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御影さまのお家は帝都と呼ばれる、人がたくさんいるところにあるらしい。
村から連れ出してくれたあの日、夜道を歩きながらそう教えてくれたのだ。
そしてわたしが生まれた村は田舎も田舎で都からかなり離れた場所にあったので、帝都に帰るまで何日も歩かなければならない、とも。
歩き始めてから今日で確か11日になる。
その道中で、御影さまはいろいろなことを教えてくれた。
夜は布団を掛けて眠ること、朝起きたら顔を洗うこと、1日3回食事を摂ること……。
一つ一つ知っていく度に、わたしが人間らしくなっていく気がした。わたしは今まで疑問に思ったことを蝶から教えてもらっていただけだったので、わたしが疑問に思わなかったことはなにも知らなかったのだ。
わたしにとって牢屋が唯一の居場所で、村がこの世の全てだと思っていたから、世界はこんなにも広くてたくさんの人がいるということがとても不思議だった。
陰になっている裏道を進んでいると、人通りの多い表道の方で何かを食べている人が目についた。
「みかげ」
「ん?」
「あれなに食べてるの?」
この頃のわたしは目上の人に「さま」を付けることも敬語を使うことも御影さまの漢字すら知らなかったのでかなり馴れ馴れしい喋り方をしていた。
くいっと白いシャツの裾を掴んで尋ねれば、「あいすくりん。甘くておいしいよ」と答えてくれた。続いて「食べてみる?」と言われたけれど、わたしは「ううん」と首を振った。
御影さまはあまり人前を好まれない。
道が二つあれば決まって人が少ない方を選ばれるし、移動も夜から昼にかけて行われるし。何でなのか訊こうと思いつつ、触れられたくないのではという考えがよぎり踏みとどまっている。
ちらりと右上に視線を向ければ、御影さまの端正な横顔が見える。
ここ数日たくさんの人を目にしたけれど、御影さまほど綺麗な人はどこにもいなかった。やっぱり御影さまは特別なのだと思うと、胸がなんだかざわざわした。
直接日に照らされているわけじゃないのに、御影さまの銀色の髪は揺れるたびに光を散らす。わたしのありきたりな黒髪とは格が違うのだ。
御影さまとわたしの格の違いはなにもそれだけではない。
御影さまはわたしとあまり歳の変わらない12歳にもかかわらず、全国各地を周りわたしのような異能を持った子どもを保護されている。
その話を聞いたとき、あまりの偉大さに敬服した。わたしにはそんなこと思いつかなければ、そんな行動力もない。
どうしたらそんな素晴らしいことができるんだろう。
身長だって頭ひとつ分も変わらないのに、雰囲気がとても大人っぽい。
これには経験の差が大きく関係していると思う。
わたしは10歳という年齢の割に他の子よりも心が幼かった。道を歩けばわたしとあまり歳が変わらなさそうな子でも物を売っていたり、何かしらやるべきことをやっていた。それを見てわたしは恥ずかしくなった。わたしはあんなふうにしっかりしていないから。
御影さまは気にしなくていいと仰っていたが、このときのわたしは自身の使えなさを痛感したし、それと同時に彼に見合う人になりたいと思った。
そんなある日。
夜、御影さまの家に向かっていたときのこと。
いつもなら人の気配がほとんどしないのに、なんだか騒がしいと思った。
誰かが声を荒らげているとか大きな音が鳴り響いているとかそんなのじゃない。存在が騒がしかった。
御影さまもこの異変に気づいたらしく、見晴らしがいい大通りで立ち止まった。
かなり帝都が近づいてきたからか高く硬そうな建物が目立つ。それらに見慣れていないせいで、余計な緊張ものしかかる。
身構えるわたしに気づいた御影さまは、わたしを庇うように前に立ち、肩越しに振り返った。その顔は笑っていた。
「深月、見てて。私の異能――【黒薔薇】を」
瞬間、御影さまの白い肌に黒い花の痣が広がった。
それと共鳴するように蔦が現れ、一直線に何かへと伸び、捕らえた。甘い香りがクラクラするほど濃く漂う。
御影さまが蔦を引き寄せる動作を見せると、捕らえた何かが月明かりに晒された。
その何かは軍服を纏っていた。御影さまに教えてもらったから間違いない。
――彼らは帝都を守る存在のばす。なのになんで、御影さまを狙っているの?
捕らえられた軍服の人は刀を抜いていた。その瞳には明らかな敵意がある。
なんで、と考える間もなく、周りを囲われていることに気づく。全員軍服を着て、御影さまを注視していた。御影さまがぐっと力を込め、捕らえた人を気絶させる。
風に煽られ月が雲に隠れた。それが合図だった。
軍服を着た人たちが一斉に御影さまに襲いかかった。
御影さまは異能を駆使し、彼らを無力化していく。
無駄な動作がなく、ひどく洗練されている。もしかしたら戦いされているのかもしれない。
銀髪が揺れ、甘い香りが肺を満たす。蔦からは痣と同じ黒い花が咲き綻ぶ。黒い花の正体は彼の異能と同じ黒薔薇だと直感的に分かった。
御影さまの華麗に戦う姿に、わたしはすっかり見惚れていた。
だがそれもつかの間。御影さまの攻撃を避けた軍人が、御影さまに向かって刀を振り落とそうとした。
「っあぶない!!!!!!」
わたしはその日、自分の意思で異能を人に向けて使った。
黒蝶たちが優雅に舞う。
軍人の身体に留まって。
その人ごと灰のようにさらさらと溶けた。
それが何を意味するのかすぐに分かったけれど、御影さまを守れたから後悔なんてなかった。
御影さまのお家は帝都と呼ばれる、人がたくさんいるところにあるらしい。
村から連れ出してくれたあの日、夜道を歩きながらそう教えてくれたのだ。
そしてわたしが生まれた村は田舎も田舎で都からかなり離れた場所にあったので、帝都に帰るまで何日も歩かなければならない、とも。
歩き始めてから今日で確か11日になる。
その道中で、御影さまはいろいろなことを教えてくれた。
夜は布団を掛けて眠ること、朝起きたら顔を洗うこと、1日3回食事を摂ること……。
一つ一つ知っていく度に、わたしが人間らしくなっていく気がした。わたしは今まで疑問に思ったことを蝶から教えてもらっていただけだったので、わたしが疑問に思わなかったことはなにも知らなかったのだ。
わたしにとって牢屋が唯一の居場所で、村がこの世の全てだと思っていたから、世界はこんなにも広くてたくさんの人がいるということがとても不思議だった。
陰になっている裏道を進んでいると、人通りの多い表道の方で何かを食べている人が目についた。
「みかげ」
「ん?」
「あれなに食べてるの?」
この頃のわたしは目上の人に「さま」を付けることも敬語を使うことも御影さまの漢字すら知らなかったのでかなり馴れ馴れしい喋り方をしていた。
くいっと白いシャツの裾を掴んで尋ねれば、「あいすくりん。甘くておいしいよ」と答えてくれた。続いて「食べてみる?」と言われたけれど、わたしは「ううん」と首を振った。
御影さまはあまり人前を好まれない。
道が二つあれば決まって人が少ない方を選ばれるし、移動も夜から昼にかけて行われるし。何でなのか訊こうと思いつつ、触れられたくないのではという考えがよぎり踏みとどまっている。
ちらりと右上に視線を向ければ、御影さまの端正な横顔が見える。
ここ数日たくさんの人を目にしたけれど、御影さまほど綺麗な人はどこにもいなかった。やっぱり御影さまは特別なのだと思うと、胸がなんだかざわざわした。
直接日に照らされているわけじゃないのに、御影さまの銀色の髪は揺れるたびに光を散らす。わたしのありきたりな黒髪とは格が違うのだ。
御影さまとわたしの格の違いはなにもそれだけではない。
御影さまはわたしとあまり歳の変わらない12歳にもかかわらず、全国各地を周りわたしのような異能を持った子どもを保護されている。
その話を聞いたとき、あまりの偉大さに敬服した。わたしにはそんなこと思いつかなければ、そんな行動力もない。
どうしたらそんな素晴らしいことができるんだろう。
身長だって頭ひとつ分も変わらないのに、雰囲気がとても大人っぽい。
これには経験の差が大きく関係していると思う。
わたしは10歳という年齢の割に他の子よりも心が幼かった。道を歩けばわたしとあまり歳が変わらなさそうな子でも物を売っていたり、何かしらやるべきことをやっていた。それを見てわたしは恥ずかしくなった。わたしはあんなふうにしっかりしていないから。
御影さまは気にしなくていいと仰っていたが、このときのわたしは自身の使えなさを痛感したし、それと同時に彼に見合う人になりたいと思った。
そんなある日。
夜、御影さまの家に向かっていたときのこと。
いつもなら人の気配がほとんどしないのに、なんだか騒がしいと思った。
誰かが声を荒らげているとか大きな音が鳴り響いているとかそんなのじゃない。存在が騒がしかった。
御影さまもこの異変に気づいたらしく、見晴らしがいい大通りで立ち止まった。
かなり帝都が近づいてきたからか高く硬そうな建物が目立つ。それらに見慣れていないせいで、余計な緊張ものしかかる。
身構えるわたしに気づいた御影さまは、わたしを庇うように前に立ち、肩越しに振り返った。その顔は笑っていた。
「深月、見てて。私の異能――【黒薔薇】を」
瞬間、御影さまの白い肌に黒い花の痣が広がった。
それと共鳴するように蔦が現れ、一直線に何かへと伸び、捕らえた。甘い香りがクラクラするほど濃く漂う。
御影さまが蔦を引き寄せる動作を見せると、捕らえた何かが月明かりに晒された。
その何かは軍服を纏っていた。御影さまに教えてもらったから間違いない。
――彼らは帝都を守る存在のばす。なのになんで、御影さまを狙っているの?
捕らえられた軍服の人は刀を抜いていた。その瞳には明らかな敵意がある。
なんで、と考える間もなく、周りを囲われていることに気づく。全員軍服を着て、御影さまを注視していた。御影さまがぐっと力を込め、捕らえた人を気絶させる。
風に煽られ月が雲に隠れた。それが合図だった。
軍服を着た人たちが一斉に御影さまに襲いかかった。
御影さまは異能を駆使し、彼らを無力化していく。
無駄な動作がなく、ひどく洗練されている。もしかしたら戦いされているのかもしれない。
銀髪が揺れ、甘い香りが肺を満たす。蔦からは痣と同じ黒い花が咲き綻ぶ。黒い花の正体は彼の異能と同じ黒薔薇だと直感的に分かった。
御影さまの華麗に戦う姿に、わたしはすっかり見惚れていた。
だがそれもつかの間。御影さまの攻撃を避けた軍人が、御影さまに向かって刀を振り落とそうとした。
「っあぶない!!!!!!」
わたしはその日、自分の意思で異能を人に向けて使った。
黒蝶たちが優雅に舞う。
軍人の身体に留まって。
その人ごと灰のようにさらさらと溶けた。
それが何を意味するのかすぐに分かったけれど、御影さまを守れたから後悔なんてなかった。



