おれたち×かわいい=アオハルの方程式



いつもと変わらない時間に家を出た。歩く速度も変わらない。
だけど見慣れたはずの学校が少しだけ違って見えるのは、背負う重さがほんの数十グラム分、増えたからかもしれない。
視線を斜め後ろに下げれば、リュックサックに付けたばかりの小さき命が、楽しげに揺れている。

(……大丈夫だ。別に、何もおかしいことなんてない。堂々としてればいいんだから)

下駄箱で靴を履き替えていたら、左隣に誰かがやってくる。

「千尋、おはよ」
「おはよう、京治」

今日も爽やかさ全開の京治に、登校してきた後輩らしき女子生徒二人組が熱い視線を送りながら、ひそひそと耳打ちし合っている。何を話しているのかまでは聞こえないけど、会話の内容は何となく想像がつく。
だけど京治はそんな視線には慣れっこなのか、気づいていないのか。平然とした態度で靴を履き替えている。

「そういえば、一限の数学って小テストがあるよね」
「あっ、やば。勉強してない……!」
「あれ、千尋が勉強してきてないなんてめずらしいね」

俺は、授業態度は比較的真面目な方だし、課題も提出期限までにきちんと出すタイプだ。
学力は中の中って感じで、テストで高得点をとれるわけではないから、その分、日々の学習態度で内申点を稼ぐって魂胆なんだ。
小テストは範囲が絞られている分、満点をとりやすい。だから特に苦手な数学は、いつも家で勉強するようにしていた。昨日は色々あったから、すっかり忘れてたけど。

「あれ? 千尋が付けてるそれって……」

京治の視線が、俺のリュックに向けられる。俺の身につけている“好き”に、早々に気づいたみたいだ。さすが京治、モテる男は周りをよく見ている。
……別に悪いことをしているわけじゃないんだし、堂々としていればいいんだ。それは分かってる。だけど返ってくる反応が怖くて、心臓の鼓動が速くなる、

「可愛いだろ? 実は好きなんだよ、“ちっかわ☆”」

――あの時のように、また馬鹿にされたら。気持ちを否定されたら。
不安になりながらも、それを笑顔の裏に隠して、正直な気持ちを口にする。

「へぇ、そうだったんだ。……あ、そうだ。今500のペットボトルを四本買ったら、ミニポーチをもらえるっていうキャンペーンをやってるらしくてさ。姉さんが貰ってきたポーチがいくつか余ってるんだけど、よければいる?」
「……えっ。い、いる!」
「はは、めっちゃ食い気味だ。そんなに好きだったんだね。それじゃあ、明日持ってくるよ」

いつも通りの顔で笑った京治は、図書室で本を返してくると言って先に行ってしまった。
緊張感から解放された俺は、のろのろとした動きで外履きを仕舞ってから、階段を上がっていく。

――京治、普通の反応だったな。嫌な感じは全然しなかった。俺の“好き”を否定することなく、受け入れてもらえたんだ。

ようやく実感がわいてきて、胸の中にじわじわと喜びが広がっていく。

「頑張ったじゃん」
「うおっ」
「あはは、いい驚きっぷり」
「る、瑠璃川!?」
「おはよ」

階段を上がりながら一人で浸っていたら、後ろから声を掛けられた。
今日も綺麗な黒髪を揺らしている瑠璃川は、俺の反応を見て、ケラケラとおかしそうに笑っている。

「……もしかして、見てたのか?」
「ばっちり。友達と話してポカンとしてたかと思えば、今度はめちゃくちゃにやけてるし。見てておもろかった」
「っ、覗き見なんて悪趣味だぞ……!」
「偶然登校してきたら、タイミングよく会話が聞こえてきたんだよ。不可抗力だって」

一緒に階段を上がって、二階フロアの廊下を歩く。俺は二組で瑠璃川は六組だから、俺の教室に先についてしまう。その前に伝えておかなければ。

「なぁ、瑠璃川」
「何だよ?」
「ありがとな」
「何が?」
「……色々だよ!」
「はぁ? 何だよそれ。ってか、昨日すでにそれのお礼は言われてるんだけど?」

瑠璃川は訳が分からないって顔をして首を傾げながら、リュックのストラップを指さす。

「このストラップもそうだけど……って、あ、そうだ」

俺はリュックの右側の肩紐をはずして、昨日のうちに入れておいたある物を取り出す。

「瑠璃川さ、“ちっかわ☆”のくじ、ポーチ狙いだって言ってただろ」
「そうだけど、って、これ……!」
「俺、B賞のポーチが当たってたんだよ。よければ貰ってくれないか?」
「うおお! サンキュ! 千尋は神だな!」
「神は大げさすぎるだろ。っていうか今、千尋って言ったよな?」
「あぁ。別にいいだろ? 俺のことも晴輝でいいから」

瑠璃川――いや、晴輝は、俺の背中を嬉しそうに叩いた。力が強くて少しだけ痛い。見た目は可憐な女の子だけど、中身はやっぱり男なんだなって実感する。

「じゃあな、千尋」
「うん。またな、晴輝」

ゆっくり歩いていたはずだけど、二組の教室の前にはとっくに着いていた。
晴輝とはクラスが離れているから、ここでお別れだ。遠くなっていく背中を見送ってから、俺も自分の教室に入る。目が合ったクラスメイトと挨拶を交わしながら自分の席に向かう。俺の席は窓際の後ろから二番目。中々いいポジションだ。

「おーっす、千尋!」
「おはよう、圭介(けいすけ)
「おっ、何か機嫌良さそうじゃん。良いことでもあったん?」
「……うん、まぁね」
「何だよ、教えろよー。あっ、もしかして一限の小テストの答え、つかもっさんからこっそり教えてもらったとか?」
「はは、そんなわけないだろ」

つかもっさんとは、数学を担当している教師の愛称だ。

「ん? 千尋、リュックのとこに何か入ってるけど。ゴミか?」

圭介が俺のリュックを見て言う。見てみれば、確かに。サイドポケットに、くしゃくしゃに丸められた紙切れが入っている。
一見ゴミにも思えるそれを手にすれば、硬い感触があった。開いてみれば、中からコロンと水色の包みが現れる。パッケージに描かれているのは、俺が好きなネコのキャラクターだ。

“がんばった千尋への、ごほうびキャンディ”

達筆な字で書かれているその差出人の正体に気づいて、俺は自分の口許が緩むのを感じた。

(やっぱり晴輝って、カッコいい奴だな)

キャンディは一限の小テストをやり終えてから、休み時間に食べることにする。
くしゃくしゃの紙切れは丁寧に伸ばしてから折り畳んで、ペンケースに仕舞っておいた。