(はぁ、めちゃくちゃ緊張する……)
いつもより少しだけ早い時間に登校した俺は、いつもよりもゆっくりした足取りで教室に向かう。
――圭介と京治に、昨日黙って帰ってしまったことを謝りたい。そして友人である二人には、俺が可愛いものが好きだってことをきちんと伝えておきたい。
教室に入ると、自分の席に座っていた京治と目が合った。圭介の姿は見えないから、まだ登校していないっぽい。
「千尋、おはよ」
「おはよう、京治」
「どしたの、その顔」
「……俺、どんな顔してる?」
「んー、何かすっごい不安そうな顔?」
「……マジか」
「マジだよ。あのさ、ちょっとついてきてもらってもいい?」
にこやかに笑う京治に連れ出された先は、屋上に続く階段下だった。
そこには、硬い表情をした圭介がぽつんと立っている。すでに登校していたみたいだ。
俺たちがきたことに気づくと、怖い顔をしたまま大股で距離を詰めてくる。その勢いに後退りそうになりながらも、何とか踏みとどまって圭介と真正面から向き合う。
「圭介、おは…「千尋、悪かった!」
俺の挨拶は、深々と頭を下げて謝る圭介の声にかき消された。
「……え、圭介、何で謝ってんの? ってかむしろ、謝らなくちゃならないのは俺の方だし」
「は? 何で千尋が謝るんだよ」
「だって俺、昨日、圭介が呼び止めてるのに気づいてたのに、無視して帰っちゃったし……。めちゃくちゃ感じ悪かったよな。ごめん」
「それは、俺がお前に嫌なこと言ったからだろ。千尋は何も悪くない」
圭介を怒らせてしまったと思っていたけど、そんな感じはしない。むしろ圭介は、自分の言動を悔いていたらしい。
「圭介。それに京治も。実は俺さ、可愛いものが好きなんだ」
二人は、突然語りだした俺にきょとりと目を瞬きながらも、黙って話を聞いてくれている。
「それで昔、友達から色々言われたことがあってさ。男が可愛いものが好きとか変だって。だから昨日、圭介に否定されたのが……正直、結構ショックだった。でも、人の価値観なんてそれぞれだし、圭介が気持ち悪いって思うのも仕方ないと思うんだ」
「っ、違う! 別に俺は、千尋のことをキモいとか思ってないから!」
「え、でも昨日、そう言ってたよな?」
「それは……」
口ごもった圭介は、話すことを迷っているみたいだ。言いにくいことなのかもしれないけど、俺は圭介の本音が知りたい。それが俺を否定するものだったとしても――その思いから逃げないで、向き合いたい。
「圭介は、嫉妬したんだよね」
「ばっ、京治、お前!」
「はっきり言わないと伝わらないでしょ」
静観していた京治が、圭介の気持ちを代弁するように口を開いた。
「嫉妬したって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。圭介、あとは自分で話しなよ」
「……千尋、六組の瑠璃川と急に仲良くなってただろ」
「うん」
「俺らが知らないところで、いつの間にか仲良くなってたのが、ちょっとムカついたっていうか……千尋の一番のダチは、俺らなのにさ」
つんと唇を尖らせていた圭介は、気まずそうな顔でそっぽを向く。
「それで、つい嫌な態度とっちまって……だから別に、千尋をキモいとか全然思ってない。千尋は可愛いし、むしろそういうの付けてても違和感なくて、似合うと思う」
「いや、俺が可愛いとかは全然ないと思うんだけど……」
「千尋さ……俺のこと、嫌いになったか?」
「え? 嫌いになるわけないじゃん。圭介も京治も、ずっと俺の大切な友だちだよ」
はっきりそう伝えれば、涙目になった圭介に抱きつかれた。力が強くてちょっと痛いけど、圭介が俺の気持ちを否定しないでいてくれたことや、本音が聞けたことが嬉しいから、黙って受け入れる。
「仲直りできてよかったね」
「京治も、ごめんな。嫌な空気にしちゃって」
「別にいいよ。それに、千尋と付き合いが一番長いのは俺だしね」
「……おい、京治。言っておくけど、友情の深さに時間は関係ねーからな!」
「はいはい、圭介は昨年違うクラスだったもんね。一年生の時の千尋のこと、圭介は何にも知らないんだもんね。あー、可哀そう」
「っ、京治、お前なぁ……!」
にこにこと笑顔で煽る京治に、圭介がいつもの如く噛みついている。
京治は、圭介の反応を見て完全に面白がっている。……でも俺からしてみたら、幼馴染である二人の気兼ねない関係性にも憧れちゃうんだけどな。
気持ちも伝えられたし、誤解も無事に解けた。三人仲良く教室に戻っていれば、登校してきた晴輝とばったり出くわした。俺の顔を見た晴輝は、次いで隣を歩く京治たちに視線を移して、関係が修復できたことを察したらしい。
「おはよ、千尋。仲直りできたみたいでよかったな」
「出たな、諸悪の根源!」
圭介は晴輝を指さして睨みつけたかと思えば、また俺に抱きついてきた。だから、力が強いんだよな……。息がしづらくて苦しい。圭介の背中を叩けば、腕の力を緩めてくれた圭介は、俺を隠すようにして晴輝の前に立った。
「何だよ、諸悪の根源って」
「お前のせいで、千尋と仲違いするところだったんだからな!」
「……それって、俺が悪いのか?」
首を傾げている晴輝に、俺と京治でそろって首を横に振る。
「ごめんね、瑠璃川くん。コイツ、めんどくさい奴でさ」
「だれがめんどくさい奴だ!」
また京治に煽られて、圭介は猫の威嚇みたいにふしゃーっと目をつり上げている。
そんな圭介をジッと見つめていた晴輝は、含みのある顔で笑う。
「ふーん。でも、そんなこと言っていいのか? せっかくお友達にも、いいもの見せてやろうと思ったのに」
そう言った晴輝が、制服のポケットから何かを取り出す。どうやら写真みたいだ。圭介と京治と一緒に覗き込む。そこに映っている姿を見た俺は、思わず「は!?」と素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「晴輝、これって……!」
「昨日の写真。こっそり撮っておいたやつ」
そこに映っていたのは、晴輝お手製の服を着ている俺の姿だった。
こいつ、いつの間に撮ってたんだよ。全然気づかなかった……!
非難の目を晴輝に向けるが、本人は悪びれた様子もなくにんまり笑っている。
「千尋、可愛いね」
「だろ? この服、俺が作ったんだよ」
「瑠璃川くんが? へぇ、すごいじゃん」
京治は写真を一枚一枚めくって見ながら、朗らかに笑っている。
一方、圭介はといえば。写真を凝視したまま、謎に固まっている。どうしたんだ?
「圭介、大丈夫か?」
肩をゆすって声を掛ければ、ハッと覚醒した圭介は声を震わせて動揺を顕わにする。
「なっ、おま、これ、どこで……!」
「これ? 昨日、晴輝の家にお邪魔した時に撮られてたみたいだな」
「いっ、家に!?」
「おう。っていうか晴輝、その写真データ消しておけよ」
「何でだよ。よく撮れてるし、記念にいいじゃん」
「やだ。普通に恥ずかしいだろ」
「でも、あれだよね。千尋と瑠璃川くんがこうして並んでると、すごく絵になるっていうか……可愛い者同士でお似合いだよね」
俺と晴輝を見比べた京治が言う。
晴輝が可愛いのは分かるけど、俺が可愛い……? もしかして京治、コンタクトがずれて視界がおかしくなってるんじゃないのか?
「いーや、全然お似合いじゃないね!」
京治の目の心配をしていれば、圭介が反対の声を上げる。
やっぱり、そうだよな。俺が可愛いわけがな…「まぁ、千尋が可愛いのは認めるけどな! むしろ俺と千尋の方が似合ってるだろ」
「んー、圭介と千尋の場合は、お似合いっていうよりは、美女と野獣って言葉の方がしっくりくると思うけど」
「あはは、美女と野獣!」
「瑠璃川テメェ! 何笑ってんだコラ!」
京治の言葉に晴輝が笑い、青筋を立てた圭介がキレる。
何だか、すっげーカオスな空間になっている。だけどさ……。
「千尋、どうしたの?」
うつむいている俺に気づいた京治に、心配そうに声を掛けられた。
顔を上げたら、圭介も晴輝も俺を見ていた。そして、笑みを堪えている俺に気づくと、そろって不思議そうな顔をする。
「ふっ……いや、何ていうかさ……俺、三人と友達になれてよかったなって」
――こんなに優しくて友だち思いの奴らと出会えた俺って、すごく幸せ者だ。
そんな気持ちがむくむく湧いてきて、心の中が満たされている。
俺の言葉を聞いた三人は、嬉しそうに笑ったり、そっぽを向いて頬をかいたりしている。
穏やかな空気が流れる中、眉を寄せて何やら考え込み始めた圭介が声を上げた。
「……俺も、千尋が可愛い服を着ている姿をこの目で見る! 親友である俺らが見てないのに、ぽっと出のコイツだけ見てるのは不公平だろ!」
「いや、何だよそれ」
――どうして俺が可愛い服を着ているところを見たいんだよ。意味が分からない。
だけど俺の小さなツッコミには誰も反応してくれず、話は進んでいく。
「そんじゃあ、今日ウチにくるか?」
「え、瑠璃川くんの家に行っていいの?」
「あぁ。昨日千尋に着てもらえなかった服、まだ色々あるし。着せ替えショーしようぜ」
「いいね、面白そう。それじゃあ俺、家に帰って姉さんのメイク道具を借りてこようかな」
「ふん、敵情視察か。いいぜ、行ってやるよ!」
晴輝の提案に、何故か京治も圭介も乗り気な様子だ。
――っていうか、待て待て。着せ替えショーって、誰がその服を着るんだよ。つーかメイク道具なんて、何に使うんだ? ……嫌な予感しかしないんだけど。
「千尋、楽しみだな」
色々と言いたいことや聞きたいことはあるんだけど。――晴輝の笑顔を見たら、何かもう、どうでもよくなってきた。
「……だな」
俺が頷けば、タイミングよく始業のチャイムが鳴った。また放課後にと約束をして、それぞれの教室に向かう。
これは、とある男子高校生四人が“可愛い”に触れながら、ありふれた青い春を過ごす物語。――の、まだ序章である。



