ふたりの幼馴染が大好きだった。
ぼんやりしたところがある誉。自由奔放な美琴。心配を掛けられたり、振り回されたりすることも少なくなかったけれど、ふたりの世話を焼くことが、甘えられることが好きだった。
俺たちは幼稚園からずっと同じクラスだったが、小学校高学年になった頃、はじめてクラスが別々になった。
それと同時期に、双子はそれぞれ、夢中になれるものを見つけた。誉はバレーに出会い、ジュニアチームに入った。美琴は製菓をはじめとした料理にハマり、クラブ活動で料理クラブに入った。
俺がいないクラスで、コミュニティで、ふたりは上手くやっていけるのか心配だった。だが、それは杞憂に終わった。ふたりは誰とでも仲良くなれたし、望んだ道での才能も開花させていった。それに安堵して、俺の幼馴染たちは凄いんだという喜びや誇らしさもあって、けれど少し、寂しくもあった。
とひえクラスやコミュニティが分かれても、俺たちが友達で家が隣同士の幼馴染であることには変わりない。ほぼ毎日一緒に登下校していたし、昼休みに遊んだり駄弁ることもあった。
その日の放課後も、俺は幼馴染と一緒に帰るべく、まずは誉を教室まで迎えに行った。そして開け放たれた教室の入り口から、誉に声を掛けようとしたとき。
「橘ってなんで宮永とよくつるんでんの?」
誉のクラスメイトが無邪気に問うた。誉はあっさりと答える。
「幼馴染だから」
「それだけ?」
「それだけじゃ駄目なのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさぁ。橘ってお前もお前の妹も天才肌の変人って感じじゃん。てっきり宮永にもそういう一面あるのかと思ったんだけど。なんだ、ただ幼馴染なだけの普通のやつなんだ」
ちょうどその時期、誉がバレーのジュニアチームで成績を残し、美琴はスイーツコンテストで賞を取った。それらが学校で表彰されたばかりだったから、生まれた疑問だったのかもしれない。そして実際に俺は、なにをしても平凡の域を出ない〝普通のやつ〟だった。分かり切っていたことなのに、そのとき突然頭の後ろを掴まれ、顔面を現実に突きつけられたような心地がした。
世話の焼ける存在だと、俺が一緒にいてやらないと、と思っていた幼馴染たち。けれどふたりは本当は、俺よりもずっと優秀で、どんな場所でも馴染めて、輝けて。
思ってしまった。誉と美琴は俺よりずっと優秀なのに、なんでことあるごとに俺に甘えるだろうと。
テスト勉強を教えて、バレーの練習に付き合って、一緒にお菓子を作って、試合の応援に来て。それらに俺が応じなかったとしても、ふたりはきっと困ることはなかった。ふたりの新しい友達の中には俺より勉強ができる人だっているはず、バレーの練習はチームの人とした方が間違いなくいいし、お菓子作りだってそう、料理クラブの人とすればいい。試合の応援だって、俺が行ったところでなんの影響が与えられる。
なのに、ふたりが嬉々として俺に駆け寄って頼ってくるのは、幼馴染である俺に、平凡な俺に気遣ってのことなんじゃないか。俺がふたりの世話を焼くことが、甘えられることが好きだから、喜ばせようとしてくれているんじゃないか。
誉も美琴は裏表なく、他人に媚びへつらうようなこともしない。そう分かっているのに、少しでもその可能性を考えてしまった俺は、惨めな気持ちになってしまった。
思春期只中に抱いてしまったその思いは日毎に膨らんでいき、そして俺は中学入学にあわせて、ふたりから少しだけ避けるようになり、それでいてふたりと胸を張っていられる自分に、少しでも特別だと誇れる自分になるためにはじめたのが、陸上だった。小学校の運動会で、六年目だけは補欠だったものの、それでも俺はずっとリレーの選手に選抜されていた。だから、走ることの才だけはあるのかもしれないと思っていた。
だが、一年目。結果は出ず。二年目、やはり、結果は出ず。
その間にも、誉は男子バレーで活躍し学生スポーツ誌から取材され、美琴は料理コンテストに挑戦しては上位賞を受賞していく。
そして、三年目。最後の大会でどうにか少しでもいい成績を残したいと、同級生や顧問の制止も無視してオーバーワークをし続けた結果。ある日の帰路、歩道橋の階段を降りている最中、疲労のたまった重たい足が持ち上がらずに引っ掛かり、落下し、左脚を骨折した。愚かな自業自得により、俺は三年目にはついに大会に出ることすらできなかった。
それから少しの間、平凡な俺が頑張ったところで特別にはなれないんだと腐ったりもした。だが、中学三年間、俺がどれだけ避けようとしても、俺に甘えたり、陸上の応援に来てくれたり、怪我の見舞いに来てくれたり、ずっと傍に在り続けてくれた幼馴染たちに、俺は気づかされた。
なんてくだらない劣等感を抱いていたのだろう、と。誉と美琴はやっぱり裏表なく俺を慕ってくれていて、俺が特別じゃなくたってずっと傍にいてくれて、心の底から心配してくれる。なのに俺は、勝手に自分が彼らに劣っていることが悲しくなって、惨めな抵抗をして、愚かな結末を迎えた。それがひどく恥ずかしくて、三年間もぎこちない態度を取ったり避けたりしたことが申し訳なくなって、それからはもう、俺は足掻くことを辞めた。平々凡々な宮永嵐を受け入れて生きていくことにした。
私欲のために幼馴染たちを振り回し、一度たりとも花を咲かせることもなく、三年もの遠回りをしてようやくあるべき生き方を見つけた。そんなかっこわるい過去を吐露する俺の舌はときどき縺れ、ところどころつっかえた。眼窩がじんと熱くなることもあったけど、泣くのは違うだろとぐっと堪えた。
ひとしきり話し終えると、保健室内にはしばしの無音が落ちた。そうなってから、俺はなにをしているんだろう、と今更ながらに省みた。
俺の中で最も情けない中学時代を槐くんに知られていることが、嫌だった。それに加え、槐くんがその頃の俺のことも躊躇いなくかっこいいと言ってくれることが、納得できなくて。悔しくて、苛ついて、苦しくなってしまって。八つ当たりをするように自分語りをしてしまった。
俺のことをずいぶん慕ってくれている槐くんでも、さすがにこれには呆れたのではないだろか。そう思うと、彼の顔を直視できなかった。申し訳なくて、恥ずかしくて、いっそここから逃げ出したくなって、俺はベッドから腰を浮かしかける。しかし、それより先に槐くんが、俺の手を両手で掴んだ。
「嵐先輩。失礼なことを言ってもいいですか」
「な、なに……」
「嵐先輩にとっては苦い過去だとしても。それでも、嵐先輩が歩んできた足跡を、思っていることを俺に話してもらえて、嬉しいです」
おずおずと見た槐くんの瞳は、眩いものを見つめるようにやわらかく細んでいた。
「う、嬉しいって……こんなの愚痴というか、八つ当たりでしかないというか……」
「愚痴でも、八つ当たりでも、なんでも。嵐先輩から、嵐先輩のことを教えてもらえるのなら、嬉しいです。それに、やっぱり俺は、嵐先輩はかっこいいと思います。なりたいものを目指して頑張ったんだから」
「っ、でも、俺は。なににもなれなかったし。それで、誉と美琴を傷つけた」
「嵐先輩はもし他の誰かが努力をして、その結果がふるわなかったとして、かっこわるいと思いますか」
「それは……」
「嵐先輩は自分に厳しい人なんですよ。ストイックで、かっこよくて。応援したくなるし、心配にもなる。そして、伝えたくなる。あなたがとても素敵な人だってこと。それにね、先輩。あなたはもう特別を求めていないのかもしれないけれど……俺にとって嵐先輩は、中学のときからずっと、特別な人ですよ」
そうして、槐くんは低く澄んだ声で、穏やかな調子で、話し出した。
「中学一年の春。俺は背が高いという理由だけで、男子バレー部に誘われました。運動は得意じゃないし、それ以上に人見知りでコミュニケーションがものすごく苦手だったから、チームスポーツなんてできるわけがない。そう分かっていたのに、俺はその誘いを断る勇気も持てなくて、男子バレー部に入りました。そうしたら、一年の中で一番背が高いから期待されて。なのに、ちっとも活躍しないどころか、なにをしても下手くそで。周囲からはだんだん哀れみを向けられたり、慰められたりするようになって。いたたまれなくて、苦しくて、辞めたい、辞めたいと思いながらも、辞めるということを言い出す勇気も持てずにいました。それでもついに耐えかねて、今日こそは部長に辞めるって伝えようと思った、その日。俺は、その人に出会いました」
槐くんの透徹とした瞳が、俺をまっすぐに見つめる。
「二年生部員である幼馴染の忘れ物を届けに来たというその人は、俺を見て、言ったんです。「一年生だよね? 入部したての時期で大変だと思うけど、頑張ってね」って。微笑んでくれたんです。知り合いでもない、他の部活の一年生に」
俺はぽかんとした。言われてみれば、そんなやりとりをしたことがあったかもしれない。
二年の春、避けようとはしながらも俺たちはどうしようもなく幼馴染であり、世話を焼く癖は抜けきっていなかった。誉の母に頼まれるままに、俺は誉の忘れ物を届けに行った。
少しの気まずさを抱えながらも向かった体育館で、誉を呼び出す前に一年生と遭遇した。前髪で半分隠れた目はずっと下を向いていて、顔色は悪く、表情が暗い。身長は高そうなのに、その背は少し丸まっている。その子はとにかく元気がなさそうに見えた。入学したてで環境が変わったばかりの時期だから、疲れているのかもしれない。たしか、そう思って声を掛けた。少しでも励みになったらと思って。
あれが、槐くんだったのか。言われてみれば面影を感じるが、今は前髪に目が隠れてもいなければ、顔色もよく、立っているときは背筋がぴんとしていて、印象がまったく違っていた。しかし、だとしてもだ。
「一年生と顔を合わせたらそれくらい、誰だってそれくらいするよ」
「でも実際俺にそうしてくれたのは、嵐先輩だけでした。俺はそれまで、上手くいかないことがあれば、俺にはできなくて当然だって諦めてただただ落ち込むばかりでした。できるようになろうって頑張ることはしてこなかったんです。嵐先輩に応援してもらったときに、そのことに気づいて。それで、もう少しだけ、バレー頑張ってみようって思ったんです。同時に、嵐先輩のことがすごく気になって。姿を探したり目で追うようになりました」
槐くんが、俺の手の甲に唇を寄せる。やわらかな熱が触れる。
「あなたが当たり前にしてくれたことが、俺にとっては特別で。大切な、初恋になったんです」
槐くんは俺を仰ぎ、微笑んだ。
「最初は、遠くから嵐先輩を見ているだけでよかった……いえ、本当は。最初からあなたと話したかったけれど。俺が嫌いな俺をあなたの前に出したくなかったんです。でも、陸上部を頑張っている嵐先輩を見て。学校でいろんな人に親切に接する嵐先輩を見て。頑張り屋でやさしいのに、自分にだけは厳しいからどんどん摩耗していく、あなたを見ていくうちに。あなたのそばにいきたいと、あなたの力になりたいと、あなたの頼りになれる俺になりたいと、強く思うようになりました……本当は、もっと早く嵐先輩に会いたかったけれど」
切なく細められた瞳が、俺の左足を向く。
「嵐先輩には少しだって傷ついてほしくないし、苦しい思いもしてほしくない。思い出したくないことは、思い出さないままでいてほしい。けれど、嵐先輩がすると決めたことを、出来る限り応援できる俺でありたい。嵐先輩が俺に話したいと思ってくれたことを、俺は全部、聞きたい。俺が少しでも誇れる俺になって。少しで頼れる俺になって——特別で、大好きな、あなたの人生の同行者になりたくて。ここに来ました」
俺はしばらく言葉が出なかった。だって、思いもしかった。言われたやっと思い出したレベルの俺の何気ない行いが、ひとりの男の子をそれほどまでに突き動かしたなんて。信じがたいとさえ思ってしまうが、槐くんは低く澄んだ声言葉を、透徹とした眼差しを、俺にまっすぐと向けた。今、その身がここにあることこそが、彼の真心の証明であり保証であると言わんばかりに。
「……槐くんが、この高校に来たのも」
「はい。橘先輩に、卒業する前に一度、それからそれからOB訪問してくれたときにも改めて、嵐先輩がどこの高校に進学したか確認しました」
「そんな理由で、高校決めちゃってよかったの」
「俺にとってはそこに嵐先輩がいることが、進路決めにおける最重要事項だったので。たとえ嵐先輩が他所の街に進学していたとしても、追いかけました。勉強合宿も、萩原先輩と橘先輩が嵐先輩が参加するっていうのを話してるのを聞いて、滑り込みで応募して、ルームメイトは嵐先輩がいいと伝えました。本当は初日に中学時代の感謝も含めて全部話そう思ってたんですけど……さすがにそこまで話したら引かれるだろうなと思ったのと、間近で浴びた嵐先輩が愛しすぎて、動揺しまくってタイミングを完全に逃しました」
「……槐くんって」
「はい」
「俺のこと、ほ、本当に……好き、なんだね」
「はい、大好きです」
一切淀みのない、清々しい肯定。慈愛をたっぷりたたえた微笑み。
俺の胸はもうずっと、なにかがいっぱいに詰まって、苦しかった。
「……ずっと、どうしてそんなに俺のこと慕ってくれてるんだろう、って思ってた。今、話を聞いても正直、まだ、少し。現実味がないって感じてる。けど、でも。あのときの一年生は、槐くんは、今ここにいて……俺のことを思って、ここまで来てくれて。まっすぐに、いっぱい、愛を伝えてくれて……俺が……俺が、認めてあげあれなくなっていた俺のことも、認めてくれて。全部……全部、嬉しかった」
さっきから熱っぽく湿っぽくなっていた瞳から、ついに堪えきれない涙が溢れた。
槐くんの指先が俺の頬に伸び、拭ってくれようとした。俺はその槐くんの手を掴む。
「嵐、先輩」
驚きと、甘さが滲む声が俺を呼ぶ。
ひんやりとした槐くんの手に、すっかり火照った俺の頬をそっと押しあてて、瞼を閉じる。
「俺、槐くんが寄せてくれた気持ちに向き合いたくて。今日ずっと、自分の気持ちを考えたり、人にも相談した。恋愛感情が、どういうものか分からなくて……今でも、理解はしきれてないし、正直……槐くんがいっぱい好きだって言ってくれるから、絆されたのも、あるって思う……でも」
溢れこぼれる言葉は上手くまとまらない。けれど、俺が槐くんに抱いている、一番伝えたい思いは、定まっている。それは、経緯も、根拠も、弱い。はっきりと口にしてしまっていいのか、もっと考えて道筋を整えてから伝えるべきなのではないかという躊躇いもあった。それでも。
「槐くんに抱く愛しさは、他の誰に抱くのとも違うっていうのも、気づいて。槐くんはすごく、素敵な人で。キスも、抱きしめられるの、嫌だとは思わなくて。さっき、バレーの練習を観に行ったとき。ちょうど槐くんがスパイク打つところで、すごくかっこいいと思って。ずっと、焼き付いてて……まだ、槐くんと会って三日しかたっていないのに、俺の中にはすごくたくさん、槐くんがいて。槐くんが、いっぱい、来てくれて」
俺の心は訴えていた。どれだけ考えたところで、それ以外の名前を付けたくはないと。もうずっと、胸が苦しくてたまらなかった。今その思いを口に出さないと、爆発してしまいそうなほどに。
「俺も、槐くんのこと、好き。好きだって、槐くんに伝えたくて仕方ないこの気持ちを……俺の、初恋って、呼んでも、いいかな……」
道筋がふわふわとした俺の思いが槐くんにどう届いているか、不安だった。それでもおずおずと槐くんを槐くんの顔を見ると、槐くんはへにゃ理と眉を下げ、耳や首をすっかり赤く染めていた。
「……嵐先輩。それ、すごい口説き文句だって、気づいてますか?」
上擦り震えた声。俺の頬が触れてる指も少し震えていた。顔まわりはずいぶん熱っぽく見えるのに、その手指はいっそうひんやり冷えていた。
思えば、槐くんが俺に触れる手はいつだって冷たかった。そういう体質なのだろうかと思っていたけれど、今の槐くんを、彼の口から語られたこれまでの彼を思うと、もしかすると。俺と接するにあたって、ずっと緊張を伴っていたのだろうか。それでも槐くんは惜しみなく俺に愛を伝えてくれていたのか。
槐くんの思いを受け、胸が苦しくて堪らなくなって躊躇いを振り払い溢れる思いを口にしたばかり。なのにさらに愛しさが溢れてしまい、また胸が苦しくなる。
俺はベッドを降り、跪いたままの槐くんをぎゅうっと抱きしめた。
俺よりも大きくて、逞しい体をしている。百人いればきっと百人がかっこいいと答える、そして多くの人がその美しさに見惚れる容姿をした男の子。
俺も、槐くんのことはかっこよくて美しいと思う。でも今はそれ以上に、槐くんがかわいく思えて仕方なかった。
彼がことあるごとに俺のことをかわいいというのはこういう心情があってのことなのだろうか。そう思うとやや面映ゆいけれど、でも、理解できる気がした。なんというか、見た目だけとか振る舞いだけとかじゃない、彼を構成するそのすべてが、存在そのものが、愛しくて、愛したくてたまらなくなる感じ。
これが恋じゃなければ、きっと俺は生涯、恋をする機会はないのではないかと思う。
「槐くん。好き」
「嵐先輩」
槐くんの腕も俺の背に回されて、ぎゅうっと抱きしめてくれる。やっぱり正面から槐くんの体に温度に包まれるのは、槐くんの早くなっている鼓動を感じるのは、すごくどきどきする。先とはまた違った胸の痛みに襲われて、けれど槐くんからは離れたいとは決して思わない。
「好き、大好き……愛しています、嵐先輩。嵐先輩……」
それは言葉にしきれない思いをそれでもどうにか言葉という容器におさめて俺に必死に届けようとしてくれるようだった。俺の名前を呼ぶ声さえ、彼の重く深い愛が詰まっていて、俺は心配になる——これから俺は彼に名前を呼ばれるたびに、彼の愛を感じる。鼓動を高鳴らせ、喜びと愛しさに胸を震わせることになる。これから先、何日、何か月、何年もその愛を真正面から受け続けて、俺の心臓はもつのだろうか。
人生で思ったことも口にしたこともない、人に言えば大仰だと笑われてしまいそうな心配を俺は本気で抱く。そんなふうに、当然のように先の未来でも槐くんとともに過ごしていることを想像する自分がいる。想像させてくれる槐くんがいる。
俺と槐くんは。
中学時代に一瞬だけ交わった、同窓生。
槐くんが運命の糸を手繰り寄せてなった同室になった、ルームメイト。
五日間限りで終わりたくない、これから先もずっと、一緒にいたい人。
「俺も、槐くんの人生の同行者になりたい」
密着していた体を少し離して、槐くんとしっかりと対面して、伝える。
槐くんは花がほころぶようにそっと瞳を細めた。
「末永くよろしくお願いします」
ぼんやりしたところがある誉。自由奔放な美琴。心配を掛けられたり、振り回されたりすることも少なくなかったけれど、ふたりの世話を焼くことが、甘えられることが好きだった。
俺たちは幼稚園からずっと同じクラスだったが、小学校高学年になった頃、はじめてクラスが別々になった。
それと同時期に、双子はそれぞれ、夢中になれるものを見つけた。誉はバレーに出会い、ジュニアチームに入った。美琴は製菓をはじめとした料理にハマり、クラブ活動で料理クラブに入った。
俺がいないクラスで、コミュニティで、ふたりは上手くやっていけるのか心配だった。だが、それは杞憂に終わった。ふたりは誰とでも仲良くなれたし、望んだ道での才能も開花させていった。それに安堵して、俺の幼馴染たちは凄いんだという喜びや誇らしさもあって、けれど少し、寂しくもあった。
とひえクラスやコミュニティが分かれても、俺たちが友達で家が隣同士の幼馴染であることには変わりない。ほぼ毎日一緒に登下校していたし、昼休みに遊んだり駄弁ることもあった。
その日の放課後も、俺は幼馴染と一緒に帰るべく、まずは誉を教室まで迎えに行った。そして開け放たれた教室の入り口から、誉に声を掛けようとしたとき。
「橘ってなんで宮永とよくつるんでんの?」
誉のクラスメイトが無邪気に問うた。誉はあっさりと答える。
「幼馴染だから」
「それだけ?」
「それだけじゃ駄目なのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさぁ。橘ってお前もお前の妹も天才肌の変人って感じじゃん。てっきり宮永にもそういう一面あるのかと思ったんだけど。なんだ、ただ幼馴染なだけの普通のやつなんだ」
ちょうどその時期、誉がバレーのジュニアチームで成績を残し、美琴はスイーツコンテストで賞を取った。それらが学校で表彰されたばかりだったから、生まれた疑問だったのかもしれない。そして実際に俺は、なにをしても平凡の域を出ない〝普通のやつ〟だった。分かり切っていたことなのに、そのとき突然頭の後ろを掴まれ、顔面を現実に突きつけられたような心地がした。
世話の焼ける存在だと、俺が一緒にいてやらないと、と思っていた幼馴染たち。けれどふたりは本当は、俺よりもずっと優秀で、どんな場所でも馴染めて、輝けて。
思ってしまった。誉と美琴は俺よりずっと優秀なのに、なんでことあるごとに俺に甘えるだろうと。
テスト勉強を教えて、バレーの練習に付き合って、一緒にお菓子を作って、試合の応援に来て。それらに俺が応じなかったとしても、ふたりはきっと困ることはなかった。ふたりの新しい友達の中には俺より勉強ができる人だっているはず、バレーの練習はチームの人とした方が間違いなくいいし、お菓子作りだってそう、料理クラブの人とすればいい。試合の応援だって、俺が行ったところでなんの影響が与えられる。
なのに、ふたりが嬉々として俺に駆け寄って頼ってくるのは、幼馴染である俺に、平凡な俺に気遣ってのことなんじゃないか。俺がふたりの世話を焼くことが、甘えられることが好きだから、喜ばせようとしてくれているんじゃないか。
誉も美琴は裏表なく、他人に媚びへつらうようなこともしない。そう分かっているのに、少しでもその可能性を考えてしまった俺は、惨めな気持ちになってしまった。
思春期只中に抱いてしまったその思いは日毎に膨らんでいき、そして俺は中学入学にあわせて、ふたりから少しだけ避けるようになり、それでいてふたりと胸を張っていられる自分に、少しでも特別だと誇れる自分になるためにはじめたのが、陸上だった。小学校の運動会で、六年目だけは補欠だったものの、それでも俺はずっとリレーの選手に選抜されていた。だから、走ることの才だけはあるのかもしれないと思っていた。
だが、一年目。結果は出ず。二年目、やはり、結果は出ず。
その間にも、誉は男子バレーで活躍し学生スポーツ誌から取材され、美琴は料理コンテストに挑戦しては上位賞を受賞していく。
そして、三年目。最後の大会でどうにか少しでもいい成績を残したいと、同級生や顧問の制止も無視してオーバーワークをし続けた結果。ある日の帰路、歩道橋の階段を降りている最中、疲労のたまった重たい足が持ち上がらずに引っ掛かり、落下し、左脚を骨折した。愚かな自業自得により、俺は三年目にはついに大会に出ることすらできなかった。
それから少しの間、平凡な俺が頑張ったところで特別にはなれないんだと腐ったりもした。だが、中学三年間、俺がどれだけ避けようとしても、俺に甘えたり、陸上の応援に来てくれたり、怪我の見舞いに来てくれたり、ずっと傍に在り続けてくれた幼馴染たちに、俺は気づかされた。
なんてくだらない劣等感を抱いていたのだろう、と。誉と美琴はやっぱり裏表なく俺を慕ってくれていて、俺が特別じゃなくたってずっと傍にいてくれて、心の底から心配してくれる。なのに俺は、勝手に自分が彼らに劣っていることが悲しくなって、惨めな抵抗をして、愚かな結末を迎えた。それがひどく恥ずかしくて、三年間もぎこちない態度を取ったり避けたりしたことが申し訳なくなって、それからはもう、俺は足掻くことを辞めた。平々凡々な宮永嵐を受け入れて生きていくことにした。
私欲のために幼馴染たちを振り回し、一度たりとも花を咲かせることもなく、三年もの遠回りをしてようやくあるべき生き方を見つけた。そんなかっこわるい過去を吐露する俺の舌はときどき縺れ、ところどころつっかえた。眼窩がじんと熱くなることもあったけど、泣くのは違うだろとぐっと堪えた。
ひとしきり話し終えると、保健室内にはしばしの無音が落ちた。そうなってから、俺はなにをしているんだろう、と今更ながらに省みた。
俺の中で最も情けない中学時代を槐くんに知られていることが、嫌だった。それに加え、槐くんがその頃の俺のことも躊躇いなくかっこいいと言ってくれることが、納得できなくて。悔しくて、苛ついて、苦しくなってしまって。八つ当たりをするように自分語りをしてしまった。
俺のことをずいぶん慕ってくれている槐くんでも、さすがにこれには呆れたのではないだろか。そう思うと、彼の顔を直視できなかった。申し訳なくて、恥ずかしくて、いっそここから逃げ出したくなって、俺はベッドから腰を浮かしかける。しかし、それより先に槐くんが、俺の手を両手で掴んだ。
「嵐先輩。失礼なことを言ってもいいですか」
「な、なに……」
「嵐先輩にとっては苦い過去だとしても。それでも、嵐先輩が歩んできた足跡を、思っていることを俺に話してもらえて、嬉しいです」
おずおずと見た槐くんの瞳は、眩いものを見つめるようにやわらかく細んでいた。
「う、嬉しいって……こんなの愚痴というか、八つ当たりでしかないというか……」
「愚痴でも、八つ当たりでも、なんでも。嵐先輩から、嵐先輩のことを教えてもらえるのなら、嬉しいです。それに、やっぱり俺は、嵐先輩はかっこいいと思います。なりたいものを目指して頑張ったんだから」
「っ、でも、俺は。なににもなれなかったし。それで、誉と美琴を傷つけた」
「嵐先輩はもし他の誰かが努力をして、その結果がふるわなかったとして、かっこわるいと思いますか」
「それは……」
「嵐先輩は自分に厳しい人なんですよ。ストイックで、かっこよくて。応援したくなるし、心配にもなる。そして、伝えたくなる。あなたがとても素敵な人だってこと。それにね、先輩。あなたはもう特別を求めていないのかもしれないけれど……俺にとって嵐先輩は、中学のときからずっと、特別な人ですよ」
そうして、槐くんは低く澄んだ声で、穏やかな調子で、話し出した。
「中学一年の春。俺は背が高いという理由だけで、男子バレー部に誘われました。運動は得意じゃないし、それ以上に人見知りでコミュニケーションがものすごく苦手だったから、チームスポーツなんてできるわけがない。そう分かっていたのに、俺はその誘いを断る勇気も持てなくて、男子バレー部に入りました。そうしたら、一年の中で一番背が高いから期待されて。なのに、ちっとも活躍しないどころか、なにをしても下手くそで。周囲からはだんだん哀れみを向けられたり、慰められたりするようになって。いたたまれなくて、苦しくて、辞めたい、辞めたいと思いながらも、辞めるということを言い出す勇気も持てずにいました。それでもついに耐えかねて、今日こそは部長に辞めるって伝えようと思った、その日。俺は、その人に出会いました」
槐くんの透徹とした瞳が、俺をまっすぐに見つめる。
「二年生部員である幼馴染の忘れ物を届けに来たというその人は、俺を見て、言ったんです。「一年生だよね? 入部したての時期で大変だと思うけど、頑張ってね」って。微笑んでくれたんです。知り合いでもない、他の部活の一年生に」
俺はぽかんとした。言われてみれば、そんなやりとりをしたことがあったかもしれない。
二年の春、避けようとはしながらも俺たちはどうしようもなく幼馴染であり、世話を焼く癖は抜けきっていなかった。誉の母に頼まれるままに、俺は誉の忘れ物を届けに行った。
少しの気まずさを抱えながらも向かった体育館で、誉を呼び出す前に一年生と遭遇した。前髪で半分隠れた目はずっと下を向いていて、顔色は悪く、表情が暗い。身長は高そうなのに、その背は少し丸まっている。その子はとにかく元気がなさそうに見えた。入学したてで環境が変わったばかりの時期だから、疲れているのかもしれない。たしか、そう思って声を掛けた。少しでも励みになったらと思って。
あれが、槐くんだったのか。言われてみれば面影を感じるが、今は前髪に目が隠れてもいなければ、顔色もよく、立っているときは背筋がぴんとしていて、印象がまったく違っていた。しかし、だとしてもだ。
「一年生と顔を合わせたらそれくらい、誰だってそれくらいするよ」
「でも実際俺にそうしてくれたのは、嵐先輩だけでした。俺はそれまで、上手くいかないことがあれば、俺にはできなくて当然だって諦めてただただ落ち込むばかりでした。できるようになろうって頑張ることはしてこなかったんです。嵐先輩に応援してもらったときに、そのことに気づいて。それで、もう少しだけ、バレー頑張ってみようって思ったんです。同時に、嵐先輩のことがすごく気になって。姿を探したり目で追うようになりました」
槐くんが、俺の手の甲に唇を寄せる。やわらかな熱が触れる。
「あなたが当たり前にしてくれたことが、俺にとっては特別で。大切な、初恋になったんです」
槐くんは俺を仰ぎ、微笑んだ。
「最初は、遠くから嵐先輩を見ているだけでよかった……いえ、本当は。最初からあなたと話したかったけれど。俺が嫌いな俺をあなたの前に出したくなかったんです。でも、陸上部を頑張っている嵐先輩を見て。学校でいろんな人に親切に接する嵐先輩を見て。頑張り屋でやさしいのに、自分にだけは厳しいからどんどん摩耗していく、あなたを見ていくうちに。あなたのそばにいきたいと、あなたの力になりたいと、あなたの頼りになれる俺になりたいと、強く思うようになりました……本当は、もっと早く嵐先輩に会いたかったけれど」
切なく細められた瞳が、俺の左足を向く。
「嵐先輩には少しだって傷ついてほしくないし、苦しい思いもしてほしくない。思い出したくないことは、思い出さないままでいてほしい。けれど、嵐先輩がすると決めたことを、出来る限り応援できる俺でありたい。嵐先輩が俺に話したいと思ってくれたことを、俺は全部、聞きたい。俺が少しでも誇れる俺になって。少しで頼れる俺になって——特別で、大好きな、あなたの人生の同行者になりたくて。ここに来ました」
俺はしばらく言葉が出なかった。だって、思いもしかった。言われたやっと思い出したレベルの俺の何気ない行いが、ひとりの男の子をそれほどまでに突き動かしたなんて。信じがたいとさえ思ってしまうが、槐くんは低く澄んだ声言葉を、透徹とした眼差しを、俺にまっすぐと向けた。今、その身がここにあることこそが、彼の真心の証明であり保証であると言わんばかりに。
「……槐くんが、この高校に来たのも」
「はい。橘先輩に、卒業する前に一度、それからそれからOB訪問してくれたときにも改めて、嵐先輩がどこの高校に進学したか確認しました」
「そんな理由で、高校決めちゃってよかったの」
「俺にとってはそこに嵐先輩がいることが、進路決めにおける最重要事項だったので。たとえ嵐先輩が他所の街に進学していたとしても、追いかけました。勉強合宿も、萩原先輩と橘先輩が嵐先輩が参加するっていうのを話してるのを聞いて、滑り込みで応募して、ルームメイトは嵐先輩がいいと伝えました。本当は初日に中学時代の感謝も含めて全部話そう思ってたんですけど……さすがにそこまで話したら引かれるだろうなと思ったのと、間近で浴びた嵐先輩が愛しすぎて、動揺しまくってタイミングを完全に逃しました」
「……槐くんって」
「はい」
「俺のこと、ほ、本当に……好き、なんだね」
「はい、大好きです」
一切淀みのない、清々しい肯定。慈愛をたっぷりたたえた微笑み。
俺の胸はもうずっと、なにかがいっぱいに詰まって、苦しかった。
「……ずっと、どうしてそんなに俺のこと慕ってくれてるんだろう、って思ってた。今、話を聞いても正直、まだ、少し。現実味がないって感じてる。けど、でも。あのときの一年生は、槐くんは、今ここにいて……俺のことを思って、ここまで来てくれて。まっすぐに、いっぱい、愛を伝えてくれて……俺が……俺が、認めてあげあれなくなっていた俺のことも、認めてくれて。全部……全部、嬉しかった」
さっきから熱っぽく湿っぽくなっていた瞳から、ついに堪えきれない涙が溢れた。
槐くんの指先が俺の頬に伸び、拭ってくれようとした。俺はその槐くんの手を掴む。
「嵐、先輩」
驚きと、甘さが滲む声が俺を呼ぶ。
ひんやりとした槐くんの手に、すっかり火照った俺の頬をそっと押しあてて、瞼を閉じる。
「俺、槐くんが寄せてくれた気持ちに向き合いたくて。今日ずっと、自分の気持ちを考えたり、人にも相談した。恋愛感情が、どういうものか分からなくて……今でも、理解はしきれてないし、正直……槐くんがいっぱい好きだって言ってくれるから、絆されたのも、あるって思う……でも」
溢れこぼれる言葉は上手くまとまらない。けれど、俺が槐くんに抱いている、一番伝えたい思いは、定まっている。それは、経緯も、根拠も、弱い。はっきりと口にしてしまっていいのか、もっと考えて道筋を整えてから伝えるべきなのではないかという躊躇いもあった。それでも。
「槐くんに抱く愛しさは、他の誰に抱くのとも違うっていうのも、気づいて。槐くんはすごく、素敵な人で。キスも、抱きしめられるの、嫌だとは思わなくて。さっき、バレーの練習を観に行ったとき。ちょうど槐くんがスパイク打つところで、すごくかっこいいと思って。ずっと、焼き付いてて……まだ、槐くんと会って三日しかたっていないのに、俺の中にはすごくたくさん、槐くんがいて。槐くんが、いっぱい、来てくれて」
俺の心は訴えていた。どれだけ考えたところで、それ以外の名前を付けたくはないと。もうずっと、胸が苦しくてたまらなかった。今その思いを口に出さないと、爆発してしまいそうなほどに。
「俺も、槐くんのこと、好き。好きだって、槐くんに伝えたくて仕方ないこの気持ちを……俺の、初恋って、呼んでも、いいかな……」
道筋がふわふわとした俺の思いが槐くんにどう届いているか、不安だった。それでもおずおずと槐くんを槐くんの顔を見ると、槐くんはへにゃ理と眉を下げ、耳や首をすっかり赤く染めていた。
「……嵐先輩。それ、すごい口説き文句だって、気づいてますか?」
上擦り震えた声。俺の頬が触れてる指も少し震えていた。顔まわりはずいぶん熱っぽく見えるのに、その手指はいっそうひんやり冷えていた。
思えば、槐くんが俺に触れる手はいつだって冷たかった。そういう体質なのだろうかと思っていたけれど、今の槐くんを、彼の口から語られたこれまでの彼を思うと、もしかすると。俺と接するにあたって、ずっと緊張を伴っていたのだろうか。それでも槐くんは惜しみなく俺に愛を伝えてくれていたのか。
槐くんの思いを受け、胸が苦しくて堪らなくなって躊躇いを振り払い溢れる思いを口にしたばかり。なのにさらに愛しさが溢れてしまい、また胸が苦しくなる。
俺はベッドを降り、跪いたままの槐くんをぎゅうっと抱きしめた。
俺よりも大きくて、逞しい体をしている。百人いればきっと百人がかっこいいと答える、そして多くの人がその美しさに見惚れる容姿をした男の子。
俺も、槐くんのことはかっこよくて美しいと思う。でも今はそれ以上に、槐くんがかわいく思えて仕方なかった。
彼がことあるごとに俺のことをかわいいというのはこういう心情があってのことなのだろうか。そう思うとやや面映ゆいけれど、でも、理解できる気がした。なんというか、見た目だけとか振る舞いだけとかじゃない、彼を構成するそのすべてが、存在そのものが、愛しくて、愛したくてたまらなくなる感じ。
これが恋じゃなければ、きっと俺は生涯、恋をする機会はないのではないかと思う。
「槐くん。好き」
「嵐先輩」
槐くんの腕も俺の背に回されて、ぎゅうっと抱きしめてくれる。やっぱり正面から槐くんの体に温度に包まれるのは、槐くんの早くなっている鼓動を感じるのは、すごくどきどきする。先とはまた違った胸の痛みに襲われて、けれど槐くんからは離れたいとは決して思わない。
「好き、大好き……愛しています、嵐先輩。嵐先輩……」
それは言葉にしきれない思いをそれでもどうにか言葉という容器におさめて俺に必死に届けようとしてくれるようだった。俺の名前を呼ぶ声さえ、彼の重く深い愛が詰まっていて、俺は心配になる——これから俺は彼に名前を呼ばれるたびに、彼の愛を感じる。鼓動を高鳴らせ、喜びと愛しさに胸を震わせることになる。これから先、何日、何か月、何年もその愛を真正面から受け続けて、俺の心臓はもつのだろうか。
人生で思ったことも口にしたこともない、人に言えば大仰だと笑われてしまいそうな心配を俺は本気で抱く。そんなふうに、当然のように先の未来でも槐くんとともに過ごしていることを想像する自分がいる。想像させてくれる槐くんがいる。
俺と槐くんは。
中学時代に一瞬だけ交わった、同窓生。
槐くんが運命の糸を手繰り寄せてなった同室になった、ルームメイト。
五日間限りで終わりたくない、これから先もずっと、一緒にいたい人。
「俺も、槐くんの人生の同行者になりたい」
密着していた体を少し離して、槐くんとしっかりと対面して、伝える。
槐くんは花がほころぶようにそっと瞳を細めた。
「末永くよろしくお願いします」
