橘先生の過保護な再履修



俺はノートを開く。
律くんが書いた、あの一文の下に――
俺は、そっと文字を書き足した。
そして、いつものようにカバンの奥底にしまい、
忘れ物がないかチェックして家を出た。





梅雨明けが近づいて、空の色が変わった。
まだ湿気は残っているけれど、
雨雲に押さえつけられていた頃とは違う。
太陽が、遠慮なく照りつけてくる日が増えた。
季節が、一段進んだのがわかる。

長かったテスト期間も今日でやっと終わる。
最後の科目を前にして、
朝から、どうにも落ち着かなかった。
理由は、ちゃんとわかっている。
テスト最終日で、
ようやく解放される、その浮き足だった気持ち。
それと同時に、終わったら律くんと――っていう思い。

二つが重なって、
胸の奥がそわそわしている。

(……落ち着け、俺)

今日は映研には寄らない。
待ち合わせは、いつもの最寄り駅。

テストが終わる。
約束の日が来る。
それだけのことなのに、
歩きながら心臓が飛び出しそうだった。





俺たちはコンビニで食べ物を調達してから、
律くんちに向かった。
靴を脱いで上がると、
袋の中で、ペットボトルとお菓子がかさりと鳴る。

「お邪魔します」

「どうぞ」

家までの道のり、
ふたりとも、いつもより口数が少なかった。
理由は、明白。
これからすることを考えないようにしても、
どうしても浮かんでしまう。

約束。
ノート。
金曜日。

頭の中がそれでいっぱいになって、
雑談なんて、どこかへ飛んでいった。

(……落ち着け)

そう思えば思うほど、
余計に意識してしまう。
リビングの入口に立つ。
背後で、玄関の明かりが消えた瞬間、
胸の奥が静かに高鳴った。


ドクンドクンドクン……

徐々に鼓動が大きくなっていく。
それと同時に、呼吸も浅くなっていく。

「天音、そんな突っ立ってないで入っておいでよ」

律くんはお茶を用意しながら言った。

「う、うん……」

俺は言われるがままにリビングに足を踏み入れる。
ソファ、ロフト……?

いつも見ていた景色なのに、
なんだか目につくものが、
全部、余計なことを想像させる……
ふと律くんと目が合った。

「……天音……それはだめでしょ」

「……へ?」

「自覚ないの?」

「だから、なに……?」

「……今の天音、
顔が男の子の顔じゃなくなってるよ」