僕の声に恋した君に─ can you hear me?─

放課後の約束はずっと気になってはいるけど、いつも通りの時間が過ぎていっている。

「暑くなる前に4人で遊園地行かない?」

昼休みのだらけた空気の中、思いついたように言う光に
「いく、いきたい」と即答したら
「そんなに?めっちゃ行きたいじゃん」と笑われた。

「いいねぇ、どうせ彼女ができたらにそっちと行くって言って俺達は放っておかれるから今しかない」
「恭助だってそうじゃん」
最近彼女と別れた恭助が揶揄うようにいうと、光が毒づく。
「弦音と灯夜は2人ともモテるくせになんで彼女作らんの?」
心底疑問です、みたいな顔で聞いてくる光に反論してやろう。

「「興味ない」」

灯夜とハモってしまい顔を見合わせる。

「仲良しすぎだろ」
と、笑ってる恭助。
灯夜はモテるのはわかるけど
「そもそも、俺はモテないし」
「いやいや、ご謙遜を」
「…そんなことより、遊園地!」
「あーそうだった」

そんななんでもない会話で盛り上がる。
2人でいる時より、少し明るい灯夜の振る舞いが2人だけの時間が特別…というか、素でいられる時間だと言っているような気がした。

「お、うまそー」
そう言って俺の弁当を覗き込む光。
あれから得意料理になったにんじんグラッセを指さしている。
「食う?」
そう言って箸に刺したグラッセを光に差し出したら、パクリと食べて「うまっ」と笑顔を見せる。

「…だろ?」

そう言ったのは、俺じゃなくて灯夜。
「なんで灯夜がドヤるんだよ」
と笑う光と恭助。
多分、2人は灯夜のボケだと思ったよな?灯夜も笑ってるけど…

「俺にもちょーだい」

と、手を掴まれて箸をにんじんグラッセに刺すように誘導される。

「あーん」

と、ニヤリと笑う顔が憎たらしい。

光の時はなんとも思わなかったのにな。

自分の箸が、灯夜の唇に触れる様子が見ていられない。

「やっぱりうまい」

と、満足そうな声が聞こえる。

俺と灯夜を交互に見てから笑って「俺にんじんきらーい」という恭助に少しホッとする。

…あ、光と灯夜、間接キスしてるじゃん。

なんかすげーむかつく。


ホームルームが終わり、前の席のやつがプリントについて質問してきて、それに答えている間に灯夜は居なくなっていた。

「音楽室だっけ…?」

帰る準備をして歩き出す。
教室からなかなか遠い音楽室は放課後はあまり使われていないはず。

重い扉を押し開けて中に入ると、灯夜はすでにそこにいた。

「なんで音楽室?」
そう言って近寄ると無言で長方形の座面をしたピアノの椅子の端に座って、ぽんぽんっと空いている方を叩いて
「ここどうぞ」
と勧めてくる。
「俺弾けないよ?藤井は弾けるの?」
と笑って聞きながら隣に座ってみた。

白と黒の鍵盤が眩しくて人差し指で押してみると思いの外大きな音がした。
「うん、弾ける。ちょっとそこで聴いててよ」と言いながら両手を鍵盤に乗せて、気合を入れるようにふぅっと息を吐いてからひどく柔らかくて温かい雰囲気の曲を弾き始めた。

「すごい…」

まさかそんな特技があるなんて思ってもみなかった俺が感嘆の言葉を漏らすと、とーやはチラッと俺をみて微笑んでまた鍵盤に視線を落とした。
肩と肩が触れて、全身で音を奏でているのが伝わってくる。
魔法のように動く指も、真剣だけどすごく優しい目線も、両方を見ていたいのにできないもどかしさ。
いっそ触れる肩の温かさと音に集中しようと目を閉じる。
知らない曲だけど、とても好きな曲。

ずっと聴いていたい気持ちで音に身を委ねていたら終わってしまった。

余韻に浸っていたくて無言で目も開けられない。

軽やかに動いていた温かい肩は、今は呼吸に合わせて上下するだけ。
その揺れが曲の続きのように心地よくて少し身体を傾けて肩に頭を乗せていた。

無意識の自分の行動に驚いて、パッと身体を離して取り繕う。
「カッコいい!こんな特技があったなんて!」
取り繕う…つもりがやっぱりまっすぐ伝えたくて、目を合わせたくて顔を覗き込む。
「この曲すごく好き…なんて曲?もっと聴いていたかった」

照れた様に、困った様に髪をガシガシ掻きながら
「ありがとう。オリジナル曲。…タイトルは…未定」
そう言って、椅子にまたがるように座って俺の方を向く。
なんとなく俺も真似して椅子を跨いで向かい合う。

「聴いてくれてありがと」

すごく優しい、さっきの曲みたいな声。

「水野が弓道の話してくれたから」
と言って目を逸らすから、続きが気になって無言で待つ。
「俺…音大行きたくてさ、色々犠牲にしてピアノしてたんだけど…我が家にはそんな余裕ないって。奨学金で理系の大学行って就職してほしいって。

…愛情なのがわかるのが苦しくってさ。」

なんて言えばいいのかわからない。
わからないから、思ったまま口にした。

「ピアノ…好き?」
「うん、大好き」
そう言って、本当に愛おしそうに鍵盤を撫でた。ピアノになりたいと思うほど愛おしそうに。
「俺…ピアノのことも音楽のこともわからないけど…藤井のピアノ大好き…なんかすごく藤井灯夜って感じ」

「何それ…どんな感じ」

笑った声が湿っていた事には気付かないフリをして

「あったかくてホッとする」

「ありがと」

「…辞めちゃうの?
俺…弓道辞めた時ホッとしたから、好きって言えるの、羨ましい。

音大行かなくてもさ…
大好きなまま弾き続けて


俺が…弓道辞めたのは、弓道が嫌いだったからって思わせて」

変な事を言ってしまった、そう思った時にはもう遅くて、
「なーんてな」
と、軽く付け足してみるしかできない。
なんていう返事が返ってくる?
顔を曇らせてしまったかも?
怖くて顔があげられない。
手持ち無沙汰で、目の前の黒鍵を人差し指で撫でるしかできない。
「証明…してあげる。みず…弦音がどれだけ弓道が好きで、悔しかったか…」
「違う」
小さく呟くしかできない。
「そっか、じゃあ…俺がどれだけ弦音に救われたかの証明にしようかな」
そう言って鍵盤の上の俺の手に触れる。

「え…」
言葉にも行動にも驚いて、きっと心臓が止まっている。
人差し指を残して、大きな手で俺の手を包み込んで…

有名なゲームのレベルアップの音を俺の人差し指に弾かせた。

「なんだよ!」

笑いながら突っ込めば

「俺ら今レベル上げ中ー」

なんて笑ってる。

離してくれない大きな手。
離し忘れてるだけじゃないといいな。

「聴いてくれて」
「聞いてくれて」
ありがとう。

おんなじようで違う言葉が重なってまた笑ってしまう。

一本のラムネを交互に飲みながら帰った帰り道。

なんだか、胸の奥にあった氷が、炭酸みたいに、しゅわっと溶けた気がした。