男子校の“姫”が俺にだけメロい

 姫宮と挑んだ現地調査(脱出ゲーム)の甲斐もあり、文化祭で俺たちのクラスがやることになった劇・“傾国の姫に異世界転生!~ホラーゲームは苦手なのになぜか無双してます~”の準備は順調に進んでいた。……が。
「……よし、出来た。これで準備はバッチリだ!」
「頼んだぞっ、劇のクオリティはみくりんの交渉にかかっている!」
 授業の合間の休み時間。トイレから戻った俺は、黒板のすぐ前の席に座る姫宮を月島たちが囲んでいるところを見つけた。
「何をしているんだ?」
「見てくれ猪狩っ、みくりんの姫度が上がった!」
「はあ……?」
 例のごとく訳の分からないことを言う月島に首を傾げながら姫宮の方を見る。
 地毛と同系色で肩までの長さのストレートヘアのウィッグを被っていて、化粧までしているわけではないが……それでもじゅうぶんに可憐な雰囲気を(かも)し出している。
「ウィッグ良いだろ?演劇部から借りて来たんだー」
「似合ってるとは思うがどうしてこんなことを?」
「劇に使う小道具買う予算が足りなくて、生徒会に予算交渉行かなきゃなんだけどさぁ……うちの生徒会長めっちゃ怖いじゃん?」
「猪狩よりデカいしな、あの人」
 俺の問いに答えた月島に続き、他のクラスメイトがうんうんと頷いている。
「しかし我々は、ある(すじ)から生徒会長は無類の可愛いもの好きだという情報を入手した!」
「うちのクラスには可愛いの代名詞・姫宮 美来璃がいる。つまりどういうことか分かるね、猪狩くん」
 正直まったくもって分からないが、時間が限られているので余計なことは言わずに結論を待つ。
「そうっ。みくりんの可愛さを最大限引き出し、生徒会長にぶつける!」
「名付けて“柔よく剛を制す大作戦”!発案者の月島に拍手!!」
 そんな声を皮切りに、教室内に響き渡る熱い拍手。中心にいる姫宮はさっきから一言も発していないが大丈夫だろうか……ともう一度視線をやれば、私服の時ですら見たことない形相で机を睨んでいた。
「大人しくしてればつけ上がりやがって……月島ァ……」
 拍手の音に混ざって偶然聞こえてしまった地を這うようなつぶやきは、知らないふりをしておこう。
 ──さすがに姫宮に負担をかけ過ぎだ。
 ──俺に出来ることはないだろうか。
 見た目のイメージだけで厄介ごとを押し付けられる辛さは俺が一番分かっているつもりだ。これまで姫宮には幾度となく励まされ、ずっと欲しかった『可愛い』という言葉ももらえた。今度は俺が力になりたい。
 何をしようか具体的に考え始めたところで、俺が戻って来たことに気づいたらしい姫宮と目が合う。瞬間、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せられ──柄にもなく胸が弾んだ。


◇◇

 
 生徒会への相談は学校の公式アプリから予約出来ると知ってはいたが、実際に利用したのは初めてだ。放課後で周りはざわついているのに生徒会室の前だけは妙に静かで、ドアをノックすると「どうぞ」と落ち着いた声が響く。
「失礼します。二年三組の猪狩です」
「予約をくれた猪狩くんか」
 中に入った俺を奥の机から立ち上がって迎えてくれたのは生徒会長の水瀬(みなせ)先輩。身長は俺より五センチほど高いが細身でモデルのようなスタイルをしており、綺麗な顔立ちとサラサラな髪はどことなく姫宮に似ている。集会などで見た時の物腰柔らかなイメージはこうして対面した今も変わらなかった。
「あの、文化祭でやる劇に使う予算のことで……」
「そちらに腰かけてくれ。今日は会計担当の役員が不在なので私が受け付けよう」
「は、はい」
 水瀬会長に促され、来客用と思われるソファーにおずおずと座る。可愛いもの好きという情報は本当らしく、さっきまで彼がいた机には小動物系キャラクターのアクリルスタンドやぬいぐるみが並んでいた。
「──と、言うわけで……こことここを削ったとしても小道具に予算を回せなくて」
「なるほど」
 事前に用意した用紙を見せながら向かい側に座る水瀬会長に申請内容を説明すると、思いの(ほか)真面目に聞いてくれている。
「分かりやすい申請書だ。説明も隙がなく要点を押さえている」
「ありがとうございます」
 昼休み返上で、月島たちに邪魔されないよう隠れながら考えた甲斐があった。
「猪狩くんのクラスには可愛いと評判の姫宮くんがいたな。騒動の発端にならないよう警戒していたが……君がいれば安心だ」
 “姫宮”。
 水瀬会長からその名前が出ただけで肩が跳ねる。いつから俺は、こんなに意識するようになったんだろう。
「……姫宮自身、すごくしっかりしてますから。頼りになる友達です」
「そうか」
 会長は目を細めて頷くと、俺が書いた申請書を手元に引き寄せる。
「今すぐ判断は出来ないが……明日中に必ず返事をする」
「よろしくお願いします」
 立ち上がった水瀬会長と同じようにし、さらに深く頭を下げれば柔らかい笑みが返ってきた。
 生徒会室を出た後、俺は廊下で一度大きく息を吐く。
「……よし」
 スマホを取り出し、グループメッセージに予算の申請をして結果待ちのことだけ送っておいた。
 ──これで少しは、姫宮の助けになれたはずだ。
 生徒会室に入る時点で鞄は持っていた。今日はこのままバイトなので、教室には寄らずに昇降口を目指して歩く。
 ──水瀬会長も優しい人だった。
 姫宮がリアルで“傾国の姫”扱いされていたのだけ気になったけど、本人には言わないでおこう。なんてスマホを学ランのポケットにしまった瞬間、メッセージを知らせて小刻みに震えたが……バイトに急ぐ俺は確認する余裕がなかった。

 
◇◇

 
 きのう予算の相談について『明日中には必ず』と答えていた水瀬会長は今日、朝一番に俺のクラスまで来てくれた。
「おはよう、猪狩くん」
「会長……おはようございます」
 申請書を手にした会長と、教室の外側から呼び出され駆け付けた俺を、月島たちが遠目で見守っている。
「他役員との審議の結果、君たちの希望通りの予算で承認されたよ」
「ほ、ほんとですか。ありがとうございます……!」
「猪狩くんの説明が良かったからな。私も君たちの劇を楽しみにしている」
 俺の反応から結果を察し小さく沸き立っているクラスメイトたちを横目にわざわざここまで来てくれた水瀬会長を見送ろうとするけど、一向に動く気配がない。
「──申請書を見て気づいたが」
「はい……?」
「猪狩くんの下の名前は雄一だったな」
「そう、ですが」
「俺も“ゆういち”なんだ。漢字は違うが」
 そこまで言うと、少し眉を下げて笑う水瀬会長。
「君にとってはどうでも良いだろうが、嬉しくなってしまって」
「どっ、どうでも良いなんてそんな。会長と共通点があって嬉しいです」
「ありがとう、また何かあったら相談に来てくれ。雄一くんなら予約なしでも応じよう」
「……!」
 突然の名前呼びに俺が面食らってる間に、水瀬会長はさっと踵を返して去っていく。
 ──よ、よく分からないが認めてもらえたみたいだ。
 ──とにかく、これで今後クラスのみんな……特に姫宮の負担が減る。
『頑張ってくれたんだね。ありがとう猪狩くん』
 俺が予算交渉を成功させたと知らせた時の姫宮を想像するだけで、自然と顔がにやける。
 
 ……会長とのやり取りを、後から登校してきた姫宮がどんな顔で見ていたか──この時の俺は気づかなかった。


◇◇

 
「猪狩くん」
 昼休み。いつものように自分の席に昼食を広げた俺の前に、姫宮が近くの机をくっつけてくる。
「お……僕も一緒に食べて良い?」
「姫宮。もちろん良いが……珍しいな、いつもは外で一人で食べてるのに」
「たまにはね」
 一度“姫”と扱われると引っ込みがつかなくなるのか、学校での姫宮は一人称を“僕”に統一しているらしい(それでもたまにこぼれてはいるが)。
「……昨日、猪狩くんが予算の交渉に行ってくれたんだよね」
「ん?ああ……」
 売店で買ったと思われるパンを広げる姫宮に頷く。昨日そのことを知らせるべく送ったグループメッセージに真っ先に反応をくれたのが姫宮だったが、その後の月島たちのトークに埋もれてしまっていて今朝やっと気づいた。
「生徒会長とすごく仲良くなってたけど、それのせいかな」
「仲良く……なったかは分からないが、劇の相談はしやすくなったんじゃないか?」
 代わりに交渉を成功させたことの礼を言われると思いきや、どうも違うようだ。声はいつも通り学校で聞く穏やかなものなのに、目つきが──前に俺のバイト先で合った時に見た、火村さんに向けたものに似ていて正直居心地が悪い。
「会長、猪狩くんのこと下の名前で呼んでてびっくりしちゃった」
「姫宮も見ていたのか……。たまたま下の名前が同じで、親近感を持ってくれたみたいで」
「ふうん。……でもあんまり、あの人と関わらない方がいいんじゃないかな」
「え?」
 怒っているわけでも、責めているわけでもない……でも、はっきりと線を引くような姫宮の発言。
「どうしてだ……?」
 俺の問いに、姫宮は手に持ったお茶のペットボトルを少し揺らしてから再び口を開く。
「生徒会長は男が好きらしいって噂、聞いたことある。素直で優秀な後輩が好きで、気に入った子と距離を詰めてくるって」
 ……そこから数秒は思い切り殴られたみたいに、頭が回らなかった。
「男が好き……」
 自分の呟きがひどく冷えている気がした。目の前に座っているはずの姫宮が遠くに感じる。
「誤解されるのも面倒でしょ?猪狩くんが変な目で見られる必要ないし」
「変な目って、なんだ?」
 軽く笑って言う姫宮に自分でも驚くほどの低い声が出る。姫宮は俺の中の一番脆くて──触れてほしくなかったところを、容赦なく踏み抜いてきた。
「同性が好きな奴とはみんな、距離を置けってことか」
「そういう意味じゃ……」
「じゃあ、どういう意味だ」
 俺自身がこんな声音で詰められたら、きっと怖くて泣いてしまう。だけど歯止めが効かなかった。
「仮に水瀬会長が本当にそうだとしても、気になる人にもっと近づきたいって思って何が悪いんだ。……姫宮は、そんなこと言わないと思ってたのに」
「猪狩くん……」
 呆然とする姫宮から目を逸らし、広げた弁当をまとめて抱える。
「……今日は俺が外で食べる」
 それだけ残して、早足で教室を出た。
 ──姫宮は、本当に俺を心配して言ってくれたんだろう。
 ──たぶん今の反応で、俺の恋愛対象が同性だと気づかれたはず。
 代わりに交渉を成功させ、褒められるに違いないと舞い上がっていた数分前の自分が馬鹿みたいだ。
 次姫宮と話す時、どんな対応をされるのか。もし面倒だと、関わらないようにしようと思われたら。

『気になる人にもっと近づきたいって思って何が悪いんだ』

 そう言った際、俺の頭に浮かんだのが他ならぬ自分の顔だと──姫宮が知ったらどうなってしまうのだろうか。