橘先生の過保護な再履修



翌日から、俺は少しずつ律くんとの距離を変えた。
連絡を絶ったわけじゃない。
メールは、返した。

「おはよう」
「今日は雨ひどいね」
「ちゃんと寝た?」

短く、当たり障りのない言葉だけ。
でも――
映研には行かなかった。

「今日は授業の準備したいから、先に塾行くね」

そう送って、
大学が終わると、そのまま塾に向かう。
理由は、ちゃんとある。
テストも近いし、授業の準備もしたい。
嘘じゃない。全部、本当だ。

それでも、
律くんの家に向かう足だけは、意識的に止めた。

「今週の泊まりはやめておくね、ちょっと用事あって……」

そう打った指が、
ほんの少し、震えた。

「了解。無理しないで」

すぐに返ってきたその言葉が、
胸に、重く沈む。

引き止めてほしかったわけじゃない。
でも、何も聞かれないことが、
こんなに苦しいなんて思わなかった。

大学の廊下で、
似た背中を見つけても、目を逸らす。
終電を気にする必要もなくなった夜は、
静かすぎて、逆に落ち着かなかった。

スマホは、何度も手に取るけど、
自分からは送らない。
来たメールにだけ、きちんと返す。
それ以上は、しない。
それが、
“大人の距離感”なんだと思い込もうとした。

律くんは忙しい。
目標があって、やるべきことがある。
俺がそばにいないほうが、ちゃんと勉強できる……

そう思うと、胸の奥が少しずつ削れていく。
雨は相変わらず毎日のように降っていて、
どんよりした曇り空が広がっていた。


(……これで、いいんだよな)

こうして始まった1週間が、
思っていたよりずっと長くて……
俺は梅雨の雨が永遠に降り続くような気がした。





『てん、テスト勉強の気晴らしにカラオケいかね?』

そう晴人に誘われたのはつい昨日のことだった。
7月に入り、あと1週間でテスト期間になるというのに、
と思いつつも、最近バイトと家の往復しかしてなかったから
俺も気分転換に行くことにした。

『2時間だけ、この2時間でお昼も済ます。
なら、そんな時間取らないだろ?』

『そうだね。最近ずっと勉強してたから……
誘ってくれてありがと、晴人。楽しみ』

土曜日に律くん以外とでかけるなんて
本当に久しぶりだった。
晴人とは大学の最寄り駅で待ち合わせしている。
俺は10分前に到着して、
しとしとと降り続ける雨をぼんやりと眺めていた。

(なんだかんだ、2週間も会ってないな……)

1度、学食で見かけたことはあった。
いつもどうり元気そうで、
なんか山田先輩と悪巧みをしてそうな顔で、
テーブルに身を乗り出して話していた。

学年と学科が違うと、
映研に行かなければ自然に会うこともない。
連絡取り合わなくなったら、
それこそ同じ大学でも、
もう会うことはできないんだなと痛感した2週間だった。

(あぁ……会いたいな)

自分で決めたことなのに……
律くんの夢の邪魔はしないってそう思ってるのに。
ほんとは傍にいたい。
手を繋いで、キスをして、それから、
そのさきだって、律くんとなら……
会えない間も、そんなことばかり考えている。

(うぅ……泣きそう。こんなの重症だ……)