■
「お待たせ、深月」
「! お疲れ様です」
夜。離れの縁側に座り空を眺めていると、お風呂上がりの御影さまが隣に腰を下ろした。
御影さまは普段は白いシャツと黒いズボンを着て過ごされるが、夜になると着物姿で休まれる。
月に1度しか見られないこのお姿を目に焼き付けようと視線を向けたら、どうしたの?と笑われた。
御影さまはこの5年で美少年から美青年へと成長を遂げられた。
身長がぐんと伸び、わたしを覆えるほど肩幅が広くなっただけでなく、鍛えられているからか筋肉もつき、男性らしさが増した。
その反面、まつ毛は瞳に影を落とすほど長く、薄い唇はほのかに赤いまま。長い銀髪は毛先まで手入れが行き届いており、薔薇の香りは異能を使っていなくとも常に彼の周りを漂っている。
夜闇に溶ける吐息すら色っぽい。
こんなに素敵な御影さまを独り占めしていると思うと、どうしようもなくふわふわする。
「深月」
「はい」
低く澄んだ声もゆったりと心に染み渡っていく。
「モナカアイス食べるかい?」
「! アイス……!」
アイスなんて久しぶりだ。でもモナカってなんだろう。と、思わず子どもっぽい反応をした自分に気づき、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
「はは、表情がコロコロ変わるね」
御影さまは楽しそうにそう言って、アイスを取りに行ってくれた。こういうのはわたしがすべきことだと思うけれど、わたしに御影さまの行動を制限する権利はないのでお任せしている。
モナカアイスはサクサクしたモナカと舌が痺れそうなほど冷たくて甘いアイスの組み合わせた食べ物で、わたしが美味しいと言って以来、こうして度々御影さまが用意してくれるのだ。
モナカアイスを食べながら、ふたり揃って空を見上げた。
月が見えない代わりに、空間の揺らぎを探す。
帝都に位置するこのお屋敷は、軍に見つからないように結界で守られている。だからよく目を凝らせば揺らぎを見つけることができるのだ。
風がわたしたちを包み込むように吹いたとき、視界の端で微かに空間が揺らいだ。
パッと御影さまに顔を向ければ、かちりと目が合った。その距離は鼻先が触れるほど近くて。
目を瞑ると、唇にやわらかものが押し当てられた。
それが御影さまの唇だと、もう知っている。
「……深月ってくちづけしたら目が合わなくなるよね」
しみじみと言われた指摘にうっ……、と呻き声をこぼす。そう言われてもくちづけのあとに御影さまの目を見る度胸なんてない。ただでさえ心臓が激しく脈打っているのに、今御影さまの麗しいお顔を見たらどうにかなってしまう。
ふいっと顔ごと逸らせば、御影さまはわたしの髪を一房掬って自分を見るよう促した。その手つきがあまりにも優しくて、駆け引きに弱いわたしが控えめに御影さまを見れば、ふっと目尻を下げられた。
「いい子だ、深月」
髪を梳くように頭を撫でられる。
それから頬に触れ、左目の下を親指でなぞられた。
「うん。やっぱり綺麗だ」
「そう言ってくださるのは御影さまだけです」
わたしの目は左右で色が違う。
右目は髪の色と同じ黒色だが、左目は灰色。虹彩異色症というらしい。
このことを知ったのは、お屋敷帰る道中に御影さまに言及されたとき。左目が少し見えづらいということに気づいたのもそうだ。なんでも、瞳孔が4つくらいに割れていることが原因だと。先天的なものなのか、殴られた衝撃による後天的なものなのか、今となっては確かめようもない。村ではずっと暗いところにいたせいか誰にも気づかれたことなんてなかったし、わたしも気づかなかったのだから。
ただ、異能を使うときだけ蝶の形にくっつくことは確かで。不気味に思われないか心配したけれど、御影さまはその様を神秘的だと称された。
これは御影さまが異能を使うときに薔薇の痣がでるのと同じ理屈で、一種の副作用らしい。わたしたち同様、他の異能持ちの子も似たような現象が起きている。
やっぱり異能って不思議。
そう思っていると、御影さまのご尊顔がゆっくり近づいてきて、頬に軽いくちづけを落とされた。
「もう寝ようか」
「はい……」
誰にも邪魔されない、静かな夜。
だからこそ、心臓の音がいつもよりうるさくてたまらなかった。
■
御影さまと初めてくちづけを交わしたのは、わたしが14歳になるちょっと前。
今日みたいにわたしのお願いによって一緒に過ごしていた日のこと。
縁側で休んでいたら偶然手が触れて、ふたり同時に顔を見合せた。
御影さまの手がわたしの後頭部に伸び、少し引き寄せられると同時に、ふたりの影が重なって。吐息とともに離れていく御影さまの姿が、
とても艶やかだったことをよく覚えている。
それからふたりきりでいるときに目が合うとくちづけされるようになった。
何回経験してもわたしは一向に慣れず照れてばかりだけれど、御影さまは余裕そうに見える。
もしかしてわたし以外にもこういうことする子がいるのでしょうか……。
御影さまの美貌をもってすれば、いくら軍に追われる身とはいえ、関係を持ちたい女性なんていくらでも手に入るだろう。でも、そんな御影さまは想像できなかった。睡眠時間を多少削ってでも異能を持った子のために動くお方だ。他の【黒夜】の子とも、ただの保護者と被保護者の関係に見える。
じゃあ、じゃあ――。
御影さまにとってわたしは、少しは特別だって思っても、いいですか……?
背中を向けて眠る御影さまに心の中で問いかけると、なんだかいけないことをしているような気分になって、慌てて布団を頭まで被った。
寝るとき布団だって、最初はわたしが普段使っている布団をここまで運んで敷いていたのに、いつの間にかわたし専用の布団が離れに用意されていた。
御影さまは優しい。
だから、こんな勘違いをしてしまう。
わたしが静かに悶えていると、隣で布の擦れる音がした。
「深月、まだ起きてる?」
はい、と答えながら目だけ覗かせる。
御影さまがこちらに身体を向けていた。
「ごめん。眠いよね」
「いえ、大丈夫です。それよりどうされましたか?」
「大事なことを言い忘れててね。私はまた明日からここを空けることになる」
ここで言葉を切り、眉を顰められた。
「なんでも、軍が異能狩りを始めたらしいんだ」
「異能、狩り……?」
聞き馴染みのない単語を復唱する。なんだか胸騒ぎがした。
「そう。軍で開発された機械を使って、人から異能を奪うんだ」
「え、じゃあ、異能を盗られた子はどうなるんですか?」
「死にはしないけど、異能は二度と使えなくなるね」
「そんなっ……」
異能が使えなくなる。
それは迫害を受ける身からすれば救いの一手かもしれない。
でもわたしたちは既に軍と対立している。
異能が使えなくなるということは自衛できなくなるということ。
もしそんな状態で軍に捕まってしまえば――。
「だから、私がここにいなくても気をつけるんだよ」
「……はい」
最悪を想像し、身震いしたわたしの頭に、御影さまが手を添える。
「大丈夫。きみたちのことは私が守るから」
心強い言葉と、御影さまの温もりに触れ、不安で荒立った気持ちが少しずつ落ち着いていく。
目を閉じると、御影さまが囁くようにつぶやいた。
「おやすみ、深月」
「おやすみなさいませ、御影さま」
わたしたちの生活は平穏じゃない。
常に軍がチラつくし、忙しくて丸一日休めることなんてない。
それでも、守りたいと思った。
わたしたちが安全に暮らせるこのお屋敷と、御影さまを。
――守り、たかった。
「お待たせ、深月」
「! お疲れ様です」
夜。離れの縁側に座り空を眺めていると、お風呂上がりの御影さまが隣に腰を下ろした。
御影さまは普段は白いシャツと黒いズボンを着て過ごされるが、夜になると着物姿で休まれる。
月に1度しか見られないこのお姿を目に焼き付けようと視線を向けたら、どうしたの?と笑われた。
御影さまはこの5年で美少年から美青年へと成長を遂げられた。
身長がぐんと伸び、わたしを覆えるほど肩幅が広くなっただけでなく、鍛えられているからか筋肉もつき、男性らしさが増した。
その反面、まつ毛は瞳に影を落とすほど長く、薄い唇はほのかに赤いまま。長い銀髪は毛先まで手入れが行き届いており、薔薇の香りは異能を使っていなくとも常に彼の周りを漂っている。
夜闇に溶ける吐息すら色っぽい。
こんなに素敵な御影さまを独り占めしていると思うと、どうしようもなくふわふわする。
「深月」
「はい」
低く澄んだ声もゆったりと心に染み渡っていく。
「モナカアイス食べるかい?」
「! アイス……!」
アイスなんて久しぶりだ。でもモナカってなんだろう。と、思わず子どもっぽい反応をした自分に気づき、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
「はは、表情がコロコロ変わるね」
御影さまは楽しそうにそう言って、アイスを取りに行ってくれた。こういうのはわたしがすべきことだと思うけれど、わたしに御影さまの行動を制限する権利はないのでお任せしている。
モナカアイスはサクサクしたモナカと舌が痺れそうなほど冷たくて甘いアイスの組み合わせた食べ物で、わたしが美味しいと言って以来、こうして度々御影さまが用意してくれるのだ。
モナカアイスを食べながら、ふたり揃って空を見上げた。
月が見えない代わりに、空間の揺らぎを探す。
帝都に位置するこのお屋敷は、軍に見つからないように結界で守られている。だからよく目を凝らせば揺らぎを見つけることができるのだ。
風がわたしたちを包み込むように吹いたとき、視界の端で微かに空間が揺らいだ。
パッと御影さまに顔を向ければ、かちりと目が合った。その距離は鼻先が触れるほど近くて。
目を瞑ると、唇にやわらかものが押し当てられた。
それが御影さまの唇だと、もう知っている。
「……深月ってくちづけしたら目が合わなくなるよね」
しみじみと言われた指摘にうっ……、と呻き声をこぼす。そう言われてもくちづけのあとに御影さまの目を見る度胸なんてない。ただでさえ心臓が激しく脈打っているのに、今御影さまの麗しいお顔を見たらどうにかなってしまう。
ふいっと顔ごと逸らせば、御影さまはわたしの髪を一房掬って自分を見るよう促した。その手つきがあまりにも優しくて、駆け引きに弱いわたしが控えめに御影さまを見れば、ふっと目尻を下げられた。
「いい子だ、深月」
髪を梳くように頭を撫でられる。
それから頬に触れ、左目の下を親指でなぞられた。
「うん。やっぱり綺麗だ」
「そう言ってくださるのは御影さまだけです」
わたしの目は左右で色が違う。
右目は髪の色と同じ黒色だが、左目は灰色。虹彩異色症というらしい。
このことを知ったのは、お屋敷帰る道中に御影さまに言及されたとき。左目が少し見えづらいということに気づいたのもそうだ。なんでも、瞳孔が4つくらいに割れていることが原因だと。先天的なものなのか、殴られた衝撃による後天的なものなのか、今となっては確かめようもない。村ではずっと暗いところにいたせいか誰にも気づかれたことなんてなかったし、わたしも気づかなかったのだから。
ただ、異能を使うときだけ蝶の形にくっつくことは確かで。不気味に思われないか心配したけれど、御影さまはその様を神秘的だと称された。
これは御影さまが異能を使うときに薔薇の痣がでるのと同じ理屈で、一種の副作用らしい。わたしたち同様、他の異能持ちの子も似たような現象が起きている。
やっぱり異能って不思議。
そう思っていると、御影さまのご尊顔がゆっくり近づいてきて、頬に軽いくちづけを落とされた。
「もう寝ようか」
「はい……」
誰にも邪魔されない、静かな夜。
だからこそ、心臓の音がいつもよりうるさくてたまらなかった。
■
御影さまと初めてくちづけを交わしたのは、わたしが14歳になるちょっと前。
今日みたいにわたしのお願いによって一緒に過ごしていた日のこと。
縁側で休んでいたら偶然手が触れて、ふたり同時に顔を見合せた。
御影さまの手がわたしの後頭部に伸び、少し引き寄せられると同時に、ふたりの影が重なって。吐息とともに離れていく御影さまの姿が、
とても艶やかだったことをよく覚えている。
それからふたりきりでいるときに目が合うとくちづけされるようになった。
何回経験してもわたしは一向に慣れず照れてばかりだけれど、御影さまは余裕そうに見える。
もしかしてわたし以外にもこういうことする子がいるのでしょうか……。
御影さまの美貌をもってすれば、いくら軍に追われる身とはいえ、関係を持ちたい女性なんていくらでも手に入るだろう。でも、そんな御影さまは想像できなかった。睡眠時間を多少削ってでも異能を持った子のために動くお方だ。他の【黒夜】の子とも、ただの保護者と被保護者の関係に見える。
じゃあ、じゃあ――。
御影さまにとってわたしは、少しは特別だって思っても、いいですか……?
背中を向けて眠る御影さまに心の中で問いかけると、なんだかいけないことをしているような気分になって、慌てて布団を頭まで被った。
寝るとき布団だって、最初はわたしが普段使っている布団をここまで運んで敷いていたのに、いつの間にかわたし専用の布団が離れに用意されていた。
御影さまは優しい。
だから、こんな勘違いをしてしまう。
わたしが静かに悶えていると、隣で布の擦れる音がした。
「深月、まだ起きてる?」
はい、と答えながら目だけ覗かせる。
御影さまがこちらに身体を向けていた。
「ごめん。眠いよね」
「いえ、大丈夫です。それよりどうされましたか?」
「大事なことを言い忘れててね。私はまた明日からここを空けることになる」
ここで言葉を切り、眉を顰められた。
「なんでも、軍が異能狩りを始めたらしいんだ」
「異能、狩り……?」
聞き馴染みのない単語を復唱する。なんだか胸騒ぎがした。
「そう。軍で開発された機械を使って、人から異能を奪うんだ」
「え、じゃあ、異能を盗られた子はどうなるんですか?」
「死にはしないけど、異能は二度と使えなくなるね」
「そんなっ……」
異能が使えなくなる。
それは迫害を受ける身からすれば救いの一手かもしれない。
でもわたしたちは既に軍と対立している。
異能が使えなくなるということは自衛できなくなるということ。
もしそんな状態で軍に捕まってしまえば――。
「だから、私がここにいなくても気をつけるんだよ」
「……はい」
最悪を想像し、身震いしたわたしの頭に、御影さまが手を添える。
「大丈夫。きみたちのことは私が守るから」
心強い言葉と、御影さまの温もりに触れ、不安で荒立った気持ちが少しずつ落ち着いていく。
目を閉じると、御影さまが囁くようにつぶやいた。
「おやすみ、深月」
「おやすみなさいませ、御影さま」
わたしたちの生活は平穏じゃない。
常に軍がチラつくし、忙しくて丸一日休めることなんてない。
それでも、守りたいと思った。
わたしたちが安全に暮らせるこのお屋敷と、御影さまを。
――守り、たかった。



