君と歩く恋の旅路

 勉強に部活に期末テスト、慌ただしい学校生活を過ごしているうちに気づいたら夏休みを迎え、あっという間に旅当日になっていた。
 朝、目が覚めたら朝食を食べ、身支度を整えて和人との集合場所である駅に向かった。

「お、おお…」

 集合場所に和人は先についていた。小さい顔を覆うようなキャップを被り、シンプルだが品のあるシャツを着て、脚の長さが際立つような細身のパンツを履いていた。見慣れているとは言え、やはり今日も朝から和人が眩しい。立っているだけで、雑誌の表紙みたいだ。七月の暑さに街の人々は皆汗を流し険しい表情を浮かべているのに、和人の周りだけ涼やかな風が吹きマイナスイオンが出ているように感じた。イケメンには空気の浄化作用すらあるのか。
 行き交う人々も、特に女の子を中心に遠巻きに和人を見てワーワー言っている。そんな黄色い声を耳にしながら、あまり実感がなかったがいよいよ旅がスタートか、とぼんやり考えた。
 すると和人はこちらに気づき、パッと満面の笑顔になって「粋!」と駆けてきた。くぅ。このギャップを見たら女の子はイチコロだろうなぁ。案の定、遠巻きの女の子達が「キャー!」と言いながらよろけているのが視界に入った。

「和人おはよ!終業式の日ぶりだね。寝れた?」
「ん、あんまり…。憂鬱で……でも粋がいるから頑張って来たよ」

 そう言うと和人は、屈んで俺の顔を覗き込んだ。身長差がある俺たちは、それでやっと視線がまっすぐ合った。それに満足したのか、和人は顔を上げてスルッと俺の前髪を撫でた。なんだか今日の和人は雰囲気が甘いな。というか旅の本来の目的は恋人を見つけることなのに、俺がいるから来ると言うのは本末転倒ではないか?今更そう思ったが、まあ俺も和人がいることで楽しみが増すことに変わりはない。

「俺も和人がいるおかげで楽しみだよ!」

 そう言うと和人は顔を両手で抑えて悶えながら「はぁ…」と深くため息をついた。

「?どうした、体調悪いか?」
「いや無自覚って本当に罪だなって…もうこの旅で絶対決める」

 決めるってなんのことだろう。ネイティブの英語を聞き取れるようになって、次のテストで百点キメるとかかな、と俺は適当に見当をつけた。
 それにしても今日の和人はいつにも増して様子が変だと思いつつ、俺たちは電車に揺られて空港に向かった。空港に到着すると荷物検査を済ませて、ハワイ行きの便に搭乗した。他の出演メンバーや山田さんたちスタッフとは現地集合のため、しばらくは和人とニ人きりの、約八時間の小旅行だ。
 飛行機の座席に隣同士で腰掛けると、和人はじっとこちらを見てきた。

「な、なんだよ」
「いや…この時間がずっと続けばいいのになって…」

 なんだそりゃ。思い返せば和人は普段から俺のことをじっと見つめたり突然手を繋いだりするくせがあるので、もはや通常運転か、と放っておくことにした。
 ちゃっかり窓側の座席を陣取っていた俺は、飛行機が動き出すと窓の外の景色を思う存分楽しんだ。俺が空の写真をバシャバシャ撮っていると、何故か和人はそんな俺の写真をたくさん撮ってきた。俺の写真をそんなに撮ってどうするんだよ。
 そうこうしていると、キャビンアテンダントさんが機内食のメニューを持って「Beef or chicken?」と聞いてきた。俺は初めての質問に緊張して、「Fish!」と答えてしまった。するとキャビンアテンダントさんは肩を震わせながら上擦った声でもう一度同じ質問を繰り返してくれた。和人は隣で爆笑してきた。穴があったら入りたい。それを経て食べた機内食は、とても美味しかった。満腹になると眠気が増し、俺はうつらうつらと船を漕ぎ出した。


「…い、粋起きて!着いたよ」
「…は!?」

 気づけばフライトは終わり、無事ハワイに着いていた。俺はいつのまにか寝落ちしていたようで、和人からほっぺを突かれて目を覚まし、ガバッと身体を起きた。

「ん…起こしてくれてありがと。まだねみい」  
 
 俺は「ふぁ〜」と欠伸する。

「ふふ、ずっと寝てたのに?ほんと寝ぼすけさんだなぁ」
「和人が隣りにいてくれる安心感で気が抜けたのかも」
「…またそう言うこと言う?」

 そう言うことってどう言うことだよ。実際、俺が朝起きれない日は和人はいつも電話で起こしてくれる。常日頃から甘やかされている事実を言ったまでだ。

「そういう和人は寝てないのかよ」
「もちろん、ずっと粋の寝顔を見てたよ」
「…ばか言ってんな、ほら行くぞ」

 冗談か本気かわからない和人の発言を右から左に受け流しつつ、俺たちは山田さんたちが待つ集合場所である、空港の駐車場へと向かった。
 空港の自動ドアを抜けて一歩外へ出る。 その瞬間、エアコンの効いた機内とは真逆の、南国特有の湿り気を帯びた熱風が肌を撫でた。花の蜜のような甘い香りと、潮の匂いが混じり合った独特の空気が漂っていた。

「……ハワイ、本当に来ちゃったんだな」
「…そうだな」

 俺が呟く独り言に、和人が相槌を返す。
 遠くで聞こえる陽気なハワイアンミュージックが、ここが日本から数千キロ離れた異国であることを実感させた。初めての海外に緊張や興奮はあるものの、不安や心細さはなかった。だって隣には、和人がいるから。


「ようこそハワイへ!来てくれてありがとう!」

 駐車場に着くと、山田さんから出迎えの挨拶を受けた。山田さんは声をかけてきた日のメガネにスーツ姿と違って、サングラスにアロハシャツを着ており、すごく浮かれている様子だった。
 そこから俺たちは車が停めてある場所まで移動した。これがかのロケバスというものか、と密かにワクワクしながらバスに乗り込んだ。車内をキョロキョロしてみると、普通のバスとは違い撮影用の機材が多く積まれていた。簡易的なメイクスペースやフィッティングルームまで完備されているようだ。非現実的な空間に、また旅の特別感を味わった。

 山田さんがハンドルを握るバスは、空港を離れて海岸沿いのハイウェイを滑り出した。 車窓からはまだ海は見えなかったが、背の高いヤシの木が風に揺れているのが見えた。その隙間から差し込む日差しは日本のそれよりも一段と鋭く、肌をジリジリと焦がすようだった。日本ではわざわざ気使うことはなかったが、この旅中だけは日焼け止めをしっかり塗ろうと決めた。
 このバスは、番組の撮影スタートの場所となる砂浜に向かっていた。ここで他の出演メンバーやスタッフと合流し、自己紹介などの項目からロケを開始するそうだ。
 車での移動中、俺と山田さんが雑談をする一方で、和人はジッと窓の外を見つめたまま俺の手を握って離さなかった。和人の眼光は鋭く深く、この旅での何かの決意を表明していることが見てとれた。もちろん、この時の俺にはそれが何を表しているのかわからなかった。


 目的地に到着し車を降りた俺たちには、絶景が待ち構えていた。
 どんな絵の具でも表せないような、突き抜けるようなエメラルドグリーンの空。水平線が伸びどこまでも続くように見える広い海。水面は太陽の光が反射して、スパンコールのようにキラキラと輝いていた。
 山田さんに初めて声をかけられた時に想像した空想のハワイよりも、実物はずっとずっと美しかった。

「わーーーー!!」

 ふかふかの砂浜に降り立ち海辺を駆けながら、俺は和人がいる後ろを振り返った。

「和人見ろよ!めちゃくちゃ綺麗だ、来てよかったな!」
「…あぁそうだな、一番綺麗だ」

 その時、和人は海ではなく俺を見ながらそう言った。そんな和人には陽の光が差し、髪の毛には光の輪っかが見えて、天使かと思った。さながら映画のワンシーンだ。

 波の音は遥か遠くに聞こえた。和人と目が合い、不思議と世界に二人だけのように錯覚した。俺は何故だか、和人から目が離せなかった。

「…はい、じゃあ二人とも衣装に着替えてきてね!もうすぐ撮影スタートするよ!」

 山田さんの声でハッと我に帰る。

「…あ、じゃあ行こっか!いよいよだな」
「…うん」

 和人からパッと目を逸らし、振り返ることなく指定の着替え場まで歩を進めた。

(暑い…)

 少し顔が火照った気がしたが、それは灼熱の日差しのせいだと思った。
 海鳥が、俺と和人を歓迎するように鳴いていた。


 用意された衣装は、ブレザー制服風のものだった。俺と和人は、中高共に同じ学校で、制服は学ランだったため、とても新鮮だった。ネクタイの結び方がわからなかった俺は、なぜか結び方をマスターしていた和人に大人しく結んでもらった。
 見慣れない服を着た和人は、なんだか普段より大人びて見えた。
 和人は俺のネクタイを結び終えた後、ジ…と見つめてきた。「何?」と尋ねると、「馬子にも衣装」と呟かれたので、「うっせ!」と返す。そう言うのって、もっと正装の時とかに言うんじゃないのか。
 
 着替えが終わったら、さっそく撮影がスタートした。まずはお馴染みの、出演者が一人ずつキャリーケースを引いて登場し、他の出演者と合流するシーンだ。
 俺と和人の登場は最後から二人目と一人目。まず俺は、これからの楽しみを抑え切れずスキップをしながら登場した。砂浜の上でキャリーケースを引くのが難しくて、思わず転びかけた。それを袖から見ていたまだ登場前の和人がこちらに駆け寄ろうとしたが、俺は間一髪で転ぶのを堪え、ことなきを得た。

「えー小っちゃくて可愛い!!」
「小学生の遠足かよ!」
「おいおい転ぶなよー!」

 女子からの第一声が「小さい」「可愛い」だったのは少しショックだったが、男子がツッこんでゲラゲラ笑ってくれたのでまあいいか。笑ってくれるのなら本望だ。

「さぁ、最後の出演者の登場です!」

 司会者の声と共に、和人が顔を出しこちらに向けて歩み寄った。その瞬間、女子達の「ギャーーーーー!!!!!」という黄色い悲鳴が響き渡った。姿勢を正して真っ直ぐこちらに歩いてくる和人は、さながらパリコレモデルだった。和人が歩けば、砂浜もたちまちランウェイに様変わりするんだな、と実感した。確かに十年分の和人免疫がある俺はまだしも、他の出演メンバーは骨抜きにされること必至だな…と思った。実際に、女子だけでなく男子も「こりゃ今回の旅はアイツの独壇場だなぁ…」「何食ったらあんな頭身のイケメンになるんだよ…」「あいつの背景だけバラが百本くらい見える…」と既にやや意気消沈していた。そんな和人は騒ぐメンバーに目もくれず、一目散に俺の隣りに来た。

「よう和人、今日からは俺らもライバルだからな!負けねぇぞ!」
「ライバル…うん、ある意味そうだね。俺は負けないよ」
「…?」

 和人の含みのある言い方に頭の中でハテナを浮かべたが、何はともあれついに旅が始まった。運命の歯車は動き出したのだ。


「最初に自己紹介タイムです!簡単な自己紹介と、第一印象で気になる相手の名前を発表してください!」

 司会者の進行により、先ほどの登場シーンと同じ順番で自己紹介が進んでいった。
 今回の旅に参加する出演者は、男子五人、女子五人の計十人。次世代の芸能人やインフルエンサーの登竜門的な立ち位置としても知られるこの番組、どうやら俺と和人以外の出演者は全員表舞台での活動者だそうだ。やや気後れするな…と思ったが、まあ気にせず楽しむことにする。
 まずは女子五人の自己紹介だった。俺は今までの人生で女子とそこまで交流がある方ではなかったので、みんな可愛いなぁと思いながらドギマギしていた。他の男子三人は真剣に耳を傾け、運命の相手を見定めていた。
 因みに女子は全員第一印象の気になる人に和人を挙げていた。他の男子三人は、和人に向かって「おいイケメン!調子乗ってんじゃ無いぞ!」「そーだそーだ!俺らはその端正な顔と長い手脚に、見惚れてなんか無いからな!」と、褒めているのか妬んでいるのかよくわからないヤジを飛ばしていた。和人は「あーはいはい」とそのヤジを適当にあしらっていた。そんな光景に苦笑しつつ、やはり手強いなぁと和人を見てると、また俺と目が合いニコッと微笑まれた。なんだか今日は和人とよく目が合う日だ。

「はい、じゃあ次に男子の自己紹介よろしくお願いします!」    
 
 その声を合図に、男子の参加者も続々と自己紹介をしていった。
 お笑い好きでムードメーカー的存在の中野(なかの)、スポーツが趣味で恋愛初心者と語る井出(いで)、そして黒縁眼鏡が似合い勉強が得意という大川(おおかわ)。絵に描いたようにバランスが良く個性豊かな三人で、選出したプロデューサーの手腕に思わず唸った。さすが山田さん。何より、容姿では正直和人が突出しているが、それでも三人もめちゃくちゃかっこいい。四人並ぶとアイドルグループみたいだ。こりゃますますライバルは強敵だ…そう思っているとついに俺の番になった。すくっと立ち上がりメンバーの前に進んだ。

「宮崎粋、高校二年生です!趣味はゲームで、好きな飲み物は牛乳!成長期なのでまだまだ身長伸ばす予定です!あ、次に自己紹介する和人とは幼馴染です!よろしくお願いしまーす!
気になってる人は…えっと、同じくゲームをすると言っていたまどかちゃんで!」

 パチパチパチという拍手と共に、中野と井出から「牛乳好きな理由かわいー!」「そのままの身長が魅力だよー!」というガヤが飛んできたので「うるせー、俺はあと二十センチ伸びるんだよ!」と返した。百六十と少ししかない身長は少しコンプレックスなのだ。
 そして女子はみんな、「あのイケメンは和人くんって言うのねー!」とキャーキャーしていた。この旅での俺のポジションはどうやら、いじられキャラと和人が好きな女の子の相談役、といったところになりそうだ。そうは思いつつ、とりあえずの印象で名前を出させて貰ったまどかちゃんを見て頭を下げると、ぺこっと返された後すぐにその視線は和人に戻された。
 あぁ、俺の恋の旅、既に望み薄では?そう思いつつ元の位置に戻った。

「お疲れ様」
「おう!和人、大トリの自己紹介だな!頑張れよ!」

 そう言うと、和人はふっと笑った後真剣な眼差しで俺を見つめた。

「俺を見てて」
「?…うん、もちろん」

 そして和人は立ち上がり、自己紹介をする場所に向かった。何故だろう、先ほどの和人の真剣な目を見てから、俺は和人から文字通り一瞬も目が離せなかった。

 和人が前に出ると、場の雰囲気がシャキッとしまるのを感じた。この旅再注目の美男子が何を語るのか、一言一句流すまいとみんな固唾を飲んで見守っていた。


「…児玉和人、高校二年生です。俺のこの旅の目的はただ一つ。幼馴染の宮崎粋と恋人になることです。以上」

 沈黙が場を覆った。ザザン…という波の音だけが耳に残り、時が止まったのかと思った。
コイビト…恋人…え、宮崎粋って、俺?
 訳がわからず頬をつねる。あ、痛い。これは現実だ。
 いつの間にか隣りに戻っていた和人を見つめると、ニコ!と微笑み返された後に「つねっちゃダメだよ、せっかくのマシュマロのような頬が傷ついてしまう」と撫でられた。和人になされるがままにしつつ、あ、俺のことで合ってるのか…とどこか他人事に思った。

 時を同じくして、状況を飲み込んだと思われる他メンバーが、同時に「えーーーー?!!!!!」と叫んだ。

 前代未聞の出来事にスタッフ一同も騒然としつつ、司会者が「は、はい!ではこれで自己紹介タイムは終わりということで、次はツーショットタイムです!」と取りまとめる声が聞こえた。
 カットが入ると、スタッフが集まりザワザワし出した。

「プ、プロデューサー…今回の旅、大丈夫でしょうか?」

 一人のスタッフが心配そうな声をあげた。すると、そばにいたプロデューサーこと山田さんが、震えながら歓喜の声をあげた。

「これだよこれ!!僕が求めているのは『恋愛リアリティー』、何が起こるか予想もできないような、写実的な恋!!!!性差の壁をも超越していて、時代の多様性をも反映しているね!!!!あぁ腕が鳴る、一秒たりとも彼らを見逃すな!!」

 そう言いながらガッツポーズをしていた。なんだか寛容なような調子がいいようなプロデューサーだな…と、テンパりすぎて一周回って冷静さを取り戻した頭でまた他人事に思った。


 恋愛リアリティーショーで、親友から告白された。
 
 その事実に頭が追いつけずクラクラする。波乱の旅の幕開けだ。


 息をつく暇もなく、すぐに次のプログラムであるツーショットタイムが始まった。ツーショットタイムとは、その名の通り二人きりになる時間。旅に参加しているメンバーの中から合意の上、二人きりになって話すのだ。仲を深める上で重要なタイミングとなる。
 先ほどの衝撃告白から動揺して何も考えられずにいると、男子三人に「さっきのどーいうこと!?」とすぐに取り囲まれた。ふと和人の方を見ると、和人は女子五人に囲まれて質問攻めにあっていた。さながら記者会見だ。それも無理はないだろう。

 きみこいシリーズは人気番組として長らく放映を重ねてきたが、初っ端から告白、しかも相手が同性というのは俺が知る限りでは、というか確実に前代未聞だ。多くのメンバーが、自分の恋そっちのけで俺と和人の関係に釘付けになっていることがわかった。
 他メンバーと同じタイミングで和人の気持ちを知った俺は、何か答えられるはずもなく、「あ、えと…」と意味のない言葉を繰り返した。    
 すると、背後から背の高い影が落ちてきた。

「粋」

 振り返ると、女子を振り払ってきたらしい和人が立っていた。
 さらにその後ろから、「ねぇ和人くん、あたしとツーショット行こうよ!!」との熱烈な声も聞こえたが。

「和人…」
「ツーショットタイム俺と話そ、ね、いい?」
「あ、ちょい…!」

 そう言うと返答を待たず、和人は俺の手を引いて早歩きを始めた。辺りを白い砂埃が舞った。囲まれて困っていたから正直助かった…と思ったが、その元凶はこいつなんだった…とすぐに思い直した。
 俺の手を握る和人の手は力強く、振り解けなかった。脚の長い和人の早歩きに、悲しいかな俺は小走りで着いていくことしか出来ず、やむを得ずあとを追った。いつもさりげなく歩幅を合わせてくれていたのだろうか、和人との体格差をこんなにはっきり感じたのは初めてだった。
 背後から八人分の好奇の視線を感じて、背中がジリジリした。

「おい、ちゃんと話してこいよー!」

 遠くから大川の声が聞こえる。多分いいやつなんだけど、他人事だと思って楽しんでるな。そういえば俺たち抜けたら男子三人女子五人なんだけど、あとのペア分けはどーすんだろ。
 そんなことを考えながら歩いていたら、気づけば元いた場所からかなり遠ざかっていた。和人は立ち止まり、「痛くしてごめんね」と手を離した。聞きたいことは山ほどあったが、何から話せばいいかわからず口を噤んでいた。和人が口を開いた。

「粋、ごめん困らせて…引いた?」

 そう言って和人は頭を傾げながらこちらをうかがった。先ほどまでの頭の混乱や戸惑いも、和人の顔を見るとサーッと消えて思わず許してしまいそうだ。いや別に怒ってはないけど。和人は俺に甘いが、俺も大概和人に甘いと痛感した。だが、絆されかけていることに気づいてハッと向き直った。

「そ…そうだよ。いきなりなんだよ、あのこ…恋人になるとか言うの、冗談なら______」
「冗談じゃないよ」

 和人の言葉に遮られる。

「驚かせてごめん、でも信じて。俺は粋が好きだよ」

 俺を捉える曇りない眼差は澄んでいて、真実を語っているとしか思えなかった。その瞬間、少しでも和人を疑った自分を恥じた。そもそも和人はこんな冗談言わないと、付き合いの長い俺は知っていた。

「…ほ、ほんと?」
「うん。ずっと前から、今も、そしてこれからも…。本当は言うつもり無かったけど、粋に今回の旅で恋人ができるかもって思ったら、耐えられなくて…俺も参加することにしたんだ」
「…わ、わかったよ…ごめん疑って」

 この旅に興味がなさそうだった和人が俺が来ると言ったら渋々来たり、来たはいいものの憂鬱と言っていたのは、そういうことだったのか。不思議に思っていたことの点と点が、脳内で線を結んだ。

「でもいきなり言われて俺、和人のことそういう風に考えたこととかなくて…」

 未だ混乱した頭で、なんとか言葉を紡いだ。和人はふっと笑った。

「だから言ったでしょ、さっき俺たちはライバルって」

 ライバル?なんのことだ、と記憶を手探りで呼び起こす。あ、自己紹介の時に言ってたやつのことか?

「言ってたけどどう言う…」
「粋は俺のことをライバルって言ってたけど、俺にとってのライバルは昨日までの俺。粋にとっての大親友の俺じゃなくて、今日からは恋愛の意味で俺のことを好きになって欲しい。
粋の恋人になりたい。そう言う意味で言ったの」
「…」

 俺が他の出演者を見ている間から、いやその前から、和人は俺のことしか見ていなかったんだ。そう理解すると気恥ずかしさが込み上げてきて、思わずパッと目を逸らした。
 すると和人は俺の顎をサッと掴み上にあげた。強制的に上を向かされ、逸らしたばかりの視線がすぐに繋がった。

「な、何…」

 急な顎クイにテンパっていると、和人は目を細めて耳元で囁いた。

「だから言ったでしょ、俺を見ててって」

 そう言って和人は微笑んだ。

「この三日間で俺は絶対粋に好きになってもらうよ」

 言い終わると和人は満足したのか俺を解放し、「そろそろ時間だね、行こっか」と集合場所に向かって歩き出した。

「は………」

 心臓のバクバク音が鳴り止まない。今まで共に過ごした十年で、あんな和人は初めて見た。顔中が熱かったが、今回は日差しじゃなくて和人のせいなのだろう、とさすがに気がついた。太陽よりも熱い思いをぶつけられて、言われなくとももう和人のことしか見えなかった。しかし、そう白状するのは悔しくてそれはまだ胸に秘めておいた。


 ツーショットタイム後の集合場所に戻ると、既に他の八人は揃っていた。どうやら俺たちが抜けたあと、他にペアを作るような流れにもならず、逆に俺たちの様子や今後の成り行きを想像してあーだこーだと語り合っていたようだ。
 男子三人に目を向けると、全員からニヤっとされたあと、「おうおう、お疲れ様!!あとで二人のトークじっくり聞かせろよ!」と言われた。見守ってくれるのはありがたいが、それ以上に彼らの野次馬精神を感じて少したじろいだ。だが和人に視線をやると、意外にも「いいけど」とケロッと答えた。その後に「粋のこと狙わないなら」と続けた。どうやら和人と男子三人たちはお互いが恋路を乱す相手ではないと認識し合ったらしく、すっかり打ち解けていた。
 何だか狐につままれたような気分になり、反対の女子五人がいる空間に目を向けた。女子たちからすれば俺は最悪の恋敵だから嫌われているだろうな…と思うと、こちらも意外にも目を爛々と輝かせて笑みを向けられた。呆気にとられていると、一番奥にいる一人だけが目を釣り上げて俺を睨んでいることに気がついた。彼女は確か、(はな)ちゃんと名乗っていたか。まあそれが普通の反応だよなと申し訳なく思いつつ、正直頭の中は和人のことでいっぱいだったのであまり気にしている余裕がなかった。
 そんなこんなで、移動も兼ねていた一日目のプログラムは早々に終了した。


「恋バナしよーぜ!!」

 時刻は午後九時過ぎ。ツーショットタイム後に各々で食事や入浴、歯磨き等を済ませ、俺たちは早々に寝る準備に取り掛かろうとしていた。そんな男子の五人部屋で、中野が提案した。するとそれを皮切りに、井出と大川が「さんせーい!」「俺も俺も!」と続けた。そしてあろうことか和人は「俺と粋のラブラブ話聞いてくれるなら、いいけど」と言った。何自分から惚気ようとしてんだよ。「ラブラブ話なんてないわ」と思わずツッコむと、和人は「これから作れば既成事実」と言った。その言葉を聞くと、待ってましたと言わんばかりに三人は「キャーー!」と女の子みたいに高い声で騒いだあと、俺が口を開く前に「じゃ、多数決で決定な!」と断言された。どうやら俺には反発する権利は始めから与えられていなかった。

「和人は粋のどこが好きなの?」

 いきなりの核心をつく質問に、俺は口に含んでいた水を思わずぶーっと吹き出した。すると三人が「うわ!」「おい!」「何だよきたねーな!」と飛び散った。それに反して、和人はタオルと共にサッと俺に駆け寄った。

「大丈夫…?」

 そう言いながら、俺の口元が拭かれた。

「よく見せて」

 和人の左手が俺の頬を撫で、右手で口、顎、喉元を順に拭われる。和人の顔が俺の目にドアップでうつった。
 な、なんかこれ、キスされる時みたいな…。和人の親指がツー…と俺の唇をなぞると、意識してしまい思わずギュッと目を瞑った。そのタイミングで井出の「はい、いちゃつかないでくださーい!!!!」という大声が聞こえて、我に返り顔をバッと翻した。

 「あ、ありがとな!!」

 ドキドキしつつそう和人に言うと「お安い御用」と笑いかけられた後、和人は「いいところだったのに…」と井出を睨んだ。

「いや公共の場でいちゃつくんじゃねー!」

 井出のごもっともな反論に続き、中野・大川はニヤニヤしつつ「そーだよな、見せられる俺らの気持ちになってみろ」「俺らが非リアってこと忘れんなよ」と喚き、「知るか」と和人が応戦した。何だこのカオスは。

「…で、俺のこと、いつから好きなの…?」

 公開告白後から密かにずっと気になっていた事項なので、先程の井出に心の中で「ナイスアシスト」と呟きながら、俺は和人に尋ねた。
 和人は真剣な表情になって、斜め上に視線をやり腕を組んでぽつぽつと語り始めた。

「いつからなんだろ、気づいたら、かな。明確にはわかんないや」
「…え?!」

 予想外の返答に驚きつつ、まあでも恋ってそういうものなのか?と思い直した。

「ほら、お前ら容姿端麗だから共感してくれるかもしんないけど…俺、小さい頃から見た目の印象で判断されること多くて」

 和人からの思わぬ褒め言葉に嬉しくなったのか、井出・中野・大川の三人は「ま、まぁな」と相槌を打った。実際に三人は男の俺から見てもイケメンだし、イケメンからイケメンと言われたら嬉しいよな、と思った。
 そして、確かに和人は昔から見た目で印象を持たれることが多かった。かっこいいんだから足も速いんだろうとか、そんなんならいいけど、かっこいいんだから彼女は途切れたことないんだろ、とか皮肉めいたことまで。

「で結構、相手が俺に勝手に期待して近づいて、勝手に失望して離れていくこともあったんだよね。友達になりたいって近づいてきても、それが合コンの集客目的だったりとか。児玉と一緒にいると、自分が引き立て役みたいでウザいって一方的に怒鳴られて絶縁されたりとか」

 確かに俺もそうした場面に遭遇したことは何度かあった。俺は和人の心情を思い胸が痛んだ。

「でも粋は、何があっても俺から離れないでいてくれたんだよね」
「…え?」

 突然話の流れが俺に向き、思わず呟いた。

「俺が友達だと思ってた人にそういう心無い言葉を言われた時、俺はまあいいかーと思うんだけど、粋は絶対見逃さないですげえ怒んの。相手をとっ捕まえて、俺の前に連れて来て謝らせる。もう俺以上にカンカンに怒って。
今はもうあんま気にしてないけど、やっぱり小さい頃は傷ついたりもしたからさ、それがすげえ嬉しくて」

 和人は目尻を下げて、穏やかな笑みを浮かべた。

「周囲の反応に関わらず俺のそばにずっといて、俺のために喜んだり怒ったりしてくれるのって、すげえ嬉しいことだよね。そんな存在、粋が初めてだったんだ。粋は俺にとっての、唯一無二のヒーローだ。
そんな風に粋が俺を守ってくれたみたいに、今度は俺が粋を守りたい。気づいたらそう思ってたんだ」
「和人…」

 和人の言葉に思わず目頭が熱くなった。俺が今までしていたことが、和人を救えていたんだ。その事実にすごく嬉しくなった。

「ねぇ粋、…好きだよ」

 本日二度目の告白をされた。好きになったきっかけを話してくれた後にもらった「好き」は、俺の心の深いところに沁みていった。初めてもらった「好き」は、ぶっちゃけ衝撃の方が大きかったから。

「…だからさ」
「うん」

「俺はずっと粋のことが好きだし俺が一番粋のこと知ってるし俺だけが粋のこと甘やかしたいし粋は俺だけを見ててほしいの」

「…え、え?」

 急に息継ぎもない早口で捲し立てられ、訳が分からずわたわたしていると、中野が「あー、これは立派なメンヘラだわ」とポツリと言った。

「メン…ヘラ?」

 知らない単語に首を傾げると、和人が「ピュアな粋に変なこと吹き込むな!」と中野にチョップをしていた。あとでこっそり調べておこう。

「…で、粋はこの話を聞いてどう思った?」

 大川がそう言うと、話の矛先がまた俺に向き、四人の視線が一気に集まった。俺をジ…と見つめる和人の瞳は、少し揺らいでいるように感じた。

「え…と」

 頑張れ俺。思いをまっすぐぶつけてくれた和人みたいに、俺も素直になるんだ。顔をあげてまっすぐ和人を見た。

「今までずっと友達だったから、びっくりした…。でも、気持ちはすごく嬉しいよ、ありがとう。えと…告白されてからは、正直ずっと和人のこと意識しちゃってて、でもこの気持ちがまだなんなのかはよく分かんない。だから、しっかり考えようと思う。…返事は、少し待ってて貰ってもいい?」

 それを聞くと和人はパァァッと顔を輝かせて、きゅっと俺の手を握った。

「よかった…!困らせちゃったのは申し訳ないけど、意識してくれるの本当に嬉しい。絶対に、俺のこと好きにさせてみせるよ。覚悟しててね」

 そして和人は俺の左手を取ると、チラッと顔を見た後薬指にチュッとキスをした。室内に綺麗なリップ音がこだました。

「今はこれで我慢しとくけど…いつか本物をプレゼントさせてね」

 何も言えずに俺が真っ赤になって固まっていると、後ろで見守っていた三人が「キャーー!」と声を上げた。すると和人が振り返り「うるさい」と一蹴する。
 正直今日はこの場に三人が居てくれてよかった。俺一人だったら、この甘々供給過多の波に溺れて死んでいたに違いない。
 キャパオーバーになった俺は「も、寝る…」と呟いた後、布団に倒れ込んで気絶した。夢の世界に誘われる直前、和人の「おやすみ」が聞こえた気がした。