僕の声に恋した君に─ can you hear me?─

退屈なだけの授業中、後ろから脇腹をペンで突かれて振り返る。
ノートの右上にペンがスルスルと動く。

『どーした?』

書かれた文字の意図が分からず「何?」と目で訴える。

『元気なくなった。昼に何かあった?』

藤井のペンを借りて、藤井の字の下に繋げる。

『後で。』

身体を黒板に向けて、藤井の反応は見ない事にした。

背中に指がつたう感触がして、身をすくめると、OとKの2文字。指が離れた後もずっと背中にあるようで心の奥がくすぐったい。



授業が終わった後、椅子を跨いで藤井の方をみる。
「今日さ……渡したいものがあるから、一緒に帰ろ」

「いつも一緒に帰ってるじゃん」

「そうなんだけど…念のためっ」

「…いいよ」

ふっと笑った藤井が自分とは真逆なほどに余裕そうでイラっとして、
「喜ぶようなものじゃないかもだけどねっ」
と軽口を叩いて正面を向く。
喜んでくれたらいいな。


帰り道。
自転車を押す藤井の横を歩いて帰るのはいつものこと。いつものようにリュックを無遠慮に自転車の前カゴに投げる。
「それは?」
と、指差された弁当入れはなんとなく渡せず「これはいい」と持ち手を握る指に力を入れる。

たまに2人で寄る、寂れた公園に到着するとベンチに並んで座る。光の次の彼女はいつできるか、とか恭助の読んでる漫画は絶対当たりだとか、たわいのない話をすればするほど本題を口にしにくくなっていく。
「…んで、渡したいものってなに?」とうとう、藤井から聞かれてしまい、逃げ道がなくなった。

「…昨日、プリンパン沢山くれたから…御礼に作ってみた。」

そう言って、弁当入れを藤井の膝の上にポンと置く。「え?」と目を泳がせている藤井が弁当入れのファスナーを開けて、まず俺が昼に食べた空っぽの弁当を取り出す。ちらりと見てくるので「それは違う」と呟けば
「わかってるよ」
と笑いながら中身のずっしり詰まった密閉容器を取り出した。
「開けていいの?」
の質問に無言で頷くしかないくらい、喉がカラカラしてきた。
青い蓋を開けた藤井がそのまま固まってしまった。

重かった?いらなかった?心臓の主張が激しくなって身体の全てが心臓になったように感じる。
「ご、ごめんいらなかったよな…」
と、伸ばして手はパチンと払われて
「俺が好物って言ったから?…めっちゃ嬉しい。全部食べていいの?」
と、目を輝かせてる。
「…うん。お口に合うか──」
指でつまんでグラッセを頬張った直後
「うっま」と言って次のにんじんに手が伸びる。噛んで、飲み込んで、また次。
その一連の動作を、俺は言葉もなく見てしまっていた。
「全部食べなくていいよ!?見てたレシピが4人前なことに後から気付いたからすごい量だろ?」
ううん、と首を振りながらもぐもぐしている姿に、昨日の徹夜が報われる。
「なんとなくにんじんの量とかでわからないの?」
口の中のにんじんを喉に通した後、突っ込んでくる。
「だってレシピなんて見たことないし。1番、感謝のコメントが多いやつで作ったら多かったの。」
「まぁ、この倍は食べれるけどな。卵焼きも食べていい?」
「こっちは焦げちゃって、これしか作れなかった」
また、ううんと首を振って目を細めて心底美味しそうに食べてくれる。


「ありがとう」

無意識に口から溢れた言葉に、藤井は顔を傾げてる。

「美味しそうに食べてくれて…ありがとう」

そう、藤井の顔をじっと見て言い直すと
「だって本当に美味しいもん、ほら」
と目の前に摘んだにんじんを差し出された。

おずおずと、唇を開くと優しく静かに甘いにんじんが中に押し込まれていく。

「あっま」
味見をした時より数段、甘く感じる。

「この甘さがいいんじゃん」

いま、自分の口の中と藤井の口の中は同じ味なのかと思ってしまった途端、全部が恥ずかしく思えて顔に熱が集中する。公園が薄暗くてホッとした。

「…こちらこそありがとう。あと、光が居る時に出さないでくれて…ありがとう」

今度は俺がキョトンていたのがバレたのか藤井は
「光に、いや誰にも食べさせたくねえもん。俺だけ」
と、いつものイタズラの顔で覗き込んでくる。
───いつもいつもからかうみたいにこういうことをいう。

考えすぎ。
そう思っていないと、ダメな気がする。

なんにも分からなくなって、なんとなく「へへへっ」と笑って、ベンチに藤井を残して目の前の滑り台に駆け上った。
ここまできたら、真っ赤な顔には気付かれないかな?
ここから見る藤井の頬は赤く照っている。
それは夕陽のせいかな。

違うといいな、なんて思ってしまう気持ちを振り払うように勢いよく滑り台を滑った。