おれたち×かわいい=アオハルの方程式



学校帰りのコンビニは、誘惑がいっぱいだ。
夏はアイス、冬は温かい中華まんにおでん、それにホットスナックや菓子パンなど。立ち寄ればつい買い食いしてしまう。

「あっちぃ……」
「千尋、溶けそうになってるじゃん」
「俺、暑いのは苦手なんだよな」
「じゃあ冬の方が好き?」
「いや、寒いのも無理! 春とか秋とか、何かちょうどいい温度の季節がいい」
「そしたら、千尋は夏休みも冬休みもなしってことでいいね」
「それだけは勘弁してください……!」

帰る方向が同じ松川京治(まつかわけいじ)は、俺のクラスメイトだ。特に示し合わせたわけではないけど、俺たちの足は自然とコンビニに向かう。
七月に入って梅雨も明け、少しずつ暑くなってきたこんな日には、何か冷たいものが食べたい。現に京治は、アイスの詰まった冷凍ショーケースに真っ先に向かって行った。

京治は、高校に入学してから初めてできた友人だ。昨年同じクラスで、二年生に進級した今年も同じクラスになった。
髪は色素の薄いブラウンに染めていて、細身で高身長。成績も良ければ運動神経もいい。加えて優しそうな顔立ちをしたイケメンというモテ要素をいくつも持っているような人種だ。当然、女子からの人気も高いけど、高校に入ってから彼女はいないらしい。

対する俺、向坂千尋(さきさかちひろ)は、黒い髪に黒い瞳で、身長は男子の平均よりは低めの細身体型。特筆すべきこともないような、どこにでもいる普通の男子高校生だ。
もっと筋肉をつけたくて筋トレに力を入れていた時期もあったけど、俺は筋肉がつきにくい体質みたいで中々成果が出ず、すぐにやめてしまった。

そんな平凡を地で行く男子高校生の俺は、飲み物コーナーに向けていた足を止めた。
出入り口近くの棚に陳列してあった“とある商品”に、目が釘付けになってしまったからだ。

「千尋、何見てるの? あー、最近人気だよね、それ。確か……ちっかわ、だっけ。女子とかもよく付けてるよね」
「……うん、そうだな」
「それ、そんなに可愛いかな?」

京治は純粋に不思議そうな顔をして首を傾げている。

「……まぁ、可愛いんじゃないのか? それより、アイスは買えたのかよ」
「買ったよ。パピコにしたから、半分わけてあげる」
「いいのか? サンキュ!」

コンビニを出て、京治から半分に割ったパピコをもらう。コーヒー味だ。甘くて冷たくて美味い。だけど今の俺には、アイスよりも気になる存在があった。

(えっ、京治の目はどうなってるんだよ。“ちっかわ☆”――めっっちゃ可愛いじゃんか! え、くじ引きたい。まだC賞のストラップ残ってたし。俺の家の近くのコンビニは、昨日の時点で全部狩られてたんだよな。どうしよ、戻って引いてくるか?)

俺は葛藤した末に、今は諦めることにした。
京治がいる前でくじを引くわけにはいかない。そんなことをしたら、バレてしまう危険性があるからだ。――俺が、可愛いものが大好きな人間だってことが。

「パピコ、久しぶりに食べたけど美味しいね」
「えっ、あぁ、うん。そうだな」

後ろ髪を引かれる思いでコンビニを後にした俺は、京治と他愛のない話をしながら五分ほど歩いた。前方にピンク色の看板の花屋が見えてくる。あそこが分かれ道になっていて、俺は真っ直ぐ、京治は右の方に家があるから、ここでお別れだ。

「それじゃあ、また明日」
「うん、また明日な」

手を振り、道路を直進する。十秒くらい経ったところで足を止めて、京治が見えないことを確認してから、俺は回れ右をしてコンビニに戻った。
お目当てはもちろん、“ちっかわ☆”くじのC賞だ。そう時間も経っていないし、今ならまだ間に合うはず!

「いらっしゃいませー」

店員のお兄さんと目が合った。このままレジに直行してもいいけど、このコンビニは学校からも近い。知り合いがいる可能性は十分にある。
念のため、まずは店内をぐるっと回って、知人がいないか確認をする。タイミングよく、店内には俺以外の客がいなかった。チャンスだ。
手ぶらでレジに向かって、店員のお兄さんに話しかける。

「すみません、“ちっかわ☆”のくじを引きたいんですけど」
「くじですね。何回引きますか?」

振り返って、陳列棚をチェックする。残っている景品が、あといくつくらいあるかの確認だ。そこで、気づいてしまった。――さっきまではあったはずのC賞のストラップが、なくなっていることに。

「あの、C賞のストラップって……! さっきまでは残ってたと思うんですけど……」
「C賞のストラップですか? ……あぁ、ついさっききた学生さんが何回か引いて、最後の一個を当ててましたよ」

――俺は絶望した。やっと見つけた“ちっかわ☆”のストラップ。お迎えする気満々で戻ってきたのに、僅差で他の奴に貰われていったなんて……。
はじめからなかったのなら、まだ諦めもついた。でも、つい五分前までは残ってたんだぞ? そんなの悔しすぎるだろ。
「従姉妹が欲しがってたから」とか、京治には適当に上手いことを言って誤魔化して、あの時に引いておけばよかった。

「あの、お客さん? くじは何回引かれますか?」
「あー……すみません。やっぱり、引くのは止めておきます」
「分かりました」

俺は何も買わずに店を出た。
マジで悔しすぎてしばらくは引きずりそうだけど、過ぎたことは仕方がない。もしかしたら、まだ他の店舗に残っているかもしれないしな。明後日は土曜日だし、少し遠出してコンビニ巡りをしてみるのもいいかもしれない。

「なぁ、ちょっといい?」

歩いていたら、後ろから肩を叩かれた。振り返れば、見慣れた制服を着た生徒が立っている。
着ているのは女子指定の制服だ。目はぱっちり二重で睫毛が長く、鼻筋が通っている。さらさらの黒髪は腰元まで伸びていて、見た目は完全に美少女だ。だけど目の前の人物が“少女”ではないことを、俺は知っている。

(確か……瑠璃川だっけ。こんなに近くで見るのは初めてだな)

瑠璃川晴輝(るりかわはるき)は、男子なのに女子の制服を着ている変わり者として、校内ではちょっとした有名人だ。
学年は一緒だけど、昨年も今年もクラスが離れているのもあって、会話をしたことすらなかった。廊下ですれ違ったり、遠目から見たことがある程度だ。
だから瑠璃川も、特に目立った存在でもない俺のことなんて、当然知らないはずだ。どうして呼び止められたのか見当もつかない。

「お前さ、さっき“ちっかわ☆”のくじ、引こうとしてただろ?」

きょとんとしていた俺は、瑠璃川の言葉に、全身から血の気が引いていくのを感じた。

(もしかして……見られてた?)

店内に誰もいないのは確認済みのはずだったが、一体どこから見ていたのだろうか。いや、それよりも、今は言い訳を考えないと。学校でバラされて、また小学校の時みたいに冷やかされたりしたら……。

「こいつ、女子と同じもん付けてるぞ!」
「やーい! 女男!」
「おまえ、可愛いのが好きなんだろ? きっも!」
「だったら女子と遊んでろよ!」

――嫌な記憶がよみがえってきた。
頭をフル回転させて言い訳を考えていれば、瑠璃川が手のひらを差しだしてくる。

「これが欲しいんだろ?」
「っ、“ちっかわ☆”C賞の、ストラップ……!?」
「よかったらやるよ」

反射で手を出せば、手のひらに乗せられたのは、俺が求めていたC賞のストラップだった。紐のところを持てば、ふわふわした愛らしいネコのキャラクターが、ゆらゆらと揺れる。やばい、めちゃくちゃ可愛い。

「っ、何でこれを俺に? っていうかさ、さっきあそこのコンビニでくじを引いたのって……」
「俺だけど? トイレから出たら、お前がレジで落ち込んでるのが見えたから。俺の狙いはB賞のポーチだったんだけど、手持ちじゃ引けなくてさ。どうせなら欲しい奴が貰ってくれるのが一番いいじゃん?」
「……」
「じゃ、俺は行くから」

瑠璃川は、放心状態の俺を置いて歩いていってしまう。

「ちょ、ちょっと待って!」

俺は慌てて後を追いかけた。足を止めてくれた瑠璃川は、小さく首を傾げる。長い黒髪がさらりと揺れて、何故かドキッとしてしまった。

「あ、あのさ。どうして瑠璃川は“ちっかわ☆”のくじを引いたの?」
「どうしてって……そんなの、好きだからに決まってんだろ。“ちっかわ☆”が」

可愛らしい見た目にそぐわぬ、男らしい口調で返される。
平然と返されたその言葉の意味を理解して、俺は戸惑ってしまった。

「……好きだから?」
「あぁ。可愛いじゃん」
「男なのに、か?」
「……は? 男だから何? 男は“ちっかわ☆”好きになっちゃだめだって決まりでもあんの?」

俺の言葉に、瑠璃川は不快そうに眉を顰めている。

(馬鹿かよ俺! 自分が言われて嫌だったことを聞いてどうするんだよ)

俺は慌てて首を横に振って、嫌な気持ちにさせてしまったことを素直に謝る。

「ごめん! ちがくてさ、その……実は俺も“ちっかわ☆”好きなんだ。でも、周りの男友達で好きだって奴に会ったことなかったから、驚いたっていうか」
「ふーん。そんじゃ友達に布教してやれば?」
「布教って、男友達にか?」
「男でも女でもどっちでもいいけどさ。俺はこれが好きなんだって教えてやればいいじゃん。魅力を知ってもらえば、ハマってくれるやつもいるかもしんないし」

瑠璃川は、俺が思いもしなかった考えを口にする。
確かに、友達に自分の好きなものを受け入れてもらえて、共感してもらえたら、嬉しいと思うだろう。――だけどさ、もしその気持ちを否定されてしまったら?

「……俺さ、可愛いものが好きなんだ。けどそのことを、これまでずっと隠してきたんだよね」
「ふーん。別に好きなら好きでいいと思うけどな。わざわざ隠してて、苦しくならねぇの?」
「正直、苦しくなる時はある。さっきも友達と一緒にいたんだけど、可愛いものが好きって知られて、困惑した目で見られんのが怖くてさ。その場ではくじを引けなかったんだ。だから、一人でこそこそ戻って引こうとして……めちゃくちゃダサいよな、俺」

へらりと笑って、あえて自虐の言葉を口にした。
瑠璃川は大きな瞳をスッと細めて、真顔で俺を見つめてくる。琥珀色の瞳は何を考えているのか分からなくて、少しだけ怖い。

「あのさ、社会的動物って言葉、聞いたことある?」
「んー……聞いたことはあるかもだけど、詳しい意味までは知らないな」
「その名の通り、社会を構築してその中で生活する動物のことをいうんだってさ。人もそこに含まれるらしいんだよ。集団を組むことで群れの生存率を上げるってことだな。だから、一人でも違う方向を向いている奴がいたら、集団に引き戻そうとする。人って、()の意見に合わせようとする生き物だと思うんだよ」

どうやら瑠璃川は、俺に何かを伝えようとしているみたいだ。
聞き逃さないように、耳を傾ける。

「でもさ、それぞれ好みが違うのなんて当たり前だろ? 自分の好きなものを好きになってもらえなくても、そりゃ仕方ないじゃん。ソイツとは好みが合わなかったなで終わりでいいわけだし。好きなら好きで、堂々としてればいいだろ」
「……それは、そうなんだけどさ」
「俺もお前と同じで、可愛いものが好き。だから好きなものを身につけたい。この格好をしてて俺が男だって分かった時、もちろん変な目を向けられることはよくある。でもさ、似合うとか可愛いって受け入れてくれる奴だってもちろんいる。俺はそれで十分だと思ってるんだ。何より、周りの目を気にして自分の心に嘘を吐き続けるのはしんどいからさ」

瑠璃川の言葉は、どこまでも真っ直ぐだ。きらきらしていて、すっげーカッコいい。

「それに俺は、お前も可愛いものが好きって知って、嬉しかったけど」

瑠璃川は目を細めて笑いかけてくれた。……段々と、目の奥が熱くなってくる。
俺の顔を見た瑠璃川は、ギョッとした顔になった。

「な、何で泣くんだよ。俺、そんなにキツイこと言ったか!?」
「いや、ごめっ、ちがくて……。俺、自分が馬鹿だなって、情けなく思えてきてさ……」

過去のトラウマに囚われて、周りの目ばっかり気にして、これまでずっと、自分の好きの気持ちを蔑ろにしてたんだ。……何か、すっげー恥ずかしい。

「じゃあ、今日から変わればいいんじゃねーの?」

瑠璃川はまた、俺の考えが及ばないような言葉をさらっと口にする。

――変わればいい、か。そうだよな。
俺はもう、自分の気持ちに嘘は吐きたくない。瑠璃川みたいに堂々と“好き”を主張するのはまだ難しいかもしれないけど、少しずつでも変わっていきたい。

俺は、瑠璃川からもらったストラップをそっと握りしめる。

「……明日、友達に話してみるわ」
「おう、頑張れよ」
「……瑠璃川ってさ、カッケーな」
「ん? まぁな」
「はは。肯定しちゃうところも、めちゃくちゃカッコいい」
「……もしかして、馬鹿にしてんの?」
「し、してないって! 本心で思ってるから!」
「ぷっ、慌て過ぎだろ。別に怒ってないから。ってか今更だけど、お前の名前は? 同じ学年だよな?」
「うん。俺は向坂千尋。二年二組」
「向坂な。俺のことは知ってたみたいだけど、改めて、瑠璃川晴輝だ。クラスは六組。まぁ、よろしくな」
「うん、よろしく。……何かさ、色々とありがとな、瑠璃川」
「ん? 別に俺は何もしてないけど……まぁ、どういたしまして」

目を瞬かせた瑠璃川は、お礼の意味を半分も理解していない顔をしながら微笑んだ。

――これが、俺と瑠璃川晴輝との出会いだった。
クラスもタイプも違う瑠璃川は、関わることのない存在だと、そう思っていた。
だけど共通の趣味である“可愛いもの”を通して、これから仲良くなる未来が待っているだなんて、もちろんこの時の俺は思いもしなかった。……友達になれたらいいなっていう思いなら、この時にはすでにあったんだけどさ。