いつもと同じ帰り道。
「あー喉乾いた、コンビニいこ」
コンビニでジュースを買って公園行こうぜ、と話していた矢先。
ぽつり
ぽつり
雨が降ってきた。
「どーしよ」
「雨宿りして帰るか…」
コンビニの中に戻ろうとすると灯夜を引き止めて
「うち、あのマンションなんだけど…雨宿りしていく?」
と言ってみた。
「いいの?」
「散らかってるけど」
ひどくなっている雨の中、大通りを渡った先の俺の家まで2人で走った。
玄関でバスタオルを渡して、ロンTを投げて渡す。
「にーちゃんのだから、サイズ大丈夫と思う」
「おにいさんは?」
「たまにしか帰ってこないから実質一人暮らしみたいたもん」
そんな事を言いながら、身体にまとわりつくほど濡れたカッターシャツを脱いだ。
頭をガシガシと拭きながら、すぐ横にいる灯夜を見上げれば、髪からぽたりぽたりと水滴を落としながら固まっている。
「…遠慮なく、着ちゃって」
灯夜は、はっとしたように「あぁ」と返事をしてのろのろとボタンに指をかける。
「風邪ひくよ…ほら」
とタオルで髪を拭こうと近付いたら、ごくりと喉仏を動かした音が聞こえて来た。
何も言わない灯夜の視線が、俺の身体を捉えているのがわかって、視線を自分の肌におろして、あぁこれか…と息がしにくくなった。
「見苦しいもの見せてごめんね」
と、自分の肩にある傷をタオルが隠した。
「先に中に行ってるから、着替えて来て」
と、静かに伝えて背中を向けた。
ガタンという音と共に「水野!」と名前を呼ばれたが聞こえないふりをして、その辺にあったTシャツを着た。
ローテーブルにさっき買ったジュースを置いてソファに2人で腰掛けて自分の頭を拭いていると
「さっきは…」
なんて気まずそうな灯夜が入って来た。
「傷、みてたわけじゃない」
と、いう言葉が言い訳でも本当でもどうでもよくて。
灯夜には、聞いてもらいたい、なんて思っちゃったんだ。
「中3の秋…トラックに跳ねられたんだ」
話し始めると「うん」と穏やかな返事。次の言葉を待ってくれているようで話しやすい。
「俺、弓道場の息子で…ちょっと筋がよかった、とかでめっちゃ期待されてたの。」
ちょっとおどけてみせたら「うん」とふんわり柔らかく頷いてくれる。
「中3の秋、トラックに跳ねられて全部無くなっちゃった…さっきの傷は手術跡。
自分の手のひらを見ながらポツリと呟く。
「ほら、日常生活には支障ないんだよ」
と、ブンブン回す腕を、そっと触れて制される。
「リハビリも頑張ったの」
灯夜の手が背中をさすってくれていて、毒を吐き出すように言葉が出てくる。
「祖父さんに色々言われて…弓に触れると、動悸がすごくなっちゃってね、呼吸もできなくなっちゃった」
暗くならないように、重くならないように笑ったはずなのに。小さく首を振る灯夜の仕草に作り笑いができなくなってくる。
「怖かったよな?」
こくりと頷くしか出来ない。
怖かった。
自分の価値が消えてしまったようで……。
誰もわかってくれないと思っていた恐怖を、わかってくれたように思える、低く心地の良い声に、涙腺が緩んでくる。
「祖父さんと父さんは、それでも続けろって言ったけど…母さんが本人はもう辞めたがってますって啖呵切ってくれて…辞めちゃった」
「かっこいい」
「うん、頼もしかった」
母さんが、父や祖父に反論するのを初めてみた日だった。もう、やらなくていいって思ったらホッとしたのを覚えている。
ポタポタと落ちる涙の理由は、もしかしたら灯夜の静かな優しさのせい、かもしれない。
パサっとバスタオルが頭に乗せられて
「髪…乾いてないよ」
と後ろにまわってガシガシと頭を拭かれる。雨水か涙かわからないものが顔を濡らす。
ガシガシしていた動きが緩やかになって、撫でられているような錯覚。
ずっと身体のどこかで固まっていた氷が溶けたような時間だった。
「変な話聞かせちゃったね、あ!ちょっと待ってて」
誰にも言わずに、ヘラヘラと[明るく穏やかな弦音くん]で3年間過ごすはずだったのにな。
空気を変えるために持ってきたのはにーちゃんが家に置いている焼き菓子。
「これうまいよ。にーちゃんの…知り合いの店の」
ひと口食べた灯夜が「うまっ」と言ってまじまじと包装を見ている横に座って
「ありがとう」とつぶやいた。
「ん」とだけ小さな返事が返えしてくれる。
灯夜はなんだか凄く居心地がいい人。
やっぱり、もっとちゃんと言いたくなって、肩に手をかけて「ねぇ」と読んでみた。
「何?」とこちらを見る灯夜としっかりと目を合わせて
「聞いてくれてありがとう。怪我した日から初めて…泣いたかも」
きっと、俺の言葉の奥を探ろうとしてくれているのかな、微かに揺れる黒目に優しさが詰まっていて、灯夜話せてよかった。
真夜中のようだった心に火が灯ったような気がした。
帰り際に、灯夜が
「明日の放課後…音楽室に来れる?見せたいものがあるんだけど」
とさらりと言うから「うん、いいよ」と答えたけど…見せたいものってなんだろう。
期待と少しの不安が心を巡って少しだけ心臓が早く打っていた。
「あー喉乾いた、コンビニいこ」
コンビニでジュースを買って公園行こうぜ、と話していた矢先。
ぽつり
ぽつり
雨が降ってきた。
「どーしよ」
「雨宿りして帰るか…」
コンビニの中に戻ろうとすると灯夜を引き止めて
「うち、あのマンションなんだけど…雨宿りしていく?」
と言ってみた。
「いいの?」
「散らかってるけど」
ひどくなっている雨の中、大通りを渡った先の俺の家まで2人で走った。
玄関でバスタオルを渡して、ロンTを投げて渡す。
「にーちゃんのだから、サイズ大丈夫と思う」
「おにいさんは?」
「たまにしか帰ってこないから実質一人暮らしみたいたもん」
そんな事を言いながら、身体にまとわりつくほど濡れたカッターシャツを脱いだ。
頭をガシガシと拭きながら、すぐ横にいる灯夜を見上げれば、髪からぽたりぽたりと水滴を落としながら固まっている。
「…遠慮なく、着ちゃって」
灯夜は、はっとしたように「あぁ」と返事をしてのろのろとボタンに指をかける。
「風邪ひくよ…ほら」
とタオルで髪を拭こうと近付いたら、ごくりと喉仏を動かした音が聞こえて来た。
何も言わない灯夜の視線が、俺の身体を捉えているのがわかって、視線を自分の肌におろして、あぁこれか…と息がしにくくなった。
「見苦しいもの見せてごめんね」
と、自分の肩にある傷をタオルが隠した。
「先に中に行ってるから、着替えて来て」
と、静かに伝えて背中を向けた。
ガタンという音と共に「水野!」と名前を呼ばれたが聞こえないふりをして、その辺にあったTシャツを着た。
ローテーブルにさっき買ったジュースを置いてソファに2人で腰掛けて自分の頭を拭いていると
「さっきは…」
なんて気まずそうな灯夜が入って来た。
「傷、みてたわけじゃない」
と、いう言葉が言い訳でも本当でもどうでもよくて。
灯夜には、聞いてもらいたい、なんて思っちゃったんだ。
「中3の秋…トラックに跳ねられたんだ」
話し始めると「うん」と穏やかな返事。次の言葉を待ってくれているようで話しやすい。
「俺、弓道場の息子で…ちょっと筋がよかった、とかでめっちゃ期待されてたの。」
ちょっとおどけてみせたら「うん」とふんわり柔らかく頷いてくれる。
「中3の秋、トラックに跳ねられて全部無くなっちゃった…さっきの傷は手術跡。
自分の手のひらを見ながらポツリと呟く。
「ほら、日常生活には支障ないんだよ」
と、ブンブン回す腕を、そっと触れて制される。
「リハビリも頑張ったの」
灯夜の手が背中をさすってくれていて、毒を吐き出すように言葉が出てくる。
「祖父さんに色々言われて…弓に触れると、動悸がすごくなっちゃってね、呼吸もできなくなっちゃった」
暗くならないように、重くならないように笑ったはずなのに。小さく首を振る灯夜の仕草に作り笑いができなくなってくる。
「怖かったよな?」
こくりと頷くしか出来ない。
怖かった。
自分の価値が消えてしまったようで……。
誰もわかってくれないと思っていた恐怖を、わかってくれたように思える、低く心地の良い声に、涙腺が緩んでくる。
「祖父さんと父さんは、それでも続けろって言ったけど…母さんが本人はもう辞めたがってますって啖呵切ってくれて…辞めちゃった」
「かっこいい」
「うん、頼もしかった」
母さんが、父や祖父に反論するのを初めてみた日だった。もう、やらなくていいって思ったらホッとしたのを覚えている。
ポタポタと落ちる涙の理由は、もしかしたら灯夜の静かな優しさのせい、かもしれない。
パサっとバスタオルが頭に乗せられて
「髪…乾いてないよ」
と後ろにまわってガシガシと頭を拭かれる。雨水か涙かわからないものが顔を濡らす。
ガシガシしていた動きが緩やかになって、撫でられているような錯覚。
ずっと身体のどこかで固まっていた氷が溶けたような時間だった。
「変な話聞かせちゃったね、あ!ちょっと待ってて」
誰にも言わずに、ヘラヘラと[明るく穏やかな弦音くん]で3年間過ごすはずだったのにな。
空気を変えるために持ってきたのはにーちゃんが家に置いている焼き菓子。
「これうまいよ。にーちゃんの…知り合いの店の」
ひと口食べた灯夜が「うまっ」と言ってまじまじと包装を見ている横に座って
「ありがとう」とつぶやいた。
「ん」とだけ小さな返事が返えしてくれる。
灯夜はなんだか凄く居心地がいい人。
やっぱり、もっとちゃんと言いたくなって、肩に手をかけて「ねぇ」と読んでみた。
「何?」とこちらを見る灯夜としっかりと目を合わせて
「聞いてくれてありがとう。怪我した日から初めて…泣いたかも」
きっと、俺の言葉の奥を探ろうとしてくれているのかな、微かに揺れる黒目に優しさが詰まっていて、灯夜話せてよかった。
真夜中のようだった心に火が灯ったような気がした。
帰り際に、灯夜が
「明日の放課後…音楽室に来れる?見せたいものがあるんだけど」
とさらりと言うから「うん、いいよ」と答えたけど…見せたいものってなんだろう。
期待と少しの不安が心を巡って少しだけ心臓が早く打っていた。
