橘先生の過保護な再履修

 

俺の腰のあたりに硬いものが当たっているのに気づいた。
しかも、それを主張するように押し付けてくる。

「なっっ、ちょ、あ、朝なんだけど!」

「朝だからじゃん。……ダメ?」

「き、きのう、したばっか……じゃん……」

「うん。そうだね……いや?」

「いや、で、はない。けど……
その聞き方、ずるくない?」

「自覚はある。でも、天音が可愛いのが悪い」

「……え、なっ、もう……」

話している間にも、
二人の体温は、じわじわと近づいていた。
息がかかる距離。
逃げる理由を探す前に、
胸の奥が先に降参してしまう。
俺は何も言わずに、
律くんのTシャツを、ぎゅっと掴んだ。





それから先のことは、
正直、あんまりよく覚えていない。
気づいたら、
また一緒に眠っていて、
今度は本当に泥のように眠った。

次に目を覚ましたとき、
カーテンの隙間から差し込む光が、
もう完全に昼の色をしていた。

「……え」

スマホを確認して、思わず声が出る。

「……もう、お昼とっくに過ぎてる……」

隣を見ると、律くんも同じタイミングで目を覚まして、
一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。

「寝すぎだな」

「だね……」

顔を見合わせて、
なんだかおかしくなって、二人して小さく笑う。

「だらけてんなー」

「ほんとだよ」

そんな、どうでもいい会話が心地いい。

結局、軽く身支度を整えて、
近くのラーメン屋で遅めのお昼ご飯を済ませた。
食べ終わって、また律くんの家に戻る。
部屋に入って、
律くんが軽く伸びをしてから言った。

「さて」

その一言で、空気が切り替わる。

「じゃあ、ここからは勉強の時間だな」

「うん」

律くんはデスクに向かって、
司法試験の参考書を開く。
俺はテーブルにノートを広げて、
塾の夏期講習の授業準備。

さっきまでと同じ部屋なのに、
空気は、ちゃんと“いつもの日常”に戻っていた。
でも、たまに視線が合うと、
お互いに少しだけ笑ってしまう。

(……不思議だな)

だらけて、笑って、
それから、ちゃんとやることをやる。

俺たちはもう、子供じゃない。
自分のことは自分で決められるし、
選択の結果も、ちゃんと自分に返ってくる。
でも、なんでも思い通りにできるほど大人でもない。

大学のこと。
バイトのこと。
将来のこと。

考えなきゃいけないことは山積みで、
時間は待ってくれない。

ほんとうはまだ、律くんと2人でまどろんでいたい。
でも、現実がそれをさせてはくれない。
もどかしくて、
でもその不自由さが、俺はなんだか嫌いじゃない。


目の前には、あの黄色いノート。
俺は、ペンを持ち直して、
もう一度、ノートに目を落とした。



『次、泊まりで会うときは最後まで』

期限:テスト明けの金曜日

『俺のこと、全部律くんにあげる』

追伸:優しくしてね

『あまねのこと、もらっちゃった。
どうだった?痛かったり怖くなかった?』



『最高!俺の彼氏、最強♡』




fin……