君と歩く恋の旅路

 湿気を孕んだまとわりつくような暑さが出てきた、六月のとある梅雨の日。昼下がり、多くの人が行き交う渋谷ハチ公前でのことだった。
 俺、高校二年生の宮崎粋(みやざきすい)と幼馴染の児玉和人(こだまかずと)は、二人で歩いていると突然見知らぬスーツ姿でメガネをかけた人から声をかけられた。その人から差し出されたチラシを見ながら、俺たちは同時に声を上げた。

「「恋愛リアリティーショー?」」

「そう!あ、申し遅れてごめんなさい、僕はこういう者なんだけど…」

 声をかけてきた人あたりの良さそうな男性は、そう言いながら二枚の名刺を取り出し俺たちに渡した。

「わたくしテレビ番組のプロデューサーをしております、山田(やまだ)と申します」
「プ、プロデューサー!?」

 普段耳にすることのない単語を聞いて、今度は俺だけが素っ頓狂な声をあげた。チラッと隣の和人を見ると、警戒しているようで少しかたい表情で山田さんを見つめていた。

「そう、実は今『君と歩く恋の旅路』という恋愛リアリティーショーを担当しているんだけど、まだ男の子の出演メンバーが足りなくて…」

 その番組は、メディアに詳しくない俺でも知っていた。『君と歩く恋の旅路』、通称きみこい。現役高校生の男女を数名集めて、一泊だか二泊だかの旅行を通じて仲を深め、運命の恋人を見つけるという恋愛リアリティーショーの番組だ。Z世代を中心に人気を博しており、放送の度にSNSでトレンド入りしたり、クラスの女子が話題にしているのを耳にした。

「そこでたまたま見かけた君がすごくかっこよかったから、番組に出て見ないかい?」
「えぇ!?まじすか!」

 そう返事は俺がするが、山田さんの熱烈な視線は俺の隣りに立つ和人に向けられていた。さもありなん、和人は切れ長の目にすっと通った細い鼻筋、薄くきゅっと結ばれた唇と絹のようなサラサラの髪の毛を持つ。そして顔は小さく脚はスラっと長く、まさに非の打ち所がないルックスだ。
 俺は幼馴染としてかれこれ十年を和人と一緒に過ごしているが、毎日新鮮にそのかっこよさに目を奪われていた。
 そんな和人に「すげーじゃん!」と声をかけると、当の本人は「んー…」という冷めたような返事をした。俺は今日初めて和人がスカウトされているところに居合わせたけれど、もしかして和人にとっては日常茶飯事のことなのかな。「かっこいい」という褒め言葉が耳タコなだけには止まらない和人に、改めて異次元っぷりだなと驚いた。

「いや…興味ないですね…」
「そうかい?とてもクールで画面映えするのに、残念…。絶対モテモテだよ?
…あ、君もよかったらどうかな?目がくりくりで愛嬌のある、彼とはまた正反対の可愛らしい顔だね」

 よっぽど人が集まってないのだろうか、ルックスで特に秀でたことがないと思っていた俺にまで声がかけられた。

「え、粋!?」

 今度は何故か和人が焦った声で返事をした。そしてどうしたことか、すごく怖い形相だ。

「そう、今回は二泊三日でハワイに行けるよ!もちろん自由時間もあるし、美味しいご飯もたくさん食べられる!綺麗な海でも遊べるよー!」

 魅力的な誘い文句に俺は心が揺れた。常夏のハワイに青い空、綺麗な海、真っ赤なハイビスカス…テンプレートな情景を考えただけで心が躍った。そんな俺に、山田さんは追い討ちをかけた。

「実は最終候補の男の子が昨日二人急に辞退して、明日までに代わりを探さないといけないんだ!頼むよ、この通り!人助けだと思って!」

 山田さんは、俺たちの目の前で両手を合わせて祈るポーズをした。
 困っている人をここで見放すのは、いささか良心が痛むな…。そう思うと俺は決心を固めた。

「いや、俺らは行かな…」
「俺行きます!」

 断りをいれようとする和人の返事を遮って、俺は了承の旨を伝えた。すると、再度和人が「えぇ!?」と大声をあげた。

「え、粋行くのかよ…」
「だって楽しそーじゃん!俺海外行ったことないし、何より初恋をして恋人ができるかもだし!」 

 軽い気持ちでそう答えた。
 そう、俺は今まで恋をしたことがなかった。幼馴染の和人とずっと一緒にいたため、これまで寂しく思ったことは無い。しかし、もしかしたらこれは恋を知る良い機会なのかもしれない。
 そういえば和人は、告白されているところはこれまで数え切れないほど目撃した。しかし恋人を作っているところは見たことないな。さっきも出演を断っていたし、あまり恋愛に興味がないのか?
 そんなことを考えていると、和人が苦虫を噛み潰したような顔でこちらを凝視しているのに気がついた。長らく和人と共に過ごしているが、そんな表情は初めて見た。

「な、何…?」
「いや……」

 俺が行くと返答しただけなのに、何で和人が焦っているのだろうか?

「粋の優しいところは美徳だけど、流されやす過ぎるのはどうかと思うよ」
「は!?余計なお世話だ!」

 嬉しいことを言ってくれると思ったら、いらない一言がおまけでついてきた。あれ、焦っているように見えたのは俺の気のせいだったか?そう思いつつ和人の背中をグーで叩く。
 そうしていると、意を決したように和人が山田さんに顔を向ける。

「やっぱり俺も参加します」
「あ、そう!?助かるよ!じゃあ二人とも、後日改めて連絡するね!メールアドレス教えてくれる?」

 メンバー集めに成功したためか、山田さんは俺たちと連絡先を交換しながらほっとした声で胸を撫で下ろした。

「和人も参加するんだな!一緒なら心強いし、二人で運命の相手見つけような!」

 何の風の吹き回しか知らないが、和人とも一緒に旅を過ごせるのならそれは素直にとても嬉しい。既にハワイに思いを馳せながら、ウキウキと和人に声を掛けると、強い勢いで和人は俺の肩を掴み、こちらに顔を寄せて来た。

「おう…一緒に運命の恋を実らせような…!」
「…おう!」

 和人の切羽詰まった表情と肩に置かれた手に力が強まることにやや困惑したが、何はともあれ楽しみだ。
 こうして、俺と和人の夏の一大予定が決まった。