拝啓、ひとりぼっちの君へ

 研究課題のテーマは、『自作のロケットで、空を飛ぶ』に決定した。
 ちなみに月之木さんのリクエストだ。なんとなく想像がつくかもしれないけど。
 たかが学校の課題なのに、無駄に難易度高くない? 
 そもそもわたし達だけで、ロケットなんて作れるんだろうか。
「面白そうなテーマだね。何か手伝えることがあれば、僕にも言ってほしいな」
 どうしてか、レイまで乗り気だった。
「そうだ、レイ! ロケットの形状をこんなふうに変えたら、より飛行速度があがるんじゃないかな!?」
「グッドアイディアだよ、アキちゃん! 今から解析してみるね!」
 しかも、この二人、なぜか息ぴったり……。
 わたしは、さっきから完全に蚊帳の外だった。

「できた!」
 数時間後。実験に使うロケットが完成した。
 正直、ここまでずっと月之木さん主体だった。
 もうわたしいる必要ないんじゃない? とすら思えてくる。
 早速、飛ばしに行こうと、外に出ていく月之木さんを後から追いかける。
 本当に飛ぶのかな、あんなおもちゃみたいなロケットで……。 正直、不安でしかない。
「って、なんで、わたしが飛ぶことになってるの!?」
「ワタシが仕切ってばっかりだと、悪いからさ、見せ場は譲ってあげようと思って」
「いや、そんなところ譲らなくていいから!」
 カチャリ。ベルトを腰に固定する音。
 わたしの背中には、ペットボトルサイズの小型ロケットが装着されていた。
 リュックのように背負う形で、そこまで重くはない。なんなら非力なわたしでも持てる。
 問題なのは、ちゃんと機能するのかどうか。
 肌に伝わってくる金属の硬い感触が、ことさら不安を煽った。
「月之木さんが飛べばいいじゃん!」
「でも、キミ身軽そうだし、パイロットには適任だと思うよ」
「無理無理! 死んじゃうって!」
 半泣きで、月之木さんの白衣の裾にすがりつく。
 けれど、わたしの声は届くわけもなく、
「安心してくれたまえ。キミが落とした骨は残らず回収するから」
 このサイコパス! なにひとつ安心できない!
 こうなったら最後の頼みの綱はレイだけだった。
「大丈夫だよ、ユウ。僕が調べた生物学によると、人間の体って、案外、丈夫にできてるらしいんだ。だから、もし失敗してもある程度の衝撃には耐えられるはずだよ」
「さらっと笑顔で、怖いこと言わないで!」
 ていうか、止めてよ! ロボ生をかけて、わたしを守ってくれるんじゃなかったの!?
「準備オーケーイ! ロケット発射3秒前!」
「え、ちょっと待っ! まだ心の準備が!」
 いつの間にか、わたしの背後に回り、ロケットをガチャガチャいじっていた月之木さんが合図を出す。もはや、抵抗する間さえなかった。
「2,1――いっけーー!!」
「わ、わああああああああああああああああああああああああ!!」
 その瞬間、背中の燃料タンクが震えて、地面が消えた。ビリリと電気が走ったみたいに頭のてっぺんが痺れて、わたしの体はギュウィンと空中に引っ張り上げられる。
「おおおおおお! すごいすごい! まさか、これほど高く上昇するとは!!」
「これは驚いたなぁ。あれだけのごく最小限の材料で、ここまでのスピードとパワーが出せるなんて。アキちゃんは天才だね」
 ゴォォォォーというロケットの轟音が鼓膜を突き抜ける。
 ほ、ほんとに飛んだ……。でも、これ、まさか燃え移ったりしないよね!?
 道路を行き交う車が、通行人が、みるみる内に遠ざかっていく。わたしがいつも見ているタワーマンションは、あっという間にミニチュアほどのサイズになってしまった。
 こ、このロケット、どこまで上がるの……?
 ぞわぞわとつま先から恐怖が這い上がる。
 あまりの高さに目をつむりかけたその時、背中側で、シューと空気が抜けるような音がした。とたん、下からの急激な圧力にぐわっと肺が持ち上げられる。
 嘘でしょ……。もしかして、燃料切れ!?
 次の瞬間、重力を取り戻したわたしの体は急降下し始めた。
「お、落ちるるるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅ!」  
 ぎゅうっと心臓が縮む。全血液の流れが、頭のてっぺんに集中した。
 ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう!?  
 風がブラウスの裾を巻き上げ、どんどん地面が近付いていく。
 文字通り絶体絶命の大ピンチだった。
「パラシュートを開いて!」
 その時、拡声器を通したような声が、風音に紛れて聞こえた。
 地上を見ると、メガホンを持った月乃木さんがこっちを見上げている。
 どこから出したの、そのメガホン!? って、今はそれどころじゃない!
「紐を思いっきり引くんだ!」
 レイの声にハッとする。慌ててリュックの紐を下に引っ張った。
 すると、次の瞬間、バサっと頭の上でパラシュートが開く。とたん、体の降下が止まった。落下速度がゆるやかになって、風の音が和らぐ。
 た、助かった……?
 目を開けると、わたしは青空をゆらゆらと漂っていた。
「って、ぶつかる!?」
 ほっと息をついたのも束の間、突然、目の前に大きな木が出現した。 
 パラシュートの操縦の仕方なんて、わたしわかんないよ!?
「お願い、止まって!」
 こうなっては、ど素人のわたしに祈る以外の成す術はなかった。しかし、
「わああああああああああああああああああああああああ!!」
 願いも虚しく、制御不能のパラシュートは、右に左に大きく揺れた後、そのまま木に突っこんだ。視界がフェードアウトする。
「ユウ!」
「篠田っちー」
 遠いところで、二人の声がした。
 どうやら、パラシュートが枝に引っかかったらしい。間抜けにも空中にだらんとぶら下がったわたしの体は、運良くどこもかすったりはしていない。そもそも燃料切れを起こした時点で、悪運かもしれないけれど。
「あの木だ、アキちゃん!」
 異常なほどにまぶたが重い。
 こっちに向かって走ってくるレイと月之木さんの姿が見えたのを最後に、わたしは意識を手放した。

* * *

「う、うぅん」
「おはよう、ユウ。調子はどうだい?」
 目が覚めると、ベンチの上にいた。
「わたし、生きてる? 」
 寝ぼけ眼で尋ねると、レイがおかしそうに笑う。
「うん、生きてるよ。脈拍も至って正常だ。もし嘘だと思うなら、僕の聴診器機能を通じて、心臓の音でも聞くかい?」
「い、いいよ、そこまでしなくて」
 どうやら、わたしはあのロケット実験から奇跡の生還を遂げたらしい。正直、今も生きた心地はあまりしないけれど。
「お昼寝の時間は終わったかな?」
「ひゃっ!?」
 ピタッと首に冷たい物を押し当てられた感触。
 反射的に飛び起きると、ふざけた月之木さんが、缶ジュースを持って立っていた。
「協力してくれたお礼さ。実験の後の一杯は格別だからね」
 この期に及んで、のんきだと思う。危うくこっちは死にかけたのに。
「おや、一本だけじゃ不服だったかな?」
 ジュースの数は問題じゃない。
「ロケットの燃料が切れるとか、聞いてないんですけど……」
「そのためのパラシュートじゃないか。キミにも説明したはずだよ。緊急時用だって」
「……」
「篠田っち、もしかして、ワタシの説明、聞いてなかった?」
「……」
 それについては何も反論できない。
 いや、だって、どうせ飛行役は月之木さんがやるんだと思うじゃん! 
「まぁまぁ、二人とも」
 微妙な空気になっていたら、レイが助け舟を出してくれた。
「幸いケガ人は出なかったんだし、よしとしようよ。ユウも、ね? これでやっと課題のレポートが書けるじゃないか」
「それはそう、だけど」
 全部、わたしのせいなのかな。ロケットが落ちたのも。ちゃんと説明を聞かなかったから。 いつだってそうだ。わたしは自分のことしか見てない。ずるくて弱い生き方をしてきた。
「ところで、篠田っち。キミは科学者の心得というのを知ってるかい?」
「こ、心得?」
「そうさ。全部で3つある」
 絆創膏をした彼女の人差し指が、わたしの額を目掛けてビシッと伸びてくる。
「一つは失敗を恐れないこと。もう一つは仲間を責めないこと。それから最後の一つは」
 わざとらしいためを作ってから、月乃木さんは言う。
「全身全霊をかけて実験を楽しむことさ!」
 エッヘンと胸を叩いて、なぜか誇らしげな月之木さん。陽の光に、キラリと笑顔が輝いた。
「まぁ全部、ワタシのおじいちゃんの教えなんだけどね」
「すごく素敵な心得だと思うよ。何事にもたしなみは大切だからね」
「でしょでしょ!」
 パチパチと拍手を送るレイ。
 なんでだろう。普段なら呆れているのに、今は不思議と心が軽かった。

「ところで、キミにとってレイは、一体どんな存在なんだい?」
 それはちょうど、レイが席を外したタイミングだった。
「ど、どういう意味?」
「言葉通りの意味さ。ご主人様と召使い? それとも」
 ぐいっと顔を寄せ、耳元でささやく。
「もっと”発展した関係”だったりする?」
「な、なに言ってるの!?」
 わかりやすく動揺したわたしに、月之木さんがクスリと笑う。
「からかうつもりで言ったんだけどな。でも、その反応、案外、キミは本気だったりする?」
「しないから!」
 全力で否定した。そりゃもう首が外れるくらい。
「少し意地悪が過ぎたかな。それで、ワタシの質問には答えてくれる?」
「えっと、それは……」
 質問は至って単純なのに、答えはすぐに出なかった。むしろ、どんな難解な数式よりもずっと難しく思える。
「わたしにとって、レイは」
 ——レイは一体、なんなんだろう。
「仲はいいんだろう?」
 あんまりにも答えるのが遅いから、別の質問が飛んでくる。
「仲はいいよ。でも、なんて言葉で言ったらいいかわからない……。ただのお世話係っていうのも、なんだか違う気がして」
 ほうほうと相づちを打ち、聞き役に徹する月之木さん。両サイドの口角が上がり、にやけ顔になる。
「そ、そういう月之木さんこそ、おじいさんのこと大好きじゃん」
「唐突に話題をそらしたね。まぁ、それも人間の回避本能か」
 こっちとしては反撃のつもりだった。ずっとやられっぱなしは腹が立つ。
 なのに、
「大好きだよ」
 彼女の口から出てきた言葉は、あんまりにも潔くて。でも、少しだけ重かった。
「だって、おじいちゃんだけだったから。こんな科学オタクみたいなワタシを認めてくれたのは」
 一瞬、世界が無音になる。
 好奇心に満ちた飴色の瞳の輝きが、今は少し弱って見えた。
 少し昔話をしてもいいかな、と前置きをしてから、月之木さんは、ポツリポツリと話し出す。
「ワタシの家はね、いつもケンカしてばっかりなんだ。両親が二人とも頑固でさ、お互い一歩も譲らないわけ」
「仲が悪いの……? 月之木さんのご両親」
「んー、まぁ仲が悪いっていうか、そりが合わないっていうか? だったら、そもそもなんで結婚したんだよって話なんだけど」
「そ、そうだね」
「小さい頃は、子ども心によく思ってたよ。好き放題言ってる親なんかより黙って聞いてるワタシの方が、よっぽど大人じゃんってね」
「それは……なんていうか、大変だね」
 気の利かない返しになってしまう。だけど、そこに関しては、彼女はサラッと笑い流してくれた。
「家も学校もうるさかった。毎日、聞こえてくる親の口喧嘩も、冷やかしてくるクラスメイトの悪口も」
 遠くを見つめる飴色に、空の青が混じる。
「だから、よくおじいちゃんのところに家出して、色々教えてもらってた。小さな研究所があったんだ。おじいちゃん専用の」
 なつかしいなぁと、感慨深げにこぼす月之木さん。そこにはただ純粋なまなざしで思い出を見つめる無垢な少女がいた。
「おじいちゃんの発明品を、周りの人はみんなくだらないとか、ガラクタだとか、よく笑ってバカにしてた。でも、ワタシにとってはそうじゃない。どれも”世界一の傑作”だった」
 おじいちゃんと過ごした時間全部が、彼女には宝物なんだろう。聞いていたら、そう思わずにはいられなかった。
「まぁ、もう会えないんだけどね。おじいちゃん、ワタシが中学の時に死んじゃったから」
 月之木さんは言った。あくまでもひょうひょうとした口調で。それも軽い感じで。
 でも、すぐに強がりだとわかった。だって、まんまる月のような飴色の瞳は悲しみに揺れていて、隠しきれてなんかいなかったから。
「無理に、笑おうとしなくていいんだよ」
 飴色の瞳に宿った色が、悲しみから驚きに早変わりする。
 気付けば、言葉がこぼれていた。
「悲しいって感じるのは、ちゃんと心が正常に動いてる証拠。だから、我慢する必要なんてない。泣きたいのだって、あなたの大事な気持ちだから」
 膝の上でかすかに震えていた彼女の手を、わたしは両手で包みこむように握る。
 月之木さんだけじゃない。こんな行動に出たことに、自分でも内心、驚いた。
「キミは優しいね。ひょっとして、ワタシを励まそうとしてくれたのかな?」
「レ、レイが前に言ってたの……」
 泣きたい時は素直に泣いていい。それは弱虫の考え方なのかもしれない。でも、今はいいと思った。だって、ここにはわたしと月之木さんしかいないから。
「おじいちゃんのことは、もういいんだ」
「えっ」
「って言おうと思ってたけど、この流れでそれはワタシが薄情者になっちゃうね」
 白衣の裾をはたいて直しながら、月之木さんは立ち上がる。
「昔、おじいちゃんとした約束があるんだ」」
 片手を腰に当て、もう一方の手で庇を作る月之木さん。ちょうど手と髪に隠れて、飴色の瞳は見えなかった。
「いつか誰も思い付かないような発明をして、世界をあっと驚かせてやるって。その約束があったから、ワタシは発明家の夢を追い続けてきたんだ。どれだけ否定されても、認められなくても、絶対、諦めてやるもんかってね」
 風になぶられ、彼女の癖っ毛な髪が鎖骨の辺りで翻る。一瞬だけ見えた飴色が、まるで湖の水面みたいに脆く震えた。
「でも、みんな言うんだ。それだけの賢い頭があるなら、とぼけたこと抜かしてないで、もっと社会のために使えって」
 ねぇ、篠田っち。
「ワタシの夢は、そんなにバカげているのかな?」
 まるで泣き出す寸前の子どもみたいな声。
「夢を叶えて、おじいちゃんとの約束、ちゃんと守れるかな」
 それは彼女が見せてくれた弱さだった。
「きっと叶えられるよ、月之木さんなら」
 本心から出た言葉だった。お世辞でも気遣いでもない。
 その時、緑の風が間を横切って、一滴の光の雨が月之木さんの頬から落ちた。
「ありがとう」
 今度は力強い声だった
「ワタシとしたことが、進行方向を見失っていたようだ。キミのおかげで気付けたよ」
 庇から顔を出した彼女の瞳は、にごりひとつない飴色で。
 笑った瞬間、まるで空に大きな花が咲いたみたいだった。
「夢を叶えるその時まで、ワタシはいつだってパワー全開で走り続ける。他の誰かに先を譲るつもりはないよ」
 堂々と宣言する月之木さん。
 やっぱり、大きな夢を背負った天才は違う。けれど、それがわたしにはちょっぴりまぶしくて。ほんの刹那、抱いてしまった羨望に目をつむりたくなった。

* * *

 月之木さんと別れた帰り道のこと。
「アキちゃんと、仲良くなれてよかったね」
 となりを歩くレイが言う。
「べ、別に仲良くなったわけじゃっ。わたしは課題のために仕方なく……」
「ふふっ」
「な、何がおかしいの?」
 頭の上に特大のクエスチョンマークが浮かぶ。
 彼の笑いのツボがわからなかった。
悠吾(ゆうご)にそっくりだなぁと思って。ユウのそういうところ」
 悠吾は、わたしのお父さんの名前だ。
「一緒にしないでよ、あの人なんかと」  
「でも、ああ見えて、君のお父さんは、ユウのこと大切に思ってる」
 そんなの嘘だ。
「適当なこと言わないで! “アンドロイド”のくせに、からかうのもいい加減にしてよ!」
 はっとして口を塞いだ。
 自分で放った言葉が、確かな重みとなって、ずしりと胸にのしかかる。
「そう、だね……」
 謝らなきゃ。なのに、なんで、わたしはっ。
「僕はアンドロイドだ」
 青い物憂げな瞳が、月明かりの下で冷たく光る。
 そこにあったのは、作り物の感情なんかじゃなかった。