春が好きだよね?

 春の風が吹いた。
 桜の花びらが宙を舞う。行き先を目で追っていると、靴の紐がほどけているのに気がついた。
 俺は端に避けてしゃがみ、靴の紐を結び直す。
 今日は高校の入学式。
 新生活が始まるのだから気を引き締めていこう。
 立ちあがろうとした瞬間、誰かに蹴飛ばされて重たい何かが背中にのしかかる。 
「すいません」
 暗い声が謝りながら、遠ざかっていく。
 どうやら、この声の主が俺の背中に倒れ込んでいたらしい。
「大丈夫ですけど」
 重みがなくなってから、ゆっくりと立ち上がって、相手の顔を見た。
 長い前髪が顔の半分を占めていて目が見えない。
 こんなんだから前がよく見えてなくて、俺にぶつかったのではないだろうか。
 さっきまでは何とも思っていなかったのに、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「本当にすいませんでした」
 俺の怒りが伝わったのか、相手は頭を深々と下げて、立ち去ろうとする。
「ちょっと待って」
 引き止められるとは思っていなかったらしく、挙動不審な動きをして、なんですかと見えない瞳で俺を訴えている。
 そいつに近づくと、あからさまに嫌な反応をしたが、その場を離れたりはしなかった。
 どんな顔のやつか見てやる。
 それは憎むような感情で、俺より少し背の高いそいつの前髪をかき分けた。
 また春の風が吹いて、桜の花びらが俺たちの周りを踊りだし、視界を奪われる。
 風が止んで目を開くと、そいつのはっきりとした眉毛とタレ目があらわになっており、口元にあるほくろと相まって、アンニュイさが際立っている。
「かっこいい」
 別に男が好きなわけではない。
 なのに、かっこいいという言葉が口から溢れた。
 意識して言ったのではない。無意識だった。
 そいつの顔を見て、どうするつもりだったかと問われたら、特に決めていなかったけど、褒めるつもりは一切なかった。
 そいつもかっこいいと言われるとは思っていなかったようで、たじろぎ視線をあっちこっちにしている。
 この場をどう収めたらいいのか分からなくなり、俺も明後日の方を見ながら、
「お兄さんかっこいいんで、前髪ない方がいいですよ」
 と言って、逃げるように校舎に向かった。
 入り口にはクラス分けが掲示されており、たくさんの人で溢れていた。
 そいつとは同じクラスにはならなかったようで、入学式式以来見ていない。