きみこいは帰国から一ヶ月後に放送が始まった。そこからさらに一ヶ月、五話に渡って少しずつ放送をするスケジュールだった。帰国から放送最終回までの二ヶ月間は、未解禁情報の拡散やネタバレになるような内容が出ることを防ぐために、周りから怪しまれるような行動はしないことの徹底が言い渡されていた。そのため俺は和人に「放送終了まではお触り禁止!!」と言い渡した。和人は「ハワイでは禁止は一ヶ月だったじゃん!さらにもう一ヶ月延びるなんて干からびるよ!!」と子どものように泣き縋ってきたが無視した。和人よ、少しは我慢を覚えてくれ。
そして一ヶ月後、俺たちの出演したきみこいは放送がスタートした。自分があの人気番組に出るなんて変な感覚で、結局当日まで実感はなかった。実際の映像には当たり前だが俺と和人の様子がありありと映っていて、俺はこれが世界中で見られるのかと思ったら死にそうだった。しかも察していた通り、映像本編の六、七割は俺と和人のやりとりに焦点を当てていた。黒歴史確定だ。和人に感想を聞くと、「粋以外の反応とかどうでもいい。粋の映像を高画質で記録してくれたのは助かる」とのことで、相も変わらず涼しい顔をしていた。
放送の反響は、それはそれはものすごいものだった。
反響の最たるものは、SNSだ。一話ずつ更新されるたびに、きみこい、恋リア、#こだみや、#かずすい、などの関連ワードがトレンドを席巻した。書き込みの盛り上がりもすごいものだった。
「開始5分で設定がバグったんだけど。和人くん『僕の目的は粋と恋人になることです』司会者『…』粋くん『…え?』視聴者『…え?』
全人類が停止した。」
「きみこい今期ヤバい。幼馴染の執着がエグい」
「粋くん天然すぎて和人くんが不憫www」
「和人くんみたいなドドドイケメンが今まで一般人として生きていたことに仰天。世も捨てたもんじゃない」
「恋リアって女子を奪い合うもんだと思ってたけど、今期は女子全員で和人くんを奪い合うの?と思ったら和人くんの眼中には粋くんしかいなくて草」
「粋くん現役DKとしてありえないレベルの天然記念物では??国をあげて保護すべき」
「これ恋愛番組じゃなくて、和人くんによる粋くんの囲い込み番組だよね」
「和人くん、粋くんが転びそうになった時のガードが早すぎて、もはや反射神経がSP。そして粋くんの天然おねだりに崩れ落ちるイケメンを見て、全視聴者の語彙力が消失」
「花ちゃんが粋くんを応援し始めたところで涙腺
崩壊。今期は『恋のライバル』じゃなくて『全員が二人の結婚式の参列者候補』だわ」
「あ〜見守り隊の一員に加わって間近でこだみや浴びて尊死したい」
「二人がきみこいにスカウトされた場所はハチ公前らしいけど、絶対縁結びの効果ある聖地だよな??今日待ち合わせじゃなくてお参りに行こうかな」
「最終回のラスト、カメラ止めさせてからキスしたってマ??付き合う前は『粋の可愛さを見せつける』とか言ってたのに!!『俺のものになった後の粋くんは誰にも見せたくない』っていう和人くん、独占欲の塊。きみこい史上、最も『映されなかった』ことで伝説になった名シーンだ」
…などなど、関連ワードの九割以上が俺と和人に関するものだった。
あまりの反響に、一度放送日に、和人と共にテレビを見ながらトレンドを眺めたこともあった。
「ねぇ和人、こだみや、かずすいって何だ?」
「スマホばっか見てないで、粋は俺のことだけ見てればいいよ〜」
「あ」
俺が尋ねると、和人は俺からスマホを取り上げた。その時和人は俺のスマホの画面にうつる書き込みが見えたらしく、チラリと見てから話し始めた。
「…ふーん、視聴者の反応、結構面白いね。でも『粋くん逃げて』は心外だな。俺が一生守るのに。それに、粋は逃げる場所なんて、俺の腕の中しかないもんな」
「…へ」
「あ、これもダメ。『和人くんの重すぎる愛を粋くんが華麗にスルーしてて草』っていうのは、納得いかない。俺、全然スルーされてないよね? 粋、いつもちゃんと受け止めてくれてるもんね?」
「……へ?」
和人はスマホの電源を切りながら俺を見た。背後から「ゴゴゴ」というオノマトペが聞こえてきそうな、"YES"しか許さないという凄まじい剣幕だったので、首を必死に縦に振った。俺はよくわからない悪寒が走り、追求をやめた。
すると、今度は和人のスマホがピコンと鳴った。
「和人、通知…」
スマホの画面が明るくなり、そこにはメッセージのやり取り…ではなく、見たこともない「アルバムアプリ」の通知が表示されていた。 すると和人は「はい、見ちゃだめ」と今度は自分のスマホを回収した。一瞬見えたそのアプリのアイコンは、俺が旅の最中に見せたと思われる、ほんの一瞬の隙や寝顔を収めた写真ばかりだった。
「…和人、あれ何?」
「…あー、うん。スタッフさんに内緒で、こっそり撮り溜めてた『粋の未公開カット集』。もうきみこいは世界中に公開されてしまったけど、このアルバムの中の粋だけは、俺だけのものだよ。絶対に誰にも見せないし、放送もさせないよ」
執念とも呼べるその情熱に、俺の背中を冷や汗が伝うった。そういえば行きの飛行機の中でも俺のこと撮ってたな。視聴者が「和人くんの愛が重い」と騒いでいるのは知っていたが、現実はその数倍重かったってことか…?だが重くても、ちょっと怖くても、この愛を一番近くで受け止められるのは俺しかいない。実害もないので、俺は黙認することにした。
「…アホ。でも、偶になら、また撮ってもいいよ」
「…! 粋、大好き!!」
粋に言われるまでもなく、和人はスマホを手に入れた数年前から粋を隠し撮りをしている常習犯だった。アルバムの枚数は、万を超えている。しかし今日、わざとアプリの通知をオンにしておくことで、遂に粋から公式に許諾を得ることに成功した。
(計画通り…)
和人がニヤッと左の口角を上げたことを、粋は知る由もなかった。
反響は私生活にも及んだ。帰国してから放送までの一ヶ月は、当たり前だが特になにもなかった。学校の友達に「なんか粋も和人も日焼けしたねー!沖縄行った?」と言われたくらいだ。日焼け止め塗ってたのにな。確かに肌はまだちょっとヒリヒリした。
そんな平穏も一転、放送直後から、学校では男子からは揶揄われるわ、女の子からはよくわからない熱烈な視線を向けられるわ、で一躍時の人となってしまった。
俺でさえそんなてんやわんやだったのだから、元々ビジュアルで校内一有名だった和人はもっとすごかった。いつの間にか結成されていたファンクラブは、解散の危機に見舞われたらしい。しかし、ファンとして和人の幸せを陰ながら願うだけならいいのではないか、ということでまとまり、更に結束を固めたらしい。和人にガチ恋をしている人たちは相次いで失恋し、一時期学校全てのクラスが学級閉鎖になるのか?というくらい欠席者が出た。しかし人の噂は七十五日とはよく言ったもので、時間が経つにつれて段々とみんな遠巻きに見守ってくれるようになった。
もちろん余波は学校だけに留まらない。まず家族だ。十年来の付き合いである俺と和人は当たり前に家族ぐるみの仲であり、放送されるとすぐに和人は我が家に丁寧に挨拶に来た。俺の両親は「和人くんなら安心だね!」と言い赤飯を炊いていた。そんな両親を見て、その「安心」な相手に付き合う前に夜這いされた、とはとてもじゃないが言えなかった。
俺も和人の家に挨拶に行こうとしたが、和人が「粋の手を煩わせることはない、むしろ放送があって説明の手間が省けたくらいだ」と言ってなかなか許可が出なかった。結局、挨拶じゃなくていつも通り普通に遊びに行く形でお邪魔した。こちらの両親も快諾してくれた、ありがたい限りだ。
そして、きみこいで突如現れた桁違いの美少年を芸能界が放っておくはずもなく、和人には連日ものすごい数の芸能事務所から連絡が来た。中には俺が知ってるような超有名アイドル事務所や、ハリウッド俳優を輩出するような一流事務所からも破格の待遇を提示されていた。和人は「芸能界に入ったら粋と過ごす時間が確保できない!」と一蹴しようとしたが、俺は「自分の人生なんだからちゃんと考えてみたら」と宥めた。和人は「まあお金があれば、粋にもっといろんなことをしてあげれるか…」と言って、可能な限り契約条件をつりあげてから、サポートが手厚いと評判のとある事務所と契約していた。そして小遣い稼ぎの感覚で時間の融通がきくモデル活動だけ少しずつ始めたそうだ。その小遣い稼ぎの感覚で、雑誌の表紙を飾ったり、季節ごとのファッションショーのランウェイを歩いていたりしているのには驚いたが。
和人は日毎にいそがしくなった。そんな中、どうしても芸能界の仕事では美しい芸能人さんと接する機会が多かったことで、俺は少し不安が増した。しかし、和人が「俺は粋以外の全人類どうでもいいんだよ。やめて欲しいならすぐやめる。スマホだって今すぐ捨てるよ」とこちらの遙か上を行くような言葉をかけてきたので、俺はブンブン首を振った。俺自身の存在で和人の活動の幅を狭めたくない。誰よりも俺が和人を信じなくてどうするんだ、と思い直した。
和人に比べて暇だった俺は、学校の友達はもちろん、旅で親友になった男子三人と遊んだりもした。その時大川に誘われて、花ちゃんと大川が運営を始めたカップルチャンネルの動画にゲスト出演をしたりもした。今度はその動画を見た和人が、カップルチャンネルに乗り込み「可愛い粋を俺を通さずに出すな!」と言いながら、粋の好きなところを延々と話す動画もあがった。その二本の動画はどちらもバズり散らかしたそうで、なんだか俺と和人は花ちゃんの掌の上で踊らされたのかも知れない…と思った。流行は取り逃がさず旬のうちに使う、恐るべしSNS運用スキルだ。
なぜか俺にも芸能界の勧誘はちらほら来たが、俺は別に人前に立つのが好きでもないし、うまく立ち回れる気もしなかったので断った。あと少しでも興味を持つと、和人がすごく嫌そうにしていたので。
ところで結局二ヶ月になったお触り禁止令だが、期間内に二度だけその令は解かれた。
一度目は、禁止令が発動されてから約一ヶ月経った時だ。放課後、和人は俺を「急用!俺の生命にかかわる!」といって人気のない屋上に呼び出した。俺が急いで向かうと、和人は思いっきり頭を下げた。
「頼む!粋不足が死活問題だ、せめて指先だけでも触らせてくれ!」
「身から出た錆だ!諦めろ!」
和人からの懇願は嬉しかった。正直、粋だって和人の願いに応えたいし触れたい。しかし、今ここで和人に「必死に謝れば何事も撤回できる」という前例を与えると、今後の我が身が危うくなるのでは…となんとか突き返した。
和人に目をやると、子犬のように萎れておりあまりに愛おしい。
「お願い!明日学校休んじゃう」
「ダメだ、規律は守るためにある。和人は俺に会えるんだからちゃんと学校に来る」
「…粋ー!!!!それはそうだけど!!!!お願いします!!!」
「…」
激しい攻防戦の末に、三秒の握手で妥協した。一ヶ月ぶりの生身の粋に、和人は涙を流した。
「粋…ありがとう。俺、今世界を救えるくらい幸せ。今日は右手洗わない」
「洗え!!」
今の和人は水を得た魚を体現しているな…と思った。とは言いつつ俺も、和人の手を握った右手が、ポカポカとしていてはにかんだ。
二回目は、お触り禁止令が発令から一ヶ月と三週間経過、つまりあと一週間で令が消え去る時だった。
その日俺は、旅で出会った男子三人と共に、和人の「仕事、いつでも見学にきていいから!」という言葉に甘えて、モデル仕事の見学に訪れた。初めてのスタジオ、初めての仕事風景、独特の機材の匂い…全てが新鮮でワクワクした。
手続きを済ませて入館証を受け取り施設の中に入った。俺以外三人は芸能活動をしているため、こういうスタジオには何度か足を運んだことがあるらしい。三人の迷いのない足取りに大人しく着いていくと、そこには仕事中の和人がいた。
今は秋だから冬用のファッション誌の撮影でもしているのだろうか、和人はロングコートに身を包んでいた。真っ白なマフラーにシックな黒の手袋、少しヒールのついた革靴…。和人はいつもおしゃれだが、身に纏っている高級感のある服装と相まってびっくりするほどかっこよかった。クールな表情でストロボの白い光に照らされる和人は、そのまま儚く消え去ってしまうのではないかとすら思った。
「おいおい、あいつマジでモデルやってんじゃん」
「な、粋にデレデレのところしか印象なかったから意外だ。あんなイカした表情できるんだな。めちゃくちゃカッケー」
「ほんと、別人に見えるな…。俺らもモデル仕事とかあるけど、見習わなきゃなー」
「…粋?」
「…あ、うん、かっこいいね」
三人の言葉に引き戻されて、相槌をうった。本当に、目が離せなかった。全世界に、「和人は、俺の恋人はこんなにかっこいい」と自慢したいくらい引き寄せられた。
カメラマンの指示に合わせて、和人は表情やポージングをコロコロと変化させた。「和人くん、今の表情すごくいいよ! 憂いがあって最高!」 とカメラマンの称賛が飛んだ。その一瞬一瞬をシャッター越しに切り取っておさめることができる、カメラマンを初めて羨ましいと思った。
「はい、じゃあ次はお二人のカットでの撮影です!」
スタッフさんの声と共に、撮影現場に綺麗な女の人がやってきた。女性は和人とのリンクコーデのように見える格好をしていた。女性は和人の隣に立つと、和人の肩に手を置いて撮影が始まった。
(ち、近い…!)
そう思っている間にも、和人と女性はカメラマンの指示で顔を近づけたり腕を絡めたポージングをした。
それを見て、俺の心に暗雲が立ち込めた。
(…あ、俺今嫉妬してる…)
美しい二人、いやでもお似合いだと突きつけられた。今まで十年間隣にいたから気づかなかったが、和人は本来遠い人だったのかな。
自分で自分が嫌になった。嫉妬してしまうことはもういい。そうじゃなくて、和人が俺のことを大好きなのは俺が一番知ってるのに、俺が一番信じなきゃいけないのに。和人を少しでも疑ってしまう自分がすごく醜く感じた。
「粋、あれは、仕事だからな」
そんな俺を見かねたのか、中野がポツリと言った。
「…うん、わかってる。ありがとう」
旅が終わってもなお、俺はこの三人に救われてばかりだ。
「…はい、じゃあ十五分休憩に入りまーす!」
その合図と共に、俺たちは和人の方に歩み寄った。
俺たちが少し近づいてから気づいた和人は、スタッフさんを差し置いて一直線で俺の元にきた。
「粋!!!会いたかった!!きてくれたの!???…あ、井出中野大川も」
さっきのクールな表情が嘘のように、和人は破顔してニコニコ俺を見つめた。
「おーい!おまけみたいに言うなよ」
「せっかく来てやったんだぞ」
「そうだそうだ、久しぶりの再会をもっと喜べよ」
それを「へーへー」と流した後、和人はまた俺を見た。
「…うん、和人、すごくカッコよかったよ」
「粋ーーー!!!!」
俺が褒めると和人はすごく嬉しそうに喜び、抱きしめようとしたので俺はスルッと身を翻した。和人は泣きながら「あ…お触り禁止令中だった…」と肩を落とした。三人はこの光景見飽きたわ、とでも言う風に肩をすくめた。
「こんにちは、あなたが粋くん?」
その時、スーツ姿の女性が俺に話しかけてきた。
「初めまして、わたし和人くんのマネージャーをしている水田と申します」
女性は名乗りながら俺に名刺を差し出した。ピンと伸びた背筋とシワひとつないブラウスが印象的で、とても仕事ができそうな雰囲気がした。俺と三人は一礼しながら受け取った。
「ふふ…ねぇ聞いて?和人くんってば、仕事場でもいつも粋くんの話してるのよ」
「え…」
すると、周りにいたスタッフさんや先ほど一緒に撮影した女の人も次々と続けた。
「メイク中もですよ!今日の粋くんはここが可愛かった、とか」
「撮影中もですよ、カットとカットの間に隣で何か呟いてると思ったらずっと『粋…粋…』って念仏みたいに唱えてて」
どうやらお触り禁止令の弊害は、こんなところにも出てるようだった。「え…ええ…すみません」と言うと、水田さんはふふッと微笑んで続けた。
「謝らないで。わたしは、粋くんに心配しなくても大丈夫よって伝えたくて。和人くんは、粋くんのことが大好きなのよ」
「!」
水田さんは言い終わるとウインクをした。テキパキしてそうな見た目とは裏腹に、なんてチャーミングな精神の持ち主だ。そして、どうやら初対面の人にすら、俺の不安はお見通しだったことに恥ずかしくなった。花ちゃんに色々見破られた時も痛感したが、俺は隠し事がこの上なく下手らしい。
「和人くんが仕事できているのも、粋くんの支えのおかげね。ありがとう。これからも和人くんをよろしくね」
「…はい!こちらこそ、和人をよろしくお願いします」
返事をして和人を見ると、ニコッとして笑った。和人、お前の事務所選び、間違ってなかったと思うぞ、と心の中でつぶやいた。
旅を共にした三人は、そんな俺を見て頭を撫でてくれた。
案ずるな、和人は俺のことが大好きで、俺も和人のことが大好き、それだけだ。きっともう不安に思うことはない。
その後三人は先に帰っていった。俺は和人の撮影が終わるのを待ってから、二人で一緒にスタジオを出た。
夕暮れの空の下を一緒に歩いた。カラスの鳴き声が響く街は、なんとなく哀愁の雰囲気を纏っていた。
「粋、今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそありがとう。和人の知らない一面を見れて楽しかったよ」
「粋〜!!!!
…ねぇ、実は粋、嫉妬したりした?」
和人は賭けに出るように聞いてきた。俺は和人にさえバレていたことに驚きながら、苦笑した。
「…和人」
「ん?…え」
俺は和人の名を呼びながら、抱きついた。
そう、お触り禁止令の二度目は俺から解いたのだ。
「ん…ちょっと嫉妬した。でも、和人が俺のこと大好きなの知ってるから、もう大丈夫」
そう言うと、和人は目を細めて「不安にさせてごめんね」と頭を撫でた。
もう大丈夫。こんなに和人に愛を見せてもらった俺、幸せ以外になりようがない。
「…はい、終わり」
「え、もう!?」
俺は満足して和人から体を離すと、和人は驚いて逆に抱きしめようとしてきた。俺はそれをサクッとかわす。
「俺が出したお触り禁止令だから、俺から破るのはいいけど和人はダメ。あと一週間耐えて」
「ええ〜なんてわがまま暴君…でも我の強いとこも好きだよ…」
そう言って笑いながら帰った。
俺は今日、嫉妬や不安ともうまく折り合いをつける気の持ちようを学んだ。それに、もし不安になれば、何度だって和人に愛を確かめればいい。
ただ…和人の、モデルの一面をみんなが知るのはいいけど、俺のことを大好きでたまらないって顔は、俺だけが知ってればいいかな。
…そんなこんなで日々は過ぎ、お触り禁止令は解けた。
俺たちが二人揃って久しぶりにゆっくりできる時には、帰国から二ヶ月が経っていた。
俺と和人は、和人の部屋で久しぶりに二人きりで会った。嗅ぎ慣れた和人の部屋の匂い、窓の外から聞こえる車のエンジン音や百舌鳥の鳴き声にやっと日常を感じた。
「…なんだかすごい久しぶりな感じするね」
「学校でだって毎日会ってんのにな。…でも、ずっとこうしたかった」
「わ」
和人は俺の手を引き、優しく抱き寄せた。二ヶ月ぶりにちゃんと触れた和人の体温に、心臓が喉から飛び出そうだ。
「二ヶ月ぶりの粋やばい、失神しそう。お触り禁止令出てからずっと死ぬかと思ってた…」
そういう和人は俺の肩に顔を埋めてスーハー息をした。
「…俺も、和人に触れたかったよ」
そういうと、和人は満面の笑みになった。手を繋いで、俺を優しくベッドに腰掛けさせて押し倒した。
「…キスしていい?」
「うん…いいよ」
両思いになった俺たちに、恐れることはもうなにもない。俺は両手を和人の首に回した。和人は優しく俺にキスをした。
唇が離れると、和人は名残惜しそうに俺の髪を指で梳いた。
「……ねぇ、粋。お楽しみ、待たせすぎだよ」
「自業自得でしょ。誰かさんが不同意で寝起きを襲ったりするから」
俺はぷくっとほおを膨らませた。
「反省はしてる。…でも、後悔はしてないかな。あの時の粋、すごく色っぽかったから」
「馬鹿」
悪戯っぽく笑う和人に、俺は枕を投げつけた。後悔もするべきだ。
「そういえば、旅のスタッフさんから連絡が来たんだ。今回のシーズン、歴代最高視聴率なんだって。その中でも、俺たちが最後キスする直前でカメラ止まるとこが瞬間最高視聴率らしい」
「それ俺も聞いた。…やっぱ俺ら、見せ物になってる?」
「ね、心外。
…だからさ、次はカメラのない、二人きりの旅に出ようよ」
和人は俺の手をとり、指の隙間に自分の指を滑り込ませた。
「誰にも邪魔されない、俺と粋だけの時間。沖縄でもいいし、もっと遠くの海外でもいい。粋が、俺にだけ笑ってくれる場所」
「…うん。いいね、それ。高校の卒業旅行とかどうかな」
「決まりな。一年半後かー…。じゃあ、それまでに俺もっとモデルの仕事頑張る。粋を世界で一番幸せで贅沢な旅に連れて行くから」
「馬鹿だな。和人にだけ払わせられるわけないじゃん。俺もバイトするよ」
「え…。粋には出来ればずっと家にいてほしい。けど、それだと粋の気が済まないなら、そうしよう」
和人の瞳には、テレビの画面越しでは決して見ることのできない、深くて濃密な愛の色が宿っていた。 俺たちが共に過ごした時間は、日常の中で十年育まれ、恋愛リアリティーショー番組という非日常を経て、今、ようやくまた二人だけの日常に辿り着いたのだ。
和人を抱きしめる力を強くした。
「…優しくしてね」
「ふふ…仰せのままに」
触れ合う肌から伝わる熱が、言葉以上の愛を俺の奥深くまで溶かしていく。
もしかしてきみこい視聴者の人は、俺が和人に振り回される恋だと思っているのだろうか、とふと思った。恋のきっかけは和人からの愛だが、今その強すぎるほどの愛に安らぎを感じ、彼の手を離したくないと願っているのは、俺自身だ。
どんなに世界中が画面越しに俺たちの恋を消費し、夢中になったとしたとしても、この部屋で交わす呼吸と心臓の音だけは、誰にも邪魔されない俺と和人だけのものだ。 十年かけて積み重ねた思いは、今、確かな熱を持って未来へと続いていく。
運命の旅をきっかけに、十年来の親友は恋人になった。
和人と二人で歩んでいく恋の旅路は、これからも、きっと永遠に続いていく。
ねぇ、和人。大好きだよ。
そして一ヶ月後、俺たちの出演したきみこいは放送がスタートした。自分があの人気番組に出るなんて変な感覚で、結局当日まで実感はなかった。実際の映像には当たり前だが俺と和人の様子がありありと映っていて、俺はこれが世界中で見られるのかと思ったら死にそうだった。しかも察していた通り、映像本編の六、七割は俺と和人のやりとりに焦点を当てていた。黒歴史確定だ。和人に感想を聞くと、「粋以外の反応とかどうでもいい。粋の映像を高画質で記録してくれたのは助かる」とのことで、相も変わらず涼しい顔をしていた。
放送の反響は、それはそれはものすごいものだった。
反響の最たるものは、SNSだ。一話ずつ更新されるたびに、きみこい、恋リア、#こだみや、#かずすい、などの関連ワードがトレンドを席巻した。書き込みの盛り上がりもすごいものだった。
「開始5分で設定がバグったんだけど。和人くん『僕の目的は粋と恋人になることです』司会者『…』粋くん『…え?』視聴者『…え?』
全人類が停止した。」
「きみこい今期ヤバい。幼馴染の執着がエグい」
「粋くん天然すぎて和人くんが不憫www」
「和人くんみたいなドドドイケメンが今まで一般人として生きていたことに仰天。世も捨てたもんじゃない」
「恋リアって女子を奪い合うもんだと思ってたけど、今期は女子全員で和人くんを奪い合うの?と思ったら和人くんの眼中には粋くんしかいなくて草」
「粋くん現役DKとしてありえないレベルの天然記念物では??国をあげて保護すべき」
「これ恋愛番組じゃなくて、和人くんによる粋くんの囲い込み番組だよね」
「和人くん、粋くんが転びそうになった時のガードが早すぎて、もはや反射神経がSP。そして粋くんの天然おねだりに崩れ落ちるイケメンを見て、全視聴者の語彙力が消失」
「花ちゃんが粋くんを応援し始めたところで涙腺
崩壊。今期は『恋のライバル』じゃなくて『全員が二人の結婚式の参列者候補』だわ」
「あ〜見守り隊の一員に加わって間近でこだみや浴びて尊死したい」
「二人がきみこいにスカウトされた場所はハチ公前らしいけど、絶対縁結びの効果ある聖地だよな??今日待ち合わせじゃなくてお参りに行こうかな」
「最終回のラスト、カメラ止めさせてからキスしたってマ??付き合う前は『粋の可愛さを見せつける』とか言ってたのに!!『俺のものになった後の粋くんは誰にも見せたくない』っていう和人くん、独占欲の塊。きみこい史上、最も『映されなかった』ことで伝説になった名シーンだ」
…などなど、関連ワードの九割以上が俺と和人に関するものだった。
あまりの反響に、一度放送日に、和人と共にテレビを見ながらトレンドを眺めたこともあった。
「ねぇ和人、こだみや、かずすいって何だ?」
「スマホばっか見てないで、粋は俺のことだけ見てればいいよ〜」
「あ」
俺が尋ねると、和人は俺からスマホを取り上げた。その時和人は俺のスマホの画面にうつる書き込みが見えたらしく、チラリと見てから話し始めた。
「…ふーん、視聴者の反応、結構面白いね。でも『粋くん逃げて』は心外だな。俺が一生守るのに。それに、粋は逃げる場所なんて、俺の腕の中しかないもんな」
「…へ」
「あ、これもダメ。『和人くんの重すぎる愛を粋くんが華麗にスルーしてて草』っていうのは、納得いかない。俺、全然スルーされてないよね? 粋、いつもちゃんと受け止めてくれてるもんね?」
「……へ?」
和人はスマホの電源を切りながら俺を見た。背後から「ゴゴゴ」というオノマトペが聞こえてきそうな、"YES"しか許さないという凄まじい剣幕だったので、首を必死に縦に振った。俺はよくわからない悪寒が走り、追求をやめた。
すると、今度は和人のスマホがピコンと鳴った。
「和人、通知…」
スマホの画面が明るくなり、そこにはメッセージのやり取り…ではなく、見たこともない「アルバムアプリ」の通知が表示されていた。 すると和人は「はい、見ちゃだめ」と今度は自分のスマホを回収した。一瞬見えたそのアプリのアイコンは、俺が旅の最中に見せたと思われる、ほんの一瞬の隙や寝顔を収めた写真ばかりだった。
「…和人、あれ何?」
「…あー、うん。スタッフさんに内緒で、こっそり撮り溜めてた『粋の未公開カット集』。もうきみこいは世界中に公開されてしまったけど、このアルバムの中の粋だけは、俺だけのものだよ。絶対に誰にも見せないし、放送もさせないよ」
執念とも呼べるその情熱に、俺の背中を冷や汗が伝うった。そういえば行きの飛行機の中でも俺のこと撮ってたな。視聴者が「和人くんの愛が重い」と騒いでいるのは知っていたが、現実はその数倍重かったってことか…?だが重くても、ちょっと怖くても、この愛を一番近くで受け止められるのは俺しかいない。実害もないので、俺は黙認することにした。
「…アホ。でも、偶になら、また撮ってもいいよ」
「…! 粋、大好き!!」
粋に言われるまでもなく、和人はスマホを手に入れた数年前から粋を隠し撮りをしている常習犯だった。アルバムの枚数は、万を超えている。しかし今日、わざとアプリの通知をオンにしておくことで、遂に粋から公式に許諾を得ることに成功した。
(計画通り…)
和人がニヤッと左の口角を上げたことを、粋は知る由もなかった。
反響は私生活にも及んだ。帰国してから放送までの一ヶ月は、当たり前だが特になにもなかった。学校の友達に「なんか粋も和人も日焼けしたねー!沖縄行った?」と言われたくらいだ。日焼け止め塗ってたのにな。確かに肌はまだちょっとヒリヒリした。
そんな平穏も一転、放送直後から、学校では男子からは揶揄われるわ、女の子からはよくわからない熱烈な視線を向けられるわ、で一躍時の人となってしまった。
俺でさえそんなてんやわんやだったのだから、元々ビジュアルで校内一有名だった和人はもっとすごかった。いつの間にか結成されていたファンクラブは、解散の危機に見舞われたらしい。しかし、ファンとして和人の幸せを陰ながら願うだけならいいのではないか、ということでまとまり、更に結束を固めたらしい。和人にガチ恋をしている人たちは相次いで失恋し、一時期学校全てのクラスが学級閉鎖になるのか?というくらい欠席者が出た。しかし人の噂は七十五日とはよく言ったもので、時間が経つにつれて段々とみんな遠巻きに見守ってくれるようになった。
もちろん余波は学校だけに留まらない。まず家族だ。十年来の付き合いである俺と和人は当たり前に家族ぐるみの仲であり、放送されるとすぐに和人は我が家に丁寧に挨拶に来た。俺の両親は「和人くんなら安心だね!」と言い赤飯を炊いていた。そんな両親を見て、その「安心」な相手に付き合う前に夜這いされた、とはとてもじゃないが言えなかった。
俺も和人の家に挨拶に行こうとしたが、和人が「粋の手を煩わせることはない、むしろ放送があって説明の手間が省けたくらいだ」と言ってなかなか許可が出なかった。結局、挨拶じゃなくていつも通り普通に遊びに行く形でお邪魔した。こちらの両親も快諾してくれた、ありがたい限りだ。
そして、きみこいで突如現れた桁違いの美少年を芸能界が放っておくはずもなく、和人には連日ものすごい数の芸能事務所から連絡が来た。中には俺が知ってるような超有名アイドル事務所や、ハリウッド俳優を輩出するような一流事務所からも破格の待遇を提示されていた。和人は「芸能界に入ったら粋と過ごす時間が確保できない!」と一蹴しようとしたが、俺は「自分の人生なんだからちゃんと考えてみたら」と宥めた。和人は「まあお金があれば、粋にもっといろんなことをしてあげれるか…」と言って、可能な限り契約条件をつりあげてから、サポートが手厚いと評判のとある事務所と契約していた。そして小遣い稼ぎの感覚で時間の融通がきくモデル活動だけ少しずつ始めたそうだ。その小遣い稼ぎの感覚で、雑誌の表紙を飾ったり、季節ごとのファッションショーのランウェイを歩いていたりしているのには驚いたが。
和人は日毎にいそがしくなった。そんな中、どうしても芸能界の仕事では美しい芸能人さんと接する機会が多かったことで、俺は少し不安が増した。しかし、和人が「俺は粋以外の全人類どうでもいいんだよ。やめて欲しいならすぐやめる。スマホだって今すぐ捨てるよ」とこちらの遙か上を行くような言葉をかけてきたので、俺はブンブン首を振った。俺自身の存在で和人の活動の幅を狭めたくない。誰よりも俺が和人を信じなくてどうするんだ、と思い直した。
和人に比べて暇だった俺は、学校の友達はもちろん、旅で親友になった男子三人と遊んだりもした。その時大川に誘われて、花ちゃんと大川が運営を始めたカップルチャンネルの動画にゲスト出演をしたりもした。今度はその動画を見た和人が、カップルチャンネルに乗り込み「可愛い粋を俺を通さずに出すな!」と言いながら、粋の好きなところを延々と話す動画もあがった。その二本の動画はどちらもバズり散らかしたそうで、なんだか俺と和人は花ちゃんの掌の上で踊らされたのかも知れない…と思った。流行は取り逃がさず旬のうちに使う、恐るべしSNS運用スキルだ。
なぜか俺にも芸能界の勧誘はちらほら来たが、俺は別に人前に立つのが好きでもないし、うまく立ち回れる気もしなかったので断った。あと少しでも興味を持つと、和人がすごく嫌そうにしていたので。
ところで結局二ヶ月になったお触り禁止令だが、期間内に二度だけその令は解かれた。
一度目は、禁止令が発動されてから約一ヶ月経った時だ。放課後、和人は俺を「急用!俺の生命にかかわる!」といって人気のない屋上に呼び出した。俺が急いで向かうと、和人は思いっきり頭を下げた。
「頼む!粋不足が死活問題だ、せめて指先だけでも触らせてくれ!」
「身から出た錆だ!諦めろ!」
和人からの懇願は嬉しかった。正直、粋だって和人の願いに応えたいし触れたい。しかし、今ここで和人に「必死に謝れば何事も撤回できる」という前例を与えると、今後の我が身が危うくなるのでは…となんとか突き返した。
和人に目をやると、子犬のように萎れておりあまりに愛おしい。
「お願い!明日学校休んじゃう」
「ダメだ、規律は守るためにある。和人は俺に会えるんだからちゃんと学校に来る」
「…粋ー!!!!それはそうだけど!!!!お願いします!!!」
「…」
激しい攻防戦の末に、三秒の握手で妥協した。一ヶ月ぶりの生身の粋に、和人は涙を流した。
「粋…ありがとう。俺、今世界を救えるくらい幸せ。今日は右手洗わない」
「洗え!!」
今の和人は水を得た魚を体現しているな…と思った。とは言いつつ俺も、和人の手を握った右手が、ポカポカとしていてはにかんだ。
二回目は、お触り禁止令が発令から一ヶ月と三週間経過、つまりあと一週間で令が消え去る時だった。
その日俺は、旅で出会った男子三人と共に、和人の「仕事、いつでも見学にきていいから!」という言葉に甘えて、モデル仕事の見学に訪れた。初めてのスタジオ、初めての仕事風景、独特の機材の匂い…全てが新鮮でワクワクした。
手続きを済ませて入館証を受け取り施設の中に入った。俺以外三人は芸能活動をしているため、こういうスタジオには何度か足を運んだことがあるらしい。三人の迷いのない足取りに大人しく着いていくと、そこには仕事中の和人がいた。
今は秋だから冬用のファッション誌の撮影でもしているのだろうか、和人はロングコートに身を包んでいた。真っ白なマフラーにシックな黒の手袋、少しヒールのついた革靴…。和人はいつもおしゃれだが、身に纏っている高級感のある服装と相まってびっくりするほどかっこよかった。クールな表情でストロボの白い光に照らされる和人は、そのまま儚く消え去ってしまうのではないかとすら思った。
「おいおい、あいつマジでモデルやってんじゃん」
「な、粋にデレデレのところしか印象なかったから意外だ。あんなイカした表情できるんだな。めちゃくちゃカッケー」
「ほんと、別人に見えるな…。俺らもモデル仕事とかあるけど、見習わなきゃなー」
「…粋?」
「…あ、うん、かっこいいね」
三人の言葉に引き戻されて、相槌をうった。本当に、目が離せなかった。全世界に、「和人は、俺の恋人はこんなにかっこいい」と自慢したいくらい引き寄せられた。
カメラマンの指示に合わせて、和人は表情やポージングをコロコロと変化させた。「和人くん、今の表情すごくいいよ! 憂いがあって最高!」 とカメラマンの称賛が飛んだ。その一瞬一瞬をシャッター越しに切り取っておさめることができる、カメラマンを初めて羨ましいと思った。
「はい、じゃあ次はお二人のカットでの撮影です!」
スタッフさんの声と共に、撮影現場に綺麗な女の人がやってきた。女性は和人とのリンクコーデのように見える格好をしていた。女性は和人の隣に立つと、和人の肩に手を置いて撮影が始まった。
(ち、近い…!)
そう思っている間にも、和人と女性はカメラマンの指示で顔を近づけたり腕を絡めたポージングをした。
それを見て、俺の心に暗雲が立ち込めた。
(…あ、俺今嫉妬してる…)
美しい二人、いやでもお似合いだと突きつけられた。今まで十年間隣にいたから気づかなかったが、和人は本来遠い人だったのかな。
自分で自分が嫌になった。嫉妬してしまうことはもういい。そうじゃなくて、和人が俺のことを大好きなのは俺が一番知ってるのに、俺が一番信じなきゃいけないのに。和人を少しでも疑ってしまう自分がすごく醜く感じた。
「粋、あれは、仕事だからな」
そんな俺を見かねたのか、中野がポツリと言った。
「…うん、わかってる。ありがとう」
旅が終わってもなお、俺はこの三人に救われてばかりだ。
「…はい、じゃあ十五分休憩に入りまーす!」
その合図と共に、俺たちは和人の方に歩み寄った。
俺たちが少し近づいてから気づいた和人は、スタッフさんを差し置いて一直線で俺の元にきた。
「粋!!!会いたかった!!きてくれたの!???…あ、井出中野大川も」
さっきのクールな表情が嘘のように、和人は破顔してニコニコ俺を見つめた。
「おーい!おまけみたいに言うなよ」
「せっかく来てやったんだぞ」
「そうだそうだ、久しぶりの再会をもっと喜べよ」
それを「へーへー」と流した後、和人はまた俺を見た。
「…うん、和人、すごくカッコよかったよ」
「粋ーーー!!!!」
俺が褒めると和人はすごく嬉しそうに喜び、抱きしめようとしたので俺はスルッと身を翻した。和人は泣きながら「あ…お触り禁止令中だった…」と肩を落とした。三人はこの光景見飽きたわ、とでも言う風に肩をすくめた。
「こんにちは、あなたが粋くん?」
その時、スーツ姿の女性が俺に話しかけてきた。
「初めまして、わたし和人くんのマネージャーをしている水田と申します」
女性は名乗りながら俺に名刺を差し出した。ピンと伸びた背筋とシワひとつないブラウスが印象的で、とても仕事ができそうな雰囲気がした。俺と三人は一礼しながら受け取った。
「ふふ…ねぇ聞いて?和人くんってば、仕事場でもいつも粋くんの話してるのよ」
「え…」
すると、周りにいたスタッフさんや先ほど一緒に撮影した女の人も次々と続けた。
「メイク中もですよ!今日の粋くんはここが可愛かった、とか」
「撮影中もですよ、カットとカットの間に隣で何か呟いてると思ったらずっと『粋…粋…』って念仏みたいに唱えてて」
どうやらお触り禁止令の弊害は、こんなところにも出てるようだった。「え…ええ…すみません」と言うと、水田さんはふふッと微笑んで続けた。
「謝らないで。わたしは、粋くんに心配しなくても大丈夫よって伝えたくて。和人くんは、粋くんのことが大好きなのよ」
「!」
水田さんは言い終わるとウインクをした。テキパキしてそうな見た目とは裏腹に、なんてチャーミングな精神の持ち主だ。そして、どうやら初対面の人にすら、俺の不安はお見通しだったことに恥ずかしくなった。花ちゃんに色々見破られた時も痛感したが、俺は隠し事がこの上なく下手らしい。
「和人くんが仕事できているのも、粋くんの支えのおかげね。ありがとう。これからも和人くんをよろしくね」
「…はい!こちらこそ、和人をよろしくお願いします」
返事をして和人を見ると、ニコッとして笑った。和人、お前の事務所選び、間違ってなかったと思うぞ、と心の中でつぶやいた。
旅を共にした三人は、そんな俺を見て頭を撫でてくれた。
案ずるな、和人は俺のことが大好きで、俺も和人のことが大好き、それだけだ。きっともう不安に思うことはない。
その後三人は先に帰っていった。俺は和人の撮影が終わるのを待ってから、二人で一緒にスタジオを出た。
夕暮れの空の下を一緒に歩いた。カラスの鳴き声が響く街は、なんとなく哀愁の雰囲気を纏っていた。
「粋、今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそありがとう。和人の知らない一面を見れて楽しかったよ」
「粋〜!!!!
…ねぇ、実は粋、嫉妬したりした?」
和人は賭けに出るように聞いてきた。俺は和人にさえバレていたことに驚きながら、苦笑した。
「…和人」
「ん?…え」
俺は和人の名を呼びながら、抱きついた。
そう、お触り禁止令の二度目は俺から解いたのだ。
「ん…ちょっと嫉妬した。でも、和人が俺のこと大好きなの知ってるから、もう大丈夫」
そう言うと、和人は目を細めて「不安にさせてごめんね」と頭を撫でた。
もう大丈夫。こんなに和人に愛を見せてもらった俺、幸せ以外になりようがない。
「…はい、終わり」
「え、もう!?」
俺は満足して和人から体を離すと、和人は驚いて逆に抱きしめようとしてきた。俺はそれをサクッとかわす。
「俺が出したお触り禁止令だから、俺から破るのはいいけど和人はダメ。あと一週間耐えて」
「ええ〜なんてわがまま暴君…でも我の強いとこも好きだよ…」
そう言って笑いながら帰った。
俺は今日、嫉妬や不安ともうまく折り合いをつける気の持ちようを学んだ。それに、もし不安になれば、何度だって和人に愛を確かめればいい。
ただ…和人の、モデルの一面をみんなが知るのはいいけど、俺のことを大好きでたまらないって顔は、俺だけが知ってればいいかな。
…そんなこんなで日々は過ぎ、お触り禁止令は解けた。
俺たちが二人揃って久しぶりにゆっくりできる時には、帰国から二ヶ月が経っていた。
俺と和人は、和人の部屋で久しぶりに二人きりで会った。嗅ぎ慣れた和人の部屋の匂い、窓の外から聞こえる車のエンジン音や百舌鳥の鳴き声にやっと日常を感じた。
「…なんだかすごい久しぶりな感じするね」
「学校でだって毎日会ってんのにな。…でも、ずっとこうしたかった」
「わ」
和人は俺の手を引き、優しく抱き寄せた。二ヶ月ぶりにちゃんと触れた和人の体温に、心臓が喉から飛び出そうだ。
「二ヶ月ぶりの粋やばい、失神しそう。お触り禁止令出てからずっと死ぬかと思ってた…」
そういう和人は俺の肩に顔を埋めてスーハー息をした。
「…俺も、和人に触れたかったよ」
そういうと、和人は満面の笑みになった。手を繋いで、俺を優しくベッドに腰掛けさせて押し倒した。
「…キスしていい?」
「うん…いいよ」
両思いになった俺たちに、恐れることはもうなにもない。俺は両手を和人の首に回した。和人は優しく俺にキスをした。
唇が離れると、和人は名残惜しそうに俺の髪を指で梳いた。
「……ねぇ、粋。お楽しみ、待たせすぎだよ」
「自業自得でしょ。誰かさんが不同意で寝起きを襲ったりするから」
俺はぷくっとほおを膨らませた。
「反省はしてる。…でも、後悔はしてないかな。あの時の粋、すごく色っぽかったから」
「馬鹿」
悪戯っぽく笑う和人に、俺は枕を投げつけた。後悔もするべきだ。
「そういえば、旅のスタッフさんから連絡が来たんだ。今回のシーズン、歴代最高視聴率なんだって。その中でも、俺たちが最後キスする直前でカメラ止まるとこが瞬間最高視聴率らしい」
「それ俺も聞いた。…やっぱ俺ら、見せ物になってる?」
「ね、心外。
…だからさ、次はカメラのない、二人きりの旅に出ようよ」
和人は俺の手をとり、指の隙間に自分の指を滑り込ませた。
「誰にも邪魔されない、俺と粋だけの時間。沖縄でもいいし、もっと遠くの海外でもいい。粋が、俺にだけ笑ってくれる場所」
「…うん。いいね、それ。高校の卒業旅行とかどうかな」
「決まりな。一年半後かー…。じゃあ、それまでに俺もっとモデルの仕事頑張る。粋を世界で一番幸せで贅沢な旅に連れて行くから」
「馬鹿だな。和人にだけ払わせられるわけないじゃん。俺もバイトするよ」
「え…。粋には出来ればずっと家にいてほしい。けど、それだと粋の気が済まないなら、そうしよう」
和人の瞳には、テレビの画面越しでは決して見ることのできない、深くて濃密な愛の色が宿っていた。 俺たちが共に過ごした時間は、日常の中で十年育まれ、恋愛リアリティーショー番組という非日常を経て、今、ようやくまた二人だけの日常に辿り着いたのだ。
和人を抱きしめる力を強くした。
「…優しくしてね」
「ふふ…仰せのままに」
触れ合う肌から伝わる熱が、言葉以上の愛を俺の奥深くまで溶かしていく。
もしかしてきみこい視聴者の人は、俺が和人に振り回される恋だと思っているのだろうか、とふと思った。恋のきっかけは和人からの愛だが、今その強すぎるほどの愛に安らぎを感じ、彼の手を離したくないと願っているのは、俺自身だ。
どんなに世界中が画面越しに俺たちの恋を消費し、夢中になったとしたとしても、この部屋で交わす呼吸と心臓の音だけは、誰にも邪魔されない俺と和人だけのものだ。 十年かけて積み重ねた思いは、今、確かな熱を持って未来へと続いていく。
運命の旅をきっかけに、十年来の親友は恋人になった。
和人と二人で歩んでいく恋の旅路は、これからも、きっと永遠に続いていく。
ねぇ、和人。大好きだよ。

