橘先生の過保護な再履修

 

俺の腰のあたりに硬いものが当たっているのに気づいた。
しかも、それを主張するように押し付けてくる。

「なっっ、ちょ、あ、朝なんだけど!」

「朝だからじゃん。……ダメ?」

「き、きのう、したばっか……じゃん……」

「うん。そうだね……いや?」

「いや、で、はない。けど……
その聞き方、ずるくない?」

「自覚はある。でも、天音が可愛いのが悪い」

「……え、なっ、もう……」

話している間にも、
二人の体温は、じわじわと近づいていた。
息がかかる距離。
逃げる理由を探す前に、
胸の奥が先に降参してしまう。
俺は何も言わずに、
律くんのTシャツを、ぎゅっと掴んだ。


※


それから先のことは、
正直、あんまりよく覚えていない。
気づいたら、
また一緒に眠っていて、
今度は本当に泥のように眠った。

次に目を覚ましたとき、
カーテンの隙間から差し込む光が、
もう完全に昼の色をしていた。

「……え」

スマホを確認して、思わず声が出る。

「……もう、お昼とっくに過ぎてる……」

隣を見ると、律くんも同じタイミングで目を覚まして、
一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。

「寝すぎだな」

「だね……」

顔を見合わせて、
なんだかおかしくなって、二人して小さく笑う。

「だらけてんなー」

「ほんとだよ」

そんな、どうでもいい会話が心地いい。

結局、軽く身支度を整えて、
近くのラーメン屋で遅めのお昼ご飯を済ませた。
食べ終わって、また律くんの家に戻る。
部屋に入って、
律くんが軽く伸びをしてから言った。

「さて」

その一言で、空気が切り替わる。

「じゃあ、ここからは勉強の時間だな」

「うん」

律くんはデスクに向かって、
司法試験の参考書を開く。
俺はテーブルにノートを広げて、
塾の夏期講習の授業準備。

さっきまでと同じ部屋なのに、
空気は、ちゃんと“いつもの日常”に戻っていた。
でも、たまに視線が合うと、
お互いに少しだけ笑ってしまう。

(……不思議だな)

だらけて、笑って、
それから、ちゃんとやることをやる。

俺たちはもう、子供じゃない。
自分のことは自分で決められるし、
選択の結果も、ちゃんと自分に返ってくる。
でも、なんでも思い通りにできるほど大人でもない。

大学のこと。
バイトのこと。
将来のこと。

考えなきゃいけないことは山積みで、
時間は待ってくれない。

ほんとうはまだ、律くんと2人でまどろんでいたい。
でも、現実がそれをさせてはくれない。
もどかしくて、
でもその不自由さが、俺はなんだか嫌いじゃない。


目の前には、あの黄色いノート。
俺は、ペンを持ち直して、
もう一度、ノートに目を落とした。



『次、泊まりで会うときは最後まで』

期限:テスト明けの金曜日

『俺のこと、全部律くんにあげる』

追伸:優しくしてね

『あまねのこと、もらっちゃった。
どうだった?痛かったり怖くなかった?』



『最高!俺の彼氏、最強♡』




fin……