僕の声に恋した君に─ can you hear me?─



くぐもった灯夜の声がする。
「…弦音は、──なの?」
俺が目が覚めてもまだ、灯夜は規則的な寝息を立てていた。
寝言で名前を呼ばれて、心臓がうるさい。夢の中の俺は、名前を呼んでもらえているなんて、ズルい。

なんでもっと早く「弦音でいいよー」と言わなかったんだろ。もっと早く「とーや」って呼ばなかったんだろ。今更…だよな。

「とーや」

換気のために開けていた窓がレースのカーテンを揺らす。ふんわりと入ってくる風は生暖かくて湿っぽい。

「夏休み…来ないで欲しいな」
「……」返事は寝息だけ。
「どっか行きたいな…みんなで遊園地とか?」
「……」
「…実家に帰って来いって言われるだろうな」
「……」
「とー」
名前を言いかけて、やめた。
「…藤井に会えないの、やだな」
「……」返事が返って来ないから安心して吐き出してしまった。

寝ている灯夜の背中にぽつりぽつりと話しかける時ですら、名前を呼ばない。頭の中でなら名前を呼べるのに。

名前読んでしまったら、もう戻れなくなる気がして、言葉を飲み込んだ。



「おはよ」
「おはよー」

目覚めた灯夜に声をかける。
身体を起こして目を擦りながら
「んー眩しい」
と唸ってカーテンの隙間を閉じる。

そんななんでもない所作が何故だか、すごく美しい。

「ねぇ、藤井。武道とかしてた?それか花道とか茶道」
「ん?してないけど…なんで?」
「所作が綺麗だなって思って。じいちゃんが、武道は所作に出るって言ってたから」

「…俺の所作を褒めてくれてんの?美しかった?」
そんな風に茶化すから「もういいっ」と真っ白い布団の膨らみをぽすっと叩く。
「ごめんって。所作で言ったら水野の方が綺麗だろ?…弓道だっけ?」

人に弓道について言われるのは大嫌い。
なのに、とーやにそう言われて前に伝えた事を覚えていてくれた事に胸がキュッとなる。

「そう。辞めちゃったけど…というか辞めざるを得なかったけど」

「…好きだったの?」

「どーだろ?…すきというか…それしか知らない、それしかなかったのかな」

「…そっか」

「うん、そう」

目を伏せて、「そっか」しか言わないでくれる、とーやの優しさが、この部屋に差し込む日差しのように柔らかくて温かい。