橘先生の過保護な再履修



俺はノートを開く。
律くんが書いた、あの一文の下に――
俺は、そっと文字を書き足した。
そして、いつものようにカバンの奥底にしまい、
忘れ物がないかチェックして家を出た。


※


梅雨明けが近づいて、空の色が変わった。
まだ湿気は残っているけれど、
雨雲に押さえつけられていた頃とは違う。
太陽が、遠慮なく照りつけてくる日が増えた。
季節が、一段進んだのがわかる。

長かったテスト期間も今日でやっと終わる。
最後の科目を前にして、
朝から、どうにも落ち着かなかった。
理由は、ちゃんとわかっている。
テスト最終日で、
ようやく解放される、その浮き足だった気持ち。
それと同時に、終わったら律くんと――っていう思い。

二つが重なって、
胸の奥がそわそわしている。

(……落ち着け、俺)

今日は映研には寄らない。
待ち合わせは、いつもの最寄り駅。

テストが終わる。
約束の日が来る。
それだけのことなのに、
歩きながら心臓が飛び出しそうだった。


※


俺たちはコンビニで食べ物を調達してから、
律くんちに向かった。
靴を脱いで上がると、
袋の中で、ペットボトルとお菓子がかさりと鳴る。

「お邪魔します」

「どうぞ」

家までの道のり、
ふたりとも、いつもより口数が少なかった。
理由は、明白。
これからすることを考えないようにしても、
どうしても浮かんでしまう。

約束。
ノート。
金曜日。

頭の中がそれでいっぱいになって、
雑談なんて、どこかへ飛んでいった。

(……落ち着け)

そう思えば思うほど、
余計に意識してしまう。
リビングの入口に立つ。
背後で、玄関の明かりが消えた瞬間、
胸の奥が静かに高鳴った。


ドクンドクンドクン……

徐々に鼓動が大きくなっていく。
それと同時に、呼吸も浅くなっていく。

「天音、そんな突っ立ってないで入っておいでよ」

律くんはお茶を用意しながら言った。

「う、うん……」

俺は言われるがままにリビングに足を踏み入れる。
ソファ、ロフト……?

いつも見ていた景色なのに、
なんだか目につくものが、
全部、余計なことを想像させる……
ふと律くんと目が合った。

「……天音……それはだめでしょ」

「……へ?」

「自覚ないの?」

「だから、なに……?」

「……今の天音、
顔が男の子の顔じゃなくなってるよ」