The guard FBI連邦捜査官シリーズ

「エキストラも重要なんだぞ? ちゃんとエンディングロールで、捜査官Tって役名で紹介されるはずだ」

 ヒースは空港での市長の辛口ジョークを真似てからかう。トラヴィスもムッとなって言い返した。

「危険なスタンド付きなら、ギャラは弾んでもらわないとな」
「安心しろ。あの市長、フォーブスにも載っている指折りの金持ちだ。命が助かったら、貧乏な公務員にボーナスを支給してくれるさ。それで、また自分の人気をあげるのさ」

 気のあう同僚二名はニヤリと笑うと、会場中を見渡して、現状を報告しあった。

「どこも異常はない。トーマスも、男二人が仲良く手を繋いでハミングしながら目の前を歩いていったこと以外は、特にないそうだ」

 ここは英国だからなと、フランスで青年期を過ごしたヒースは肩をすくめる。

 仲良く手を繋いでハミングする以上のスキンシップをしているトラヴィスは、知らん顔をして胸元のブラックタイに手をやった。その上から下までブランド品でかためた装いを、ヒースは感心したように眺める。

「お前、本当によくアルマーニのタキシードを持っていたな」

 宿泊したホテルで着替えた時の言葉を、再び口にする。

「最初見た時は、お前のアイデンティティーが崩壊したのかと思ったぜ」
「アカデミー時代に、捜査官になったら必要になるから買っておけって教官に言われたんだ」
「俺には必要のないアドバイスだな」

 ヒースはカルバン・クラインのタキシードを着ていた。長身のスタイルに大変良く映えていて、どこかの御曹司と名乗っても違和感はない。特別捜査官たちは、レセプションやパーティー会場での要人警護を担当する場合に備えて、適切なブランド服一式を買い揃えておくようにしている。

「お前の憧れは刑事コロンボだろうが、俺は違う」
「やかましい」

 トラヴィスはうるさそうに鼻を鳴らして、会場に目をやる。すると、その目が何かを捕らえたように厳しくなった。

「どうした?」

 敏感に察知したヒースが、何気ない風に小声で訊く。

「――まただ。くそったれ」

 トラヴィスは汚い言葉で吐き出す。

「何だ? ちゃんと説明しろ」
「俺を挑発してくる奴らがいる」

 トラヴィスはその一点を睨みつけた。

「ここに入った時から、あからさまに俺に視線を向けてくる連中がいる。銃で撃たれたいのか、くそったれめ。苛々する」

 すぐに捜査官に意識を切り替えて辺りを警戒したヒースだが、その同僚の言葉に妙な顔をした。

「お前が、FBIから派遣された捜査官だって知っているのか?」
「そういう感じじゃない。とにかく、俺が苛々する視線を向けてくるんだ」

 今にもその相手を殴りに行きそうな物騒な気配を漂わす。

 ヒースはトラヴィスが見据えている方へ、同じように視線を投げた。着飾った紳士淑女がワイングラスを片手に、愉しげに語らっている。その間をうまく通り歩いているのはホテルの従業員たちで、その格式に相応しい振る舞いで給仕をしている。

「どの辺がお前に喧嘩を売っているんだ?」
「知るか。大方、あのくそったれの取り巻きだろう?」

 くそったれとは二ューヨーク市長のことである。

 ヒースはしばらく会場を見つめた。トラヴィスの言葉の意味を吟味(ぎんみ)するように、全体へ捜査の目を散らす。だが首を傾げると、いきり立つ同僚へ言った。

「気のせいじゃないのか?」
「気のせいじゃない。俺はいたって普通だ。絶対に俺を観察している連中がいる。ふざけやがって」

 トラヴィスは荒々しく吐き捨てる。

 ヒースはゆったりと腕を組んで、頭に血が上っている同僚に目をやった。丁寧に整えた頭のてっぺんから、サルヴァトーレ・フェラガモの靴の爪先まで、もう一度確かめるように見回すと、今度ははっきりと言い切った。

「気のせいだ、トラヴィス」

 その表情には、少しだけ苦笑が交じっている。

 トラヴィスは納得がいかないというように顔をしかめて、何事か言いかけた。だが、ヒースはそれを遮るように言った。

「よく似合っているぜ、そのタキシード」

 組んでいた腕を外すと、笑いながら身を翻してゆく。

「……何言っているんだ?」

 後に残されたトラヴィスは、わけのわからない謎を突きつけられたというように呟いた――