録音を切ってスマホの画面と睨めっこ。
なんてことない質問のはずなのに、送信ボタンを押す指が固い。
「藤井、好きな食べ物なに?」
「プリンとプリンパン」
「聞き方が悪かった。好きなおかずは?」
「甘い卵焼きとにんじんグラッセ」
「甘党すぎるだろ」
冷蔵庫から出したにんじんをジッと眺める。
胃袋を掴むわけじゃない、からな。
大量のプリンパンのお礼だから。
にんじんに、言い訳を念じてまな板に置く。
レシピサイトで、グラッセを検索して調理する。
どんな顔して食べるかな、驚くかな。
生活の為じゃない料理をしたのは初めてかもしれない。鼻歌を歌ってる自分に気付いて、ニヤける口を誤魔化すために唇を噛む。
バターと砂糖が溶けて混ざる様子に何故か藤井の笑顔を思い出しながらお弁当作りは深夜まで続いた。
次の日、弁当用の手提げに入れたのは、密閉容器いっぱいのにんじんグラッセと、申し訳程度の甘い卵焼き。
砂糖を入れた卵焼きは焦げやすくて、買ったばかりの卵を全部費やした。
結局、見栄えが良いのは2切れだけになってしまった。
焦げたりスクランブルエッグになってしまった9.8個分の卵は今冷蔵庫で留守番中。
夕飯の炒飯に入れよう。
自分の弁当の下に忍ばせた密閉容器が早く鞄から出たがってる気がする。
何度も後ろの席を振り返ってたら
「朝からどーした?何かあるの?」
と怪訝そうな声で聞かれるから
「なんでもなーい」
と前を向く。
───キーンコーン
それでは今日の授業はここまで
先生の発言の途中には、もう後ろを向いていて
「ご飯食べに行こっ」
と、勢いよく立ち上がった。
「待って待って待って!どこいくの?」
遠くの席から光がバタバタ慌ただしくやってくる。
「ねぇ、いとぉぉ。彼女に振られた!可哀想な光くんと一緒に飯食ってよー」
と後ろから抱きついて戯れてくる。
「わかった!わかったから離れろ暑い」
と引き剥がす。藤井の鋭い視線を感じたけど…気のせいかな。
3人で食べるには狭いだろうと俺の机をひっくり返して、藤井の机に繋げる。
向かいあった距離が遠くてもどかしい。
あんなに机の余ってる空き教室で、ひとつの机で食べていた事に改めて気付いて心臓が跳ねる。
自分の弁当を取るときに見えた密閉容器にそっと触れ、沈んだ気持ちが表に溢れないように仕舞い込んだ。
喜ぶ顔…見たかったな
「彼女、他に好きな人できたって」
と泣きつく光に
「そんなやつ忘れて早く、大至急新しい彼女作った方がいい。お前ならできる!早く作れ!」
と熱心に伝える藤井と
「なんだよ、そんなに俺と弁当食べたくないのかよ」と笑う光。
光と藤井は楽しそうに話しているのに、昨日の夜のバターと砂糖の溶ける匂いを思い出して、うまく笑えない。鞄の底に沈む鮮やかなグラッセを見ない様にファスナーを閉じた。
