…真っ白な空間が少しずつ彩られていくような、ぼんやりとした意識が徐々に浮上する感覚。
窓の外からは、耳馴染みのないの鳴き声と、遠くで響くリズミカルな波の音が聞こえた。遮光カーテンの隙間からは、すでに力強い光が差し込んでいるのが目に入った。
まだ重たい瞼を擦りながら、俺はゆっくりと体を起こした。
「…い、すい、…あ、粋、おはよう」
声がした方を向くと、布団の上で横たわる俺の真横に和人が寝そべっていた。俺の寝起きの目に和人がうつった。
「…____________っ!???!」
驚きのあまり、声になっているようななっていないような、そんな俺の叫び声を聞きつけて他三人も目を覚ました。
「な、な…!?」
朝から衝撃シーンをお見舞いされて、思わずシーツを被ってわなわな震えていると、「ふふ、今日も粋は寝顔も、真っ赤に染まった驚いた顔も可愛いね。愛おし過ぎて泣きそうだ」と笑いかけられた。
すると寝起きの大川が、「寝込み襲うのも大概にしとけよー」と言い俺から和人を引き剥がした。え、同じベッドで寝てたのか?
こうして朝から高カロリーを接種して、二日目の旅は始まった。
『覚悟しててね』
昨夜和人はそう言ったが、その言葉は本気のようだった。今朝起きてから朝食を食べ終えるまでの間に、和人は対面モーニングコールをはじめ、移動中はずっと手を繋ごうとする、着替える粋の服のボタン掛けを全てやろうとする、朝ごはんは一口一口アーンとしようとする…など、もはや甘やかしたいのか邪魔をしたいのかもわからないくらい片時も離れようとしなかった。大川は「それもはや介護」と言っていた。元々和人は粋に対して距離感が近かったが、まさかここまでになるとは。和人の“本気”に面食らいつつ、粋はこの調子で旅を乗り切れるのか、はたまた先に自分の心臓が脈打ちすぎて止まってしまうのではないか、そんな一抹の不安を覚えた。
ちなみに朝食時に井出が「はい粋ちゃん!これ飲んで大きくなってね!」とカップに並々に注がれた牛乳を持ってきた時は、「バカにしてんじゃねー!」とキックをお見舞いした。しかし毎朝の牛乳は日課なので、ありがたく飲み干しつつ、一日分の気合いをチャージした。
朝食の後から、二日目のプログラムが始まった。出演者は、ハワイらしい色とりどりの鮮やかな植物で飾り付けられたホテルの一室に集合した。本日一つ目のプログラムは、各々の現時点での気になる人の発表だ。第一印象のみで話した一日目と違い、自己紹介や交流等を挟んだことによる気持ちの変化の確認をし合ったり、お互いに意識をしてもらう駆け引きのために話すようだった。
発表の順番は昨日と同じで女子からだった。女子の気になる人には、昨日と同じく全員和人を挙げていた。しかしどちらかというと、真剣に狙っていると言うよりは、俺と和人の行く末に興味津々だが、誰か一人を絶対に挙げないといけないので、とりあえず継続して和人の名前を出している…といった印象だった。
ただ一人、昨日もツーショットタイムの時に俺を睨んでいた花ちゃんは、今日も俺に視線を送りつつ「本気で和人くんに一目惚れしました!この旅で両思いになります!和人くんとカップルインフルエンサーになって動画たくさん撮りまーす!」と声高に宣言していた。聞くところによると、どうやら彼女は超有名動画クリエイターで女子高生のカリスマ的存在らしい。そんな彼女の視線が痛い。元凶の和人は興味なさげに、花ちゃんからの視線に見向きもせず俺に慈愛に満ちた視線を送っていた。そのスルースキルにある意味感心した。
そして男子の発表が続いた。こちらも昨日の順番通りに進行した。井出、中野、大川はやはり本来の目的通り、それぞれ気になっている女の子の名前をあげた。まあ、どれも現時点では和人によって矢印は一方通行となっているのだが。和人は罪な男だ。
そしていよいよ俺の番となった。なんとなくで気になる人の名前を言った昨日と違い、今日の俺は、告白をされてその相手に好きになった理由を教えてもらう、という初めての経験をしていた。俺の発する言葉の一つ一つが、昨日の何倍もの重みがあるような気がして、ドキドキしつつみんなの前に移動した。和人と目が合うと、俺は頷いて口を開いた。
「今の俺の気になる人は…和人です。正直和人のことは好きだけど、それをこ…恋とか意識したのは昨日が初めてで。でも、和人の真っ直ぐな思いを知って、それを受け止めてきちんと向き合って、自分なりに答えを出したいと思いました。だから、今日でもっと和人のこと知りたいです。
あ、もちろん他の参加者のみんなとも交流できたら嬉しいです!よろしくお願いします!」
頭を下げて元いた位置に戻った。参加者のみんなの、温かく見守るような優しい眼差しが気恥ずかしかった。ふと昨日の気になる人で名前を出したまどかちゃんを見ると、笑顔でグッと拳を突き出してくれた。友好的な対応に感謝しつつ、こちらもエアーで拳を突き出した。
そのまま視線を和人に移した。自分なりの言葉で率直に話したつもりだったけどどうだったかな。隣りの和人に「どうだった?」と思い顔を向けると、半泣きになりながら頭をゴシゴシ撫でられた。和人の覚悟に真摯に向き合い答えを出したい、俺のその気持ちは伝わったようだ。良かった。
その後和人の番になると、和人は「今日も粋だけを見ています、以上」と一秒で言い終え爆速で元の位置に戻った。「ぶれないのな…」「清々しいよな…」と呟く男子たちに、俺も心の中で同意した。
「はい、では気になる人の発表は以上で終わります!続いてのアクティビティは…山で自然に囲まれて、グランピングをしまーす!」
司会者の宣言に、俺たちはこれを揃えて「おお!」と歓声を上げた。海に続き山まで楽しめるなんて、楽しいことの盛り合わせだ。元来アウトドア派な俺は、何ができるのかワクワクした。ふと和人を見ると、死んだ魚のような目で虚空を眺めていた。ああそうだ、こいつは根っからのインドア派だったと思い出した。
そんな和人をみてか、すかさず花ちゃんが「えっもしかして和人くんインドア派なの!?わたしもー!よかったら二人でお留守番とか…!」と目をギラギラさせながら歩み寄っていた。おお、百獣の王にも負けないくらいの肉食形だ。すると和人はすくっと立ち上がり、「いや、俺は行く。粋とだったら、例え地獄の果てでも俺にとっては桃源郷だ」と返した。それを聞いて花ちゃんは目をまんまるに開き立ち尽くした。すかさず男子三人が和人に飛びつき、肩を組んで話に加わった。
「おいおい俺らもいるんだけどー!?」
「おまけでもいいから俺らとも楽しもうなー!?」
「…お前らのおかげでギリ俗世」
「煩悩まみれのお前には俗世がお似合いだ!」
早くも男子三人は和人へのイジり方をマスターしたらしい。
こうして、俺の心は楽しみ九割ハラハラ一割で二日目のメインイベントが開幕した。
グランピングの施設までは、現在地から車で約一時間移動した先にあった。スタッフから、順にロケバス車内に乗り込むよう指示が出た。グランピングに心浮き立つ俺は率先してバスに乗り込み、その後ろからするっと和人が乗り込んだ。偶然か意図的か、また俺たちの座席は隣同士だった。
「なに?」
俺の視線に気づいた和人はこちらを向き、目を合わせてきた。恋愛として和人のことを意識するようになってから、俺は胸の鼓動の高鳴りやら顔の赤みやらが頻繁に顔に出るようになってしまった。和人にペースを乱されていることを認めたくなくて、「いや…」と言いつつ前を向いた。
「みんなきょうだいいるの?」
井出のその一言から、車内ではワイワイ雑談が始まった。
「俺三人兄弟、男ばっかの真ん中!」
「うわ〜暑苦しそうだな。といいつつ俺も二人兄弟の上、弟と年子だからいつも喧嘩ばっかだよ」
「同性だとそうなんだなー。俺は歳の離れた妹一人、可愛いけど毎日こき使われてる」
そう語るのは順に井出、中野、大川。
「うわ〜みんな下がいるのめちゃくちゃ解釈一致、すごく面倒見いいもんね」
「そうそう、現にこの旅でもね」
そう言われつつみんなの視線が俺と和人に集まり、車内は笑いに包まれた。一日目から何となく、この旅は俺アンド和人とその見守り隊、という空気が漂っているのを感じたが、それはみんなも感じていたのか。まあ確かに、俺もみんなの包容力的なものは感じていたし、実際すごく有難いのだけれども。
「うるせーよ!どうせ俺は予想通り三人兄弟の末っ子だよ、甘やかされてすくすくと育ったよ!」
頬を膨らませてそう言うと、あちこちから「それが可愛くていーんだよ!」と謎のフォローを入れられた。
「身長のすくすくはまだ途中かなー?」とも言われたが、それは無視した。俺はまだ成長期だ、多分。
「で、和人くんはズバリ一人っ子でしょ?」
「うん、よくわかったね」
そう和人が言うとまたもみんなは「見たまんますぎ!」「こいつに兄貴とかいたら超仲悪そうだよなー」とか偏見を好き勝手言っていた。正直俺もちょっと共感しつつ、和人を見るとよくわからないという表情でみんなを見つめていた。そんなマイペースなとこが愛しいよな。
「てか!せっかくだしチャットグループつくろうぜー!」
そんなこんなで全員で連絡先を交換して、男子三人がふざけたスタンプを送り合っていた。そのやりとりにケラケラ笑っていたら、バスは目的地に到着した。
乗り込んだ順と反対に、今度はバスの外に降り立った。俺の次に乗り込んだ和人が車外に出るのを見届けてから、俺は腰を上げ、座席の合間を縫って運転席横の階段を降りてバスから出ようとした。
「うわ!?」
その時だった。階段を踏み外しツルッと滑り、俺は前のめりで顔から地面に倒れそうになった。あ、コケるーー!気づいた時にはもう遅く、俺は観念して目をぎゅっと瞑った。
「……?」
しかし恐れていた痛みはせず、顔がポフっと布にあたる感覚がした。
不思議に思って目を開けると、「大丈夫!?」という声が降ってきた。見上げると、和人が俺を心配そうに見下ろしていた。転びそうだった俺を、和人は右腕を俺の頭に回し、左手は腰に回して抱き止めていた。
(ち、近い……!)
今までならよくあるじゃれ合いの中でこの距離になることも数多くあったが、昨日告白されてからはこんなに密着するのは初めてだ。和人の男らしい骨ばった身体つき、頼もしい大きな手、布越しに伝わる温かい体温…全てに意識してしまい、咄嗟に離れながらお礼を言った。
「た、助けてくれてありがと…!」
「怪我しなくてよかった…。というかこっちこそありがとうだよ、ラッキーハグできて」
「な…!」
ラッキースケベみたいに何言ってんだ、と肩をこづくとふふ、と返された。
「…でも、やっぱり不安だから今日のグランピング中は手を繋いでて?約束、ね」
そう言われた後に手を繋がれだ。俺と和人は、今までだって数え切れないほど手を繋ぐことはあった。しかし今回は、これまでと同じ握手の形ではなく、お互いの指を交互に絡める所謂「恋人繋ぎ」だった。
手の繋ぎ方の変化は、俺たちの関係は今までとは違う、明らかに変わってきていることを表しているような気がした。
「…ん、」
繋がれた手を素直に受け入れてそっと握り返すと、和人は満足そうに口角を上げた。
グランピング会場に到着した。二日目に泊まる施設に荷物を置いてから、各々動きやすいTシャツにズボン姿に着替え、山の中流に位置する川岸に向かった。遂にアクティビティがスタートした。
「はじめのアクティビティは…バナナボートです!二人一組を自由に作って、各自ボートに乗り込んでください!自由に散策し、一時間後にここに集合してください!」
そう話す司会者の足元には、バナナボートが五艇仲良く並んでいた。夏の盛りの七月に、なんてピッタリなアクティビティだ!とワクワクした。俺は水泳が不得意のため若干の怖気はあったが、ライフジャケットもあるしよっぽど大丈夫だろう。そう思いながらいそいそとライフジャケットを着用していると、横から勢いよく和人に「粋、ペア組もう?いいね?」と話しかけられた。「え、あぁ…」と言っている間に、俺がライフジャケットを着用したことを確認するとずるずると川岸に連れて行かれた。何だかデジャヴの状態にまた他のメンバーを見やると、笑顔に手を振りながら見送られた。何だかみんなの目から保護者のような親愛を感じ、少し涙がほろりした。
ふと花ちゃんを見ると、睨んではいないがじっとこちらを見ていた。花ちゃんにとっての俺は、俗に言う恋敵というものになるのだろう。そんな相手が、自分の好きな人とずっと一緒にいたらそりゃ嫌な気持ちになるよな…。でも和人の気持ちも無碍にしたくない。どうしたらいいのだろうか。
うーんと岸辺で唸っていると、既にボート上の和人から「どうしたの?」と声がかかった。
「あ、ごめん、今行く」
俺が唸ってる間に他の四艇は既に出発したらしく、和人を乗せたボートのみが川に残っていた。俺はボートに向かって小走りで駆け寄った。頬を膨らませて待っている和人が目に入った。子どものように拗ねている姿が愛おしくて、クスッと笑った。
「ね、待ちくたびれた」
「わ!?」
ボートのそばに着いた途端、和人から手を引かれた。ボートの上に体育座りになる和人の前に座らされ、後ろから抱きしめられた。
衝撃にボートが揺れ、「ザブン!」という水音が辺りに響いた。
「はぁ…やっと二人きりになれた」
「ちょ、和人…!」
俺の右肩に和人は頭を乗せ、肩口で思いっきり息を吸われた。俺のお腹には和人の両手が回され、背中には和人がピッタリくっついていた。和人の息遣いさえ聞こえてくるこの距離感に、俺は自分の血流が過去最高潮にはやくなるのを感じた。鼻から息を吸うと、柔軟剤か香水か、和人に似合うシトラスの爽やかな香りがした。
これまでの十年、ふざけ合って抱きついたり、一緒に狭いソファーでゲームをしたことは数えきれないほどあった。その時の和人の体温は、俺にとって心地よい安心の塊だったはずなのに。今は、背中に触れる彼の胸の鼓動が、自分の鼓動と混ざり合って、耳の奥でうるさいほど鳴り響いていた。
「や、やめ…!」
身じろぎすると、ふと背後のカメラやスタッフさんが目に入った。そうだ、これは単なる旅行ではなく、恋愛リアリティーショーだった!!急にその事実を思い出して、さーっと血の気が引き、カメラから顔を逸らした。俺と和人のこのやりとりが全世界に配信されるなんて、恥ずかしくて、生きて、いけないかも…。
「ね、和人、これ放送されてるかもなんだよ…!いい加減離して…!」
俺は抵抗を続けるが、それに比例して和人も抱きしめる力が強くなった。なんだこの駄々っ子は。このままでは埒が開かない。
「何言ってんの、見せつけてんの。俺の粋はこんなに可愛いですよーって」
和人は涼しい顔でそう言う。お前ほんとに人の心通ってんのか、と初めて思ってしまった。
すると和人は俺の両頬を掴み、俺の顔の正面をカメラに向けさせた。
カメラのズームレンズが動く、ウィーンという小さな音が聞こえた。
頭が真っ白になった。
あ、今、俺の赤面したドアップ顔が、全世界に、はいし、ん…。
バシャーーーーン!!!!
混乱して体を傾けた俺はバランスを崩し、バナナボートは激しい水音を立てながら真っ逆さまに横転した。
(やばい!)
何を隠そう俺はカナヅチだ。海や川などの水場では、遠くから見たり浅瀬で楽しむ分には問題ない。しかし、今のようにいきなり水中に放り出されては、パニックになって手足をばたつかせるしかできなかった。
え、死ぬか?お父さんお母さん、今までありがとう______そう思いつつ目を閉じかけると、俺は体が一気に浮上するのを感じた。
「大丈夫か!?」
視界が途端に明るくなった。和人が俺をお姫様抱っこして、思いっきり水上に引き上げてくれていた。
「粋、泳げなくて水苦手だったよな!?ごめんな、怖い思いさせて…平気か?」
…ねぇ和人。
昨日和人は俺のことヒーローって言ってたけどさ。
今は和人こそがヒーローみたいじゃん。
「ん…怖かった」
気づけば俺はカメラのことなど忘れて、和人の首元にぎゅっと抱きついていた。
「お…おう!?」
そう返す和人の声は珍しく上擦いているが、動揺しているのかな。そういえば昨日今日で和人に押されてばかりで、俺から行動することはなかったな。…自分はグイグイ行くくせに、俺から来られるのは慣れてなくてドキッとしてんのかな。
「ごめんな…守れなくて」
何言ってんの。こんなに助けてくれたのに。
…でも、元はと言えば和人が変なことをいうからバランスを崩し溺れかけたのだ。だから、「かっこよかったよ」は、今はまだ言わないでおく。せいぜい反省して動揺してろ、と俺はぎゅっとする力を強くした。
「ちょ、粋、苦しい!!絞まる!!!!!」
「あ、ごめん」
和人が青い顔でバタバタし出したので、咄嗟に手を離した。違う意味でドキドキさせてしまったか。やはり俺に恋の駆け引きは難しい。
「全身水浸しになったし、一旦戻って髪とか服とか乾かそ」
「あ、うん」
和人は俺をお姫様抱っこしたまま、ボート乗り場付近の岸に移動した。俺を陸に上げ、続いて和人も上がってきた。
横並びに座り、ふと隣りの和人を見た。
全身が水に濡れ、しっとりとした服の上から素肌が透けて見えた。シャツの隙間から覗く鎖骨。水分を含み、艶めいた唇。毛先に水滴を蓄えた、長いまつ毛。その奥に宿る、透き通った瞳…。
バン!!!!!!
咄嗟に俺は両手で左右から自身の頬を叩く。
あれ、俺今何考えてた?
「だ、大丈夫!?」
「あは、だ、大丈夫、ちょっと、正気に戻りたくて…」
今まで幾度となく見てきた和人のこと、色っぽいとか思った?
「頬赤くなってるよ、よく見せて」
和人は右手を俺の後頭部に回して、顔を合わせてきた。
俺と和人の視線がぶつかる。あぁ、その瞳、今にも吸い込まれそうな_________。
「わーーーーー!!!!」
「いだっ!??」
俺は奇声を発しながらタオルを和人に思いっきり投げた。タオルは和人の顔面にクリーンヒットし、ひらひらと床に舞い落ちた。
「おま…まぁ元気になったならよかったわ」
その後は身体を乾かしながら全力でタオル投げをして、気づいたら一時間が経っていた。俺たちは再びボートに戻ることなく、集合時間通りに岸に戻った他のメンバーと合流した。タオル投げによる反動で俺たちだけが息切れをしていたので、「お前ら何やってんだ」たツッコミを受けた。
(なんだこれ…おさまんない)
甘くて、酸っぱくて、顔が煮えたぎりそう。
俺は、この気持ちを無視できなくなっていた。
「続いてのアクティビティは…バーベキューでーす!」
川岸からバーベキュー場に移動してから、次のアクティビティの発表がされた。近くに備え付けの調理台などが置かれていたためなんとなく察していたが、司会者の声に俺たちはまたイェーイ!と歓声をあげた。移動とボートでの散策を経て、気づけば夕方になっておりお腹もぺこぺこだ。育ち盛りの高校生にとって、『バーベキュー』とは世界一甘美な言葉と言っても過言ではない。
「このバーベキューでは全員で協力して火おこしや炊事をしてもらいますが…ここで運命のチケットくじタイムです!」
司会者の言葉に、みんながザワザワと反応した。
『チケットくじ』、それはきみこいの中でも人気のサプライズ演出だ。名前の通り飛行機のチケット風のくじを一人一枚選んで引くことだ。くじには参加者の名前やアクティビティの内容などが書かれていて、恋の後押しや展開の分岐点となる、ドラマチックなものだ。
「今回のチケットくじではー…当たりを引いた二人にはバーベキューの食材となる魚を釣りに行ってもらいます!」
なんだかアクティビティ内容がロマンチックではない気がするが、それはともあれ一つのターニングポイントとなる重要なくじだ。出演者は司会者の手から順にくじを引いていった。隣で和人は、「どうか粋とペアに…どうか粋とペアに…どうか粋とペアに…!」とぶつぶつ唱えていた。まあ、それもやぶさかでは無いか…そう思いつつ、みんなと共にくじを裏返して結果を見た。
「せーーの!!!!!!!!」
「…あ、やったぁ!わたしくじ当たり、もう一人は?」
そう甲高い声を上げたのは花ちゃんだった。
チラリと俺のくじを見ると真っ白。外れだ。
「俺外れだ…和人は…?あ」
そう言いながら和人の顔を見ると、またも苦い表情を浮かべて立ち尽くしていた。もう結果はくじを見なくても分かった。
「…あ、あたしの相手和人くん!?やったぁ!!デートの時動画撮ろうねー!」
花ちゃんのさらにワントーン高い声が響いた。和人の手には、赤い文字で当たりと書かれたくじがあった。
そうして、本日のバナナボートの次のアクティビティ、バーベキューもといチケットくじデートがスタートした。
先ほどのチケットくじの結果を経て、和人と花ちゃんを見送った。
あとに残された八人で夜ご飯の支度をしていた。
メニューはバーベキューで食材を焼くほかに、定番のカレーライスを予定していた。力仕事の火おこしや焼く作業は男子が、炊事等を女子が担当することになった。
(和人たち、今頃何してんのかな…。)
この旅が始まってから一日半ずっと一緒だった和人と、初めてのばらばらに過ごす時間。チケットくじのデートに行く和人は眉間に皺を寄せ、それはそれは後ろ髪をひかれていたので「つべこべ言わず行ってこい!」と送り出した。しかし、いざ離れてみるととても寂しい。ふと隣を見た時に和人がいない違和感がすごい。朝からずっと手を繋いでいたこともあり、心にぽっかり穴が空いたようだった。
(一昨日、旅が始まる前までは、離れててもへっちゃらだったのに…。)
この一日半で、ここまで意識が変化してしまうことに驚いた。こんなにも和人の存在は俺の中で大きくなっていたなんて。そして、今後ますます大きくなっていくのだろう。
離れてみて確信が持てた。この気持ちを、恋と呼ばずなんと呼ぶ。
「…い、粋!!火、危ない!!!」
「…え、あ、あぁ!!」
考え事でぼーっとしていると、中野に大声で呼ばれ我に帰った。ふと見ると、薪を焚べていた炎は必要以上に大きく燃え上がっていた。俺のすぐそばまで火の粉が飛び散り、パチパチと音を立てていた。
俺は慌ててサッと火から避けた。
「悪い、教えてくれてありがとう」
「ん、いーよ、無事で良かった」
そう言いつつ、中野は慣れた様子でうちわを扇いで燃え盛る炭に空気を送り込んだ。こうすると炎が小さくなるそうだ。部活でよくバーベキューをするらしいから、火の処理に慣れているのかな。
「…で?粋がぼーっとしていたのは、例の王子様のせいかい?」
そう言いながら、中野は二人が向かった方角を炭をつかむトングで指した。すると、恋バナの香りを聞きつけてきたのか、他六人もなんだなんだと集まってきた。
「あ…」
これまで俺たちを見守ってきてもらったし、今もまた和人のことを考えていて迷惑をかけてしまった…。今後のためにも、俺は和人だけでなくみんなにもこの気持ちの正体を伝えておく必要があると気づいた。
自分の気持ちを正直に話すのって、シンプルだけどすごく勇気がいることだ。それでも、俺は意を決して言葉を紡いだ。
「みんな、これまで俺たちのこと見守ってくれてありがとう。あの、今みたいに迷惑かけてばっかで、俺、みんなに言わなきゃいけないことあって…」
そう言いながらみんなの顔を見渡すと、全員がこちらをじっと見つめていた。俺はぎゅっと気持ちを引き締めると、口を開く。
まだ一日半しか一緒に過ごしてないけど、わかる。みんなならきっと、受け入れてくれる。
「和人に告白されてからずっと考えてたんだけど、俺も和人が好きだ。…だから女の子のみんなの恋は手伝えない、ごめん」
言った。みんなの反応を見るのが怖くて、少し下を向く。
「今までも、たくさん迷惑かけてごめん。でも、恋を手伝ってくれなんて言わないから、これからも変わらず接してくれたら____」
そこまで言ったところで、場にいた七人みんが俺に駆け寄ってきてばっと抱きついてきた。
「わ、、??!!」
咄嗟の出来事に、俺は覇気のない声をあげた。
「め…迷惑なんて思ってるわけないじゃん」
そう言うのは大川。
「そうだよ!!」
同意をしたのはまどかちゃん。
「あのね、私たちまだ一日半しか一緒にいない。けど、和人くんが粋くんに向ける特別優しい表情を見て、粋くんが和人くんのために必死になって考えたり話してるところを見て、二人の恋がすごく真剣だって気付いてたよ!
そんな二人の恋に入る隙なんて無いってすぐに分かったし…むしろこれからも、私たちに友達二人の恋を応援させてよ!」
そう語るまどかちゃんの瞳には、キラキラと綺麗な涙が浮かんでいた。
そのあと口々に、みんなから「そうだよ!」「あったりめーだ!」「ここにいるみんな、お前らの味方だからな!」と詰め寄られた。
その言葉に励まされ、みんなが認めてくれたことが嬉しくて思わず泣きながらお礼を言った。
「ありがとう…」
そう言うとみんなが顔を見合わせて、ニコッと俺に笑いかけた。
「…じゃあやっぱり、粋は今のチケットくじでデートしてる二人が心配?」
結局夜ご飯の準備を中断し、俺とまどかちゃんが泣き止むのを待ったあとで井出がそう切り出した。
「ん…ちょっとね」
俺は正直に頷く。
「もちろん俺は和人の気持ちが真実だって分かってるし、疑ってるわけじゃ無いけど、花ちゃんは可愛いし積極的だったし、俺に無いものをたくさん持ってるからなぁ…」
そう。花ちゃんが持つ女の子らしい可愛らしさや、和人に対してグイグイいける積極性は、どちらも俺が持ちえない長所だ。俺は男だから当たり前に女の子のようなふわふわした可愛らしさもないし、この旅でだって和人からの行動に翻弄されてばかりで、自分から動けたことはほとんどない。
「うーん…確かに花ちゃんはとても素敵な女の子だ。でも和人はそのままの粋が好きだと思うから、比べる必要ないと思うけど」
大川のそのフォローに少し励まされた。
「…ね、どうせ今二人が出かけてるところには混ざれないんだし、だったら最高な準備をして待ち構えねぇ?」
「え?」
「和人が『粋って最高!』って改めて思うような準備をして帰りを待つんだよ!例えばめちゃくちゃ美味しい料理を作ったり」
中野がそう言うと、まどかちゃんがいち早く賛成した。
「それいい、手料理食べてもらいたいね!じゃああとは、こっそり着替えてイメージとかも変えてみない?印象変わって新しい一面も見せれるかも!」
「あ、いいね!じゃあわたしメイク道具持ってるから、ナチュラルメイクもしようよ!」
「わたしヘアアイロンあるよ!ヘアセットもやろ!」
そうして矢継ぎ早にアイデアが出された。そんな状況に思わず笑い出した。
「…はは、みんなありがとう!この旅のメンバーがみんなで良かった」
それを聞くと、みんなを見渡してから井出が笑顔でこう答えた。
「だって俺らは、十人でこの旅に来たんだからな!」
こうして俺は、まず火おこし・焼き係から炊事係に異動になり、和人に向けて一生懸命カレーを作った。
「下処理が甘いよ、ジャガイモの芽はしっかり取って!和人くんのこと殺す気なの!?」
「お米炊くときの水少なすぎ!パサパサご飯を食べさせる気!?」
女子の指導は結構スパルタで、俺は普段から料理してこなかったことを後悔した。お父さん、お母さん、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。これからきちんと手伝います。
女子たち改め先生たちの指導の賜物で、カレーは無事美味しく出来上がった。
「じゃあ次、着替えて軽く身だしなみ整えよっか!どんな雰囲気にしたいとか、希望ある?」
そう聞くまどかちゃんは、先ほど衣装担当のスタッフさんと交渉して、予備として用意されていた衣装を借りる手配をしてくれたそうだ。人生何周目?と聞きたくなるくらいの根回しの良さだ。
(なりたい自分…。花ちゃんと比べるんじゃなくて、俺だからこそ出せる魅力を出せたらいいな)
そう思うと、まどかちゃんに向き直った。
「和人がびっくりするような、かっこいい俺を見せたい」
「…!オーケー、任せて!」
そうして笑みを作るまどかちゃんは、この上なく頼もしく見えた。
「…あ!和人くんと花ちゃん帰ってきたよ!」
チケットくじで当たりを引いた二人が出かけてから約二時間後。残ったメンバーが協力して行った夕飯の準備が整ったところで、二人は魚を数匹携えてバーベキュー会場に戻ってくるのが見えた。
手先の器用な女子たちのおかげで、俺のプチ変身は無事終わった。
俺の衣装はバナナボートに乗った時のままだったTシャツにジャージのズボンから、カジュアルすぎないけどバーベキューでも浮かないような薄手のシャツにカーゴパンツを合わせてた。メイクはシンプルにベースメイクと眉毛だけで仕上げ、髪の毛は前髪を分けてセンターパートにして、ワックスを全体的につけてもらった。ナチュラルだけど確実に変わったその姿に、みんなは「いい!」と太鼓判を押してくれた。特にセットをしてくれた女子たちは、お礼を言うと「こちらこそ!粋くんほんとポテンシャルの塊すぎてセットのしがいがあった…」とか「わかる!声かけた山田さんの審美眼に適うだけある…」とか異常に持ち上げてくれて照れ臭かった。
個人的には、いつもは前髪で隠れるおでこが出ていて少しスースーした。
和人はファッションとか興味あるのかな。あいつは存在自体がおしゃれなのであんまり気にしたことなかったけど、そういえばいつもこざっぱりした格好してるよな。
和人の隣りに並んでも、違和感がないような男になりたい。俺もファッション雑誌とか買って、勉強してみようかな。
和人はどんな反応をするのかな。想像すると、胸がソワソワと騒いだ。
「おかえり二人とも、どーだった?」
「や、魚あんまりいなくて…普通にだべって帰ってきたわ」
戻ってきた和人と中野が会話するのが聞こえた。和人と花ちゃんは、どんなことをだべっていたのだろうか…そう思いつつ和人に話しかけようとすると、後ろからツンッと叩かれた。
「!わ、何…」
振り返るとなんと、俺の背後には花ちゃんが立っていた。
「急にごめん、ちょっと今表出れる?」
そう言われると、俺が返事をする前に花ちゃんはスタスタ歩いて行った。
「あ、ちょっと!」
返答を待たずに動き出される強引なとこ、ちょっと二人は似てるかも。というかツーショットタイム以外で、こんな堂々と二人きりになっていいのかな。そう思いつつ、俺は慌てて後を追った。
着替えた俺を一番初めに和人に見せたかったが、それはまた後にお預けだな。
花ちゃんが言った「ちょっと」とは本当に言葉通りみたいで、みんなの視界から見えるけれど会話は聞こえないくらいの位置で立ち止まった。喧騒と少し離れて、風に吹かれて木の葉が揺れるそよそよという音が心地いい。
和人はもう俺と花ちゃんが二人きりなのに気がついたらしく、こっちに来ようとしていたが慌てて他のメンバーに引き止められていた。俺のサポートも和人のお守りもしてくれるみんなには、本当に頭が上がらない。
そんな和人の様子に花ちゃんも気付いたようで、そちらをみながらふっと笑った。
「ねぇ、本当にあれ、びっくりするくらい愛重いよねー」
「…そう、だ、ね…?」
花ちゃんの言葉には同意したが、恋敵であるはずの花ちゃんはどんな気持ちでそう言ったのだろうか。発言の意図が読めなくて、肯定とも否定ともいえない返事をした。
俺の戸惑いは花ちゃんに伝わったようで、目を見てクスッと笑われた。
「そんな身構えないでよ、別に取って食ったりしないよ」
「え、あ別にそんなつもりじゃ!」
「…ねぇ、『誘ったのどう言うつもり?』と、『さっき二人でなんの話してたの?』って思ってるでしょ。顔に書いてあるよ」
「え!?」
女の子って本当に鋭い。俺はあまり親しくの無い花ちゃんにまで思考がダダ漏れだったことに恥ずかしくなり、顔が真っ赤になった。
「誘ったのは、単純に話したかっただけ。二人で何話してたかは…普通に、あたしが和人くんに振られたよ」
「…え!?」
「正確には振られてない…ううん、告白さえさせてくれなかった。『俺はずっと粋しか見えてない』って」
花ちゃんは両手を上に向けて「やれやれ」というポーズで首を振った。
きみこいでは、一度旅の中で告白をすると、その相手と実らなかった場合は、同じ旅の中で他にいい相手が見つかっても、自分からは他の人に告白できない、というルールがある。
今回和人が告白をすることを断ったのは、花ちゃんが今後この旅の中でいい相手が見つかった時のために取っておくべき、という和人なりの優しさではないか。
そう推測していると、「あたしは和人くんと結ばれたかったから、他の人と結ばれないとかどうでもいいから告りたかったの。けじめつけたかったし」と言われた。この考えまでお見通しなのか、末恐ろしい。
「…花ちゃんは、なんで俺にそのこと教えてくれたの?」
そう、花ちゃんにとって恋敵である俺に恋が破れたと教えることは、彼女にとってメリットはないのではないか。疑問をぶつけると、花ちゃんは少し寂しそうに和人に目を向けた。
「…あたしね、和人くんのこと好きだなって思ったの、最初はノリだったの。超イケメンだし、一緒にカップルインフルエンサーになって、バズり動画いっぱい撮ってチヤホヤされたいなって」
「…はぁ!?」
好きになった経緯が、思っていたよりも軽かったことに、そして赤裸々に語られることに驚き声をあげた。イケメンのは同意するけど。
そんな俺をみて、花ちゃんはケラケラ笑った。
「まぁ怒んないでよー!…最初はノリだったんだけど、気づいたらほんとに好きになってたよ。和人くんの視線が、あまりにも優しいから。でもずっと見てて、気づいたんだよね。」
花ちゃんの視線が、和人から俺に移った。
その時、花ちゃんがスマホを持つ手は、少し震えていることに気がついた。
「和人くんの視線の先には、いつだって粋くんがいることに」
花ちゃんと俺の視線は、本当の意味で今初めて合ったと思う。
「ねぇほら見てよ、今だって和人くんはわたしじゃなくて粋くんを見てんの、もうどんだけ好きなのーって、敵わないなぁ…って思って。
さっきもあたしと二人きりなのに、一分に一回は、『今頃粋は火傷とかしてないかな…』とか『粋の食べるご飯は全部調理したいな…』とか、粋くんの話するんだよー!?異常じゃない!?
その時、もしかしてあたしが好きになったのは、和人くんと言うより…
粋くんのことが大好きな和人くんなのかなーって思って」
つー…と俺の瞳から涙が溢れた。すると花ちゃんは、「やだ、あたしが泣かしたみたいじゃん!泣かないでよー!」と言いながらティッシュを渡してくれた。お礼を言って受け取った。
「…ねぇ粋くん、あたし和人くんを好きになって、本当の優しさに触れた気がするよ、ありがとね」
「いや…俺は何も」
鼻をズビーッと噛みながら返事をすると、「あたしがお礼言ってんだから素直に受け取っとけ!」と言われた。
「粋くん、あんた和人くんと幸せになりなよ!」
そう言われながら花ちゃんから手を差し出された。俺は彼女と握手しながら、力強く返事した。
「…うん!」
花ちゃんは、俺の返事を聞いたら笑った後、背を向けて「あーあ、私の恋、秒で散ったわ!」と伸びをしながら言った。その言葉は、少し揺れているように聞こえた。
でも、ここで俺が彼女を慰めるのは違う。今花ちゃんが強がっているのは、俺のための優しさだ。俺は今、その優しさに甘えることがきっと正解だ。花ちゃん、ありがとう。花ちゃんのくれた思いも胸に、今度は俺が和人に思いを伝えるんだ。
やっぱりこの旅に来て良かった。俺は恋敵にまで励まされてしまった。
和人、俺たちの周りには、こんなにも暖かい人がたくさんいるな。
「ま、あたしはその話の後に、二時間和人くんと動画撮らしてもらったから、目標の半分は達成したようなもんよ!絶対バズるぞー!あと睨んでごめんね〜!」
花ちゃんはすごい勢いでそう言い残すと、「お腹減ったー!」とみんなの元に戻って行った。
「…え」
やっぱり女の子って、すごく強かなのかもしれない。…いや、恋をして、強くなったのかな。
気づけば山の向こうに見える夕陽は傾き始め、空は燃えるようなオレンジ色に染まり始めていた。
俺と花ちゃんが戻ると、すぐに全員揃ったことを確認して遂に晩御飯が始まった。
みんなに準備をサボってしまったことを謝ると、「いーよいーよ」と返された。至れり尽くせりだ。
いただきますの挨拶をした後、俺は隣の和人に話しかけた。
「和人!」「粋!」
お互いの名前を同時に呼び合った俺たちは顔見合わせ、ふふッと笑い合った。
「ふふ、名前、同時に…」
「…俺、バナナボートの後から粋と話せなくてずっと寂しかったもん」
そう見つめてくる拗ねたような和人の顔に、キュンとした。
ああ、好きだ。
「…俺もだよ」
和人の手を、俺からそっと握る。
「!粋…!」
和人は手を見て驚き、嬉しそうな笑顔を向けた。俺の一挙一動でこんなに喜んだり笑顔になってくれるの、愛しくて堪らない。もうとっくに、俺は和人に虜だったんだ。俺はニコッと微笑み返した。
「ねね、粋、その格好どうしたの?」
変化した俺の姿に気づいてくれたことに内心喜びつつ、俺は平静を装って返事した。
「あ、和人が出かけてる時にみんながやってくれたんだ。…似合う?」
和人に尋ねると思いっきり手を握りしめられ、大声で「似合う!可愛い!!」と答えられた。その声は少し離れたところにいる俺を着せ替えしてくれた女子たちにも聞こえたようで、誇らしそうにドヤ顔していた。
あれ、目指したのは『かっこいい』だったのに…まあ褒めてくれたからいいか。そう思いつつ笑うと、和人は「でも」と続けた。
「これからは…粋の服もメイクもヘアセットも、全部俺だけに任せてね」
「?なんで…」
和人は俺のうなじに熱い指先を這わせ、逃げられないように固定すると、右耳のすぐ側で囁いた。
「粋のことを見つめるのも、触れるのも、俺だけがいいの。粋をセットしてくれた子の手、全部洗ってやりたいくらいだよ。
…嫉妬で、おかしくなりそう」
そう言った後、和人はフッと吐息を俺の耳に吹きかけて俺の耳元から顔を離した。
俺の全神経が右耳に集中したようだ。爆発しそうなくらい、耳元が熱い。
嫉妬されるなんて、少し前の俺には無縁だった。そんなことに喜んでしまう自分に少し驚いた。和人につられて、俺も感覚が麻痺しているのかもしれない。
「わ…わかった」
素直に頷くと、和人は満足そうに笑った。
「…あ、そういえば俺、みんなに協力してもらってカレーも作ったんだ!」
「…え、粋の手料理?それ大丈夫なの?」
和人は眉を顰めた。俺はこれまでの調理実習などで、丸焦げハンバーグやしょっぱすぎるマフィンなどを作った前科があることを思い出しているようだった。
「だ…大丈夫だよ失礼な!今回は全行程手伝ってもらったし、味見もしたけどバッチリだった!」
和人に食べて欲しくて念押しすると、「…ふーん」と和人はつぶやいた後、「あ」と口を開けた。和人の口から綺麗な歯列がのぞいた。
「…?何?」
「ほら、粋が食べさせてよ」
「は!?自分で食えよ!」
そんな恋人みたいなこと、今の曖昧な関係値でするのが恥ずかしくて拒否をした。すると和人はしゅん…として、机に突っ伏してから上目遣いで俺を見つめた。その眼差しは、見つめられてNOと言える人がいるのだろうか、というくらい小悪魔的だった。俺は「しょ…しょうがないなぁ」とつぶやいた。すると和人はケロッとして「やったあ!」と両腕を上げた。やはり俺は和人に甘い。
配膳されたカレーをスプーンで掬い、和人の口元に持って行った。和人は俺を見つめたまま、再び口を開けた。スプーンが口の中に入り、和人がパクッとしたところを見届けて口から引き抜いた。和人が咀嚼して、嚥下するところを見届けた。
「ど…どう?」
何回も味見もしたし、大丈夫なはずだけど。ドギマギしながら尋ねた。
和人は目尻を下げ口角を上げて、俺の頭をそっと撫でた。
「粋の手料理、世界一美味しいに決まってんじゃん。ありがとうね」
「よ…よかった」
その笑顔がまた見れるなら、いくらでも料理の練習をしたい、と思った。
「…あ、ねぇもう空真っ暗になってるね」
「ほんとだ」
バーベキューの時間もあっという間に過ぎ去った。網の中の炎は勢いを弱め、煙の匂いがわずかに漂っていた。辺りは闇に包まれていた。
「粋、月が綺麗だね」
「…バカ、それくらい俺でも知ってるわ」
「ふふ」
和人から、かの夏目漱石が訳した『I love you』を告げられた。
愛を唱える和人の瞳には、幾千の星が映ってキラキラと瞬いていた。
星よりも、月よりも、和人が一番綺麗だよ。
俺は、心の中でそっとつぶやいた。
一日目よりも予定が詰め込まれていた二日目のアクティビティも、こうしてなんとか完遂した。
アクティビティを存分に満喫した俺たちは、ヘロヘロで宿に戻ったあと、各自風呂を済ませてから就寝準備に入った。
昨日は五人部屋だったが、今日の宿は一人一部屋。そのため、俺たち男子はロビーに集まって就寝前に雑談をすることになった。
「…あれ、井出と中野は?」
ロビーのソファ俺が行った時には、お風呂に上がりたてての和人と大川しかいなかったため、俺はキョロキョロしながら尋ねた。
「なんか明日のことでスタッフさんに呼ばれたから先集まっとけだって!」
「へえ…」
ソファに置かれたクッションに腰掛ける。生返事をしながらスマホを開くと、確かにグループチャットにその旨の連絡が来ていた。
「んなことより、和人!今日の粋はどうだった!」
「あ、おい!」
大川はニヤニヤしながら和人に話を振った。明らかにからかい目的の質問に、俺は静止を入れるが和人はまるで動じない。
「すげえ可愛い。まじで好き」
和人は当然、というような顔でブレずにそういうので、俺はまた赤面した。この二日間、和人の甘い言葉や態度にはたくさん触れたはずだけどまだまだ慣れない。この調子では、旅から帰った後の俺は無事でいられるのだろうか。そうして固まっていると、和人はジリジリと俺に寄ってきた。和人は両手をソファーの上に置いて、座っている俺を挟んで覆い被さるような体制を取った。
「粋……」
「ちょーと待った突っ走るな!!」
「いだっっ」
戻ってきた井出と中野が、和人にチョップすることで俺のドキドキは隠れた。なんだこの見覚えある光景は。再放送か。
「いいじゃんもうカメラもないんだし」
「よかねーよ!粋の気持ちも考えろよ、なぁ粋」
「…え、あぁ、うん…!」
話をふられて、俺は沸騰しながら反射的に答えた。
あれ、俺今何考えた?もしかして、止められて一安心、じゃなくて、ちょっと残念とか思ったりした?な、なんて破廉恥な_______!
そんな俺の異変は三人にも伝わったらしく、「え…粋、堕ちた?」「まじか…止めてごめん」「な…なんかあったらいつでも俺らに言うんだぞ!!」と言われた。俺ってそんなにわかりやすい?
「粋は、今どんな気持ち?」
和人に聞かれ、俺と和人はまた見つめ合う。三人は、それを無言で見守ってくれた。
「…明日、見てろ!って気持ちだよ」
俺がそう言うと、三人は「おお〜!!!」と歓声を上げた。和人は眉間に皺を寄せて、「今からでも入れる失恋保険とか、あるか?」と言った。そんな保険は、ない。
「…三人はどうなの?気になる子とかできた?」
和人がそう尋ねると、井出と中野にはそれぞれ答えた。
「んー、仲良くはなったけどまだ恋愛には発展してないかも…?なんかお前らのことハラハラ見守ってたらそっちに気がいっちゃった」
「俺もー!やっぱりゼロから関係値築くとなると、二泊三日は短いよな」
薄々勘づいていたが、俺と和人の存在がみんなの恋の足枷になっていたんじゃないのか。そう思い謝ろうとオロオロすると、「あ、謝るなよ!」と先走りして釘を打たれた。
「俺らみんな、自分がやりたくてお前ら二人を見守ってんの!むしろ、こんな貴重な機会をくれてありがとうって思ってるよ!」
「そうそう、絶対幸せになってほしいもん!世話かかせてくれてありがとうだよ!」
話す井出・中野に続いて、大川も「一言一句以下同文」と答えた。
お前ら、本当にいいやつ過ぎる。この旅にしろそれより後にしろ、こちらこそ絶対幸せになってほしい。
「ありがとう…」
思わず泣きながらそう言うと、「粋ちゃんどうしたの、まだ泣くな!」「そうだぞ、明日に取っとけ!」「粋が泣くと、俺らが隣の王子様に睨まれんだよ〜」と続けられた。
それを見ながら、和人も穏やかな笑みを浮かべて「俺からも、ありがとな」と言った。和人が素直に三人にお礼を言うのは珍しくて、三人はそれを聞いてニコッと笑った。
「…あ、そういえば大川は?気になる人とかいたの?」
先ほどの質問に一人だけ答えていなかったことに気づいて聞いてみた。すると大川はニヤッとした後こう続けた。
「粋の言葉を借りるなら…明日、見てろ!って気持ち、かな?」
もったいぶってそう言う大川は、目の奥にジリジリと燃える焔が見えるようだった。
恋をすると女の子は可愛くなるってよく言うが、男の子はかっこよくなるんだ、と実感した。
「…あ、てかそろそろ就寝時間だな!部屋戻るか」
「だなー、俺らは朝早いし」
そう言いながら井出と中野はアイコンタクトした後、部屋に戻っていた。それに合わせて解散の流れになり、俺も戻ることにする。
「…粋」
部屋に戻るところで、和人に呼び止められる。
「何、今日は違う部屋だから寂しいの?」
くすりと冗談めかして言うと、「ん…それもあるけど」と言われる。あるんかい。
「あのね、粋は俺に気を遣わなくていいからね」
「…え?」
「この二日間、俺は十年間閉じ込めてた気持ちを解放して、とにかく粋にアタックしようと俺必死で…。粋は戸惑って、拒否できない場面も多かったんじゃないかなって。正直、当たって砕けろ精神だから粋は引いたかもなって反省したんだ。
明日のラストの告白でも、俺の気持ちは変わってないけど…粋は、無理して俺に合わせず、自分の気持ちに正直に結論を出して欲しい」
和人の優しさにまた心が脈打った。
「…うん。俺の気持ち、この二日でしっかり確認できたよ。だから和人…期待してて」
「…!粋…!」
和人は目を見開いて俺をみた。俺は笑って、「また明日」と言って部屋に向かった。
俺は部屋に戻って鍵を閉めると、布団に入って天井を眺めた。窓の外では、規則正しい夜の波の音が聞こえた。
旅に来てからほぼ初めての一人きりの空間が、かえって和人の言葉を頭の中で反芻させる。
(『無理して俺に合わせず、自分の気持ちに正直に結論を出して欲しい』、か…。)
和人は狡い。あんなに熱い視線で俺を縛っておきながら、最後には俺を自由にするなんて。
十年前、俺たちの関係は「近所の遊び相手」だった。それがいつの間にか「親友」になり、唯一無二の「幼馴染」になった。俺は、その安全な場所にずっと甘えていたんだと思う。和人が向けてくれる笑顔は友愛だと思っていたが、本当はもっといろんな感情がごちゃ混ぜになった暗くて熱い感情だったなんて、気づかなかった。
もし明日、俺が「NO」と言えば、俺たちは元の幼馴染に戻れるんだろうか。 答えは否だ。和人のあの瞳を見てしまった以上、もう「ただの親友」ごっこは成立しない。
「……戻りたくないんだ。俺も」
暗闇の中で、自分の声がやけに低く響いた。 和人を外の世界に引っ張り出して、新しい景色を見せるのはいつも俺の役割だと思ってた。
でも今回の旅はどうだろう。和人がいなければ俺は、自分の本当の気持ちに一生気づけなかっただろう。
明日は、俺がこれからも和人の隣を歩くための、一つの区切りの日となるだろう。怖くないと言えば嘘になる。でも、これからも胸を張って和人の隣にいるための、新しい未来への一歩だ。
(頑張ろう!)
そう決意して、ギュッと瞼を閉じた。疲れていたからか、俺はすぐに夢の世界に誘われた。
粋と井出、中野が部屋に戻った後、和人と大川はまだロビーに残っていた。
「……で、和人。お前、さっきの粋の言葉聞いてどう思ったんだよ」
大川が、炭酸水の入ったペットボトルを口に運びながら、隣で魂が抜けたような顔をしている和人に聞いた。この旅での和人は、粋がいるところでは和人は豊かな表情の変化を見せるが、粋がいないところではずっと心ここに在らず、といった様子だ。
和人は、粋が座っていたソファのクッションを愛おしそうになでながら、低く、湿り気のある声で答えた。
「……明日が来なきゃいいと思ってるよ」
「は? 告白成功する気しかないだろ、お前」
和人はフルフルと首を横に振った。癖のない滑らかな髪が左右に揺れた。
「違う。もし万が一、億が一の確率で、粋が他の誰か……例えばあの井出とかいう筋肉バカを選んだりしたら、俺、そのまま粋を担いでここから逃げる覚悟してる」
「……おい、今、冗談だよな?…って言おうとしたけど、目がマジすぎて怖いんだが」
和人は肯定も否定もしなかった。クッションをぎゅっと抱きよせ、眉目秀麗な顔立ちに薄暗い独占欲を滲ませた。
「俺は十年間、粋の隣で『ただの幼馴染』のふりをして、粋に近づく羽虫を全部裏で処理してきた。今さら粋を誰かに譲るなんてあり得ない。粋が誰とも結ばれないのはまだ耐えられるけど、俺以外の誰かと結ばれるなら…あぁもう考えただけで吐きそう。
もし明日の告白で粋が違う人と結ばれでもしたら、俺は力ずくで粋を日本に連れて帰って、閉じ込めて、粋を俺だけのものにするよ」
大川は引きつった笑いを浮かべた。
「山田さんと粋に、同情するわ。粋、逃げて…」
この男、粋の前では「子犬」だが、中身はとんでもない「猛獣」だったのだ。
「さっき粋に言ったことと全然話違うじゃん」
「さすがに粋にこんな本音言えないよ。あ、お前も言うなよ」
「言えるわけないじゃん。…和人、犯罪だけはするなよ…」
「もちろん!粋と片時も離れたくないのに、俺が閉じ込められてる場合じゃないからね」
「あっそ…」
気づけば夜も更けていたので、和人と大川も解散した。
窓の外からは、耳馴染みのないの鳴き声と、遠くで響くリズミカルな波の音が聞こえた。遮光カーテンの隙間からは、すでに力強い光が差し込んでいるのが目に入った。
まだ重たい瞼を擦りながら、俺はゆっくりと体を起こした。
「…い、すい、…あ、粋、おはよう」
声がした方を向くと、布団の上で横たわる俺の真横に和人が寝そべっていた。俺の寝起きの目に和人がうつった。
「…____________っ!???!」
驚きのあまり、声になっているようななっていないような、そんな俺の叫び声を聞きつけて他三人も目を覚ました。
「な、な…!?」
朝から衝撃シーンをお見舞いされて、思わずシーツを被ってわなわな震えていると、「ふふ、今日も粋は寝顔も、真っ赤に染まった驚いた顔も可愛いね。愛おし過ぎて泣きそうだ」と笑いかけられた。
すると寝起きの大川が、「寝込み襲うのも大概にしとけよー」と言い俺から和人を引き剥がした。え、同じベッドで寝てたのか?
こうして朝から高カロリーを接種して、二日目の旅は始まった。
『覚悟しててね』
昨夜和人はそう言ったが、その言葉は本気のようだった。今朝起きてから朝食を食べ終えるまでの間に、和人は対面モーニングコールをはじめ、移動中はずっと手を繋ごうとする、着替える粋の服のボタン掛けを全てやろうとする、朝ごはんは一口一口アーンとしようとする…など、もはや甘やかしたいのか邪魔をしたいのかもわからないくらい片時も離れようとしなかった。大川は「それもはや介護」と言っていた。元々和人は粋に対して距離感が近かったが、まさかここまでになるとは。和人の“本気”に面食らいつつ、粋はこの調子で旅を乗り切れるのか、はたまた先に自分の心臓が脈打ちすぎて止まってしまうのではないか、そんな一抹の不安を覚えた。
ちなみに朝食時に井出が「はい粋ちゃん!これ飲んで大きくなってね!」とカップに並々に注がれた牛乳を持ってきた時は、「バカにしてんじゃねー!」とキックをお見舞いした。しかし毎朝の牛乳は日課なので、ありがたく飲み干しつつ、一日分の気合いをチャージした。
朝食の後から、二日目のプログラムが始まった。出演者は、ハワイらしい色とりどりの鮮やかな植物で飾り付けられたホテルの一室に集合した。本日一つ目のプログラムは、各々の現時点での気になる人の発表だ。第一印象のみで話した一日目と違い、自己紹介や交流等を挟んだことによる気持ちの変化の確認をし合ったり、お互いに意識をしてもらう駆け引きのために話すようだった。
発表の順番は昨日と同じで女子からだった。女子の気になる人には、昨日と同じく全員和人を挙げていた。しかしどちらかというと、真剣に狙っていると言うよりは、俺と和人の行く末に興味津々だが、誰か一人を絶対に挙げないといけないので、とりあえず継続して和人の名前を出している…といった印象だった。
ただ一人、昨日もツーショットタイムの時に俺を睨んでいた花ちゃんは、今日も俺に視線を送りつつ「本気で和人くんに一目惚れしました!この旅で両思いになります!和人くんとカップルインフルエンサーになって動画たくさん撮りまーす!」と声高に宣言していた。聞くところによると、どうやら彼女は超有名動画クリエイターで女子高生のカリスマ的存在らしい。そんな彼女の視線が痛い。元凶の和人は興味なさげに、花ちゃんからの視線に見向きもせず俺に慈愛に満ちた視線を送っていた。そのスルースキルにある意味感心した。
そして男子の発表が続いた。こちらも昨日の順番通りに進行した。井出、中野、大川はやはり本来の目的通り、それぞれ気になっている女の子の名前をあげた。まあ、どれも現時点では和人によって矢印は一方通行となっているのだが。和人は罪な男だ。
そしていよいよ俺の番となった。なんとなくで気になる人の名前を言った昨日と違い、今日の俺は、告白をされてその相手に好きになった理由を教えてもらう、という初めての経験をしていた。俺の発する言葉の一つ一つが、昨日の何倍もの重みがあるような気がして、ドキドキしつつみんなの前に移動した。和人と目が合うと、俺は頷いて口を開いた。
「今の俺の気になる人は…和人です。正直和人のことは好きだけど、それをこ…恋とか意識したのは昨日が初めてで。でも、和人の真っ直ぐな思いを知って、それを受け止めてきちんと向き合って、自分なりに答えを出したいと思いました。だから、今日でもっと和人のこと知りたいです。
あ、もちろん他の参加者のみんなとも交流できたら嬉しいです!よろしくお願いします!」
頭を下げて元いた位置に戻った。参加者のみんなの、温かく見守るような優しい眼差しが気恥ずかしかった。ふと昨日の気になる人で名前を出したまどかちゃんを見ると、笑顔でグッと拳を突き出してくれた。友好的な対応に感謝しつつ、こちらもエアーで拳を突き出した。
そのまま視線を和人に移した。自分なりの言葉で率直に話したつもりだったけどどうだったかな。隣りの和人に「どうだった?」と思い顔を向けると、半泣きになりながら頭をゴシゴシ撫でられた。和人の覚悟に真摯に向き合い答えを出したい、俺のその気持ちは伝わったようだ。良かった。
その後和人の番になると、和人は「今日も粋だけを見ています、以上」と一秒で言い終え爆速で元の位置に戻った。「ぶれないのな…」「清々しいよな…」と呟く男子たちに、俺も心の中で同意した。
「はい、では気になる人の発表は以上で終わります!続いてのアクティビティは…山で自然に囲まれて、グランピングをしまーす!」
司会者の宣言に、俺たちはこれを揃えて「おお!」と歓声を上げた。海に続き山まで楽しめるなんて、楽しいことの盛り合わせだ。元来アウトドア派な俺は、何ができるのかワクワクした。ふと和人を見ると、死んだ魚のような目で虚空を眺めていた。ああそうだ、こいつは根っからのインドア派だったと思い出した。
そんな和人をみてか、すかさず花ちゃんが「えっもしかして和人くんインドア派なの!?わたしもー!よかったら二人でお留守番とか…!」と目をギラギラさせながら歩み寄っていた。おお、百獣の王にも負けないくらいの肉食形だ。すると和人はすくっと立ち上がり、「いや、俺は行く。粋とだったら、例え地獄の果てでも俺にとっては桃源郷だ」と返した。それを聞いて花ちゃんは目をまんまるに開き立ち尽くした。すかさず男子三人が和人に飛びつき、肩を組んで話に加わった。
「おいおい俺らもいるんだけどー!?」
「おまけでもいいから俺らとも楽しもうなー!?」
「…お前らのおかげでギリ俗世」
「煩悩まみれのお前には俗世がお似合いだ!」
早くも男子三人は和人へのイジり方をマスターしたらしい。
こうして、俺の心は楽しみ九割ハラハラ一割で二日目のメインイベントが開幕した。
グランピングの施設までは、現在地から車で約一時間移動した先にあった。スタッフから、順にロケバス車内に乗り込むよう指示が出た。グランピングに心浮き立つ俺は率先してバスに乗り込み、その後ろからするっと和人が乗り込んだ。偶然か意図的か、また俺たちの座席は隣同士だった。
「なに?」
俺の視線に気づいた和人はこちらを向き、目を合わせてきた。恋愛として和人のことを意識するようになってから、俺は胸の鼓動の高鳴りやら顔の赤みやらが頻繁に顔に出るようになってしまった。和人にペースを乱されていることを認めたくなくて、「いや…」と言いつつ前を向いた。
「みんなきょうだいいるの?」
井出のその一言から、車内ではワイワイ雑談が始まった。
「俺三人兄弟、男ばっかの真ん中!」
「うわ〜暑苦しそうだな。といいつつ俺も二人兄弟の上、弟と年子だからいつも喧嘩ばっかだよ」
「同性だとそうなんだなー。俺は歳の離れた妹一人、可愛いけど毎日こき使われてる」
そう語るのは順に井出、中野、大川。
「うわ〜みんな下がいるのめちゃくちゃ解釈一致、すごく面倒見いいもんね」
「そうそう、現にこの旅でもね」
そう言われつつみんなの視線が俺と和人に集まり、車内は笑いに包まれた。一日目から何となく、この旅は俺アンド和人とその見守り隊、という空気が漂っているのを感じたが、それはみんなも感じていたのか。まあ確かに、俺もみんなの包容力的なものは感じていたし、実際すごく有難いのだけれども。
「うるせーよ!どうせ俺は予想通り三人兄弟の末っ子だよ、甘やかされてすくすくと育ったよ!」
頬を膨らませてそう言うと、あちこちから「それが可愛くていーんだよ!」と謎のフォローを入れられた。
「身長のすくすくはまだ途中かなー?」とも言われたが、それは無視した。俺はまだ成長期だ、多分。
「で、和人くんはズバリ一人っ子でしょ?」
「うん、よくわかったね」
そう和人が言うとまたもみんなは「見たまんますぎ!」「こいつに兄貴とかいたら超仲悪そうだよなー」とか偏見を好き勝手言っていた。正直俺もちょっと共感しつつ、和人を見るとよくわからないという表情でみんなを見つめていた。そんなマイペースなとこが愛しいよな。
「てか!せっかくだしチャットグループつくろうぜー!」
そんなこんなで全員で連絡先を交換して、男子三人がふざけたスタンプを送り合っていた。そのやりとりにケラケラ笑っていたら、バスは目的地に到着した。
乗り込んだ順と反対に、今度はバスの外に降り立った。俺の次に乗り込んだ和人が車外に出るのを見届けてから、俺は腰を上げ、座席の合間を縫って運転席横の階段を降りてバスから出ようとした。
「うわ!?」
その時だった。階段を踏み外しツルッと滑り、俺は前のめりで顔から地面に倒れそうになった。あ、コケるーー!気づいた時にはもう遅く、俺は観念して目をぎゅっと瞑った。
「……?」
しかし恐れていた痛みはせず、顔がポフっと布にあたる感覚がした。
不思議に思って目を開けると、「大丈夫!?」という声が降ってきた。見上げると、和人が俺を心配そうに見下ろしていた。転びそうだった俺を、和人は右腕を俺の頭に回し、左手は腰に回して抱き止めていた。
(ち、近い……!)
今までならよくあるじゃれ合いの中でこの距離になることも数多くあったが、昨日告白されてからはこんなに密着するのは初めてだ。和人の男らしい骨ばった身体つき、頼もしい大きな手、布越しに伝わる温かい体温…全てに意識してしまい、咄嗟に離れながらお礼を言った。
「た、助けてくれてありがと…!」
「怪我しなくてよかった…。というかこっちこそありがとうだよ、ラッキーハグできて」
「な…!」
ラッキースケベみたいに何言ってんだ、と肩をこづくとふふ、と返された。
「…でも、やっぱり不安だから今日のグランピング中は手を繋いでて?約束、ね」
そう言われた後に手を繋がれだ。俺と和人は、今までだって数え切れないほど手を繋ぐことはあった。しかし今回は、これまでと同じ握手の形ではなく、お互いの指を交互に絡める所謂「恋人繋ぎ」だった。
手の繋ぎ方の変化は、俺たちの関係は今までとは違う、明らかに変わってきていることを表しているような気がした。
「…ん、」
繋がれた手を素直に受け入れてそっと握り返すと、和人は満足そうに口角を上げた。
グランピング会場に到着した。二日目に泊まる施設に荷物を置いてから、各々動きやすいTシャツにズボン姿に着替え、山の中流に位置する川岸に向かった。遂にアクティビティがスタートした。
「はじめのアクティビティは…バナナボートです!二人一組を自由に作って、各自ボートに乗り込んでください!自由に散策し、一時間後にここに集合してください!」
そう話す司会者の足元には、バナナボートが五艇仲良く並んでいた。夏の盛りの七月に、なんてピッタリなアクティビティだ!とワクワクした。俺は水泳が不得意のため若干の怖気はあったが、ライフジャケットもあるしよっぽど大丈夫だろう。そう思いながらいそいそとライフジャケットを着用していると、横から勢いよく和人に「粋、ペア組もう?いいね?」と話しかけられた。「え、あぁ…」と言っている間に、俺がライフジャケットを着用したことを確認するとずるずると川岸に連れて行かれた。何だかデジャヴの状態にまた他のメンバーを見やると、笑顔に手を振りながら見送られた。何だかみんなの目から保護者のような親愛を感じ、少し涙がほろりした。
ふと花ちゃんを見ると、睨んではいないがじっとこちらを見ていた。花ちゃんにとっての俺は、俗に言う恋敵というものになるのだろう。そんな相手が、自分の好きな人とずっと一緒にいたらそりゃ嫌な気持ちになるよな…。でも和人の気持ちも無碍にしたくない。どうしたらいいのだろうか。
うーんと岸辺で唸っていると、既にボート上の和人から「どうしたの?」と声がかかった。
「あ、ごめん、今行く」
俺が唸ってる間に他の四艇は既に出発したらしく、和人を乗せたボートのみが川に残っていた。俺はボートに向かって小走りで駆け寄った。頬を膨らませて待っている和人が目に入った。子どものように拗ねている姿が愛おしくて、クスッと笑った。
「ね、待ちくたびれた」
「わ!?」
ボートのそばに着いた途端、和人から手を引かれた。ボートの上に体育座りになる和人の前に座らされ、後ろから抱きしめられた。
衝撃にボートが揺れ、「ザブン!」という水音が辺りに響いた。
「はぁ…やっと二人きりになれた」
「ちょ、和人…!」
俺の右肩に和人は頭を乗せ、肩口で思いっきり息を吸われた。俺のお腹には和人の両手が回され、背中には和人がピッタリくっついていた。和人の息遣いさえ聞こえてくるこの距離感に、俺は自分の血流が過去最高潮にはやくなるのを感じた。鼻から息を吸うと、柔軟剤か香水か、和人に似合うシトラスの爽やかな香りがした。
これまでの十年、ふざけ合って抱きついたり、一緒に狭いソファーでゲームをしたことは数えきれないほどあった。その時の和人の体温は、俺にとって心地よい安心の塊だったはずなのに。今は、背中に触れる彼の胸の鼓動が、自分の鼓動と混ざり合って、耳の奥でうるさいほど鳴り響いていた。
「や、やめ…!」
身じろぎすると、ふと背後のカメラやスタッフさんが目に入った。そうだ、これは単なる旅行ではなく、恋愛リアリティーショーだった!!急にその事実を思い出して、さーっと血の気が引き、カメラから顔を逸らした。俺と和人のこのやりとりが全世界に配信されるなんて、恥ずかしくて、生きて、いけないかも…。
「ね、和人、これ放送されてるかもなんだよ…!いい加減離して…!」
俺は抵抗を続けるが、それに比例して和人も抱きしめる力が強くなった。なんだこの駄々っ子は。このままでは埒が開かない。
「何言ってんの、見せつけてんの。俺の粋はこんなに可愛いですよーって」
和人は涼しい顔でそう言う。お前ほんとに人の心通ってんのか、と初めて思ってしまった。
すると和人は俺の両頬を掴み、俺の顔の正面をカメラに向けさせた。
カメラのズームレンズが動く、ウィーンという小さな音が聞こえた。
頭が真っ白になった。
あ、今、俺の赤面したドアップ顔が、全世界に、はいし、ん…。
バシャーーーーン!!!!
混乱して体を傾けた俺はバランスを崩し、バナナボートは激しい水音を立てながら真っ逆さまに横転した。
(やばい!)
何を隠そう俺はカナヅチだ。海や川などの水場では、遠くから見たり浅瀬で楽しむ分には問題ない。しかし、今のようにいきなり水中に放り出されては、パニックになって手足をばたつかせるしかできなかった。
え、死ぬか?お父さんお母さん、今までありがとう______そう思いつつ目を閉じかけると、俺は体が一気に浮上するのを感じた。
「大丈夫か!?」
視界が途端に明るくなった。和人が俺をお姫様抱っこして、思いっきり水上に引き上げてくれていた。
「粋、泳げなくて水苦手だったよな!?ごめんな、怖い思いさせて…平気か?」
…ねぇ和人。
昨日和人は俺のことヒーローって言ってたけどさ。
今は和人こそがヒーローみたいじゃん。
「ん…怖かった」
気づけば俺はカメラのことなど忘れて、和人の首元にぎゅっと抱きついていた。
「お…おう!?」
そう返す和人の声は珍しく上擦いているが、動揺しているのかな。そういえば昨日今日で和人に押されてばかりで、俺から行動することはなかったな。…自分はグイグイ行くくせに、俺から来られるのは慣れてなくてドキッとしてんのかな。
「ごめんな…守れなくて」
何言ってんの。こんなに助けてくれたのに。
…でも、元はと言えば和人が変なことをいうからバランスを崩し溺れかけたのだ。だから、「かっこよかったよ」は、今はまだ言わないでおく。せいぜい反省して動揺してろ、と俺はぎゅっとする力を強くした。
「ちょ、粋、苦しい!!絞まる!!!!!」
「あ、ごめん」
和人が青い顔でバタバタし出したので、咄嗟に手を離した。違う意味でドキドキさせてしまったか。やはり俺に恋の駆け引きは難しい。
「全身水浸しになったし、一旦戻って髪とか服とか乾かそ」
「あ、うん」
和人は俺をお姫様抱っこしたまま、ボート乗り場付近の岸に移動した。俺を陸に上げ、続いて和人も上がってきた。
横並びに座り、ふと隣りの和人を見た。
全身が水に濡れ、しっとりとした服の上から素肌が透けて見えた。シャツの隙間から覗く鎖骨。水分を含み、艶めいた唇。毛先に水滴を蓄えた、長いまつ毛。その奥に宿る、透き通った瞳…。
バン!!!!!!
咄嗟に俺は両手で左右から自身の頬を叩く。
あれ、俺今何考えてた?
「だ、大丈夫!?」
「あは、だ、大丈夫、ちょっと、正気に戻りたくて…」
今まで幾度となく見てきた和人のこと、色っぽいとか思った?
「頬赤くなってるよ、よく見せて」
和人は右手を俺の後頭部に回して、顔を合わせてきた。
俺と和人の視線がぶつかる。あぁ、その瞳、今にも吸い込まれそうな_________。
「わーーーーー!!!!」
「いだっ!??」
俺は奇声を発しながらタオルを和人に思いっきり投げた。タオルは和人の顔面にクリーンヒットし、ひらひらと床に舞い落ちた。
「おま…まぁ元気になったならよかったわ」
その後は身体を乾かしながら全力でタオル投げをして、気づいたら一時間が経っていた。俺たちは再びボートに戻ることなく、集合時間通りに岸に戻った他のメンバーと合流した。タオル投げによる反動で俺たちだけが息切れをしていたので、「お前ら何やってんだ」たツッコミを受けた。
(なんだこれ…おさまんない)
甘くて、酸っぱくて、顔が煮えたぎりそう。
俺は、この気持ちを無視できなくなっていた。
「続いてのアクティビティは…バーベキューでーす!」
川岸からバーベキュー場に移動してから、次のアクティビティの発表がされた。近くに備え付けの調理台などが置かれていたためなんとなく察していたが、司会者の声に俺たちはまたイェーイ!と歓声をあげた。移動とボートでの散策を経て、気づけば夕方になっておりお腹もぺこぺこだ。育ち盛りの高校生にとって、『バーベキュー』とは世界一甘美な言葉と言っても過言ではない。
「このバーベキューでは全員で協力して火おこしや炊事をしてもらいますが…ここで運命のチケットくじタイムです!」
司会者の言葉に、みんながザワザワと反応した。
『チケットくじ』、それはきみこいの中でも人気のサプライズ演出だ。名前の通り飛行機のチケット風のくじを一人一枚選んで引くことだ。くじには参加者の名前やアクティビティの内容などが書かれていて、恋の後押しや展開の分岐点となる、ドラマチックなものだ。
「今回のチケットくじではー…当たりを引いた二人にはバーベキューの食材となる魚を釣りに行ってもらいます!」
なんだかアクティビティ内容がロマンチックではない気がするが、それはともあれ一つのターニングポイントとなる重要なくじだ。出演者は司会者の手から順にくじを引いていった。隣で和人は、「どうか粋とペアに…どうか粋とペアに…どうか粋とペアに…!」とぶつぶつ唱えていた。まあ、それもやぶさかでは無いか…そう思いつつ、みんなと共にくじを裏返して結果を見た。
「せーーの!!!!!!!!」
「…あ、やったぁ!わたしくじ当たり、もう一人は?」
そう甲高い声を上げたのは花ちゃんだった。
チラリと俺のくじを見ると真っ白。外れだ。
「俺外れだ…和人は…?あ」
そう言いながら和人の顔を見ると、またも苦い表情を浮かべて立ち尽くしていた。もう結果はくじを見なくても分かった。
「…あ、あたしの相手和人くん!?やったぁ!!デートの時動画撮ろうねー!」
花ちゃんのさらにワントーン高い声が響いた。和人の手には、赤い文字で当たりと書かれたくじがあった。
そうして、本日のバナナボートの次のアクティビティ、バーベキューもといチケットくじデートがスタートした。
先ほどのチケットくじの結果を経て、和人と花ちゃんを見送った。
あとに残された八人で夜ご飯の支度をしていた。
メニューはバーベキューで食材を焼くほかに、定番のカレーライスを予定していた。力仕事の火おこしや焼く作業は男子が、炊事等を女子が担当することになった。
(和人たち、今頃何してんのかな…。)
この旅が始まってから一日半ずっと一緒だった和人と、初めてのばらばらに過ごす時間。チケットくじのデートに行く和人は眉間に皺を寄せ、それはそれは後ろ髪をひかれていたので「つべこべ言わず行ってこい!」と送り出した。しかし、いざ離れてみるととても寂しい。ふと隣を見た時に和人がいない違和感がすごい。朝からずっと手を繋いでいたこともあり、心にぽっかり穴が空いたようだった。
(一昨日、旅が始まる前までは、離れててもへっちゃらだったのに…。)
この一日半で、ここまで意識が変化してしまうことに驚いた。こんなにも和人の存在は俺の中で大きくなっていたなんて。そして、今後ますます大きくなっていくのだろう。
離れてみて確信が持てた。この気持ちを、恋と呼ばずなんと呼ぶ。
「…い、粋!!火、危ない!!!」
「…え、あ、あぁ!!」
考え事でぼーっとしていると、中野に大声で呼ばれ我に帰った。ふと見ると、薪を焚べていた炎は必要以上に大きく燃え上がっていた。俺のすぐそばまで火の粉が飛び散り、パチパチと音を立てていた。
俺は慌ててサッと火から避けた。
「悪い、教えてくれてありがとう」
「ん、いーよ、無事で良かった」
そう言いつつ、中野は慣れた様子でうちわを扇いで燃え盛る炭に空気を送り込んだ。こうすると炎が小さくなるそうだ。部活でよくバーベキューをするらしいから、火の処理に慣れているのかな。
「…で?粋がぼーっとしていたのは、例の王子様のせいかい?」
そう言いながら、中野は二人が向かった方角を炭をつかむトングで指した。すると、恋バナの香りを聞きつけてきたのか、他六人もなんだなんだと集まってきた。
「あ…」
これまで俺たちを見守ってきてもらったし、今もまた和人のことを考えていて迷惑をかけてしまった…。今後のためにも、俺は和人だけでなくみんなにもこの気持ちの正体を伝えておく必要があると気づいた。
自分の気持ちを正直に話すのって、シンプルだけどすごく勇気がいることだ。それでも、俺は意を決して言葉を紡いだ。
「みんな、これまで俺たちのこと見守ってくれてありがとう。あの、今みたいに迷惑かけてばっかで、俺、みんなに言わなきゃいけないことあって…」
そう言いながらみんなの顔を見渡すと、全員がこちらをじっと見つめていた。俺はぎゅっと気持ちを引き締めると、口を開く。
まだ一日半しか一緒に過ごしてないけど、わかる。みんなならきっと、受け入れてくれる。
「和人に告白されてからずっと考えてたんだけど、俺も和人が好きだ。…だから女の子のみんなの恋は手伝えない、ごめん」
言った。みんなの反応を見るのが怖くて、少し下を向く。
「今までも、たくさん迷惑かけてごめん。でも、恋を手伝ってくれなんて言わないから、これからも変わらず接してくれたら____」
そこまで言ったところで、場にいた七人みんが俺に駆け寄ってきてばっと抱きついてきた。
「わ、、??!!」
咄嗟の出来事に、俺は覇気のない声をあげた。
「め…迷惑なんて思ってるわけないじゃん」
そう言うのは大川。
「そうだよ!!」
同意をしたのはまどかちゃん。
「あのね、私たちまだ一日半しか一緒にいない。けど、和人くんが粋くんに向ける特別優しい表情を見て、粋くんが和人くんのために必死になって考えたり話してるところを見て、二人の恋がすごく真剣だって気付いてたよ!
そんな二人の恋に入る隙なんて無いってすぐに分かったし…むしろこれからも、私たちに友達二人の恋を応援させてよ!」
そう語るまどかちゃんの瞳には、キラキラと綺麗な涙が浮かんでいた。
そのあと口々に、みんなから「そうだよ!」「あったりめーだ!」「ここにいるみんな、お前らの味方だからな!」と詰め寄られた。
その言葉に励まされ、みんなが認めてくれたことが嬉しくて思わず泣きながらお礼を言った。
「ありがとう…」
そう言うとみんなが顔を見合わせて、ニコッと俺に笑いかけた。
「…じゃあやっぱり、粋は今のチケットくじでデートしてる二人が心配?」
結局夜ご飯の準備を中断し、俺とまどかちゃんが泣き止むのを待ったあとで井出がそう切り出した。
「ん…ちょっとね」
俺は正直に頷く。
「もちろん俺は和人の気持ちが真実だって分かってるし、疑ってるわけじゃ無いけど、花ちゃんは可愛いし積極的だったし、俺に無いものをたくさん持ってるからなぁ…」
そう。花ちゃんが持つ女の子らしい可愛らしさや、和人に対してグイグイいける積極性は、どちらも俺が持ちえない長所だ。俺は男だから当たり前に女の子のようなふわふわした可愛らしさもないし、この旅でだって和人からの行動に翻弄されてばかりで、自分から動けたことはほとんどない。
「うーん…確かに花ちゃんはとても素敵な女の子だ。でも和人はそのままの粋が好きだと思うから、比べる必要ないと思うけど」
大川のそのフォローに少し励まされた。
「…ね、どうせ今二人が出かけてるところには混ざれないんだし、だったら最高な準備をして待ち構えねぇ?」
「え?」
「和人が『粋って最高!』って改めて思うような準備をして帰りを待つんだよ!例えばめちゃくちゃ美味しい料理を作ったり」
中野がそう言うと、まどかちゃんがいち早く賛成した。
「それいい、手料理食べてもらいたいね!じゃああとは、こっそり着替えてイメージとかも変えてみない?印象変わって新しい一面も見せれるかも!」
「あ、いいね!じゃあわたしメイク道具持ってるから、ナチュラルメイクもしようよ!」
「わたしヘアアイロンあるよ!ヘアセットもやろ!」
そうして矢継ぎ早にアイデアが出された。そんな状況に思わず笑い出した。
「…はは、みんなありがとう!この旅のメンバーがみんなで良かった」
それを聞くと、みんなを見渡してから井出が笑顔でこう答えた。
「だって俺らは、十人でこの旅に来たんだからな!」
こうして俺は、まず火おこし・焼き係から炊事係に異動になり、和人に向けて一生懸命カレーを作った。
「下処理が甘いよ、ジャガイモの芽はしっかり取って!和人くんのこと殺す気なの!?」
「お米炊くときの水少なすぎ!パサパサご飯を食べさせる気!?」
女子の指導は結構スパルタで、俺は普段から料理してこなかったことを後悔した。お父さん、お母さん、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。これからきちんと手伝います。
女子たち改め先生たちの指導の賜物で、カレーは無事美味しく出来上がった。
「じゃあ次、着替えて軽く身だしなみ整えよっか!どんな雰囲気にしたいとか、希望ある?」
そう聞くまどかちゃんは、先ほど衣装担当のスタッフさんと交渉して、予備として用意されていた衣装を借りる手配をしてくれたそうだ。人生何周目?と聞きたくなるくらいの根回しの良さだ。
(なりたい自分…。花ちゃんと比べるんじゃなくて、俺だからこそ出せる魅力を出せたらいいな)
そう思うと、まどかちゃんに向き直った。
「和人がびっくりするような、かっこいい俺を見せたい」
「…!オーケー、任せて!」
そうして笑みを作るまどかちゃんは、この上なく頼もしく見えた。
「…あ!和人くんと花ちゃん帰ってきたよ!」
チケットくじで当たりを引いた二人が出かけてから約二時間後。残ったメンバーが協力して行った夕飯の準備が整ったところで、二人は魚を数匹携えてバーベキュー会場に戻ってくるのが見えた。
手先の器用な女子たちのおかげで、俺のプチ変身は無事終わった。
俺の衣装はバナナボートに乗った時のままだったTシャツにジャージのズボンから、カジュアルすぎないけどバーベキューでも浮かないような薄手のシャツにカーゴパンツを合わせてた。メイクはシンプルにベースメイクと眉毛だけで仕上げ、髪の毛は前髪を分けてセンターパートにして、ワックスを全体的につけてもらった。ナチュラルだけど確実に変わったその姿に、みんなは「いい!」と太鼓判を押してくれた。特にセットをしてくれた女子たちは、お礼を言うと「こちらこそ!粋くんほんとポテンシャルの塊すぎてセットのしがいがあった…」とか「わかる!声かけた山田さんの審美眼に適うだけある…」とか異常に持ち上げてくれて照れ臭かった。
個人的には、いつもは前髪で隠れるおでこが出ていて少しスースーした。
和人はファッションとか興味あるのかな。あいつは存在自体がおしゃれなのであんまり気にしたことなかったけど、そういえばいつもこざっぱりした格好してるよな。
和人の隣りに並んでも、違和感がないような男になりたい。俺もファッション雑誌とか買って、勉強してみようかな。
和人はどんな反応をするのかな。想像すると、胸がソワソワと騒いだ。
「おかえり二人とも、どーだった?」
「や、魚あんまりいなくて…普通にだべって帰ってきたわ」
戻ってきた和人と中野が会話するのが聞こえた。和人と花ちゃんは、どんなことをだべっていたのだろうか…そう思いつつ和人に話しかけようとすると、後ろからツンッと叩かれた。
「!わ、何…」
振り返るとなんと、俺の背後には花ちゃんが立っていた。
「急にごめん、ちょっと今表出れる?」
そう言われると、俺が返事をする前に花ちゃんはスタスタ歩いて行った。
「あ、ちょっと!」
返答を待たずに動き出される強引なとこ、ちょっと二人は似てるかも。というかツーショットタイム以外で、こんな堂々と二人きりになっていいのかな。そう思いつつ、俺は慌てて後を追った。
着替えた俺を一番初めに和人に見せたかったが、それはまた後にお預けだな。
花ちゃんが言った「ちょっと」とは本当に言葉通りみたいで、みんなの視界から見えるけれど会話は聞こえないくらいの位置で立ち止まった。喧騒と少し離れて、風に吹かれて木の葉が揺れるそよそよという音が心地いい。
和人はもう俺と花ちゃんが二人きりなのに気がついたらしく、こっちに来ようとしていたが慌てて他のメンバーに引き止められていた。俺のサポートも和人のお守りもしてくれるみんなには、本当に頭が上がらない。
そんな和人の様子に花ちゃんも気付いたようで、そちらをみながらふっと笑った。
「ねぇ、本当にあれ、びっくりするくらい愛重いよねー」
「…そう、だ、ね…?」
花ちゃんの言葉には同意したが、恋敵であるはずの花ちゃんはどんな気持ちでそう言ったのだろうか。発言の意図が読めなくて、肯定とも否定ともいえない返事をした。
俺の戸惑いは花ちゃんに伝わったようで、目を見てクスッと笑われた。
「そんな身構えないでよ、別に取って食ったりしないよ」
「え、あ別にそんなつもりじゃ!」
「…ねぇ、『誘ったのどう言うつもり?』と、『さっき二人でなんの話してたの?』って思ってるでしょ。顔に書いてあるよ」
「え!?」
女の子って本当に鋭い。俺はあまり親しくの無い花ちゃんにまで思考がダダ漏れだったことに恥ずかしくなり、顔が真っ赤になった。
「誘ったのは、単純に話したかっただけ。二人で何話してたかは…普通に、あたしが和人くんに振られたよ」
「…え!?」
「正確には振られてない…ううん、告白さえさせてくれなかった。『俺はずっと粋しか見えてない』って」
花ちゃんは両手を上に向けて「やれやれ」というポーズで首を振った。
きみこいでは、一度旅の中で告白をすると、その相手と実らなかった場合は、同じ旅の中で他にいい相手が見つかっても、自分からは他の人に告白できない、というルールがある。
今回和人が告白をすることを断ったのは、花ちゃんが今後この旅の中でいい相手が見つかった時のために取っておくべき、という和人なりの優しさではないか。
そう推測していると、「あたしは和人くんと結ばれたかったから、他の人と結ばれないとかどうでもいいから告りたかったの。けじめつけたかったし」と言われた。この考えまでお見通しなのか、末恐ろしい。
「…花ちゃんは、なんで俺にそのこと教えてくれたの?」
そう、花ちゃんにとって恋敵である俺に恋が破れたと教えることは、彼女にとってメリットはないのではないか。疑問をぶつけると、花ちゃんは少し寂しそうに和人に目を向けた。
「…あたしね、和人くんのこと好きだなって思ったの、最初はノリだったの。超イケメンだし、一緒にカップルインフルエンサーになって、バズり動画いっぱい撮ってチヤホヤされたいなって」
「…はぁ!?」
好きになった経緯が、思っていたよりも軽かったことに、そして赤裸々に語られることに驚き声をあげた。イケメンのは同意するけど。
そんな俺をみて、花ちゃんはケラケラ笑った。
「まぁ怒んないでよー!…最初はノリだったんだけど、気づいたらほんとに好きになってたよ。和人くんの視線が、あまりにも優しいから。でもずっと見てて、気づいたんだよね。」
花ちゃんの視線が、和人から俺に移った。
その時、花ちゃんがスマホを持つ手は、少し震えていることに気がついた。
「和人くんの視線の先には、いつだって粋くんがいることに」
花ちゃんと俺の視線は、本当の意味で今初めて合ったと思う。
「ねぇほら見てよ、今だって和人くんはわたしじゃなくて粋くんを見てんの、もうどんだけ好きなのーって、敵わないなぁ…って思って。
さっきもあたしと二人きりなのに、一分に一回は、『今頃粋は火傷とかしてないかな…』とか『粋の食べるご飯は全部調理したいな…』とか、粋くんの話するんだよー!?異常じゃない!?
その時、もしかしてあたしが好きになったのは、和人くんと言うより…
粋くんのことが大好きな和人くんなのかなーって思って」
つー…と俺の瞳から涙が溢れた。すると花ちゃんは、「やだ、あたしが泣かしたみたいじゃん!泣かないでよー!」と言いながらティッシュを渡してくれた。お礼を言って受け取った。
「…ねぇ粋くん、あたし和人くんを好きになって、本当の優しさに触れた気がするよ、ありがとね」
「いや…俺は何も」
鼻をズビーッと噛みながら返事をすると、「あたしがお礼言ってんだから素直に受け取っとけ!」と言われた。
「粋くん、あんた和人くんと幸せになりなよ!」
そう言われながら花ちゃんから手を差し出された。俺は彼女と握手しながら、力強く返事した。
「…うん!」
花ちゃんは、俺の返事を聞いたら笑った後、背を向けて「あーあ、私の恋、秒で散ったわ!」と伸びをしながら言った。その言葉は、少し揺れているように聞こえた。
でも、ここで俺が彼女を慰めるのは違う。今花ちゃんが強がっているのは、俺のための優しさだ。俺は今、その優しさに甘えることがきっと正解だ。花ちゃん、ありがとう。花ちゃんのくれた思いも胸に、今度は俺が和人に思いを伝えるんだ。
やっぱりこの旅に来て良かった。俺は恋敵にまで励まされてしまった。
和人、俺たちの周りには、こんなにも暖かい人がたくさんいるな。
「ま、あたしはその話の後に、二時間和人くんと動画撮らしてもらったから、目標の半分は達成したようなもんよ!絶対バズるぞー!あと睨んでごめんね〜!」
花ちゃんはすごい勢いでそう言い残すと、「お腹減ったー!」とみんなの元に戻って行った。
「…え」
やっぱり女の子って、すごく強かなのかもしれない。…いや、恋をして、強くなったのかな。
気づけば山の向こうに見える夕陽は傾き始め、空は燃えるようなオレンジ色に染まり始めていた。
俺と花ちゃんが戻ると、すぐに全員揃ったことを確認して遂に晩御飯が始まった。
みんなに準備をサボってしまったことを謝ると、「いーよいーよ」と返された。至れり尽くせりだ。
いただきますの挨拶をした後、俺は隣の和人に話しかけた。
「和人!」「粋!」
お互いの名前を同時に呼び合った俺たちは顔見合わせ、ふふッと笑い合った。
「ふふ、名前、同時に…」
「…俺、バナナボートの後から粋と話せなくてずっと寂しかったもん」
そう見つめてくる拗ねたような和人の顔に、キュンとした。
ああ、好きだ。
「…俺もだよ」
和人の手を、俺からそっと握る。
「!粋…!」
和人は手を見て驚き、嬉しそうな笑顔を向けた。俺の一挙一動でこんなに喜んだり笑顔になってくれるの、愛しくて堪らない。もうとっくに、俺は和人に虜だったんだ。俺はニコッと微笑み返した。
「ねね、粋、その格好どうしたの?」
変化した俺の姿に気づいてくれたことに内心喜びつつ、俺は平静を装って返事した。
「あ、和人が出かけてる時にみんながやってくれたんだ。…似合う?」
和人に尋ねると思いっきり手を握りしめられ、大声で「似合う!可愛い!!」と答えられた。その声は少し離れたところにいる俺を着せ替えしてくれた女子たちにも聞こえたようで、誇らしそうにドヤ顔していた。
あれ、目指したのは『かっこいい』だったのに…まあ褒めてくれたからいいか。そう思いつつ笑うと、和人は「でも」と続けた。
「これからは…粋の服もメイクもヘアセットも、全部俺だけに任せてね」
「?なんで…」
和人は俺のうなじに熱い指先を這わせ、逃げられないように固定すると、右耳のすぐ側で囁いた。
「粋のことを見つめるのも、触れるのも、俺だけがいいの。粋をセットしてくれた子の手、全部洗ってやりたいくらいだよ。
…嫉妬で、おかしくなりそう」
そう言った後、和人はフッと吐息を俺の耳に吹きかけて俺の耳元から顔を離した。
俺の全神経が右耳に集中したようだ。爆発しそうなくらい、耳元が熱い。
嫉妬されるなんて、少し前の俺には無縁だった。そんなことに喜んでしまう自分に少し驚いた。和人につられて、俺も感覚が麻痺しているのかもしれない。
「わ…わかった」
素直に頷くと、和人は満足そうに笑った。
「…あ、そういえば俺、みんなに協力してもらってカレーも作ったんだ!」
「…え、粋の手料理?それ大丈夫なの?」
和人は眉を顰めた。俺はこれまでの調理実習などで、丸焦げハンバーグやしょっぱすぎるマフィンなどを作った前科があることを思い出しているようだった。
「だ…大丈夫だよ失礼な!今回は全行程手伝ってもらったし、味見もしたけどバッチリだった!」
和人に食べて欲しくて念押しすると、「…ふーん」と和人はつぶやいた後、「あ」と口を開けた。和人の口から綺麗な歯列がのぞいた。
「…?何?」
「ほら、粋が食べさせてよ」
「は!?自分で食えよ!」
そんな恋人みたいなこと、今の曖昧な関係値でするのが恥ずかしくて拒否をした。すると和人はしゅん…として、机に突っ伏してから上目遣いで俺を見つめた。その眼差しは、見つめられてNOと言える人がいるのだろうか、というくらい小悪魔的だった。俺は「しょ…しょうがないなぁ」とつぶやいた。すると和人はケロッとして「やったあ!」と両腕を上げた。やはり俺は和人に甘い。
配膳されたカレーをスプーンで掬い、和人の口元に持って行った。和人は俺を見つめたまま、再び口を開けた。スプーンが口の中に入り、和人がパクッとしたところを見届けて口から引き抜いた。和人が咀嚼して、嚥下するところを見届けた。
「ど…どう?」
何回も味見もしたし、大丈夫なはずだけど。ドギマギしながら尋ねた。
和人は目尻を下げ口角を上げて、俺の頭をそっと撫でた。
「粋の手料理、世界一美味しいに決まってんじゃん。ありがとうね」
「よ…よかった」
その笑顔がまた見れるなら、いくらでも料理の練習をしたい、と思った。
「…あ、ねぇもう空真っ暗になってるね」
「ほんとだ」
バーベキューの時間もあっという間に過ぎ去った。網の中の炎は勢いを弱め、煙の匂いがわずかに漂っていた。辺りは闇に包まれていた。
「粋、月が綺麗だね」
「…バカ、それくらい俺でも知ってるわ」
「ふふ」
和人から、かの夏目漱石が訳した『I love you』を告げられた。
愛を唱える和人の瞳には、幾千の星が映ってキラキラと瞬いていた。
星よりも、月よりも、和人が一番綺麗だよ。
俺は、心の中でそっとつぶやいた。
一日目よりも予定が詰め込まれていた二日目のアクティビティも、こうしてなんとか完遂した。
アクティビティを存分に満喫した俺たちは、ヘロヘロで宿に戻ったあと、各自風呂を済ませてから就寝準備に入った。
昨日は五人部屋だったが、今日の宿は一人一部屋。そのため、俺たち男子はロビーに集まって就寝前に雑談をすることになった。
「…あれ、井出と中野は?」
ロビーのソファ俺が行った時には、お風呂に上がりたてての和人と大川しかいなかったため、俺はキョロキョロしながら尋ねた。
「なんか明日のことでスタッフさんに呼ばれたから先集まっとけだって!」
「へえ…」
ソファに置かれたクッションに腰掛ける。生返事をしながらスマホを開くと、確かにグループチャットにその旨の連絡が来ていた。
「んなことより、和人!今日の粋はどうだった!」
「あ、おい!」
大川はニヤニヤしながら和人に話を振った。明らかにからかい目的の質問に、俺は静止を入れるが和人はまるで動じない。
「すげえ可愛い。まじで好き」
和人は当然、というような顔でブレずにそういうので、俺はまた赤面した。この二日間、和人の甘い言葉や態度にはたくさん触れたはずだけどまだまだ慣れない。この調子では、旅から帰った後の俺は無事でいられるのだろうか。そうして固まっていると、和人はジリジリと俺に寄ってきた。和人は両手をソファーの上に置いて、座っている俺を挟んで覆い被さるような体制を取った。
「粋……」
「ちょーと待った突っ走るな!!」
「いだっっ」
戻ってきた井出と中野が、和人にチョップすることで俺のドキドキは隠れた。なんだこの見覚えある光景は。再放送か。
「いいじゃんもうカメラもないんだし」
「よかねーよ!粋の気持ちも考えろよ、なぁ粋」
「…え、あぁ、うん…!」
話をふられて、俺は沸騰しながら反射的に答えた。
あれ、俺今何考えた?もしかして、止められて一安心、じゃなくて、ちょっと残念とか思ったりした?な、なんて破廉恥な_______!
そんな俺の異変は三人にも伝わったらしく、「え…粋、堕ちた?」「まじか…止めてごめん」「な…なんかあったらいつでも俺らに言うんだぞ!!」と言われた。俺ってそんなにわかりやすい?
「粋は、今どんな気持ち?」
和人に聞かれ、俺と和人はまた見つめ合う。三人は、それを無言で見守ってくれた。
「…明日、見てろ!って気持ちだよ」
俺がそう言うと、三人は「おお〜!!!」と歓声を上げた。和人は眉間に皺を寄せて、「今からでも入れる失恋保険とか、あるか?」と言った。そんな保険は、ない。
「…三人はどうなの?気になる子とかできた?」
和人がそう尋ねると、井出と中野にはそれぞれ答えた。
「んー、仲良くはなったけどまだ恋愛には発展してないかも…?なんかお前らのことハラハラ見守ってたらそっちに気がいっちゃった」
「俺もー!やっぱりゼロから関係値築くとなると、二泊三日は短いよな」
薄々勘づいていたが、俺と和人の存在がみんなの恋の足枷になっていたんじゃないのか。そう思い謝ろうとオロオロすると、「あ、謝るなよ!」と先走りして釘を打たれた。
「俺らみんな、自分がやりたくてお前ら二人を見守ってんの!むしろ、こんな貴重な機会をくれてありがとうって思ってるよ!」
「そうそう、絶対幸せになってほしいもん!世話かかせてくれてありがとうだよ!」
話す井出・中野に続いて、大川も「一言一句以下同文」と答えた。
お前ら、本当にいいやつ過ぎる。この旅にしろそれより後にしろ、こちらこそ絶対幸せになってほしい。
「ありがとう…」
思わず泣きながらそう言うと、「粋ちゃんどうしたの、まだ泣くな!」「そうだぞ、明日に取っとけ!」「粋が泣くと、俺らが隣の王子様に睨まれんだよ〜」と続けられた。
それを見ながら、和人も穏やかな笑みを浮かべて「俺からも、ありがとな」と言った。和人が素直に三人にお礼を言うのは珍しくて、三人はそれを聞いてニコッと笑った。
「…あ、そういえば大川は?気になる人とかいたの?」
先ほどの質問に一人だけ答えていなかったことに気づいて聞いてみた。すると大川はニヤッとした後こう続けた。
「粋の言葉を借りるなら…明日、見てろ!って気持ち、かな?」
もったいぶってそう言う大川は、目の奥にジリジリと燃える焔が見えるようだった。
恋をすると女の子は可愛くなるってよく言うが、男の子はかっこよくなるんだ、と実感した。
「…あ、てかそろそろ就寝時間だな!部屋戻るか」
「だなー、俺らは朝早いし」
そう言いながら井出と中野はアイコンタクトした後、部屋に戻っていた。それに合わせて解散の流れになり、俺も戻ることにする。
「…粋」
部屋に戻るところで、和人に呼び止められる。
「何、今日は違う部屋だから寂しいの?」
くすりと冗談めかして言うと、「ん…それもあるけど」と言われる。あるんかい。
「あのね、粋は俺に気を遣わなくていいからね」
「…え?」
「この二日間、俺は十年間閉じ込めてた気持ちを解放して、とにかく粋にアタックしようと俺必死で…。粋は戸惑って、拒否できない場面も多かったんじゃないかなって。正直、当たって砕けろ精神だから粋は引いたかもなって反省したんだ。
明日のラストの告白でも、俺の気持ちは変わってないけど…粋は、無理して俺に合わせず、自分の気持ちに正直に結論を出して欲しい」
和人の優しさにまた心が脈打った。
「…うん。俺の気持ち、この二日でしっかり確認できたよ。だから和人…期待してて」
「…!粋…!」
和人は目を見開いて俺をみた。俺は笑って、「また明日」と言って部屋に向かった。
俺は部屋に戻って鍵を閉めると、布団に入って天井を眺めた。窓の外では、規則正しい夜の波の音が聞こえた。
旅に来てからほぼ初めての一人きりの空間が、かえって和人の言葉を頭の中で反芻させる。
(『無理して俺に合わせず、自分の気持ちに正直に結論を出して欲しい』、か…。)
和人は狡い。あんなに熱い視線で俺を縛っておきながら、最後には俺を自由にするなんて。
十年前、俺たちの関係は「近所の遊び相手」だった。それがいつの間にか「親友」になり、唯一無二の「幼馴染」になった。俺は、その安全な場所にずっと甘えていたんだと思う。和人が向けてくれる笑顔は友愛だと思っていたが、本当はもっといろんな感情がごちゃ混ぜになった暗くて熱い感情だったなんて、気づかなかった。
もし明日、俺が「NO」と言えば、俺たちは元の幼馴染に戻れるんだろうか。 答えは否だ。和人のあの瞳を見てしまった以上、もう「ただの親友」ごっこは成立しない。
「……戻りたくないんだ。俺も」
暗闇の中で、自分の声がやけに低く響いた。 和人を外の世界に引っ張り出して、新しい景色を見せるのはいつも俺の役割だと思ってた。
でも今回の旅はどうだろう。和人がいなければ俺は、自分の本当の気持ちに一生気づけなかっただろう。
明日は、俺がこれからも和人の隣を歩くための、一つの区切りの日となるだろう。怖くないと言えば嘘になる。でも、これからも胸を張って和人の隣にいるための、新しい未来への一歩だ。
(頑張ろう!)
そう決意して、ギュッと瞼を閉じた。疲れていたからか、俺はすぐに夢の世界に誘われた。
粋と井出、中野が部屋に戻った後、和人と大川はまだロビーに残っていた。
「……で、和人。お前、さっきの粋の言葉聞いてどう思ったんだよ」
大川が、炭酸水の入ったペットボトルを口に運びながら、隣で魂が抜けたような顔をしている和人に聞いた。この旅での和人は、粋がいるところでは和人は豊かな表情の変化を見せるが、粋がいないところではずっと心ここに在らず、といった様子だ。
和人は、粋が座っていたソファのクッションを愛おしそうになでながら、低く、湿り気のある声で答えた。
「……明日が来なきゃいいと思ってるよ」
「は? 告白成功する気しかないだろ、お前」
和人はフルフルと首を横に振った。癖のない滑らかな髪が左右に揺れた。
「違う。もし万が一、億が一の確率で、粋が他の誰か……例えばあの井出とかいう筋肉バカを選んだりしたら、俺、そのまま粋を担いでここから逃げる覚悟してる」
「……おい、今、冗談だよな?…って言おうとしたけど、目がマジすぎて怖いんだが」
和人は肯定も否定もしなかった。クッションをぎゅっと抱きよせ、眉目秀麗な顔立ちに薄暗い独占欲を滲ませた。
「俺は十年間、粋の隣で『ただの幼馴染』のふりをして、粋に近づく羽虫を全部裏で処理してきた。今さら粋を誰かに譲るなんてあり得ない。粋が誰とも結ばれないのはまだ耐えられるけど、俺以外の誰かと結ばれるなら…あぁもう考えただけで吐きそう。
もし明日の告白で粋が違う人と結ばれでもしたら、俺は力ずくで粋を日本に連れて帰って、閉じ込めて、粋を俺だけのものにするよ」
大川は引きつった笑いを浮かべた。
「山田さんと粋に、同情するわ。粋、逃げて…」
この男、粋の前では「子犬」だが、中身はとんでもない「猛獣」だったのだ。
「さっき粋に言ったことと全然話違うじゃん」
「さすがに粋にこんな本音言えないよ。あ、お前も言うなよ」
「言えるわけないじゃん。…和人、犯罪だけはするなよ…」
「もちろん!粋と片時も離れたくないのに、俺が閉じ込められてる場合じゃないからね」
「あっそ…」
気づけば夜も更けていたので、和人と大川も解散した。

