ふと、殺伐とした専門書の中に、
一冊だけ高校生向けの英単語帳が混ざっているのを見つけた。
(これ……カテキョの時使ってたやつ!!)
俺は懐かしくなって思わず手に取った。
「それ、懐かしいでしょ?」
「うん。失くしたと思ったんだ。先生が持ってたんだね」
「そうそう。ちょうど確認するのに持って帰って、
そのままになっちゃったんだよね」
「俺、気に入ってたから、先生こなくなった後も同じの買ったんだよ。
これが一番使いやすかったから」
「そうなんだ。っていうか、言ってなかったね。
天音、大学合格おめでとう」
先生と俺はオレンジジュースで乾杯した。
「ありがとう。その節はお世話になりました」
「いえいえ~。ってか志望校変えたの?
第一志望ってA大だったよね?」
俺は心臓がビクッと跳ねた。
「そ、そうなんだけど……」
「そうなんだけど?」
先生が俺を覗き込む。
距離が近い。
「オープンキャンパスでS大見て、普通にいいなって思ったのと、
あと、先生が……行ってたから、なんか、
いい大学なんだろうなって思って……
で、でも、ストーカーとかじゃなくて、夏の模試も成績良かったから、
担任の先生も親も後押ししてくれて……」
そこまで一気に言い切ってから、俺ははっと口を閉じた。
――なに言ってんだ、俺。
急に、顔の内側から熱がこみ上げてくる。
頬がじわじわと熱くなって、
耳のあたりまでじんわり火照っているのが自分でも分かった。
「……っ」
「……天音」
名前を呼ばれて、さらに熱が増す。
恐る恐る顔を上げると、
先生――いや、律くんは、
珍しく目をぱちぱちさせていた。
いつもの余裕のある表情じゃない。
一瞬、言葉を失ったみたいな顔。
「……そ、そういう理由?」
「……うん」
小さく頷くと、胸の奥がどくどくと鳴った。
律くんは、少しだけ視線を泳がせてから、短く息を吐く。
「……それは、ちょっと可愛すぎない?」
「えっ?ど、どこが、なんでそうなんの?」
俺には、今の会話のどこに可愛い要素があるのか、さっぱり分からなかった。
「いや、だってさ、要約すると
”先生と一緒の大学行きたい”でしょ?
それで志望校のランク上げて、さらに合格しちゃうなんて、
そりゃもう、ねぇ~?」
「な、変な意味はない!
だって、さ、ほら、志望校上げるのはいいことでしょ?」
「うんうん、そうだね~。
でも、ほんとすごいよ。冗談抜きで、誇っていいと思う」
「な、なんかバカにしてる?ってか、先生。
カテキョの時と雰囲気違う!なんか、意地悪だ!」
「ははは。意地悪って、久しぶりに聞いたよ、その単語。
そりゃカテキョの時は猫被ってたに決まってんじゃん。
でもさ、もう先生じゃないしね。同じ大学の生徒でしょ?」
「そ、そうだけど……」
そう言って笑う律くんは、
やっぱり、俺の知っている「先生」とは違う。
俺はまだ、同じ大学の先輩と後輩という距離感に馴染めないでいた。



