おれたち×かわいい=アオハルの方程式



「……晴輝が寄りたいところって、本当にここで合ってるのか?」
「あぁ、合ってる」

目の前にあるのは、ピンクと白色の外壁をした可愛らしい建物だ。中からは無邪気で幼い声が響いてくる。

「すみません、瑠璃川です。晴香(はるか)を迎えにきました」
「あら、晴輝くん。いつもご苦労様。晴香ちゃん! お兄ちゃんがお迎えにきたわよ~」
「あ、晴輝お兄ちゃん!」
「晴香、良い子にしてたか?」
「うん! あのね、今日はね、おっきいおしろ作って遊んだの!」
「そうか、よかったな」

晴輝に頭を撫でられた女の子は、くふくふと嬉しそうに笑っている。

「紹介するな。俺の妹の晴香」
「はじめまして! 瑠璃川晴香です。六さいです!」
「はじめまして。向坂千尋です」

元気な挨拶をしてくれた晴香ちゃんは、肩上で切り揃えられた黒髪を二つ縛りにしている。まろい頬っぺたはお餅みたいに柔そうで、ぱっちりした目元は晴輝にそっくりだ。

「ねぇねぇ。ちひろくんは、お兄ちゃんの彼氏?」
「かっ!? れしじゃないよ!」
「それじゃあ、お友達?」
「おっ、……ともだち、になりたいとは、思ってるんだけど……」

尻すぼみになりながら晴輝の方を見れば、きょとんとした顔と目が合った。

「今更だな。俺はとっくに友達だと思ってたけど?」
「……マジで?」
「何で嘘つくんだよ」

晴輝はおかしそうに笑っている。

「ちひろくん、うれしそう。よかったね!」
「……うん。ありがとう、晴香ちゃん」
「お兄ちゃんってね、やさしいんだけど、たまにイジワルな時もあるの。だからその時は、晴香に言ってね! 晴香が注意しておくから!」

腰に手を当てた晴香ちゃんは、胸を張って頼もしいことを言ってくれる。どうやら晴輝は、晴香ちゃんには頭が上がらないらしい。もしもの時は、ぜひ晴香ちゃんを頼りにさせてもらおう。
お礼を言ってその小さな頭をそっと撫でれば、晴香ちゃんは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

保育園から十分ほど歩いて辿りついた晴輝の家は、赤い屋根に白い外壁の小さな一軒家だった。
玄関横のプランターにはピンクや白色の花が咲いている。晴香ちゃんがニチニチソウというのだと教えてくれた。晴香ちゃんが水をやってお世話をしているらしい。すごく綺麗で可愛らしい花だ。

「お邪魔します」
「おう、どうぞ」
「どうぞー! ねぇお兄ちゃん、今日のおやつって何?」
「今日はクッキーだな。きちんとうがい手洗いしたら食べてもいいぞ」
「やったー!」

晴香ちゃんは脱いだ靴をきちんとそろえてから、嬉しそうに家の中に入っていく。

「ったく、騒がしくて悪いな」
「ううん、全然。晴香ちゃん、すごくしっかりしてるいい子だな」
「だろ? ほんと、俺にはもったいないくらい良くできた妹でさ。マジで目に入れても痛くないくらい可愛いんだよ」

晴輝は真面目な顔をして深く頷いている。重度なシスコンのようだ。でも、歳が離れたあんなに可愛い妹がいたら、俺も同じような気持ちになるんだろうな。

晴香ちゃんのあとに続いて俺たちもうがい手洗いをして、リビングで三人仲良くクッキーを食べた。晴香ちゃんは、多くの女の子が一度は好きになるであろう、日曜日の朝にやっている変身アクションアニメにハマっているらしい。今は静かに録画した番組を観ている。
俺たちはよく冷えた麦茶を飲みながら、残ったクッキーを食べつつ、のんびり雑談を繰り広げる。

「実は俺、ちっさい頃は男子が好きな戦隊ものよりも、こっちの方が好きだったんだよな」
「そうなの?」
「おう。こうなりたいって願望よりかは、衣装が可愛いから憧れてたってのが強いかも」
「あー、でも分かるよ。バトルコスチュームとかデザインも凝ってて可愛いもんな」
「千尋なら分かってくれると思ったわ。……実はウチ、母子家庭でさ。晴香が生まれてすぐに色々あって、父親が出ていっちゃったんだよな」

晴香ちゃんに聞こえないよう、晴輝は声を潜めて話し出す。

「そっからは母親が女手一つで育ててくれたんだけど、生活も厳しくて。晴香が欲しいっていうおもちゃやぬいぐるみなんかも、中々買ってやれなかったんだよな」
「そうだったんだな……」

晴輝は笑って話しているけど、俺の想像が及ばないくらい、大変だったことや辛かったことがたくさんあったはずだ。
――やっぱり晴輝は強くてカッコいい。こんな素敵なお兄ちゃんがいるから、晴香ちゃんも真っ直ぐな優しい子に育ったんだろうなって、そう思う。

「そこで、天才の俺は考えたわけよ。ぬいぐるみとか服とかを、自分で作ってやれないかってさ」

にやりと笑った晴輝は「ついてきて」と言って立ち上がる。
晴香ちゃんに一声かけた晴輝は、俺を二階に案内してくれた。行き先は晴輝の部屋みたいだ。

白とベージュをメインに統一されたシンプルな部屋だ。窓際には赤いリボンをつけた三十センチサイズのテディベアが飾ってある。勉強机とベッドの他に、部屋の中央には長方形のテーブルが置いてあり、その上には裁縫セットやミシン、色とりどりの布が散乱している。

「こっからここまで、全部俺が作った服」

晴輝はクローゼットを開けて、俺に中を見るよう促してくる。
ラックには、晴輝の手作りだという服が二十着近くは吊るされていた。女子が好んで着そうなレースがあしらわれたロングスカートから、黒を基調としたゴシックテイストの服まで、その種類は様々だ。見た感じは、店頭に売られているものと遜色ないレベルで、どれも可愛らしい。

「晴香に服とか作ってみたら、案外上手くできてさ。その影響で裁縫が得意になって、気づいたら服作りが趣味になってたんだ」
「っ、すっげー! 晴輝、天才じゃん!」
「ふふん、そうだろ?」
「ああ! うお、この服とか、めちゃくちゃ凝ったデザインじゃん。刺繍こまかっ!」

見せてもらった服に感動していれば、黒くてひらひらした素材の服を手に取った晴輝が、それを俺の体にあてがってくる。

「千尋さ、俺の作った服、着てみてくんない?」
「……俺が、晴輝の作った服を?」
「そ。これとか、千尋に似合うと思うんだよな」

――どうやら晴輝が道中に言っていたお願いしたいこととは、俺に自分の作った服のモデルになってほしいということだったようだ。

「……いや、こんな可愛らしい服、俺に似合うわけなくないか? 第一これ、女物だろ?」
「いやいや、よく見ろって。性別関係なく着れる服にしたくてさ。これとかも、ユニセックスな感じをイメージして作ってあるんだよ」

言われてみれば確かに。晴輝が持っているその服は黒のロングスカートに見えるけど、よく見たらドレープが効いたパンツになっている。併せる黒のTシャツは袖が長くなっていて、裾の方には透け感のあるレースが付けられている。

「可愛いもの好きって言ってたし、ちょっとは気晴らしになればいいなと思ってさ。あとは純粋に、俺が着てみてほしかっただけ。千尋って可愛らしい顔してるからさ」
「いやいや、可愛らしいのは晴輝の方でしょ」
「そりゃ俺は可愛いけどさ」

ここで否定や謙遜を一切しないところが晴輝らしくて好きだ。

「それにしても、晴輝ってほんとにすごいのな。これ独学で覚えたんだろ?」
「まぁな。俺、将来はデザイナー目指してるし。今のうちから色々作って勉強しておくのもありかと思ってさ」
「すっげー! 晴輝がデザインした服、俺、絶対に買うから!」
「そんじゃあ、友達料金で安くしてやるよ」
「マジで? サンキュ! ……でも、こんな風に自分で好きな服を作れたら、めちゃくちゃ楽しいんだろうな」
「そんじゃ、今度一緒に作ってみる?」
「いや、そんな軽いノリで作れるようなものじゃないだろ」
「そりゃ、初めから上手く作れるわけねーじゃん。でも、練習すれば段々形になってくるって」

――自分でイメージした可愛い服を、この手で作ることができたら。
想像したら、それだけで心が躍った。

「……やってみたい。晴輝、俺に服の作り方を教えてくれるか?」
「ああ、もちろん。千尋、裁縫とかミシンの経験はどんなもん?」
「……学校の家庭科でやるレベルだな」
「そんじゃあ、まずは手始めに小物でも作ってみるか」
「はい! よろしくお願いします、先生」
「俺の指導は厳しいから、覚悟しておくように。まぁまずは、指導者である俺の服を実際に着てもらうところからのスタートだな」
「……うぃっす」

こうして服作りを教えてもらう約束を取り付けた俺は、晴香ちゃんが呼びにくるまでの数十分の間、晴輝の前でファッションショーを繰り広げることになったのだった。