カレカノ・シンドローム

「頼む、この通り!」
「ええええええええええええええ」

 親友の真樹人(まきと)は、素晴らしきフライング土下座を疲労してきた。ここは高校の廊下。周囲には通行人の生徒達。みんなが一斉に何事かと振り向き、僕は慌てふためくことになる。

「待て待て待て待て!恥ずかしいからヤメテ!?何がどうしてそうなったのかさっぱりわからんし、何でそんな淀みない土下座なの?慣れてるの!?」
「今日の為に練習したんだ俺は!ジャンプング土下座、スライディング土下座、バク転土下座に逆立ち土下座などバリエーション豊富だぞ!他にもやってほしいものがあるなら見せてやる!」
「地味にすげえな!?あと練習するところ絶対間違えてると思う!」

 何でどうしてそうなった。僕は頭を抱えるしかない。昔から斜め上方向にズレて暴走することの多い真樹人だが、今回は輪をかけておかしなことになっている。
 とりあえず土下座をやめさせて話を聴くに(廊下に正座してるだけて充分目立つ気はしないでもないが、土下座よりはマシだろう)、夏休みに実家に戻って来いと親にせっつかれているということらしい。
 ちなみに、僕も真樹人も地方出身であるため、東京のこの学校では親元を離れて寮生活を行っている。夏休みや正月くらいしか、家に帰る機会はないというわけだ。

「お前の実家に、僕に一緒に来て欲しいってこと?なんで?」

 ストレートに尋ねれば、真樹人は心底申し訳なさそうに口を開いた。

「……うちの親、考え方が古くてさ。高校卒業したら家に戻って、家業継いで欲しがってんの。ボロい居酒屋なんだけど」
「え。お前には絶対無理じゃん」

 思わずきっぱりそう言ってしまった。真樹人は運動神経も良いし、バスケ部でもエースとして活躍するほどの実力の持ち主だが――いかんせん、コミュニケーション能力は壊滅している。女子相手にまともにお喋りができない、なんてレベルではない。人見知りが激しくて、親しい人間以外の前ではカチコチに固まって身動き取れなくなってしまうのだ。正確には“お話しようとした場面”でそうなるので、試合で敵チームと相対するとか、意図的に話さなければならないような相手でなければ特に問題はないのだが。
 極度のあがり症、人見知り。そんな人間に、接客業がどうして務まるだろう。もっと言えば、こいつは不器用なので料理もヘタクソだ。人と話さないでコツコツやる仕事かスポーツ以外で就職することなど難しい、というのは言うまでもなく本人が一番わかっているだろう。
 僕と普通に喋れるのは単純に、中学からの長い付き合いだからというだけの話である。

「俺もそう思う。それに加えて、高校卒業と同時に結婚して欲しいとか言いだしてる」
「ハ?」
「ようは、俺の意思を無視して見合いを進めようとしている。婚約者決めときたいって。さっさと孫作って安心させてほしいからって」
「ハ?」
「俺はどっちも嫌なんだ。東京で大学進学したいしバスケも続けたい。でもって、好きでもなんでもない女子と結婚なんかしたくない、っていうかまともにお喋りできる自信もない。というわけで」

 がしっ!と僕の手を握って一言。

「お盆に、女装して恋人のフリして俺と一緒に田舎帰ってくれ!大丈夫、小柄で女顔で声変わりにもスルーされた雪弥(ゆきや)ならまずバレないから!」
「馬鹿にしてる!?馬鹿にしてるよな!?泣くぞマジで!!」

 人が気にしていることを!と。僕は思わず、真樹人の膝を思いきり踏んづけてやったのだった。



 ***



 確かに、僕の見た目は男子高校生としてはかなり残念な部類だと思う。身長158cm、体重45kg。骨も細けりゃ肉もつきづらい、普通に男子っぽい服装着て外を歩いていてもボーイッシュな女の子か子供に間違われる始末。まだもう少し背が伸びる余地があると信じたいところだが、声変わりにはなんだかスルーされているようで声もわりと高いまま終わってしまった。まあ、昨今は声優さんでも声の高い男性声優はいるし、そう言う人も存外世の中にはいるのかもしれないが。

「泣きたい」

 結局、僕は親友の泣き落としに負けて、彼と一緒に地元の駅に降り立っている。女装といっても、ぶっちゃけロングスカートを履いて超簡単な化粧をしているだけ。ウィッグさえ被ってない。それでほぼ完璧に女に見えるってどういうことなのだろう。胸にパッドも入れてないというのに。

「わかってんな、真樹人。帰ったら焼肉奢れよ、ファミリーセット全部僕一人で食うからな。あと石焼ビビンバもつけやがれ」
「わかっております雪ちゃん!」
「殺すぞテメェ」

 僕の役目は、真樹人の恋人の“雪ちゃん”だ。今日から一泊二日の間、僕は全力で真樹人の彼女を演じなければいけない。男だとバレないようにするのも大変だが、恋人ではないとバレないようにするのも難しい。聡い人間ならば、ちょっとしたやり取りだけで勘づかれることもあるからだ。
 そもそも真樹人が売り言葉に買い言葉で、お見合いを断る為に「お見合いなんかしない、俺にはもう彼女がいるんだ!今度親父たちに見せるから!」なんて言わなければこんなことになっていないのだ。正直、焼肉だけでは釣り合いが取れないような気さえしている。

「言っておくけど、僕女のフリなんて全然できないからな。即バレするかもしれないってことは覚悟しておけよ。あと、バレたらホモと勘違いされるだろうってこともな」
「もういっそその方がマシかもだけど」

 僕の言葉に、真樹人とんでもないことを言う。

「だって、雪弥が本当の恋人なら、絶対楽だし毎日楽しいじゃねえかよ。見知らぬ女とお見合いされるくらいなら俺、ホモ扱いでいいよ」

 どれだけ追い詰められてるんだ、と心底僕は呆れてしまった。呆れて、それ以上その言葉の意味を考えないように努めた。



 ***



 僕にとって最大の誤算だったことは二つ。
 一つ。僕が男だと、まったくバレる気配がなかったこと。田舎の家に来て早々、やたらと真樹人の両親には歓迎された挙句キッチンに連れ込まれ。いつもやってる“男の料理”を披露したら妙に感激されてしまったのだった。

「すごい!雪ちゃん、餃子作れるの!?うちの息子なんて目玉焼きも焼けないのに!」
「ま、まあ……小学校の時から、母さんを手伝うのが好きだっただけで……」
「凄いわ凄いわ!同時進行でスープも作れるとか、いいお嫁さんになってくれそうね」
「は、はあ……」

 未だに、料理は女の仕事というイメージが強いのかもしれない。田舎の家なんて令和の世の中であってもこんなものなんだろうか。料理得意、というだけで“彼女”の株が少々上がり過ぎていて危機感を覚えるほどだ。
 僕はドン引きながらも、ひたすら料理を作り続けるしかない。おばさんに絡まれるのは面倒くさいが、料理の話をしている間は余計なトラブルにもならなそうでそれだけは安心できる要素だった。
 昼食を一緒に食べる、ところまではさほど問題はなかった。僕が作った料理は好評だったし、ご両親も話下手な真樹人より僕に話しかけてくることが多いので、僕がボロが出ないように適当に話をしたり聴いたりしていればさほど問題はなかったからである。
 問題が起きたのは、その後の“話し合い”に移行してからのことだった。

「雪さんはいいお嫁さんになってくれそうだね。料理が上手だし、お掃除も得意みたいだ」

 真樹人のお父さんは、食事の後にそう切り出した。

「お見合いの話は、雪さんがいるならいいだろう。二人でぜひ、うちの店を継いでほしい」
「そ、それは……」

 ああ、やっぱりそういう流れになっちゃうか。僕は心の中で盛大にため息をついた。
 お見合いの話は、恋人がいると誤魔化せばなんとか流れるだろうと踏んでいた。しかし、跡継ぎの話は全くの別問題である。恋人がいるなら二人で継いでくれ、になるだろうなというのは目に見えていた。
 僕が料理が得意というのを示してしまったのだから尚更に。

「お、俺はその……」

 わかっていた展開とはいえ、真樹人は完全に固まってしまっている。親しい相手とはそれなりに喋ることができる真樹人だったが、“望んだ話題ではないもの”や“それとは別に緊張する環境”の場合はまったく話が別だ。実際、今日この家に帰ってきてから殆ど喋っているのは僕ばかりで、真樹人は黙っていたりきょどっていることがほとんどだった。

「俺は、その、できれば家を継ぐのは……む、向いてないかなって」

 そんな中で、ぼそぼそとした声ながらはっきり意思表示を出来ただけ賞賛ものだろう。よくぞ言えたな、と思う僕。
 しかし当然、そう思ったのは僕だけ。目の前のご両親は、当然のように目を三角にした。

「まあ、まだそんなこと言ってるの真樹人!約束したでしょう、高校を出たらうちの店を継ぐって!」
「そうだ、約束を破るつもりなのか、真樹人!」

 いやちょっと待てよ、と僕は呆れてしまった。その話、僕は何度も真樹人から聴かされている。本人はバスケを続けたい、そうでなくても大学に行きたいという意向を両親にはとっくの昔に伝えている(どれくらい昔かというと、小学校の時から言い続けている)。居酒屋の仕事は自分に向いていないし、地元にも戻らないということも何度も言っているはずだ。
 当然「高校出たら店を継ぎます」なんて約束もしていない。あくまで彼の両親が一方的に命令しているに過ぎないのだ。
 約束とは、あくまで双方合意の上で成り立つもの。それを、まるで真樹人が約束を反故したように言うのはどうなんだろう。

「落ち着いてください、お二人とも」

 真っ青になっている真樹人をフォローするべく、僕は仕方なく口を挟む。

「私は、真樹人君から“バスケを続けたいし、東京の大学にも行きたい”という意向を伺っています。ご両親にもずっと前からそう伝えていると聞いているのですが、違うのですか?」
「真樹人がそういうことを言ってきたことがあるのは事実よ。でも、それはあくまで本人の我儘でしかないの」
「我儘?」
「ええ。真樹人はうちの一人息子なんだから、店を継いでもらわないと困るの。真樹人だって本当はそれがちゃんとわかっているはず。店の仕事から逃げたくてそう言っているだけなのよ」

 いや、それは約束したことにもなってないし、本人の望みを我儘という言葉で踏みつけていい理由にもならないのだが。流石に、僕も苛々してきた。元より、見た目に反して気が短い奴だとよく言われる人間である。

「お店のことを考えたいお二人の気持ちもわかります。ですが、お店の跡を継ぐのは真樹人君でなくてもいいのではありませんか?お店には優秀な料理人のお弟子さんや、従業員の方々が何人もいらっしゃると聞いています。その方々に、跡継ぎになれるほどの気概を持つ方、実力がある方もいらっしゃるはずです」

 暗に、“今時血縁だけでやる気がない人間を跡継ぎを決める必要はないだろう”と伝える僕。

「それに、真樹人君はとても上がり症ですし、料理も得意ではありません。どちらも、真樹人君には不向きなお仕事だと私も思います。ですから……」
「雪さん。真樹人と出逢って何年?私達は、真樹人のことを生まれてから十七年間からよーく見ているの。悪いけど、私達の方がずっと真樹人のことをよく知っているわ。真樹人の我儘を助長させるようなこと言わないでくれる?」
「そうだ、雪さん。貴女はむしろ我々と一緒に、真樹人を説得してくれるべきじゃないか?どうか、真樹人に大人になるように言ってくれよ」

 真樹人は唇を噛んで、完全に黙り込んでしまっている。その眼にうっすら涙が浮かんでいるのを見た時、ぶちり、と僕の中で青筋が切れる音がしたのだった。

「……我儘、我儘ってなんだ。自分達に都合の悪いことは全部我儘ってことにして無視かよ」
「え」

 ぽかん、とする真樹人の両親に。僕は思いきり机を叩いて、怒鳴りつけていた。

「約束ってのは命令じゃねえんだよ!あんたら十七年も真樹人のこと見てきたのになんもわかってないじゃねえか!本当の真樹人じゃなくて、自分らに都合の良い真樹人を見てるだけだろ!こいつの話に、一度でも真剣に耳傾けてやったことがあんのかよ!勝手に跡を継ぐだの見合いだの……真樹人の人生は真樹人が決めるんだよ、真樹人はあんたらの操り人形じゃねえ!」
「な、なな、な」
「おい真樹人、帰るぞ!こんな家にいたってお前が擦り切れるだけだ!」
「え、えっ」

 料理上手でお淑やかな彼女、だと思っていたであろう人物が突然乱暴な言葉で激昂。しかも、息子の腕をひっつかんで部屋を出て行くという始末。怒りよりもまず、頭が追い付かなかったのだろう。

「ま、ま……ちょっと待て!」

 後ろから、父親の声が聞こえたが無視した。僕は二人分の荷物を引っ掴むと、そのまま真樹人を連れて真樹人の実家を飛び出したのだった。



 ***



「……悪い。状況、悪化させたわ」

 駅で、帰りの電車を待ちながら。僕はベンチで、自己嫌悪に撃沈していた。
 まさかあそこまで真樹人の両親が分からず屋であったとは。思わずぷっつーんして、言いたい放題言ってしまった。今頃二人ともカンカンだろう。雪さんと別れろ!と電話で怒鳴りつけてきてもなんらおかしくはない。両親に引け目のある真樹人からすれば、ストレス以外の何物でもあるまい。
 ところが。

「……俺が、お前に腕引っ張られてここまで来たのは何でだと思ってるんだよ」

 僕の隣に座って、真樹人ははっきりと言ったのだった。

「俺だってあそこから逃げたかったからだよ。……それから。俺の代わりに、いろいろ言ってくれてありがとな。本当は、俺が自分で言わなくちゃいけないことだったのに」
「真樹人……」
「育ててくれた親父とおふくろには感謝してっけど。でも……俺はやっぱり、俺だから。絶対うまくいかない、ってわかってる仕事を継ぐわけにはいかねえんだよ。それを、親父とおふくろは逃げだっていうけど。やればできるようになるっていうけど。俺は……正直、やりたくもない仕事に無理やり慣れる努力をするより、自分に向いてることを頑張りたい。大学は、奨学金でなんとかするし」

 座って、彼は。
 僕の手に、そっと自分の手を重ねたのだった。

「……お前が本当に恋人だったら、マジで楽なんだけどなあ」
「楽ってだけ?」
「んー」

 多分。自然と、とか。なんとなく、というのが一番あっているのだろう。同性だし、親友であることに変わりはない。
 ただ一緒にいると楽しくて、お互いが大好きで、ラクになれて。だったらもう、それ以上深く考えなくてもいいんじゃないかって思う、ただそれだけなのだ。

「毎日楽しい。俺、お前のこと好きだし。飯美味いし」
「……そーかよ」

 僕は照れた顔を隠すように、夏の空を仰いだ。
 実家から追手が来る気配、未だなし。スマホは――ひょっとしたら真樹人の電話は着信履歴が凄いことになってるかもしれないが、今はスルーでいいだろう。

 演技だった恋人が、本物になるかどうかは。まだ、神様さえわからないことだった。