僕の声に恋した君に─ can you hear me?─

「あー楽しかった」
恭助が小学生の妹が帰宅する前に家にいないといけないという理由で16時解散。
開園から遊んでいたので、もう十分楽しめた。
「また来よう」
「次はいつにする」
「年パス買おうぜ」
と興奮気味に話しながら帰る道は、遊園地の中と変わらないほど楽しくてあっという間に乗り換えの駅に着いてしまった。
光と恭助は、
「俺らこっちー」
「ばいばーい」と背中を向けて去っていってしまった。


灯夜との無言に耐えられず俯く。


「ちょっときて」
腕を引っ張られて、遊園地方面の電車に乗せられる。

「何?」
「再入場可だから」
「だから?」
「……」

何を考えているかわからない灯夜の顔をじっとみて考えを読もうとしたけど、全くわからない。
無言で窓の外を眺める目は普段より少し怖くて、固く結んだ唇。たまにキュッと前歯で下唇を噛んでいる。頭をガシガシ掻きながらも、掴んだ腕は離してくれない。ずっと、少し力の入っている指先
「…そんなに掴まなくても逃げないよ」
呟いた俺の声が届いているのかどうかもわからないから、何も言えないままとぼとぼ着いていくしかできなかった。

再入場して連れてこられたのは観覧車。
待ち時間もなく乗れて、やっと腕を解放される。腕をさすりながら
「そんなに乗りたかったの?」
と、聞いた自分の声はなかなか不機嫌そう。不機嫌にもなる。何がなんだかわからない。

隣に座った灯夜が
「さっきちゃんと言えなかったから…聞いて」
なんて言って来るから、咄嗟に身体を離して
「降ろして」
と立ち上がって中腰のまま扉に触れる。降りられるわけではないのに。無慈悲に進むゴンドラが憎い。

「やだ、聞きたくない」
扉に手をかけて顔を伏せていても涙が出る。


「誰かの代わりだった、なんて話聞きたいと思う?」
震える声は、ここが密室じゃなければかき消されるくらい小さい。


「違うから。ちゃんと聞いて」
嫌だって言っても話し出すくせに。

耳を塞ごうとした瞬間、後ろから両手を押さえられて、逃げ場がなくなった。

「…」

「一年のとき、校内放送を聞いて俺を救ってれた人の声にそっくりだと思ってた。」

耳元で話す声にぞくりと背筋が緊張する。

「クラスが一緒になって仲良くなって、弦音の声が好きになった。落ち着くんだ。好きになればなるほど、

似てて。話し方も、選ぶ言葉も、考え方も。

全部…似てて…両方好き」

「何それ、意味わかんない」
ぶんぶんと音が鳴りそうなほど頭を振る。受け入れたくない「誰かの代わり」という現実を振り払えたらいいのに。





「yarn君だよね」




突然、灯夜が口にした誰にも言っていないもう1人の自分の名前に、頭が真っ白になった後、目の前が赤くなるくらいの混乱が押し寄せる。


「え、え、違うやめて?違う。何どういうこと?」


両手を掴んでいる手を振り払った勢いで向き合った灯夜の肩を揺さぶって、違うと言って欲しくて、その目を覗き込む。灯夜の黒い瞳に映る俺はひどく情けなくて弱々しい顔をしている。

「ずっと俺の気持ちとか聞いてたの……やだ。やめて。」

それしか言えなくて、そのままゴンドラの床にへたり込む。

灯夜と仲良くなれて浮かれて発した言葉をどんな気持ちで聞いていたの?

なんで今更、聞いていたなんて暴露するの。

腰が抜けて力が出なくて。ゴンドラの床ってこんなに硬いんだ…なんてどうでもいい事を考えてしまう。
頭の少し上から灯夜の声がする。反射的に見上げてしまえば、床に立膝した灯夜がひどく困惑した顔をしている。
「ごめん …もう聞いて欲しくないなら聞かない」
「……」
項垂れながら言う灯夜になんで言えばいいのか考えていたらすぐに
「俺と話したくなくないならもう話しかけない」
なんでずるい事を言う。
「……やだ」
「それはいやなんだ」
安堵の込められたようなため息と微笑みが混じった優しい声が降って来る。
「うん」


「やだ」としか言えないくらい、やっぱり俺は灯夜が…好きなんだ……


腕を引っ張られて、椅子に座り直させられる。

「ピアノのことで荒れていた時、yarn君が、夢なんていろんなルートで叶えられるって言ってるのを聞いて。その声が優しくて…腐らずに済んだ」

「覚えてない」
「あと…、寝れない夜におやすみって言わないでくれた。1人じゃないって言ってくれたみたいで…それを聞いてすぐフォローした。…ただのファン」
灯夜の声が震えていることに気がつく程度には、冷静になってきた。

「いつから気付いてたの?」
「火傷」
「あぁ」

「気付いているの隠して弦音と過ごすのも、yarn君のラジオ聞くのも…出来なくて」
と懺悔をするように項垂れる。


「これからも聞いていい?」
俯く俺の視線を掬うように下から捉えて聞いて来る。
「ダメ…恥ずかしい」

次は、もっと切実さを孕んだように感じる声で聞かれた。
「これからも友だちでいていい」
「ダメ」



友だちじゃヤダって言えたらいいのに…
「…え」
絶望と書いてありそうな情けない表情に、少し満足してしまう。
「うそ、バラすなよ」
「もちろん」
へらりと笑う、君が大好きで憎たらしい。


「…あ、てっぺん」
気まずさを消して普通の会話に戻る合図と思って外を見ながらはしゃいでみたのに。

「誰からも見えないね」

なんて、なんでもないことのように言うなんてずるい。
少しずつ近付いてくる顔に身体も固まってしまう。鼻先に気配を感じて、あと2センチのもどかしさを感じる。


目を閉じていいの?


何にもわかんない。

心臓も胃も、なんだかわからない内臓も全部飛び出しそうな静かなパニックに目がチカチカする。
ギュっと目を閉じて少し顔を逸らしたら、
ふっという息の漏れる音と共に灯夜が身体を離した気配がした。

「え…」
思わず漏れた自分の声があまりに素直で、やっぱりこの密室から逃げたくなる。

「なーんてなっ」
軽やかに笑って俺のこめかみあたりを突いてきた。
なんだよ、冗談だったのかよ……
焦って頭の中真っ白になるじゃん。


「灯夜は…俺の声のファンってこと?」
「そう、ファン」
「……」
「何?」
「しらん」
としか言えないくらいに、声のファンという言葉が頭を巡っている。




灯夜の肩にこてんと頭を預ける。
「え…何?」
と、困惑する灯夜の反応が可愛い。

「ファンサ」
「ありがとう、でも弦音、顔真っ赤」
「うるさい。灯夜も真っ赤」
「そりゃ…す、ファンだから」 
「ありがと」
なんて言いながらくすくす笑い合って、触れ合う指先は握れず。だけど期待を込めてそこから動かさないまま、ゴンドラが地上に到着した。
するりと離れる瞬間、灯夜の指が俺の指を追いかけたような気がした。

「2人に内緒でもう少し遊んでいこ」
今度は俺が灯夜の手を引いてゲームコーナで変なぬいぐるみを取ったり、2人でプリントシールを撮った。
シールが出来るのを待つ間
「yarnと弦音、選んでって言ったら?」
ボソっと聞いた俺に
「…選ばない」
なんて宣言するから
「ばーか」と言って顔を伏せた。