僕の声に恋した君に─ can you hear me?─

「俺の安眠を返せよ」

昼休みの終わり、席についていると後ろの席から少し低い声が落ちてきた。
振り返ると、藤井灯夜(とうや)が、目を擦りながらこちらを見もせずにそう言っている。

今まで話したことのないクラスメイトからの唐突な言葉だったから、本当に謎すぎて意味がわからない。

「……どういうこと?」

「今日の校内放送。火曜はいつもお前だろ」

あくびをした後特有の気だるそうな表情の後、ずるずると上体を曲げて机に伏せてしまった。

「なんで違ったんだよ」

責めるような言い方じゃない。
ただ、当然そこにあるはずのものが無かった、みたいな声だった。

「四月でちょっと不規則でさ。
一年生が入って落ち着いたら、また火曜日担当になると思うよ」

そう伝えると、藤井は小さくため息をついてさらに深く机に額を押しつけてしまった。
顔を横にそらすと、腕の間からちらりとのぞいてくる。
「先に言っておけよ」

「……ちゃんと聞いてくれてたんだ」

思わずこぼれた声に、藤井が少しだけ顔を上げる。

「流れてくるんだから、聞くに決まってるだろ」

あまりに当然のことのように吐き捨てて、また机に伏せるから、胸の奥がざわついて、気づいたら、藤井の肩にそっと手が伸びて、早口で聞きたいことが口から溢れ出た。

「……誰も聞いてないかと思ってた。ねぇ、どのあたりが面白い?」

軽く揺らしたら藤井が顔を上げて、目が合う。

今後の参考にって聞こうと思ったのに、真っ黒で大きな瞳と目が合ったら何にも言えなくなっちゃった。

「あ、ごめん。嬉しくて…つい」

咄嗟に誤魔化した言葉は息が絡みそうな距離で渦巻いてる。藤井が小さく眉をひそめた。

「……近い」

低い声のせい?黒い瞳のせい?目を逸らすのも忘れてしまうほど動けないし、そらせない。

「……お前の声さ」

一瞬、言葉を探すみたいに、視線を宙に彷徨わせてから、

「落ち着く。…眠くなる。夜みたい」

心臓が小さく跳ねて、すぐに落ち着いた。

「……何それ、褒めてないだろ」

「褒めてるつもりだけど」

そう言って、藤井はまた何事もなかったみたいに机に伏せる。
取り残されたみたいな気分で、その背中を見つめた。



その夜。

布団に寝転んで、ラジオ配信アプリを立ち上げる。
暗い部屋で、マイクの小さなランプだけが光っている。

「学校で声を褒められてさ」

一度、言葉を切る。

「……落ち着く、って」



「正直、びっくりした」
一度、息を吸う。
「……声を人に褒められたの、初めてだったかも」

recボタンを切る。
静かになった部屋で、天井を見上げた。

「俺の声が……好き、か」

昼間の藤井の言葉が、妙に鮮明によみがえって眠気を奪っていく。



あの日以来、朝の挨拶を交わす様になった。

「おはよ」

席に着きながら後ろを振り返る。
藤井は机に伏せていたが、耳にイヤホンはなかった。

「あれ、今日はしてないの?」
と、自分の耳に触れた。

「忘れた」

そう言いながら顔を上げると、机の端にイヤホンが転がっている。

「あるじゃん」

指でつつくと、「バレた」と言いながら、藤井はイヤホンを手で覆った。
目が合いそうになって、すぐ逸らされる。


「……外してた」

「なんで?」

「朝はいつも聴きたい曲があるんだけど」

少し間があって、

「今日は、お前の声だけ聞きたい気分だったから」

一気に血が顔に集まる。

「……何言ってるの?」

誤魔化すように両手で頬を押さえると、藤井が小さく笑った。

「真っ赤」

「藤井が…はじめてだったんだもん」
不貞腐れたように、下唇を軽く噛みながらに言ったら、
何故だか今度は藤井が赤くなって、それを隠すようにいつものように机に伏せてしまった。
「そんな風に褒めてくれるの、藤井が初めてだよ」

自分でも驚くほど、はしゃいでウキウキした声色だったからか、返事がない。

顔を上げると、藤井はまだ机に伏せている。

「……どうしたの?」

「あー、うん…声聞いたら、眠くなった」

くぐもった声が可笑しくて、肩に触れてわざとらしく揺さぶる。

「起きろよ。話してる途中だろ」

「朝の挨拶しただけだろ」

思わず吹き出す俺を笑顔でかわしてたから、何も言わず机に伏せた。
弦音(いと)ー!」

クラスメイトに呼ばれて振り返る前、「またねー」と藤井の肩を軽く叩く。
小さく息を吐く音が、確かに聞こえた。

藤井に声を褒められると、身体の芯がポカポカ熱くなる。

その理由は全く分からない…
わかってしまうのが怖いのかもしれない。