「ありがとう、君たちには感謝する」
翌日、アメリカへ無事に帰国したミュラー市長は、J・F・ケネディ空港のターミナルで捜査官たちと別れの握手を交わした。
「私を脅そうとした卑怯な男も逮捕され、実にハッピーだ」
帰国便の機内で、FBIから犯人逮捕の知らせが届いた。犯人は、ミュラー市長が会社のCEO(最高経営責任者)だった時に、クビになった元重役である。取調べは始まったばかりだが、会社を辞めさせられた恨みを仄めかしていると言う。
捕まった経緯はユニークだった。FBIは唯一の物的証拠である郵便物を、徹底的に調べた。脅迫文はタイプされた文字が印刷されたコピー用紙で、それが雑貨店などで普通に売られている封筒に入っていた。使用されたコピー用紙や封筒、パソコンの機種やプリンターなどを根気よく調査する一方で、手紙の消印から投函された区域を洗い出した。驚いたことに、マンハッタン内にある郵便ポストだった。犯人は市長の近くにいることを誇示し、それでいつでも市長の命を狙えるという事実をアピールした形で、捜査官たちはニューヨーク中央郵便局の協力を得て、その郵便物がいつどこのポストに投函されたのか調べた。回収する職員たちへも、証拠品の郵便物を見せて見覚えがないか聞いて回ったが、封筒の種類が毎日たくさん扱っている代物だったので、誰も記憶になかった。
そのうちに、興味深い証言が飛び込んできた。
セントラルパークにほど近い郵便ポストから、いつものように郵便物を回収していたボーイ・ヘイリーは、ポストの後ろの路地で生活しているホームレスのケビン・サンダーとお喋りするのが日課だった。ケビンは中年の男性で、いつも空のビンを腕に抱えてごろんと転がっている。ボーイはまだ郵便職員になって一年目と若く、ケビンにはいつも少年のままだとからかわれていた。名前は両親からの自分の人生へのジョークだと認識しているボーイは、別に不愉快に感じるわけでもなく、その日も転がっていたケビンと取留めのないお喋りをしていたが、ふと昨日、赤毛の捜査官から聞かれたことを思い出した。
「ケビン。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
後でボーイは、何故彼に聞いてみようと思ったのか問われると、郵便ポストの後ろで寝ていたからと答えた。それに、その日は正気みたいだったからとも。
「おう、今日の俺は頭が正常に動いているから、何でも聞け」
寝転がっているケビンは、空のビンを高く掲げた。
「うん、そうみたいだから聞くけど、数日前に、ここからこういう封筒を出した人を見かけなかった?」
まだ十九歳のボーイは、あまり深く考えないで、回収した郵便物の中から事件と同じ封筒の手紙を見つけると、ケビンへ見せる。
ケビンは確かに頭が正常に動いているようで、面倒そうに上体を起こすと、目の前に晒された封筒を眺めた。
「……ボーイ、俺の仕事は路上で寝ることで、手紙を出した連中に投げキッスすることじゃねえんだよ」
「ちょっと聞いてみただけだから」
ボーイはそそくさと、その封筒を回収袋へ戻した。合衆国内で普通に流通している封筒である。インターネットが普及したおかげで、メールでのやり取りが増えたものの、郵便が時代遅れになったわけではない。
「どこから投函されたかもわからないのに」
再びケビンが横になったので、ボーイは自分自身を慰めて、郵便車に乗り込もうとした。
だが、突然、むくりとケビンがまた起きあがった。
「おい、ちょっと待て、ボーイ」
これまた後に証言台に立ったケビンが、何故その時に思い出したのか弁護士に問われると、こう返した。この時、俺の頭は久しぶりにまともに動いていた。まるで埃がかぶっていた脳みそを、神様が綺麗に掃除してくれたかのようにと。
「関係あるかどうかは知らねえんだが」
「何?」
ボーイはケビンの前に駆け寄った。まだ初々しい頬が好奇心で紅潮している。
「うーん、その封筒がどうかはわからねえんだが」
「わかった。で、早く続きを喋ってよ」
「せっかちめ。俺の頭と口がうまく繋がるにはな、時間がかかるんだよ――よし、つまりだ。この間のことなんだが」
ケビンが語ったのは、次のとおりだった。
翌日、アメリカへ無事に帰国したミュラー市長は、J・F・ケネディ空港のターミナルで捜査官たちと別れの握手を交わした。
「私を脅そうとした卑怯な男も逮捕され、実にハッピーだ」
帰国便の機内で、FBIから犯人逮捕の知らせが届いた。犯人は、ミュラー市長が会社のCEO(最高経営責任者)だった時に、クビになった元重役である。取調べは始まったばかりだが、会社を辞めさせられた恨みを仄めかしていると言う。
捕まった経緯はユニークだった。FBIは唯一の物的証拠である郵便物を、徹底的に調べた。脅迫文はタイプされた文字が印刷されたコピー用紙で、それが雑貨店などで普通に売られている封筒に入っていた。使用されたコピー用紙や封筒、パソコンの機種やプリンターなどを根気よく調査する一方で、手紙の消印から投函された区域を洗い出した。驚いたことに、マンハッタン内にある郵便ポストだった。犯人は市長の近くにいることを誇示し、それでいつでも市長の命を狙えるという事実をアピールした形で、捜査官たちはニューヨーク中央郵便局の協力を得て、その郵便物がいつどこのポストに投函されたのか調べた。回収する職員たちへも、証拠品の郵便物を見せて見覚えがないか聞いて回ったが、封筒の種類が毎日たくさん扱っている代物だったので、誰も記憶になかった。
そのうちに、興味深い証言が飛び込んできた。
セントラルパークにほど近い郵便ポストから、いつものように郵便物を回収していたボーイ・ヘイリーは、ポストの後ろの路地で生活しているホームレスのケビン・サンダーとお喋りするのが日課だった。ケビンは中年の男性で、いつも空のビンを腕に抱えてごろんと転がっている。ボーイはまだ郵便職員になって一年目と若く、ケビンにはいつも少年のままだとからかわれていた。名前は両親からの自分の人生へのジョークだと認識しているボーイは、別に不愉快に感じるわけでもなく、その日も転がっていたケビンと取留めのないお喋りをしていたが、ふと昨日、赤毛の捜査官から聞かれたことを思い出した。
「ケビン。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
後でボーイは、何故彼に聞いてみようと思ったのか問われると、郵便ポストの後ろで寝ていたからと答えた。それに、その日は正気みたいだったからとも。
「おう、今日の俺は頭が正常に動いているから、何でも聞け」
寝転がっているケビンは、空のビンを高く掲げた。
「うん、そうみたいだから聞くけど、数日前に、ここからこういう封筒を出した人を見かけなかった?」
まだ十九歳のボーイは、あまり深く考えないで、回収した郵便物の中から事件と同じ封筒の手紙を見つけると、ケビンへ見せる。
ケビンは確かに頭が正常に動いているようで、面倒そうに上体を起こすと、目の前に晒された封筒を眺めた。
「……ボーイ、俺の仕事は路上で寝ることで、手紙を出した連中に投げキッスすることじゃねえんだよ」
「ちょっと聞いてみただけだから」
ボーイはそそくさと、その封筒を回収袋へ戻した。合衆国内で普通に流通している封筒である。インターネットが普及したおかげで、メールでのやり取りが増えたものの、郵便が時代遅れになったわけではない。
「どこから投函されたかもわからないのに」
再びケビンが横になったので、ボーイは自分自身を慰めて、郵便車に乗り込もうとした。
だが、突然、むくりとケビンがまた起きあがった。
「おい、ちょっと待て、ボーイ」
これまた後に証言台に立ったケビンが、何故その時に思い出したのか弁護士に問われると、こう返した。この時、俺の頭は久しぶりにまともに動いていた。まるで埃がかぶっていた脳みそを、神様が綺麗に掃除してくれたかのようにと。
「関係あるかどうかは知らねえんだが」
「何?」
ボーイはケビンの前に駆け寄った。まだ初々しい頬が好奇心で紅潮している。
「うーん、その封筒がどうかはわからねえんだが」
「わかった。で、早く続きを喋ってよ」
「せっかちめ。俺の頭と口がうまく繋がるにはな、時間がかかるんだよ――よし、つまりだ。この間のことなんだが」
ケビンが語ったのは、次のとおりだった。



