を鳴らすと突然光り輝く渦が現れ、その中へルルは飲み込まれていった。







「ここは……どこ?」


 次にルルが目を覚ますと見たことのない森の中で寝かされていた。


「本当に転生したんだ……」


――同じ体なのに転生っていうのも変だよね? でも一度死んだわけだし。


 まずは自分の持っているものを調べる。


「って病院で着てた寝間着のままだよ!?」


 服装は信じられないことに病院で着ていたモコモコとしているフード付きの白いガウンだった。
 ルームウェアとして着ていたもので着心地がいいものだが、外を出歩くような格好ではなかった。

 思わず顔を赤く染め、周りの人に見られていないかキョロキョロと見渡す。
 どうやら誰もいないようだった。

 ただ、その瞬間に息苦しくなる。
 実は神様は一度も病気を治した、とは言っていなかったのだ。
 どこか抜けている神様だったので、本当に死ぬ寸前の体のまま。つまりは病気で死にかけている状態のまま転生させてしまったのだろう。


「ま、また世界を見れずに死んでしまうの? そ、そんなのは嫌……」


 助かりたい、と強く思った瞬間にルルの体が光り輝く。


「これってもしかして『治癒魔法』?」


 体の中が暖かい光で覆われる。


――これなら。


 自分の病気が治るように強く祈る。
 すると次の瞬間に息苦しさが消え、光が収まっていく。


「治った……の?」


 あれだけ自分が悩まされた病気がこんなに簡単に治ってしまったことに半信半疑だった。
 しかし、体を触ってもなんともなかった。


「本当に『治癒魔法』を使えるんだ……。これなら本当に旅ができるかも。でもまずは人が住んでる町を探さないと」


 薄暗い森はさすがに恐ろしさを感じてしまう。
 思わず身震いをするルル。
 するとその瞬間に男の人の声が聞こえてくる。


「俺は――まだ死ねない!!」
「ひっ……」


 その声に驚き、小さな悲鳴を上げてしまう。
 恐る恐る、声のした方へ近づいていくとそこには体から血を流している男性が倒れていた。

 肩くらいまで伸ばした銀色の髪をした整った顔立ちの青年。
 しかしそんな顔も今は青白く苦痛に歪んでいた。
 それでもまだ息はしていた。


「あ、あの……、だ、大丈夫ですか……?」


 どうみても大丈夫ではないのだが、思わず聞かずにはいられなかった。
 しかし返事はなかった。というよりなにか喋ろうとはしているものの息も絶え絶えの状態ではろくに会話もできないようだった。


――いきなりだけど、本当に大丈夫なのかな? ううん、私がやらないとこの人は死んじゃう。


 覚悟を決めたルルは両手を男性の体の上に当てるとそのまま傷が治るように祈る。
 優しい光を放ちながら男性の傷が癒えていく。
 すると、正気を取り戻した男性が小さな声を漏らす。


「君は……?」
「私……ですか? 私は旅の治癒士です」


 男性の怪我を治し終えたルル。
 すると、男性を探す声が聞こえてくる。
 さすがにこの男性は命の危機だったから仕方なかったとは言え、寝間着のまま人前に出るのは気が引ける。

 慌ててルルはこの場を離れるのだった。その行動は目立ちたくない一心だったものなのだが、重大なミスを犯していた。


 魔法は存在しているこの世界だが、人を癒やす治療系の魔法だけは唯一存在しない世界だったのだ――。


 そうとも知らずにルルは良いことをしたと少し誇らしげな気持ちで森の中を進んでいく。なるべく人に会わないようにしながら……。