ゴールデンウィーク——年度が切り替わり、新たな環境に身を投じ揉まれた人々をはじめとした多くの者が待ち焦がれ歓迎する華の連休に、我が校では毎年〝一、二学年交流勉強合宿〟が開催される。
日中はいつも通り校舎で学年ごとに授業を受け、それ以外の時間は全寮制だった頃の名残である寮施設で生活をする。必ず一、二年混合の部屋割りとなり、勉強を教え合ったり寝食を共にすることで、学力と縦の交流強化をはかる……といったようなことが合宿参加用紙に記されていた。
かつては全員参加だったらしいが、学生にとっても貴重である休日を強制的に奪われることへの不満は当然に多かったらしく、九日間だった会期が五日間に短縮されたり、参加が希望制に変わったのはここ数年のこと。
俺は一年時は不参加で、今年も参加する気はなかったのだが「うちのクラスの参加者が一番少なくて……」と担任に泣きつかれてしまい、仕方なく受けることにした。
勉強合宿初日。日中の授業を終えた夕方、俺は勉強道具と五日分の宿泊荷物を詰めたリュックを背に、割り振られた寮部屋「105号室」の前に立っていた。
ドアに手を掛けてから、かれこれ数十秒。通り過ぎる他の生徒からちらちらと怪訝な視線が向けられる。クラスメイトから「宮永どしたん?」と声を掛けられ「心の準備中……」と答えたら笑われた。
各寮部屋はふたり一組での生活を想定した作りになっている。そのうえで必ず一、二年が混合した部屋割りとなる……つまり、部活に所属していない俺は必然的に、初対面の一年生とふたりきりで今日から五日間を共に過ごすこととなる。
だから、かなり、だいぶ、緊張していた。
今日は一年生の方が授業が一単位少なく、先に部屋の中にいるはず——相手はこの間まで中学生だった子。俺も緊張しているけれど、あっちの方が不安も多いはず。やさしく接する、怖がらせない。よし、よし……。
そんなことをもう何度も繰り返し心の中で唱えていた。別に他人に対して辺りが強いタイプではないのだけれど、五日間も共に過ごすのなら可能な限り親睦を深め円滑なコミュニケーションを取れるようになりたい。それに年上として、少しでも頼りに思われたいというちょっとした矜持もある。
さらにも一周唱えてから、ドアの前に二名分張られた名札を再確認し、いよいよ部屋のドアを開けた。
きぃ、と軋んだ音が立つ。
左右それぞれの壁際にベッドが、中央にローテーブルが一台置かれた部屋。右手側のベッドに横たわっていた男子が、弄っていたスマホからこちらに顔を覗かせる。それがずいぶんと整った顔立ちをしていて、少しぎょっとした。にこりともしていないのに、甘さと爽やかさが滲み出ている感じ。すっごいモテてそう、なんてつい下世話な考えが過ってしまう。
「こんばんは。二年の宮永嵐です」
つとめてにこやかに挨拶をする俺に、男子はとベッドから起き上がりながら答えた。
「……一年の、黒木です。黒木、えんじゅ」
「今日からよろしくね、黒木くん」
「はい」
「……」
「……」
会話が終了した。
俺は背に少し嫌な汗がにじむのを感じながら、左の方のベッドに寄りつつ、授業中に考えていた話題デッキを脳裏から取り出そうとした——のだけれど。
黒木くんはまたスマホを弄りはじめてしまう。
あー……ここで執拗に話しかけたら面倒くさい先輩って思われちゃうかなぁ……。
俺は何度か口を開けては閉じてを繰り返してから、結局大人しく荷解きをはじめた。
親睦を深めよう作戦、しょっぱなから失敗。幸先の悪さにちょっぴりしょぼくれる。
けれど、挽回のチャンスはある。
夕食後に一時間、自習時間が設けられている。合宿授業で課題は出ないが、ゴールデンウィーク課題は全生徒共通で出されているから、それを片付けるための時間だ。そしてここで、同室となった一、二年は膝をつき合わせて勉強をすることになる。
一年生は新たなことを学びはじめている時期、躓くこともきっと少なくないはず。
俺は胸を張れるほど勉強が得意なわけではないが、不得手でもない。黒木くんの筆が止まるタイミングを見計らって声を掛け教えられたら、コミュニケーションも取れるし、頼りがいも感じてもらえるかもしれない、まさに一石二鳥。
次こそ頑張るぞ、と俺は心の中でぐっとこぶしを握り締めて、とりあえず夕食までの時間は、初対面の相手との無言の気まずさを誤魔化すために、できるだけゆっくり荷解きした。
そして訪れた、自習時間。
俺と黒木くんは中央のローテーブルで向き合った。
黒木くんが机上に広げたのは、数学のプリント集。合わせたのを勘づかれないようにさりげなく俺も数学のプリントを取り出した。
俺は自分の課題を進めつつ、ちらちらと黒木くんの様子を窺う。黒木くんのシャーペンは無駄なく滑らかに動き、その手はほとんど止まらない。さらさらと計算式を記しては回答を埋めていく。たまに一、二秒止まることはあっても、すぐに再開される。
黒木くんが解いた問題のひとつを俺もこっそりといて見ると、ちゃんと正解っぽかった。もしかして、めちゃくちゃ勉強できる子なのか……?
動揺している間に黒木くんは数学のプリントを二枚片付け、気分を切り替えるためにか今度は英語のテキストを取り出した。それも俺が教える間もなくさらさらと解かれていき、あっという間に数ページ片付く。
「……あの」
いっそ華麗なまでの課題捌きに見惚れていると、突然黒木くんの方から声を掛けられた。俺はちょっぴりびっくりするも、もしかしてついに分からない問題が出てきたのか、教えられるか、とちょっと期待する。
「な、なに、黒木くん」
「先輩、手止まってますけど。その問題、難しいんですか」
涼やかな声が、淡々と問うてくる。黒木くんの様子を窺うあまり、すっかり俺の手は止まっていて、俺の方が躓いていると思わてしまった。
恥ずかしさに頬がほうっと熱を持つ。俺は食いつくように課題に視線を向けた。
「いや、ちょっとぼうっとしてただけ! これくらいすぐ解けるから!」
そして問題文に目を通すも、同様と焦りで内容がちっとも頭に入ってこない。
ため息がひとつ、聞こえた。
次いで、黒木くんはベッド上に置いていたスマホを手に取ると、凄まじい速度で指を動かしはじめた。
な、なに。急に。
急な行動に俺は慄く。先のため息と合わせると……同室の先輩が情けない件について発信している、とか。
こんなクールイケメン男子がそんなことするか……? いやクールイケメン男子じゃなくたって、本人の目の前で堂々と悪口をしたためる人間なんてそうそういないだろう。とは、思うが。俺は黒木くんがどういった人間なのかまったく知らない。
それに、俺の情けない振る舞いののちに、黒木くんがため息をついたのちに、この行動。可能性がゼロとも言い切れなかった。
「……なに、してるの?」
おずおずと尋ねると、黒木くんの指がぴたりと固まった。
スマホから顔を上げた黒木くんは俺を見て、少し、眉を下げた。
「……すみません。ちょっと、我慢できなくて」
我慢できなくて。嫌な予感が現実味を帯びてきて、変な汗が止まらない——。
「AIアプリに相談してました。ルームメイトの口説き方を」
「……ん?」
十六年生きてきた中で最も「ぽかん」という言葉がぴったりだと感じるほどに俺はぽかんとした。
「態度、悪かったですよね。先輩が部屋にやってきたときも。すみません」
「いや、あの……ん? ルームメイトの口説き方って言った?」
「はい、言いました」
「ルームメイトって……」
「先輩です」
「えっと、それだと、なんか、黒木くんが俺を口説きたいと思っているように聞こえちゃうんだけど」
なにを言ってるんだ、と自分でも思いながら口にしたのだが、黒木くんは一切の躊躇なくこくりと頷いた。
「はい、そう言ってます。ただ、先輩を前にするとかわいすぎて語彙が溶けてしまうので」
「かわいすぎて……?」
「部屋にやってくるなり元気に挨拶してくれたり、俺との会話が続かなくて凹んだり、俺が課題で困っていないかちらちら気に掛けてくれたり、それで自分の手は止まっていたり。すごく、かわいいです」
並べ立てられる空回りと失敗に揶揄われているのだろうか、と思ったが、黒木くんは真顔だ。
だとしても、俺はどう受け止めどんな言葉を返していいのかちっとも分らなくて困惑する。
「嵐先輩」
「は、はい」
「って、呼んでもいいですか」
「あ、うん。ど、どうぞ?」
「俺のことも、名前で呼んでくれると嬉しいです」
「えんじゅくん、だっけ」
「覚えてもらえて光栄です。漢字はこう書きます」
黒木くんはノートを取り出すとシャーペンを持ち、文字を記す。課題を解くときよりもずっとゆっくりに、黒木槐、と。
それから黒木くんは、漢字を記した部分を千切ると、俺の方に差し出してきた。
「名刺代わりに受け取ってください」
さっきからなんとなく感じていたが、どこか天然なところがあるというか、不思議な雰囲気がある子だ。名前を書いたノートの切れ端を名刺代わりになんて渡されたのは当然にはじめてで、なんだか面白くて俺は笑ってしまいそうになる。
「嵐先輩も、ここに名前書いてくれませんか」
「俺はそんなに難しい漢字じゃないけど」
指定された黒木くんのノートの上にシャーペンの先を滑らせ、宮永嵐、と書く。
黒木くんは俺が書いた名前に、そっと指先を添わせ、瞳を細めた——それからなんと、ノートのそのページを丸々一枚破ってしまった。
「学校のノートそんなに破っちゃっていいの!?」
「家宝にするので」
家宝って。
本当にさっきから言い回しが独特というかなんというか。
「本当は、嵐先輩がこの部屋に来てすぐに言いたかったんですけど……俺、嵐先輩と同室になれて、すごく嬉しいです。今日からよろしくお願いします」
そう言っ、黒木くんはそっと微笑む。
勉強合宿初日。ルームメイトになったクールイケメン後輩男子が、なぜか俺にものすごく懐いてくれた。
マジで、なんで?
日中はいつも通り校舎で学年ごとに授業を受け、それ以外の時間は全寮制だった頃の名残である寮施設で生活をする。必ず一、二年混合の部屋割りとなり、勉強を教え合ったり寝食を共にすることで、学力と縦の交流強化をはかる……といったようなことが合宿参加用紙に記されていた。
かつては全員参加だったらしいが、学生にとっても貴重である休日を強制的に奪われることへの不満は当然に多かったらしく、九日間だった会期が五日間に短縮されたり、参加が希望制に変わったのはここ数年のこと。
俺は一年時は不参加で、今年も参加する気はなかったのだが「うちのクラスの参加者が一番少なくて……」と担任に泣きつかれてしまい、仕方なく受けることにした。
勉強合宿初日。日中の授業を終えた夕方、俺は勉強道具と五日分の宿泊荷物を詰めたリュックを背に、割り振られた寮部屋「105号室」の前に立っていた。
ドアに手を掛けてから、かれこれ数十秒。通り過ぎる他の生徒からちらちらと怪訝な視線が向けられる。クラスメイトから「宮永どしたん?」と声を掛けられ「心の準備中……」と答えたら笑われた。
各寮部屋はふたり一組での生活を想定した作りになっている。そのうえで必ず一、二年が混合した部屋割りとなる……つまり、部活に所属していない俺は必然的に、初対面の一年生とふたりきりで今日から五日間を共に過ごすこととなる。
だから、かなり、だいぶ、緊張していた。
今日は一年生の方が授業が一単位少なく、先に部屋の中にいるはず——相手はこの間まで中学生だった子。俺も緊張しているけれど、あっちの方が不安も多いはず。やさしく接する、怖がらせない。よし、よし……。
そんなことをもう何度も繰り返し心の中で唱えていた。別に他人に対して辺りが強いタイプではないのだけれど、五日間も共に過ごすのなら可能な限り親睦を深め円滑なコミュニケーションを取れるようになりたい。それに年上として、少しでも頼りに思われたいというちょっとした矜持もある。
さらにも一周唱えてから、ドアの前に二名分張られた名札を再確認し、いよいよ部屋のドアを開けた。
きぃ、と軋んだ音が立つ。
左右それぞれの壁際にベッドが、中央にローテーブルが一台置かれた部屋。右手側のベッドに横たわっていた男子が、弄っていたスマホからこちらに顔を覗かせる。それがずいぶんと整った顔立ちをしていて、少しぎょっとした。にこりともしていないのに、甘さと爽やかさが滲み出ている感じ。すっごいモテてそう、なんてつい下世話な考えが過ってしまう。
「こんばんは。二年の宮永嵐です」
つとめてにこやかに挨拶をする俺に、男子はとベッドから起き上がりながら答えた。
「……一年の、黒木です。黒木、えんじゅ」
「今日からよろしくね、黒木くん」
「はい」
「……」
「……」
会話が終了した。
俺は背に少し嫌な汗がにじむのを感じながら、左の方のベッドに寄りつつ、授業中に考えていた話題デッキを脳裏から取り出そうとした——のだけれど。
黒木くんはまたスマホを弄りはじめてしまう。
あー……ここで執拗に話しかけたら面倒くさい先輩って思われちゃうかなぁ……。
俺は何度か口を開けては閉じてを繰り返してから、結局大人しく荷解きをはじめた。
親睦を深めよう作戦、しょっぱなから失敗。幸先の悪さにちょっぴりしょぼくれる。
けれど、挽回のチャンスはある。
夕食後に一時間、自習時間が設けられている。合宿授業で課題は出ないが、ゴールデンウィーク課題は全生徒共通で出されているから、それを片付けるための時間だ。そしてここで、同室となった一、二年は膝をつき合わせて勉強をすることになる。
一年生は新たなことを学びはじめている時期、躓くこともきっと少なくないはず。
俺は胸を張れるほど勉強が得意なわけではないが、不得手でもない。黒木くんの筆が止まるタイミングを見計らって声を掛け教えられたら、コミュニケーションも取れるし、頼りがいも感じてもらえるかもしれない、まさに一石二鳥。
次こそ頑張るぞ、と俺は心の中でぐっとこぶしを握り締めて、とりあえず夕食までの時間は、初対面の相手との無言の気まずさを誤魔化すために、できるだけゆっくり荷解きした。
そして訪れた、自習時間。
俺と黒木くんは中央のローテーブルで向き合った。
黒木くんが机上に広げたのは、数学のプリント集。合わせたのを勘づかれないようにさりげなく俺も数学のプリントを取り出した。
俺は自分の課題を進めつつ、ちらちらと黒木くんの様子を窺う。黒木くんのシャーペンは無駄なく滑らかに動き、その手はほとんど止まらない。さらさらと計算式を記しては回答を埋めていく。たまに一、二秒止まることはあっても、すぐに再開される。
黒木くんが解いた問題のひとつを俺もこっそりといて見ると、ちゃんと正解っぽかった。もしかして、めちゃくちゃ勉強できる子なのか……?
動揺している間に黒木くんは数学のプリントを二枚片付け、気分を切り替えるためにか今度は英語のテキストを取り出した。それも俺が教える間もなくさらさらと解かれていき、あっという間に数ページ片付く。
「……あの」
いっそ華麗なまでの課題捌きに見惚れていると、突然黒木くんの方から声を掛けられた。俺はちょっぴりびっくりするも、もしかしてついに分からない問題が出てきたのか、教えられるか、とちょっと期待する。
「な、なに、黒木くん」
「先輩、手止まってますけど。その問題、難しいんですか」
涼やかな声が、淡々と問うてくる。黒木くんの様子を窺うあまり、すっかり俺の手は止まっていて、俺の方が躓いていると思わてしまった。
恥ずかしさに頬がほうっと熱を持つ。俺は食いつくように課題に視線を向けた。
「いや、ちょっとぼうっとしてただけ! これくらいすぐ解けるから!」
そして問題文に目を通すも、同様と焦りで内容がちっとも頭に入ってこない。
ため息がひとつ、聞こえた。
次いで、黒木くんはベッド上に置いていたスマホを手に取ると、凄まじい速度で指を動かしはじめた。
な、なに。急に。
急な行動に俺は慄く。先のため息と合わせると……同室の先輩が情けない件について発信している、とか。
こんなクールイケメン男子がそんなことするか……? いやクールイケメン男子じゃなくたって、本人の目の前で堂々と悪口をしたためる人間なんてそうそういないだろう。とは、思うが。俺は黒木くんがどういった人間なのかまったく知らない。
それに、俺の情けない振る舞いののちに、黒木くんがため息をついたのちに、この行動。可能性がゼロとも言い切れなかった。
「……なに、してるの?」
おずおずと尋ねると、黒木くんの指がぴたりと固まった。
スマホから顔を上げた黒木くんは俺を見て、少し、眉を下げた。
「……すみません。ちょっと、我慢できなくて」
我慢できなくて。嫌な予感が現実味を帯びてきて、変な汗が止まらない——。
「AIアプリに相談してました。ルームメイトの口説き方を」
「……ん?」
十六年生きてきた中で最も「ぽかん」という言葉がぴったりだと感じるほどに俺はぽかんとした。
「態度、悪かったですよね。先輩が部屋にやってきたときも。すみません」
「いや、あの……ん? ルームメイトの口説き方って言った?」
「はい、言いました」
「ルームメイトって……」
「先輩です」
「えっと、それだと、なんか、黒木くんが俺を口説きたいと思っているように聞こえちゃうんだけど」
なにを言ってるんだ、と自分でも思いながら口にしたのだが、黒木くんは一切の躊躇なくこくりと頷いた。
「はい、そう言ってます。ただ、先輩を前にするとかわいすぎて語彙が溶けてしまうので」
「かわいすぎて……?」
「部屋にやってくるなり元気に挨拶してくれたり、俺との会話が続かなくて凹んだり、俺が課題で困っていないかちらちら気に掛けてくれたり、それで自分の手は止まっていたり。すごく、かわいいです」
並べ立てられる空回りと失敗に揶揄われているのだろうか、と思ったが、黒木くんは真顔だ。
だとしても、俺はどう受け止めどんな言葉を返していいのかちっとも分らなくて困惑する。
「嵐先輩」
「は、はい」
「って、呼んでもいいですか」
「あ、うん。ど、どうぞ?」
「俺のことも、名前で呼んでくれると嬉しいです」
「えんじゅくん、だっけ」
「覚えてもらえて光栄です。漢字はこう書きます」
黒木くんはノートを取り出すとシャーペンを持ち、文字を記す。課題を解くときよりもずっとゆっくりに、黒木槐、と。
それから黒木くんは、漢字を記した部分を千切ると、俺の方に差し出してきた。
「名刺代わりに受け取ってください」
さっきからなんとなく感じていたが、どこか天然なところがあるというか、不思議な雰囲気がある子だ。名前を書いたノートの切れ端を名刺代わりになんて渡されたのは当然にはじめてで、なんだか面白くて俺は笑ってしまいそうになる。
「嵐先輩も、ここに名前書いてくれませんか」
「俺はそんなに難しい漢字じゃないけど」
指定された黒木くんのノートの上にシャーペンの先を滑らせ、宮永嵐、と書く。
黒木くんは俺が書いた名前に、そっと指先を添わせ、瞳を細めた——それからなんと、ノートのそのページを丸々一枚破ってしまった。
「学校のノートそんなに破っちゃっていいの!?」
「家宝にするので」
家宝って。
本当にさっきから言い回しが独特というかなんというか。
「本当は、嵐先輩がこの部屋に来てすぐに言いたかったんですけど……俺、嵐先輩と同室になれて、すごく嬉しいです。今日からよろしくお願いします」
そう言っ、黒木くんはそっと微笑む。
勉強合宿初日。ルームメイトになったクールイケメン後輩男子が、なぜか俺にものすごく懐いてくれた。
マジで、なんで?
