橘先生の過保護な再履修


「……それは……」

言おうとして、喉の奥で言葉が詰まった。
続きを探そうとしても、
頭の中が、真っ白になる。

律くんの視線が、まっすぐ向けられている。
鋭いわけじゃないのに、
逃げ道を与えてくれない目。

(……だめだ)

俺は無意識に、
自分の手のひらを、ぎゅっと握り込んだ。

すると――
その上から、
そっと、手が重なる。

包み込むみたいに、
力を込めすぎない手。

「……天音」

名前を呼ばれて、呼吸が少しだけ戻る。

「怒ってるわけじゃないよ。
でも、何も言われないまま、
メールはそっけなくなるし、
学校でも避けられるし、
会うこともできなくなって……」

言い聞かせるみたいに、
一つずつ、言葉を置いていく。

「正直……不安だった」

握られた手が、ほんの少しだけ強くなる。

「だからね。
どうして天音が俺のことを避けようと思ったのか、
ちゃんと教えてほしい。
勘違いじゃなかったら、
天音はまだ、俺のこと好きだよね?
なのに、避ける理由が俺にはわかんないんだよ」


その言葉が胸の奥に静かに沈んだ。
律くんの色味の薄い瞳が少しだけ揺れている。

(あぁ……俺はひとりよがりで、
律くんの気持ちを置いてけぼりにしちゃってたんだ)

こんなの、正直に話すしかない……
俺は、握られた手をぎゅっと握り返した。

「ごめんね……律くん。
俺、自分のことばっかりだった」

「……どういうこと?」

「実は……」


俺は両親に言われたことを包み隠さず伝えた。

帰りが遅い日が続いたこと。
泊まりの回数が多いこと。
自分が律くんの邪魔してるんじゃないかと言われたこと。
律くん離れしたほうがいいと言われたこと……

律くんは、何も言わず真剣に聞いてくれた。

「でもね……」

俺は言葉に詰まる。
言いたいことは沢山あるのに、いざ話そうとすると
喉の奥でつっかえてしまう。

律くんはそっと背中をさすってくれた。
思わず胸がぎゅっと押しつぶされる。

「でも……」

ついに表面張力で耐えていた涙がポロりとこぼれた。

「俺、律くんに会いたかった。
律くんの夢を応援したいのに。
邪魔したくないのに……
学校で見かけると、走っていきたくなった。
偶然、会わないかなって、いつも期待してた。
でも、学部が違うと……全然会わなくて……」

一度溢れた涙は、全然止まらない。
止めようとするほど、ぽろぽろと零れ落ちていく。

「俺も忙しかったのはほんと。
テスト勉強もバイトの準備も、
初めての事ばかりで手さぐりで……
正直、
前の頻度で会ってたら中途半端になってたかもしれない。
でも……」

俺は律くんの目をまっすぐ見た。

「多分ふたりでいた方がもっと頑張れた気がする。
かたくなに距離を置くんじゃなくて……
なんか、うまくいえないけど、
もっとお互いが、ちゃんと、いい感じのっ……!」

そこまで言いかけて、
俺は律くんに抱きしめられた。

「天音……」