隣にいる捜査官たちは、息をひそめて事の成り行きを眺めている。しかしトラヴィスは同僚たちの呆れ顔に気がつかず、ミュラー市長も無視していた。
「また会おう、トラヴィス。必ず」
約束を刻み込もうとするかのように、もう一度だけぎゅうっと握りしめると、ようやく手を離した。
「必ず、また会おう」
ミュラー市長はトラヴィスにだけ手を振ると、後ろに控えていた部下たちを連れて、その場を立ち去って行った。
その背中がターミナルの角を曲がって消えると、まずヒースが噴き出した。次いで、トーマスも控えめに失笑を洩らす。
「おい!」
最後にトラヴィスが怒鳴った。
「あいつ、頭がイカれたんじゃないのか!」
ずっと握られていた手を、痛そうに前後に振る。
「落ち着けよ、トラヴィス。ちゃんとFBI捜査官だと認識してくれて、ハッピーエンドで終わったじゃないか。良かったな」
「まあ、落ち着いて、トラヴィス。市長は本心から言っていたと思う。きっとそのうち、市長からファンレターが本部へ届くよ」
ヒースとトーマスが笑いながらなだめるが、トラヴィスの怒りのボルテージは上がってゆく。
「やかましい! あんなくそったれに誉められて、どこが嬉しいんだ! 何が素晴らしい捜査官だ! 馬鹿にしやがって!」
市長ご一行が消えた方向へ向かって、思いっきり中指を突き立てる。
「てめえなんか、豚と仲良くしていやがれ!」
ちょうどその側を、身なりの良い初老の男性が通りかかり、トラヴィスの行為をたしなめるように睨みつけたが、エリートの誉れあるFBI捜査官は反省するどころか荒々しく鼻息をついた。
「……あいつ、もてたことがないのか?」
背後でヒースがトーマスに耳打ちする。
「大いなる謎だね……Xファイルに記入しておこうか」
二人の捜査官は揃って首を傾げて終わった。
「それで?」
その日の夜、トラヴィスの家を訪れたジェレミーは、上着を脱いでネクタイも外し、ワイシャツのボタンも緩めて、リラックスしていた。
「任務は無事に終わったのか?」
「終わったさ」
トラヴィスはシャワーを浴びた後だったので、上半身は裸で腰に白いバスタオルを巻いている。しばらくバスルームに篭もっていたので、肌が赤く火照っている。
「あのくそったれに脅迫文を出したクソ野郎を捕まえて、もうこの事件は終わりだ。少しでも長引いていたら、あのくそったれを殴って俺が捕まっていた」
トラヴィスは冷蔵庫からミネラルウォーター入りのペットボトルを取り出すと、プラスチックの蓋を開けて、そのままラッパ飲みする。
「その市長は、お前にいったい何をしたんだ?」
相変わらずな恋人の容赦ない言葉に、ジェレミーは少しだけ笑う。
「決まっているだろう? 俺に殴られるようなことさ」
トラヴィスはペットボトルをキッチンのテーブルに置くと、口元を手でぬぐう。
「あの野郎、俺と会った時に、エキストラ呼ばわりしたんだぜ?」
「――それは仕方がないな」
日頃のヴェレッタ捜査官を知っているジェレミーは、冷淡に肯定する。
トラヴィスはムッとする。
「それだけじゃない。俺のことをシカトしやがったんだ」
「だから、いつもきちんとした格好をしろと言っているだろう、坊や」
聞き飽きたと言うように、ジェレミーは素っ気なかった。その口調は五歳児に言って聞かせるような口調だ。
トラヴィスは負けじと言い返す。
「いいか、よく聞けよ、このくそったれ。あの野郎は、最後に劇的なセリフを吐きやがった。俺のことを素晴らしい捜査官だと言いやがったんだぜ? 俺とあの野郎は良いお友達になれるそうだ。オスカーと呼んでくれって言われた」
信じられるかと、トラヴィスの語気は荒くなる。
「何なんだ、あの変わり様は! いったい、あのくそったれ野郎に何があったんだ? 俺と仲良くすれば、次の選挙で勝てることにでもなったのか? 誰でもいいから、俺にあの野郎の頭の中身を詳しく説明してくれ」
それにと、市長と握手した手を突き出す。
「ずっと俺の手を握りしめていやがった。俺はあの野郎の選挙民じゃないんだぞ!」
息が上がったのか、再びペットボトルで水を補給する。
ジェレミーは何も言わなかった。立ったまま壁に寄りかかり、トラヴィスの話を聞いている。その視線は、開いているキッチンのドアから廊下へ流れ、すぐ向かいにある寝室へと辿り着いた。そこにある椅子の上には、トラヴィスが着用したアルマーニのタキシードが無造作に置かれていた。
ジェレミーは一度だけ、トラヴィスの正装姿を目にしたことがあった。
「……成程」
事の次第がわかったというように呟く。
「何が、成程なんだ?」
トラヴィスは耳ざとく聞きとがめる。
ジェレミーは何でもないというように首を横に振った。
「今のニューヨーク市長は、オスカー・ミュラーという男だったか?」
「確か、そういうくそったれな名前の奴だな」
「覚えておく」
トラヴィスは空になったペットボトルを、冷蔵庫の脇にあるゴミ箱へ投げ捨てた。
「お前とそっくりだ」
「そうか?」
「人を思いっきり靴の踵で踏みつけるところからそっくりだ」
トラヴィスはジェレミーへ顔を近づけると、市長と同じ色合いの瞳へ向かって、茶目っ気たっぷりに挑戦状を投げつけた。
「いつかケツを蹴飛ばしてやる」
ジェレミーは仕方がないというように、ゆるく笑った。
「愉しみにしている」
トラヴィスも不敵に笑うと、さらに近づいて、ジェレミーにキスをする。
二人は腕を回して抱きあうと、思い思いに口を重ねた。
「……先にベッドで待っている」
やがて唇を離して、トラヴィスは囁く。
「俺が眠くなる前に来い」
「シャワーを浴びたら、すぐに行く」
ジェレミーはトラヴィスの肌を優しく手放すと、珍しく茶化すように言った。
「寝ていたら、お前の尻を蹴飛ばすから、安心していい」
数十分後、薄暗い寝室のベッドの上で、二つの躰が重なりあい、手や足や唇で互いを睦みあっていた。
熱い息遣いや、激しい声、からかう言葉に、憎まれ口、情熱的な喘ぎに、切ない呻き、そして楽しげな笑い……
夜は、幸せな恋人たちのものだった。
「また会おう、トラヴィス。必ず」
約束を刻み込もうとするかのように、もう一度だけぎゅうっと握りしめると、ようやく手を離した。
「必ず、また会おう」
ミュラー市長はトラヴィスにだけ手を振ると、後ろに控えていた部下たちを連れて、その場を立ち去って行った。
その背中がターミナルの角を曲がって消えると、まずヒースが噴き出した。次いで、トーマスも控えめに失笑を洩らす。
「おい!」
最後にトラヴィスが怒鳴った。
「あいつ、頭がイカれたんじゃないのか!」
ずっと握られていた手を、痛そうに前後に振る。
「落ち着けよ、トラヴィス。ちゃんとFBI捜査官だと認識してくれて、ハッピーエンドで終わったじゃないか。良かったな」
「まあ、落ち着いて、トラヴィス。市長は本心から言っていたと思う。きっとそのうち、市長からファンレターが本部へ届くよ」
ヒースとトーマスが笑いながらなだめるが、トラヴィスの怒りのボルテージは上がってゆく。
「やかましい! あんなくそったれに誉められて、どこが嬉しいんだ! 何が素晴らしい捜査官だ! 馬鹿にしやがって!」
市長ご一行が消えた方向へ向かって、思いっきり中指を突き立てる。
「てめえなんか、豚と仲良くしていやがれ!」
ちょうどその側を、身なりの良い初老の男性が通りかかり、トラヴィスの行為をたしなめるように睨みつけたが、エリートの誉れあるFBI捜査官は反省するどころか荒々しく鼻息をついた。
「……あいつ、もてたことがないのか?」
背後でヒースがトーマスに耳打ちする。
「大いなる謎だね……Xファイルに記入しておこうか」
二人の捜査官は揃って首を傾げて終わった。
「それで?」
その日の夜、トラヴィスの家を訪れたジェレミーは、上着を脱いでネクタイも外し、ワイシャツのボタンも緩めて、リラックスしていた。
「任務は無事に終わったのか?」
「終わったさ」
トラヴィスはシャワーを浴びた後だったので、上半身は裸で腰に白いバスタオルを巻いている。しばらくバスルームに篭もっていたので、肌が赤く火照っている。
「あのくそったれに脅迫文を出したクソ野郎を捕まえて、もうこの事件は終わりだ。少しでも長引いていたら、あのくそったれを殴って俺が捕まっていた」
トラヴィスは冷蔵庫からミネラルウォーター入りのペットボトルを取り出すと、プラスチックの蓋を開けて、そのままラッパ飲みする。
「その市長は、お前にいったい何をしたんだ?」
相変わらずな恋人の容赦ない言葉に、ジェレミーは少しだけ笑う。
「決まっているだろう? 俺に殴られるようなことさ」
トラヴィスはペットボトルをキッチンのテーブルに置くと、口元を手でぬぐう。
「あの野郎、俺と会った時に、エキストラ呼ばわりしたんだぜ?」
「――それは仕方がないな」
日頃のヴェレッタ捜査官を知っているジェレミーは、冷淡に肯定する。
トラヴィスはムッとする。
「それだけじゃない。俺のことをシカトしやがったんだ」
「だから、いつもきちんとした格好をしろと言っているだろう、坊や」
聞き飽きたと言うように、ジェレミーは素っ気なかった。その口調は五歳児に言って聞かせるような口調だ。
トラヴィスは負けじと言い返す。
「いいか、よく聞けよ、このくそったれ。あの野郎は、最後に劇的なセリフを吐きやがった。俺のことを素晴らしい捜査官だと言いやがったんだぜ? 俺とあの野郎は良いお友達になれるそうだ。オスカーと呼んでくれって言われた」
信じられるかと、トラヴィスの語気は荒くなる。
「何なんだ、あの変わり様は! いったい、あのくそったれ野郎に何があったんだ? 俺と仲良くすれば、次の選挙で勝てることにでもなったのか? 誰でもいいから、俺にあの野郎の頭の中身を詳しく説明してくれ」
それにと、市長と握手した手を突き出す。
「ずっと俺の手を握りしめていやがった。俺はあの野郎の選挙民じゃないんだぞ!」
息が上がったのか、再びペットボトルで水を補給する。
ジェレミーは何も言わなかった。立ったまま壁に寄りかかり、トラヴィスの話を聞いている。その視線は、開いているキッチンのドアから廊下へ流れ、すぐ向かいにある寝室へと辿り着いた。そこにある椅子の上には、トラヴィスが着用したアルマーニのタキシードが無造作に置かれていた。
ジェレミーは一度だけ、トラヴィスの正装姿を目にしたことがあった。
「……成程」
事の次第がわかったというように呟く。
「何が、成程なんだ?」
トラヴィスは耳ざとく聞きとがめる。
ジェレミーは何でもないというように首を横に振った。
「今のニューヨーク市長は、オスカー・ミュラーという男だったか?」
「確か、そういうくそったれな名前の奴だな」
「覚えておく」
トラヴィスは空になったペットボトルを、冷蔵庫の脇にあるゴミ箱へ投げ捨てた。
「お前とそっくりだ」
「そうか?」
「人を思いっきり靴の踵で踏みつけるところからそっくりだ」
トラヴィスはジェレミーへ顔を近づけると、市長と同じ色合いの瞳へ向かって、茶目っ気たっぷりに挑戦状を投げつけた。
「いつかケツを蹴飛ばしてやる」
ジェレミーは仕方がないというように、ゆるく笑った。
「愉しみにしている」
トラヴィスも不敵に笑うと、さらに近づいて、ジェレミーにキスをする。
二人は腕を回して抱きあうと、思い思いに口を重ねた。
「……先にベッドで待っている」
やがて唇を離して、トラヴィスは囁く。
「俺が眠くなる前に来い」
「シャワーを浴びたら、すぐに行く」
ジェレミーはトラヴィスの肌を優しく手放すと、珍しく茶化すように言った。
「寝ていたら、お前の尻を蹴飛ばすから、安心していい」
数十分後、薄暗い寝室のベッドの上で、二つの躰が重なりあい、手や足や唇で互いを睦みあっていた。
熱い息遣いや、激しい声、からかう言葉に、憎まれ口、情熱的な喘ぎに、切ない呻き、そして楽しげな笑い……
夜は、幸せな恋人たちのものだった。



