君と歩く恋の旅路

 ガチャ、という物音と、とても小さな足音が聞こえて粋は目が覚めた。

「…?」

 まさか、寝坊して誰かが起こしに来た!?俺、朝は弱くないのに…。そう思って慌ててベッドサイドの時計を見た。時刻は午前五時四十五分。朝食の時間よりも一時間以上早い。遅刻の心配はなくなり、安心して胸を撫で下ろす。
 え。では先ほどの物音はなんだ?まさか、お、お化け?俺、怖いのダメなんだよ!!!!
 そう思っている間に、どんどん足音は近づいてきた。
 あぁ、もうだめかもしれない。俺は目を精一杯瞑り、助けて欲しくて咄嗟に口を開いた。

「………和人_______!」
「…あれ、粋起きてたの?」

 …ん?この聞き覚えがあり過ぎる声と、鼻腔をくすぐるシトラスの香りは…?
 目を開くと、バスローブ姿の和人がベッドのそばに立っていた。

「…な、な、な?!!!」
「ふふ、なんでって顔してるね。寝込み襲いにきた。昨日は邪魔されたけど、今日なら一人部屋だし邪魔は入らないでしょ」
「ど、、どうやって入ったんだよ!!!!」
「…」
「いや答えろよ!」

 部屋の入り方の質問には無言を貫かれ、「粋は知らなくていいよ」と笑顔で頭をポンポンされた。怖過ぎる!!
 え、寝る前に「粋は気を遣わないで」とか言ってた人と本当に同じ人か?
 この旅での和人の異常な行動力の高さにに、最早何度目かわからないが驚愕した。 
 そんなやり取りをしている間に、気づいたら和人はベッドの上に上がり込み、俺の真上に覆い被さっていた。
 あれ、もしかして、これ、押し倒されているのでは…?

「ちょ、和人、やめ…!」
「なに可愛く抵抗してんの、だーめ」
 
 俺はなんとか手で和人の胸の辺りを押し返した。しかし俺の両手はすぐに和人の右手によって頭の腕に固定された。なすすべもない状態だ。

(てか…和人のバスローブ姿の破壊力、やばい!!!!)

 ただでさえバスローブというものの醸し出す大人の雰囲気はすごいが、和人が着ると尚更だ。細く長い首筋から鎖骨、程よく筋肉のついた上腕筋の一部が顕になり、大人の色気を漂わせる。帯によって細い腰のラインが強調され、下半身が動く度にチラチラと太ももが見え隠れする。
 俺は頭がクラクラして目を逸らした。

「こ…こんな朝っぱらから!変態!」
「ん…朝じゃなきゃいいの?じゃあまだ夜ってことにしとこ、カーテン開けてないし朝日見てないでしょ?」

 足をバタバタ抵抗するも、俺とは体格差のある和人には痛くも痒くもないようだ。和人は左手を、俺の体の服の上から順にツー…と滑らせた。頭、耳、首、鎖骨、お腹…。

「や、やめ…あ、んんっ…!」
 
 体に感じたことのない感覚が走り、俺は無意識に身を捩った。電流が走ったかのような感覚に戸惑う。自分の聞いたことのない声が気持ち悪くて、俺は咄嗟に唇を噛んだ。

「へえ…ここが気持ちいいの?」

 和人は面白いおもちゃを見つけた、とでも言うようにニコーっと笑った。

「じゃあ、もっとたくさん触ってあげるね」
「や、やだ、、んんっっ!」

 隣の部屋は誰だったか、こんな声を聞かれたら今日顔を合わせられない。俺は声を出さないように、必死に唇を噛む力を強くする。口の中に、血の味がじんわり広がった。目に自然と涙が浮かんだ。
 和人の左手が俺の着ているTシャツの中に忍び込んできた。

「こら、粋の綺麗な唇を噛んじゃだめでしょ」

 和人の綺麗な顔が俺の顔の真上にくる。あ、キスされそう。え、俺のファーストキスここ?おい、こういうのは、もっと、順番ってものが、あるだろ_________________!


「どーも!井出アンド中野、男子チームの寝起きドッキリでーす!!!!!粋〜!起こしに来た…よ…!??????」

「「「「あ??」」」」

 その時だった。「ドッキリ大成功!」と書かれた派手な色の看板を持って、井出と中野が俺の部屋のドアを勢いよく開けた。ドッキリの言葉を述べる途中で、二人は部屋の中の光景を見て口をあんぐり開いて絶句した。
 それもそのはずだ。本来ならば俺の部屋は俺一人が眠っているはずが、なぜか目が覚めている俺と和人の二人がいる。しかも俺は和人にベッドの上で押し倒されて、両手を固定されていた。服ははだけ、半泣きで口からは流血している状態だ。
 向こうがドッキリをかけるはずが、なぜかこちらがドッキリ大成功するハメになってしまった。

「ちょ…!!!!あカメラマンさんすみません、粋が今体調悪いみたいで、一旦はけてもらってもいいすか!」

 井出が顔面蒼白になりながら、こんな情景を全世界に晒してはいけないと、必死にカメラマンさんを部屋の中に入れないようにしてくれた。

「あ…あの、粋、今脱皮中みたいで!!!!さ、先に大川の部屋とか行きましょ!!ね!あいつ寝相で逆立ちするらしいっすよ!!」

 なんだかよくわからないことをダラダラ言っているな。
 中野は俺の部屋に入ってから、ドアを閉めた。

「おま…そう言うのはせめて帰ってからやれよ!!第一粋の気持ちを考えろって!粋の親御さんに顔向けできなくなることはするな!!アホ猿か!」

 ドアを閉めた途端に中野が物凄い勢いで和人を叱った。

「や、全然添い寝するだけで終わるつもりだったよ。悪い悪い。…チッ、邪魔入らなければもっと二人きりだったのに…。
粋、急にびっくりさせてごめん!!」

 和人は百面相か?というくらいコロコロ表情を変え、中野にシラーっと謝った後に俺に土下座する勢いで謝ってきた。

 正直井出と中野にも、「だからなんで部屋に入れるんだよ」とか「ドッキリかける前から『大成功』の看板持ってくんなよ」とか言いたかった。しかし、まあそれは今回タイミングよく止めに入ってくれたから目を瞑ろう。
 問題は和人だ。
 俺はキッと和人を睨んだ。

「和人…」
「はい…アッかわいい…」

 和人はしょげた顔を一瞬だけ見せてから、すぐ表情筋を緩めた。本当にお前のふてぶてしさには驚かされる。

「…まあなんだ、世の中には、順序ってものがあるだろ…。それを守ることで、世界の秩序は保たれるんだ。今回和人はそれを破った。だから…」
 
 和人が俺をじっと見つめ、ごくりと唾を飲んだのが聞こえた。

「一ヶ月間お触り禁止!!!!!!!!!」
「えーーーーーーーーー!!!!!!!」

 和人の悲痛な叫びが館内中に響いた。

「そ、そんな…考え改めてください、俺…」

 和人はワナワナ震えながら、俺に助けを求めた。俺はふんっと鼻を鳴らしながら答えた。

「あのな、こっちにも気持ちとか色々準備ってもんがあるだろ!それに何より、俺はまだお前の告白に返事をしていない!ちゃんと手順は踏むべきだ!だから…」

 俺は和人の腕を引いて、耳まで赤くしながら小声で言った。

「一ヶ月後のお楽しみ、な?」

 和人はバタン!と音を立てて倒れた後、「はい…」と両手を胸の上で交差させ、笑顔に涙を浮かべて目を閉じた。
 一部始終を見ていた中野が、「おい…和人が暴走するの、半分くらいは粋のせいだぞ」と呟いた。

 知ってる。さっきだって、俺、和人に押し倒されたこと、嫌じゃなかったんだ。拒めないんじゃなくて、拒まなかったんだ。
 俺は照れ笑いを中野に向けた。

「お似合いだこと…ちゃんと首輪つけとけよ」

 中野は呆れたように笑った。


 結局この井出・中野考案の寝起きドッキリは不発に終わった。俺の部屋では俺と和人がわちゃわちゃしており、和人の部屋は無人であり、大川は和人の悲鳴のせいか、すでに起きていたり…と、とことん使えなかった結果そうだ。
 因みに女子側にもこのドッキリを提案したが、「寝起きどすっぴんを全世界に配信なんてありえない!」とはなから相手にしてもらえなかったそうだ。

 そんなこんなで、いよいよ二泊三日、運命の旅の最終日が始まった。

 和人と中野が俺の部屋を後にしてから、急いで着替えて身支度を整えて朝食に向かった。早く起こされたはずなのに、結局到着は集合時間ギリギリになってしまった。
 朝食会場で俺は、スタッフさんに真っ先に体調が大丈夫か聞かれた。すぐに脳裏に早朝のドッキリ企画が思い起こされた。俺は大声を出しながら全力でスクワットをして、元気をアピールした。企画を頓挫させたことや、体調不良を口実に使った罪悪感を感じた。
 また、朝食の時に和人は俺の手を握ろうとしたり肩にもたれようとしたり、あの手この手で触ろうとしてきたが、俺はひょいひょいと全て忍者のようにかわした。和人が差し出した牛乳を飲むと、切れた唇に染みて痛みが湧き、少し和人を叩いた。その様子を見ていた大川が、「あれ、何?」と尋ねると、中野が一部始終を説明した。説明を聞いて大川は爆笑し、「俺が起こされた悲鳴、それかー!!現場で見れなかったの、マジ人生一悔しい」と言った。お前の人生一をこんなところで使うな。すると井出が「また見れるかもよ」と茶々を入れた。二度目があってたまるか!
 和人は子犬のようにこちらの様子を伺っていた。なんだか垂れ下がる尻尾と耳が見えるようで、俺は思わず笑ってしまった。
 別にもう怒ってないけど、やはりいくばくかむかついたのも事実なのでお触り禁止令は解かないことにした。
 朝食の後は、各自荷物をまとめてロビーに集合し、バスに乗り込んだ。一日目に撮影をした始まりの地、海の綺麗な砂浜に向かった。


「はい、いよいよ本日で旅も最終日!告白タイムの時間です!運命の相手と結ばれるように、悔いのない決断をしてください!」

 三日目の今日は、告白シーンとエピローグのみの撮影だった。プロローグとエピローグを同じ場所で撮影するなんて、ロマンチックだなと単純な俺は思った。
 海も、青空も、砂浜も、見える景色は何も変わっていない。でも、確かに俺と和人の関係は変わったんだ。それを、証明するためにここにきた。
 
 告白タイムでは、男子五人、女子五人が向かい合う形で立って始まった。男子から好きな人(きっと本来の番組の趣旨であれば女子)へ、早いもの順で立候補制で行われた。いの一番に和人が名乗り出ようとしたのを制して、俺が「はい!」と手を挙げた。俺の隣に立つ和人は驚いたような顔をした。俺は和人を見つめて笑った。

「和人…見てて」
 
 和人はそれを聞くと、この三日間の中で一番柔らかな笑みを浮かべて「うん、もちろん」と頷いた。
 俺はみんなの顔をぐるりと見渡した。なんだかんだ男子三人は、俺以上に緊張しているのが伝わるくらいハラハラしながらこちらを見てくれていた。女の子たちは、みんなニコニコしながらガッツポーズをしたり「がんばれー!」と声をかけてくれた。花ちゃんは、「かませかませ〜!」とスポーツ観戦をしているかのようなエールをくれた。
 みんなから、この三日間でもらった思いは宝物だ。それを全部抱えて、和人にぶつけたい。
 俺はこの三日間の思い出を噛み締めるようにゆっくりと、和人の前に歩み出した。砂浜を踏みしめる「ザ…ザ…」という音だけが響いた。みんながそれを息を殺して見ている。この瞬間だけ、世界の中心が自分かのように感じて緊張が増す。
 和人の正面に立ち、顔を合わせる。
 あ、そっか。見慣れた和人の優しい笑顔を見てわかった。これから和人との関係性の名が変わっても、その土台にはこれまで共に過ごした十年間がある。この旅は、これまでと、そしてこれからの通過点の一つに過ぎないんだ。和人とだったら、どんな未来も乗り越えていける。俺たちは、二人でいたら無敵だ。
 俺は自然に笑顔になった。ゆっくり息を吸った。

「和人、一日目に告白してくれてありがとう。そのおかげでやっと気づけたよ。
俺も和人が好きです。俺の恋人になってください」

 言い終わると、俺は頭を下げながら右手を差し出した。

 …あれ、反応がない。もしや、振られるか?不思議に思って顔をあげると、和人は目から大粒の雫を流しながら俺を見ていた。

「和人…」

 その途端抱きしめられる。

「…わ」
「…粋、ありがとう!俺も大好き。こちらこそこそ、よろしくお願いします」

 抱擁から解放され、顔を合わせた。和人が、愛しくて愛しくてたまらなくなった。

「…あの」

 和人が、俺たちのそばにいたカメラマンさんに向けて話しかけた。カメラマンさんは撮影中に突然話を振られ、小声で「は、はい!」と答えた。

「こっから先、カメラ止めてもらっていいですか」

「え…」

 これは恋愛番組というのに、なにを言ってるんだ。撮影をしなければ、成り立たなくなるではないか。そんな困惑を表した「え」をカメラマンさんが呟いた。

 すると和人は俺に向き直った。右手で俺の顎を掬って上に向かせ、左手で腰を抱かれた。和人の透き通った瞳が俺の顔に近づいてきた。

 俺と和人の、唇が重なった。

「…もう粋のこと、誰にも見せたくない」

 唇を離されながら、和人は呟いた。

「……キャーーーーーーーーー!!!!!」

 女子たちの真っ黄色な悲鳴と、盛大な拍手に俺たち二人は包まれた。
 こうして、俺と和人は晴れて恋人になった。

 その後、井出と中野は昨日の言葉通り、本当に誰にも告白をしなかった。代わりに、今の率直な気持ちをそれぞれ吐露した。

「この旅はすごく楽しかったけど、まだ自分には運命の恋を見つけられませんでした!次回の旅も継続して参加して、見つけていきたいと思います!」
「俺も今回の旅では運命の恋には出会えなかったけど、これからも付き合っていきたいと思える最高な友達にたくさん出会えました!その友達たちが恋をするところを間近で見て、自分も恋をしたいと改めて思いました!」

 告白をすることが定石のこの番組で、それをしなかったことは異例らしい。しかし山田さんが、「自分の気持ちに嘘をつくことはよくないからね、その結論に辿り着けたことが素晴らしい!まさしく“リアル”だ!君たちなら本当の恋にきっと出会える!」と言ったことで良しとなったらしい。なんだかんだ理解のある人だ。

 大川は、なんと花ちゃんに告白して無事成立していた。二日目のバーベキューで俺と花ちゃんが話した後、大川が振られた花ちゃんを慰めた際に仲良くなったらしい。なんという展開の早さだ。恋を癒すのは恋、とは本当だったのか。花ちゃんは「超ビッグカップルになって、世界一有名なカップルチャンネルやろうねー!」と言っていた。ぶれない人だ。

 以上で、二泊三日の旅は無事幕を閉じた。