目の奥のほうが、じんわり熱い。
瞬きをしたら、
そのまま涙がこぼれてしまいそうで、
俺は慌てて、視線を落とす。
――そのとき。
ポケットの中で、スマホがぶるっと震えた。
画面を開くと、『ごめん。本当、ごめん』と、
晴人からだった。
(……え?)
体調でも崩したのか、
それとも、急に用事ができたとか。
そのあたりだろうと、そう思った瞬間、
視界の端がふっと暗くなった。
雨の向こうに、大きな影が落ちる。
ゆっくり顔を上げると、
そこには——
黒い傘を差した律くんが立っていた。
(え……)
息が、止まる。
どうしてここにいるのか。
何を言えばいいのか。
何ひとつ、追いつかない。
ほんの一瞬、
言葉もなく、見つめ合った。
雨音だけが、やけに近い。
「……天音」
名前を呼ばれて、
胸の奥がきゅっと縮む。
次の瞬間、
律くんは、いつものみたいに――
少しだけ目尻を下げて、にこっと笑った。
「カラオケ、行く?」
そして、一拍おいて
「それとも……俺んち、来る?」と言った。
選択肢を並べた言い方なのに、
答えは最初から決まっていた。
「……律くんち、行く」
そう言った、その瞬間。
視界が、滲んだ。
ぽろり、と。
瞳の奥に溜まっていたものが、
一粒だけこぼれ落ちる。
律くんは、何も言わなかった。
ただ、そっと距離を詰めて、
俺の手を取る。
帰り道、
俺たちは、ずっと手を繋いでいた。
指先は、優しく。
でも、ぎゅっと力がこもっていて。
――離さない。
そう言われているみたいだった。
歩くたびに、
ふわりと届く、あの匂い。
律くんの、
少しウッディで、落ち着いた香水。
それだけで、
また、思考回路が奪われそうになる。
(……だめだ)
ちゃんと考えなきゃ、と思うのに。
久しぶりに並んで歩くだけで、
胸の奥が、全部律くんで満たされていく。
律くんの家に着くまで、
俺たちは一言も喋らなかった。
「……どうぞ」
それだけ。
俺は小さくうなずいて、
玄関に足を踏み入れた。
沈黙が、重たい。
律くんは何も言わず、
ソファの端を、軽く叩いた。
俺は、律くんの隣に腰を下ろす。
すると、すぐに律くんが口を開いた。
「天音、なんで俺のこと避けてたの?」



