篠宮兄弟の友達。

「なあ、さっき購買で、女子達がおまえの噂してんのを聞いたんだけど……」

 先程ようやく購買で手に入れた菓子パンを席に座るまで待ちきれず既に一口頬張りながら、おれは後ろの席のクラスメイト『篠宮優』へと声を掛けた。

 教室の隅の席、誰と話すでもなく一人黙々と弁当を食べるそいつは、室内にも関わらず学ランの下に着たパーカーのフードを被って、顔の半分を隠している。

 その姿は一見、拗らせた陰キャ、あるいは重度のコミュ障。スクールカースト下位のモブ。
 しかしおれの声に反応したそいつは、そんな印象を払拭するような、そこらのアイドル顔負けのやけに整った綺麗な顔を上げた。

「……ん? どんな噂だ? さては俺がモデル急にスタイル抜群だとか、フードの下の瞳が綺麗とか、トップクラスのイケメンだとかそういう……」
「……おまえさ、拗らせてる風だけど相当な自信家だよな……?」

 第一印象とのギャップに、思わずつっこんでしまう。うらやましいくらいの自己肯定感の塊だ。
 けれど優はそんな指摘に対して、不思議そうに首を傾げる。

「……? 自信? 何だそれは。俺は若手トップ俳優の兄である『篠宮傑』の七光りで、ぴかぴかして当然だ。俺自身の力じゃない」

 弁当を食べる手を止めて、優は次第に俯いていく。ぴかぴかとか言うくせに、何だか空気がじめっとしてきた。

「俺はどうせ、傑の金魚の糞で……俺なんて、誰の目から見てもあいつの付属品で、劣化コピーで、模造品で……」
「おい、ポジティブとネガティブの高速反復横飛びやめろ。温度差に風邪引くわ。おれがグッピーなら死んでたぞ」
「そうか、罪のないグッピーを殺す程のダメ具合というわけか……ごめんな、グッピー……今度アイスの棒で墓を作ろう。空良、放課後手伝ってくれ」
「……いや、うん……。まあ、アイス食う役ならな」

 ツッコミを諦めたおれは、口一杯に菓子パンを頬張る。うん、メロンパンが美味い。
 再び食事を再開したこいつ、篠宮優とは、小学校の頃からの腐れ縁だった。
 だから二人でこんな馬鹿なことを言い合うのは、何年も続いたいつものことだ。

 しかしまあ、普段隠し気味のこいつの素顔を知っていると、ネガティブムーブ時の自己嫌悪でフードを押さえ顔を隠す仕草ですらモデルのように様になって見えるのだから、イケメンは得だと常々思う。

「というか、おまえいきなり後ろ向きになんのやめろよな……情緒不安定で普通にびびるわ」
「前のめりになったと思ったらすぐに下がる。俺の情緒は言うなればマイムマイムだ」
「おうおう、随分陽気なメンタルしてんじゃねえか」
「それほどでもある。因みに脳内BGMは常にロックだ」
「あ? 陽気どこいった。反骨精神の塊か??」
「陽気とかそもそも俺のキャラじゃないしな」
「なら何で最初に肯定したんだよ……」
「三秒だけ陽気になりたい気分だった」
「高速マイムマイムかよ……」

 相変わらず独特なテンションの彼に対して、ついいつもツッコミを入れてしまうから駄目なんだろう。
 こいつは普段物静かなくせして、おれに対してはボケなのか天然なのかわからない、確固たる『優ワールド』で畳み掛けてくるのだ。そうなってしまうと、完全に奴のペースだ。

「よし、ごちそうさま」

 話している間に食べ終えたのか、両手を合わせた彼は弁当箱を鞄に突っ込むように片付ける。
 けれど、その体勢のまま少し考えたように一瞬止まった後、それと入れ替えに二つ目の弁当箱を取り出して、まるで今から昼食だと言わんばかりの顔で開けた。
 もうツッコミは入れない。入れないからな。

「あー、大体おまえいつも言ってんだろ『俺は篠宮傑の弟として恥じない完璧な人間になるんだ』とかなんとか。実際普通に成績も良いし見た目も良いんだから、あんまネガティブムーブかましてんじゃねぇよ」
「……俺の目標をよく知ってるな。……はっ、さては俺のファンか?」
「べつにファンじゃねぇからそのキラキラ顔やめろ。顔が良いのが余計腹立つ! ……ったく、やっぱ変な奴だよな、おまえ」
「変な奴……さてはそれはツンデレ風な褒め言葉だな?」
「……さあな」

 今はポジティブモードらしい。相変わらず独自のペースで話しつつ、二つ目の弁当をあっという間に食べ終えた彼は、今度こそ満足したようだった。
 空になった弁当箱を丁寧に鞄に片付けて、さすがにきついらしい腹を擦りながら一息吐く。
 おれも山盛りの菓子パンを食べ終えて、ようやく腹の虫が落ち着いた。

「そういえばさっきの、俺に関する噂っていうのは、結局何だったんだ?」
「ああ、忘れてた。……篠宮……あー、おまえじゃなくて兄貴の方。今日発売の雑誌のインタビューで、ブラコンかましてたらしいって女子達が騒いでて、その兄弟がおまえなんじゃないかって噂が……って、打ち込み早っ!? 何だ、エゴサか?」
「あいつめ! メディアの前で俺の話はするなと言っているのに!」

 文句を言いながら怒濤のスピードで読者の反応を確認しているらしい優に、思わずぎょっとする。
 普段あまりスマホを弄っている印象はなかったのだが、そんなにも早く操作出来たのか。
 マイペース代表の珍しい全力に、おれは目を見張った。余程恥ずかしいのか戸惑ったのか、彼の表情からは僅かな焦りを感じる。

「何でだよ、いいじゃねぇか。悪口言われてるわけでもなし。有名人で自慢の兄貴なんだろ?」
「……。自慢の兄だからこそ、こんな不出来な弟が居るとなれば、あいつの評価にも関わるだろう」
「さっきまでのイケメンだとかの自負はどこ行ったんだよ」
「……? イケメンなのは事実だろう。あいつと同じ遺伝子だしな」
「兄弟揃ってブラコンかよ……」

 やがて一通りエゴサを済ませたらしい彼は、満足したのか深く溜め息を吐いた後、いつものように落ち着いた表情に戻った。

「ふう。該当の記事をざっくり読んだが問題はなさそうだ。個人名を出されたわけでもないし、特定できそうなものもなかった」
「そいつはよかったな。まあ、そりゃあそんなん出てたら今頃もっとパニックだろうが」
「そうなったら、一緒になって野次馬に潰されてくれるか」
「いや、ソッコー逃げるわ」

 優は「薄情な奴め」と文句を言いながら、制服のポケットにスマホを戻す。そしてふと、思い出したように声を上げた。

「……あ、そうだ。今度傑を紹介しよう。空良も気に入るはずだ。あいつなら、全人類魅了するに決まってるしな」
「……やだよ。絶対兄弟揃ってめんどくせぇ」
「そう言うな。おまえのことを『俺の大事な友達』だって、紹介したい」
「……お、おう? まあ、そういうことなら……」
「あ。でも傑とあんまり仲良くするなよ?」
「あ? どっちだよ」
「……あいつと違って、俺は友達が少ないからな。『優』の友達を取られると、困るだろう」
「んん……そう、かよ」

 そう言われて、まあ悪い気はしなかった。何だかんだ小学校からの腐れ縁だ。彼も同じように特別な友達として認識してくれているのなら、多少照れくささはあるものの、嬉しいとさえ思う。
 しかし喜びに浸る間もなく、不意に彼から追加の爆弾を落とされた。

「……ところで。僕が優じゃなくて傑なの、気付いた?」
「……は!?」