The guard FBI連邦捜査官シリーズ

 パーティーも終盤に差しかかった頃、FBIの要請で会場の警護に当たっていたロンドン警視庁の警官から、緊急の無線が入った。

「不審な男を見かけました」

 駆けつけた捜査官たちを、ベテラン風の警官が同じ階にある男性用トイレまで案内すると、そこにいた若い警官が説明した。

「一人の男がトイレを出たり入ったりして、すごく挙動不審だったんです。周囲の目を気にするような様子でした」
「トイレの用事ではないようだった?」
「はい、そうは見えませんでした」

 まだそれほど経験を積んではいないだろうが仕事熱心な警官は、はっきりと断言する。

「しばらく前に、またトイレへ入って行ったきり出てこないんです」
「その男の特徴は?」
「白人、歳は二十代後半から三十代前半、中背で細身、髪の色はブラウン、着ている服はタキシードです」

 三人の捜査官たちは顔を見合わせる。ヴァージニア州クアンティコで脅迫文を出した犯人像をプロファイリングした結果、おそらく年齢は三十代から四十代、学歴のある白人で、アフガニスタン派遣を批判しているが、それは表向きの理由に過ぎず、市長個人を非難している、その動機は恨みと妬み――

「警官を配備して、周辺を封鎖しよう」

 トーマスの命令は直ちに実行された。同フロアの奥にある男性用トイレは封鎖され、警官たちが立ち入りを禁止する。ほろ酔い加減で用足しに現れたチャリティパーティーの招待客は、物々しい警官たちに阻まれ、ホテルのトイレが奇襲攻撃でも受けたのかと頭が醒める。だが慇懃無礼に別のフロアへ行くようと促されると、好奇心と不満と生理的欲求の狭間で悩み、文句を言いながら別のトイレへと急ぎ足で向かった。

「俺が行く。援護を頼む」

 トラヴィスはジャケットを通路の端に脱ぎ捨てると、胸のホルスターから銃を取り出し、トイレのドアの脇の壁に背をつけて立って、腕を伸ばしてガラス製のドアノブを握った。その両脇から、ヒースとトーマスが銃を手にして、援護の体勢に入る。

 三人の間で無言の合図が交わされ、トラヴィスはドアノブを回すと、一気にこじ開けた。同時に素早く銃を構えて立つ。

 中は静かだった。

 トラヴィスは油断なく足を踏み入れる。磨かれた床に靴音が響かないよう注意しながら、慎重に前へ進む。豪奢な洗面台の一面は鏡張りで、銃を手に持つトラヴィス、その後に続くヒースとトーマスの姿が映る。

 三人は警戒しながら、異常がないか確認すると、個室トイレへ向かう。個室トイレは四つあり、三つはドアが開いていた。一番奥のドアだけが、ぴったりと閉まっている。

 トラヴィスは銃を構え直すと、そのドアに近づく。すると、微かだが奇妙な声と何かの物音が耳に入ってきた。

 トラヴィスの表情がさらに引きしまる。そっとドアに耳を寄せて、中の様子を探った。

「……どうした?」

 トラヴィスがしばらくその状態で動かなかったので、ヒースが怪訝そうに小声で訊く。

 トラヴィスは背後にいる同僚を振り返る。険しかった顔は、まるでつまらないコメディショウでも見てしまったかのように呆れていて、手にあった銃をホルスターへ戻すと、状況がわからない二人の捜査官へ、意味ありげに親指でトイレの中を差す。

 ヒースとトーマスは音を立てないように気をつけて、それぞれドアへ耳を寄せた。

「……」

 ほどなく、ヒースはくっくと笑い出し、トーマスは困惑する。

「……放っておくか?」

 トラヴィスは欠伸をしたいような顔をしている。

「どうする?」

 笑いを噛み殺しながら、ヒースもトーマスへ振る。

 三人の中では指揮系統がトップのトーマスは、銃をホルスターに仕舞うと、首を横に振った。

「僕たちの仕事は全うしないと。たとえキューピットに矢で刺されようとね」

 ジャケットを整えて、トーマスは小さく咳払いをすると、ドアを二回、さらにもう二回、礼儀正しくノックした。

「失礼します。FBIです」

 中へ聞こえる程度に、声を出す。

 個室内から聞こえていた男の喘ぎ声やあやしい物音が、ぴたりと止んだ。

「突然で申しわけありませんが、今すぐ外へ出て来てもらえないでしょうか? 我々はニューヨーク市長の警護のために、このホテルへ来ているのですが、ここのトイレへ不審者が入っていったとの情報を得まして。どうか、我々へ協力して下さい」

 応答はない。

「どうか、お願いします。要請が聞き入れられない場合は、五分後に強制的に踏み込みます」

 すると、派手な舌打ちと呻き声が聞こえ、急いで何かをする音が聞こえた。それはどうやら、衣類を着ているような気配である。

 トーマスは律儀に腕時計を見た。自分が通告した時間を測っている。ヒースも銃を戻し、壁に寄りかかって暢気に腕組みをする。トラヴィスは馬鹿馬鹿しいというように首を左右に動かした。

 トーマスの腕時計でちょうど五分を経過したあたりで、ドアの鍵が外れて、ゆっくりと開いた。

 現れたのは、ブラウンの髪の小柄な男性だった。フォーマルな姿だが、急いだせいか、ジャケットは羽織ってなく、シャツの立て襟は大きく左右に開き、カフスボタンは外れて、蝶ネクタイもつけていない。サスペンダーやカマーバンドは身に着けているが、ひどく慌てたような感じで、せっかくのタキシードが台無しになっている。本人は首が折れそうなほど俯き、耳が赤い。

 その後ろから現れたのは、堂々とした体躯の男性だった。こちらも蝶ネクタイは垂れ下がり、同様の格好である。だが平然と前を向いて、三人の捜査官たちをまるで噛みつかんばかりに睨みつけている。その特徴的な黒い髭と眼光の鋭さは、このパーティーへ招かれた者であれば、誰もが承知の人物である。

「仕事熱心な君たちは、大統領から表彰されるだろうな」

 ウェントワースロンドン市長は、苦々しく吐き捨てた……